漫画化

 金がねぇ。割と切実な問題だ。

 修復屋としての儲けを差し押さえられ、避難騒動でそれなりの金を消費し、チビと黒ローブに飯を奢らされ、スライレースなどというクソ娯楽で失敗した。どうにも流れってモンに乗り切れていない。ここまで旗色が悪いってのも中々ないぞ。


 はたから見る分にはゲラゲラ笑えそうな不幸話なんだが、当事者が俺となると話が変わる。全くもって面白くねぇ。人の不幸は酒のアテになるが、自分の不幸は飯の種にもならない。腹も膨れん。良いこと無しだ。


 差し当たってはガキどもの新聞社付近をうろついている。

 例の溶岩竜騒動の折、俺はガキどもとの契約を一方的に破棄した。そん時の判断は間違いじゃなかったと思っている。それは揺るがない。しかし結果論だけ見ると話は異なる。


 エンデ健在。騒動の余波は今や細波さざなみ程度まで落ち着いており、街は以前の活気を取り戻しつつある。

 この街の構成員は頭が空っぽな馬鹿が八割を占めていると言っても過言ではない。あと数日もすれば、自分らがひいこら言いながら逃げ出したことなど忘れて生きていくことだろう。


 となると、だ。

 当然というべきか、ガキどもの新聞社もこれまで通りの営業を再開するわけだ。というかもう普通に再開しているし、騒動以前と同程度の売上を得ている。

 新聞及び漫画はすっかりエンデの街に浸透しているのだ。飯や生活必需品が売れるように、ガキどものこしらえた紙切れは金になる。俺がそう仕向けたのだから必然の結果と言っていい。


 そう、結果だけ見た場合――俺が新聞社から吸い上げていた上納金をまるっと手放したという話になるのだ。


 ふざけた話である。俺はくるっとターンして新聞社の方面へと足を進めた。これで本日三回目の往復である。チッ、早く誰かしら出てこいよ。そして俺に気付け。


 俺はやろうと思えば契約の破棄をなかったことにできる。契約は破棄すると言ったが、あれは嘘だ。そう言えば全て解決する。ガキどもに拒否する権利などないし、そもそも拒むなどありえないだろう。やつらは骨の髄まで甘ちゃんだ。しょうがないなぁ〜とか軽口を叩きながらも了承するはずである。


 しかし俺は思う。上下関係というものはキッチリとしておかねば今後の関係に響くのだと。

 俺から関係修復を迫るのは違う。ガキどもから申し出ることに意味があるのだ。立場を明確にしなければ侮られる。それは避けるべきだ。形式を繕うというのは時に中身以上に重要視される。それが今だ。


 親戚のオッサンに接する態度みたいになってきたガキどもには今一度わからせてやらなければならない。誰のおかげで美味い飯とキレイな寝床にありつけたのか。誰がこの街を救ったのか。

 そのためには俺自らが金の無心をするなどあってはならない。お前らが進んで献上するんだ。俺は本日四度目となる往復を開始した。


 串焼きを食いながら通りを歩く。俺はこの串焼きを食いに来ているんだ、という体裁を整えつつ【視覚透徹サイトクリア】を付与した目をしゃかしゃかと動かしてガキどもの姿を探る。


 ……居た。ミック。槍の才能よりも絵画の才能を活かして新聞の表紙や漫画を書いているガキである。

 俺はそれとなく歩きの速度を落としつつ立ち位置を調整した。さり気なく横にずれ、対面から来るやつを避け、屋台を見るフリをして、横へ、横へ。ちょうどミックと鉢合わせるように。


「……あっ」


 気付いたな。

 俺は声に釣られるようにして視線を下げた。ミックと目が合う。俺はさも今気付きましたと言わんばかりに「んー」と声を漏らした。


 ガキどもは俺の正体が勇者ガルドであることも、冒険者エイトとして活動していることも知っている。全てバラした上で口封じを施した。その方がやりやすかったからだ。


 さぁ、街を救った勇者様が目の前に居るんだぜ? 何か言うことがあるだろ? んん?

 二、三秒ほどミックを見下ろす。ミックはふいっと顔を背け、そしてタタッと小走りで俺の脇を駆け抜けていった。俺はひとり取り残される形となった。


 ……ほう。ほう?

 なるほど。なるほどね?


 俺は速やかに路地裏に引っ込んでから【偽面フェイクライフ】を解除した。

隠匿インビジブル】、【無響サイレンス】発動。すぐさま飛び出してミックの後を追う。


 クソガキめ。今の態度は……なんだ?

 まるで見付かりたくないヤツに目を付けられた、ってな顔をしてやがったぜ?


 くくっ……こりゃ少しキツめの灸を据えてやらねばならんかもな?

 俺は新聞社の前で誰かを探すようにキョロキョロと視線を巡らせていたミックの後に続いて新聞社へと侵入した。邪魔するぞー。


「……ふぅ、ただいまー」


「おー……どうしたミック? なんか汗かいてねー?」


「いやぁ、さっきそこで……エイトさんに見付かっちゃって」


「……マジか。尾けられてないよな?」


 しっかりと尾けてるぞ。俺は心の中で応えた。

 新聞社の作業室にはツナとミックしか居ない。こいつらは転写と絵描き担当だからな。他のやつらはネタを探しに外へと出払っているが、こいつらは作業室に篭ってる時間が長いのだろう。


 編集長室にはアンジュがいるかもしれんが、それは今はどうでもいい。姿を見られなければやつの能力は恐るるに足らん。今はこの怪しい動きを見せているガキ二人の話を聞かなきゃな?


「大丈夫。あの人には多分、まだバレてないと思う」


「……そうか。今バレたら確実に面倒なことになるからな」


 ふーーん。俺は穏やかな笑みを浮かべてガキ二人の顔を見比べた。いい顔しくさってんねぇ。堵に安んずるってやつかな?


「売りに出したらこっちのモンだからな」


「そうだな。問題は、それまでに目を付けられないことだ」


 俺は目をかっ開いてガキ二人を眺めた。面白そうなことやってんねぇ。俺も混ぜてくれよなぁ。楽しいことは皆で共有するともっと楽しくなるんだぜ?


 頷きあったガキ二人が引き出しから数枚の紙を取り出してデスクに並べた。見たところ……漫画だな。新作だろうか。


「石ゴルの完結は明日だ。明後日からはこれを売る。売ってそれなりの利益を出せば……文句は言われないだろ」


「ああ。結果さえ出せば、ね」


 ほう。俺は【隠匿インビジブル】と【無響サイレンス】を解除した。ガキ二人の肩をグッと組んで引き寄せ、にこやかに笑う。


「うわぁッッ!!」

「ぎゃあッ!!」


 おいおいなんだよその反応は。俺はにいっと口角を上げて相手の警戒を解く笑みを浮かべた。友誼を確かめるように肩をバンバンと叩く。


「お前ら随分と楽しそうだな? そういうのは良くないぞ〜? 面白いことってのは皆と共有しなくちゃあな。楽しさのおすそ分けってやつね」


「お、オッサン……これは、その……あッ!」


 ツナの言葉を無視してデスクに並べられた漫画をぶん取る。新作の構想を俺に黙ってるなんていい度胸じゃねぇの。さてさて、ガキどもはどんなしょぼくれた漫画を世に解き放とうとしてたのかね? この俺が隅から隅までチェックしてやんよ。どれどれ。




 クズ勇者のその日暮らし 第一話

「ここがエンデか……!」ザッ

 俺の名前はゴールド。国を守る勇者の一人だ

 だが……俺にとっては課せられた使命なんぞクソ同然だ

「悪いが俺は自由に生きることにするぜ!」ニィっ!

 商売っ気が盛んなこの街は飯の種がそこら中に転がってる

 俺の力を駆使すりゃ一財産築くことなんて造作もねぇ

「そうすりゃ毎日飲めや食えやのお祭り騒ぎよ!」ガハハ

 そうと決まれば話は早ぇ

 まずは冒険者ギルドとやらで身分証を手に入れるとするかね

 ※次回、ゴールド絡まれる!

 ※当作品には勇者及び女神様の信仰を貶める目的はありません。あらかじめご了承下さい


 ……………………。



 クズ勇者のその日暮らし 第三話

「くくっ……冒険者ギルドってのもちょろいもんだぜ!」

 ギルドから頂いた身分証を高らかに掲げて陽に透かす

「俺の魔法を使えば石すら金に変えられるのよ」キラーン

 この俺が石級だって? ふざけやがって

 雑用なんぞをチマチマこなしてられるかっての!

「これさえあれば金級の割引を受けられるって寸法よ」

 勇者の魔法は奇跡の魔法だ。使い方次第でこんなもんよ

「それじゃあ早速美味い飯でも食うとするかね」フフン

 俺は意気揚々と高級肉屋の門を潜った

 高い肉を頼んじまうぜぇー!

 ※次回、ゴールド捕まる


 …………………………………………。



 クズ勇者のその日暮らし 第五話

「クソがっ! クソがーッ!」ギチギチ

「これより悪質な魔法の使い手であるこの男の処刑を行います」

 くそっ、何だこれは! どうしてこうなった!

「離せ! 俺が何をしたっていうんだぁーッ!」

「講習を聞いていなかったのかね? 身分証の偽造は重罪だ」

 講習は寝ていたから聞いていない

 くそっ、どうすればいい……どうすれば……ハッ!

「お、俺が悪かったよ……そうだ、いいことを考えたぞ!」

 俺の魔法は世界一だ。愚民どものそれとはわけが違う!

「俺の力さえあれば銅貨だって金貨に変えられるんだ! そうすりゃ全員大金持ちだぜ! どうだ、悪い話じゃないだろ?」

 くくっ、これで助かるぜ……!

「何を言い出すかと思えば……くだらんな。硬貨の偽造は即刻死罪だぞ」やれやれ

「救えない悪ですね」ハァー

 そ、そんな……嘘だろ……こいつらは欲で動かないというのかっ!

「や、やめろ! 助けてくれ〜! クソがー!」ガコン

 ギロチンって案外痛くねぇんだな。そんなことを思いながら俺は死んだ

 ※次回、ゴールド、スリに手を染める!



 …………………………………………。

 ふぅ。俺は一つため息を吐き出してミックに向き直った。ゆっくりとしゃがみ込み、見上げるように視線を合わせてから言う。


「なあ、参考までに聞きたいんだが……この漫画の元になったヤツってのァ……いるのかねぇ?」


 ミックは錆びついて建て付けが悪くなったドアのように首を回した。目はあちこちへと泳いでいる。


「いやァ……特には……」


 ほう。俺はミックの頭を鷲掴みにしてグリっと回した。正面を向かせて再度問う。


「なら質問を変えよう。こんな愉快な発想はどっから出てきたんだ? ん? 社会経験が少ねぇガキにしちゃ細部まで拘ってるように見えるぜ? ポンと湧いて出たってわけじゃあるまいな?」


「そう、スかね……ほんと、ただの思い付きで描いただけっすよ……」


 俺は右手を伸ばした。静かに離脱を試みていたツナの首根っこを掴んで引き寄せる。


「よう、お前からはなんか申し開きはあんのか?」


 ぐっと呻いたツナは咄嗟の言い訳を紡ごうとしてか口をもごもごさせていたが、結局それらしい言葉が見つからなかったらしい。

 ガリガリと乱暴に髪を掻きむしり、どこか開き直った表情で言った。


「……売れると思った。後悔はしていない」


「ふむ、潔いな。辞世の句はそれでいいのか?」


「……だってよォー! こんな面白い題材を遊ばせておくのは勿体ねぇだろー!」


「あ!? てめぇいま面白いっつったのか!? 言うに事欠いて面白いって!? オイッ!」


「おもしれーだろ! なんかもう、俺の倫理観とかぐっちゃぐちゃになっちまったよ! どうせ昨日の賭けレースの胴元もオッサンなんだろ!?」


「ちっ……ちげーよっ!」


「いーや絶対にオッサンだね! なんだよ! 分の悪い賭けを仕掛けて当然のように失敗したあげく、金級をあしらってから首を掻き斬るって! どういう心境なんだよ! この前くっそ真剣な顔して命について語った男のやることじゃねぇよ! なんかもう、ワケわかんねぇーよ!」


「首は斬るだろっ! 死んでおけば指名手配が解除されるんだから死に得だろっ!」


「ほらそういうトコ! 死に得なんて言葉をぽろっと口にすんなって! こんなの、題材にして漫画描いたら絶対売れるだろっ!」


「売れねーよッ! 馬鹿抜かしてるんじゃねぇッ!!」


「いーや売れるね!」


 このクソガキ……! ひっさびさにカチンと来たぞ……!


「てめぇ散々コケにしやがって……もしも売れなかったらどうするつもりだ!? あっ!?」


「そんときゃ首斬って詫びてやるよ! その代わりっ! 売れたら今後も続きを書かせてください売上の七割渡すんでお願いしますゥー!」


「そういうことなら金は貰ってやるよ! まぁこんなクソみてぇな展開で売れるわけねぇけどなバーカ! バァァカ!! ペッ!」


 ▷


 売れたわ。

 ズシリと重みのある革袋の感触を手のひらで確かめる。


 売れたわ……。

 薄暗い路地裏にある廃屋に背中を預けて空を見上げる。


 自分の不幸って、飯の種になるんだな。

 新鮮で、斬新な、言い表せない何かが胸の内に去来する。これは一体どういう感情なんだろうか。きっと、まだ世界の誰も名付け親になったことのないモノだろう。それだけは確かだった。


 革袋の紐を解いて中身を検める。薄暗い路地裏に差し込んだ僅かな光が金と銀を照らして仄かな輝きを与えた。これだけあれば美味い飯を思う存分食えるだろう。


 だけど……だけど……!

 なんか……なんかっ! 微妙だぞッ! クソがーッ!!

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