大穴を狙え! スライレース!

 何やらスライレースなるモノが流行っているらしい。

 くだらねぇなぁ。俺は心底から呆れた。

 魔物畜生が沈静化したせいで暇を持て余した連中は、何を思ったのか犬っころの追いかけっこの応援なんぞに熱を上げ出したらしい。どういうことだよ。まるで意味が分からん。閑暇を使ってやることが畜生のケツを眺める作業だなんて想像するだに恐ろしい過ごし方だぜ。そこまで落ちたのか、ってなもんよ。


 まあものは試しだ。馬鹿どもがそんなにハマっているというのであれば俺も赴いてみようじゃないか。あくまで市場視察という目的でな。


 北門から出てすぐのところにある広場にはちょっとした人だかりができていた。【膂力透徹パワークリア】を使って列を抉じ開ける。はいちょっと失礼しますよっと。


 列の先頭に出る。そこにあったのは杭と布切れで作られた簡易な作りの柵であった。

 どうやら結構な広さに及ぶこの柵の外周をスライが走り、どいつが一位になるかってのを予想して遊ぶ方式らしい。走っているスライは色のついたスカーフを首に巻いていた。あれで個体を判別しているんだろう。

 おいおい……これはやばいな。いよいよ何が面白いのか分からんぞ。本気かよお前ら。こんな娯楽で満足なのか?


「いけぇー!」

「おらっ! 追い抜け赤色ォー!」

「頑張ってー! ロルフちゃーん!」


 満足らしい。

 はぁー、流石の俺も見誤ったぜ。新聞や漫画なら分かるが、よもやこんな低レベルな追いかけっこで盛り上がれるほど娯楽に飢えてるとはな。底が浅いんだか深いんだか。ま、平和ボケしてて何よりなんじゃねぇの?


 どうせスライの連中も本気で走っているわけではあるまい。畜生連中の演技に夢中になるなんてご苦労なこった。俺は列から抜け出した。そのまま門へと歩みを進める。やれやれ、くだらんことに時間を割いちまったぜ。


「ああっ! くそっ! あと少しだったのにッ!」

「きゃ〜! ロルフちゃん最高〜!!」

「二位か……ま、上出来だろ」


 犬っころの競争を見るくらいならまだむさい野郎どもの喧嘩を見るほうが有意義だね。

 そろそろ暇を持て余した馬鹿どもが酒場通り付近で喧嘩をおっぱじめる頃だろう。賭けでもやって時間を潰すついでに金でも稼ぐかね。


「よーし、俺の予想が当たったな! おら、約束だ! 今日の昼メシは奢ってもらうぜぇ〜?」

「チッ……しゃあねぇな……」


 ――――!


 その時、天啓が舞い降りた。なるほど、なるほどね?


 俺は速やかに街に帰還して路地裏に引っ込んでから【偽面フェイクライフ】を発動した。


 ▷


「さぁ〜張った張った! 誰でも出来る着順予想だよォ! 賭けたスライが三着なら配当金は二倍! 二着なら三倍、一着ならなんと四倍だァ〜! 六頭の中から『これは!』ってスライを選ぶだけの簡単なお遊びだ!」


 新たな人格ニサードを作った俺はどこでも露天商セットを組み立てて声を張り上げた。なんだなんだと振り返る民衆どもに向けて身振り手振りを交えて趣旨を説明する。


「この色紙がスライのスカーフの色と対応してるって寸法だ! 赤、青、黄、緑、紫、白! 賭けられるのは一レースにつき一色までだ! アンタらから銀貨を貰ったら、俺っちは賭け金の額を書いた色紙を渡す。色に対応したスライが上位に入ったら大当たり! 金が云倍になって返ってくるぜぇ! こんな美味い話はねぇぞ! 賭け金は銀貨一枚からだよぉー! さぁ、張った張ったッ!」


 馬鹿でも分かる簡単なルール説明を終えた途端、馬鹿どもが獣のように走って俺の店に殺到した。財布から銀貨を差し出して思い思いの色を叫ぶ。


「白に銀貨三枚!」

「赤に銀貨五枚だ!」

「俺も赤に賭けるぜ! 銀貨二枚!」

「分かってないねぇ! 次はあたしのクロが出るんだよ! 黄色に銀貨十枚ッ!」

「俺のルドヴィックも負けてねぇぞ! 青に銀貨十枚だ!」


 スライレースの着順予想。これが俺の思いついた新たな商売である。

 一位で四倍、二位で三倍、三位で二倍。実に分かりやすい。そして多少賢いやつならばこの賭けが美味い話であることに気付くだろう。


 スライは六頭。賭け金が返ってくるのは上位三頭。単純な計算でも二回に一回は当たる。つまり、二回に一回は賭け金が二倍以上になって返ってくるということだ。

 更に、今までレースを見てた連中はどのスライが健脚を有しているかをある程度把握しているだろう。俺にはスライなんてどれが誰なんだか分からんが、分かるやつには分かる。速いスライにあらかじめ目星をつけていれば上位入賞は固い。


 つまるところ、これはほぼ確実に得をするボロい賭けなのである。銀貨を差し出しているやつらは内心こう思っているだろう。『馬鹿なやつが現れたもんだな』と。


 あいにくだな。俺もそう思ってるんだぜ? 俺は意思を飛ばした。


(赤、青、黄が若干人気だな。お前らは少し加減しろ。だが、あまりわざとらしくならないようにな? 緑、紫、白は全力で行け。お前ら少し人気が足りてねぇぞ。速いやつらの走りを見て技術を盗めよ。そうすりゃ予想が荒れて俺がやりやすくなる)


 そう、俺には【伝心ホットライン】があるのだ。スライ連中と結託することで着順なんぞ思うがままよ。八百長。それがこの賭けレースの実態である。

 配当金に釣られたやつらは揃って素寒貧になってもらうとしよう。チビチビと賭けてるやつは地道に勝たせて利益を与える。そして気が大きくなって勝負に出た瞬間に根こそぎ掻っ攫うのだ。


 完璧じゃないか。儲かる未来しか見えない。唯一の懸念はスライの機嫌である。勿論ケアは欠かさない。


(報酬にめちゃくちゃ美味い肉をやるからな〜。よろしく頼むぜ〜)


(イイダロウ)


 これでよし。計画の穴は塞いだ。大穴だらけのレースの開幕だ……!


「赤に銀貨五十枚!」

「おお……じゃ、じゃあ俺も赤に三枚!」

「赤が強いのか……俺も赤に二枚!」

「赤に五枚だ!」


 話が変わった。再度意思を飛ばす。

 赤、お前は四位に入れ。二位と三位の間をうろちょろしつつ最後のコーナー付近で速度を落とすんだ。あと少しで勝てたのに、って演出を狙う。そうすりゃ客はムキになって沼から抜け出せなくなるだろうぜ……!

 青、黄。お前らは二位と三位だ。赤のおかげで余裕ができた。お前らは強いという印象を植え付けておこう。後で盛大に落とすためにな。

 緑、一位はお前だ。全力で飛ばせよ? 人気取れてねぇんだから少しは気張れ。五位六位は紫、白だな。


 緑、青、黄、赤、紫、白でいこう。これなら儲けは少ないが、次回のための布石を打てる。盛大に落とすまでが八百長だぜ。いいな? よし。


 スライどもの同意が返ってきたところで調整完了。さあ、楽しい楽しい賭けレースを始めようじゃないか……!


 ▷


 尋常ではない熱気が広場に渦巻いていた。やはり賭けとなると気合の入り方ってのが違うね。この狂騒に比べたら先程までの声援など児戯に等しい。そう思わせる光景だ。


「いいぞォ! 緑ぃ! そのまま突っ走れェー!!」

「よーしよしよし! 行け赤ッ! 三位以内に入ったら肉をくれてやるぞッ!」

「青ォー! もっと気張れやァー!」

「黄色! はやく青を抜けッ! オラッ!!」


 スライレースは柵を三周した時点の順位で勝ちが決まる。二周目終了時点での順位は緑、赤、青、黄、紫、白である。あとは赤がそれとなく順位を落とせば完璧だ。


 くくっ……。俺は周囲の連中を見回しながらほくそ笑んだ。見ろよこの必死の形相を。魔物を前にした冒険者もかくやの剣幕だぜ。こいつらは俺の手のひらの上で踊っているという自覚すらないんだろう。おめでたいもんだな?

 いいね。いい塩梅だ。やはりスライ連中はいい。対価を差し出すことで一定の利益をもたらしてくれる存在ってのは得難いモンだ。これからも俺とお前らでこの街を牛耳って行こうぜ? くっくっく……。


「クロ〜っ!! 頼むよ!! 勝ってくれッ!!」

「ルドヴィック!! お前の力はそんなモンじゃねェだろォー!!」


 青と黄色のスカーフを巻いたスライの飼い主が声を張り上げた。声援に呼応するように青と黄色が速度を上げる。

 赤の順位が三位に落ち、間を置かずして四位に落ちた。いいぞ、注文通りじゃねぇか。パーフェクトだ。そこかしこで爆発的な歓声と悲鳴が上がる。支配完了。こりゃあ良い商売だぜ……! 

 もう順位が揺らぐこともないだろう。俺はひと足早く配当金の手配を進めるとしますかね。


「っしゃあっ!」

「赤! 何やってんだッ!」

「おおっ、青が一位になったぜェー!」


 なんだと?

 いま聞き捨てならん言葉が聞こえたぞ。再び会場に視線を戻す。


「…………!? おい、おい……何してんだあいつら……!」


 トップスリーが青、黄、緑になってるじゃねぇか。おいおいおい、話が違うぞ。なんで一位にするはずの緑まで追い抜いてやがる!

 すかさず意思を飛ばす。


(青、黄! 突出しすぎだ! 緑を抜かすな! オメーら事前の打ち合わせを忘れたのか!?)


 返ってきた意思は酷く端的で、しかし活力に溢れたものであった。


(ゴシュジン、ヨロコバセル!)

(キタイニ、コタエル!)


 こ、こいつら……。俺は愕然とした。こいつら……まさか、飼い主にほだされやがったのかッ!


(おいっ! お前らはそんな情で動くようなやつらじゃなかっただろ! なにをそんなに熱くなってやがる! 話を聞け! おいッ!)


 無駄だった。漲った意思を発散するかのように後肢が跳ねる。グンと加速した青と黄が風を切る疾駆を見せ付けた。観客が沸く。

 ま、まずい……。このレースはもはや俺の手を離れた。完全に計算が狂ったぞ! クソがッ!


 落ち着け……冷静になれ。まだ大丈夫。まだ致命的じゃない。赤が四位ならまだ利益は出る……そうしたらこの商売は即座にやめよう。犬畜生なんぞに期待した俺が馬鹿だった。まだだ、まだ撤退は間に合う……。


 おい、緑! 絶対に四位に転落するんじゃねぇぞッ! 赤は……よし、よし、なんとか理性を保ててるようだな……緑との差も開いている。いいぞ……お前だけが頼りだ。頼む、そのままのお前でいてくれ……。



「負けないでっ! スライっぴー!!」


 瞬間、赤が猛烈な疾駆を披露した。地を抉って蹴り飛ばすが如き健脚。いや、その脚は確かに地を穿っていた。後肢に躙られた土が宙を舞う。な、なんて力強さだ……。


 赤が瞬きの間に緑を抜き去る。

 や、やめろ……それ以上は……!

 切なる願いが通じたのか、赤は速度を落として黄色の後ろに着いた。よ、よしよし……。三位ならまだ取り返しがつく……まだ自前の金を切り崩せばなんとかなる。そのままだ。そのまま……。


 先頭三匹が最後のコーナーを曲がる。いいぞ……頼む! もう荒れるな! このまま行ってくれェーっ!


「スライっぴー!!」


 赤がククッと急制動を掛ける。

 な、なんだあの動きは……ハッ! まさか……あいつ、空気抵抗すら考慮していたというのか! だから黄色のケツに着いていた……。あの野郎っ! ずっと機を伺っていやがったんだッ!!


 全速力でコーナーに突っ込んだ青と黄色のコース取りが外周へと大きく膨らむ。速度を落とした赤は、内周をコンパクトに突っ切ってから猛加速。青と黄色を置き去りにする追い上げを披露したのち、悠然と一位の座を手にした。終わった。


「うおおおおおおっ!!」

「なんだ今の追い上げ!?」

「っしゃああああッ!!」

「四倍だァー!!」


 着順……赤、青、黄、緑、紫、白。

 それは当初の予定と比較して赤と緑の位置が変わっただけである。それだけではあるが、およそ最悪の着順だった。今回のレースは赤を入賞させてはならなかったのだ。ましてや一位など……。


 呆然とする俺の目の前にスッと赤の紙が差し出される。紙に書かれた数字は五十。銀貨五十枚を賭けたという証である。配当金は……金貨二枚。今の俺にそんな金はない。


「見ましたか? 私のスライっぴが一番速いんです。さぁ、配当を頂きましょうか」


 ミラさん。

 俺はゆっくりと立ち上がった。パチパチと拍手して注目を集め、バッと両手を広げて言う。


「いやはや、素晴らしいレースでしたね! 俺っちはもう、それはもう感動しましたよ! こんなに素晴らしいレースを見れたなら、配当金以上の価値があるのではと思うのですが……」


 注がれた視線は冷ややかだった。この路線じゃないな……俺はコホンと咳払いして仕切り直した。声を作って言う。


「いや失礼。……少々、予想外の着順と言いますか……いえね、配当金は勿論用意しているのですが、少々量が足りなさそうなのですよ、ええ。なので今から定宿に戻って不足分を持参致します。では、今しばらくお待ちいただけますでしょうか」


 俺はにこやかな笑みを浮かべて粛々と歩き出した。けして逃げるつもりは無いのだとアピールするように、ゆっくり、ゆっくりと。

 カツ、カツと。靴音が三歩後ろから響く。ミラさん。そうかい。見逃しちゃあくれねぇってわけかい。


 そうか、そうか……。【敏捷透徹アジルクリア】。俺は全力で走った。


「……やはり、謀るつもりでしたか」


 ったりめぇだろうが! クソがッ! あの畜生どもめ……ふざけやがってよぉーッ!


「……誠心誠意の謝罪があれば、軽罰で済ませるつもりだったのですがね」


 トントンとつま先を鳴らしたミラさんが構えをとった。くそっ! どうしてこうなった!


「おっ、次のレースの開幕だァ!」

「俺はミラさんに銀貨十枚賭けるぜ〜!」

「だったらあたしは銀貨百枚賭けちゃうよ〜!」

「おいおいそりゃ勝負にならねぇだろ!」

「なっはっは!」


 クソどもォ……! 俺を見世物にしやがって……!

 ミラさんがスタートを切った。速すぎる……! なんだこいつは……なんなんだ! なんでいつも俺の邪魔をしやがる! ミラァっ!!


「うおおおおッ!!」


「【敏捷透徹アジルクリア】を使えるようですが……普段の鍛錬が足りていませんねっ! それでは宝の持ち腐れです!」


 何も知らんやつが偉そうに講釈垂れやがって! もとより俺は身体能力を活かす役割を持たされちゃいねぇんだよ!


『遍在』は【偽面フェイクライフ】を使う。これは確定だ。そして恐らく【敏捷透徹アジルクリア】も使うだろう。でなければあの速さは説明がつかない。


 ハッ! いつの間に、もう、こんなに近い――


「観念するのですね、間抜けな胴元ニサード」


 俺の横に並んだ『遍在』がその魔手を伸ばす。嘘だろ? もう終わりなのか……? いくらなんでも早すぎる……まだ人格を作ってから一時間も経っていないぞ……こんな結末があっていいのか……。


 恐らく、今回の件で処刑されることは無い。逃走を図ったので懲罰房にぶち込まれるだろうが、即処刑とはならないはずだ。ギルドはそこまで狭量ではない。


 だが、それは寧ろ屈辱だった。

 なんだ、これは。俺は己に問い掛けた。なんてザマだ。一分の成功すら収めることなく、惨めな姿を晒して逃げ回り、集まった民衆に嘲笑を向けられながら賭けの対象にされ、抵抗虚しく捕らえられた挙げ句、罰を与えられた上で放り出される……なんだ、その末路は? 勇者の姿か、これが……。


 ふざけるなよ。赫怒の想いが沸々と込み上げる。

 こんな結末が……あってたまるかッ! こんなところで終われるかよッ! 俺は、まだ、銅貨一枚すら稼げてねぇじゃねぇかッ!!


 頭の奥が疼く。

 既視感――きっかけを得たと、そう直感した。逡巡は刹那。剥がれかけた封を強引に引き剥がす。


 世界が広がる。ああ、また思い出した。世界を巡る魔力が肌を撫ぜる。在りし日の郷愁にも似た感覚。勇者ガルドの完成形。俺はいま、全と成った。


 横合いから差し出された手に腕を掴まれる。

『遍在』のミラ。金級冒険者。人の身でよくぞここまで練り上げたもんだ。その血の滲むような研鑽に敬意を評して……特大の呪詛を進呈しよう。頭の中で唱える。



敏捷曇化アジルジャム三折エクス



「……!? ぅ、あ……?」


『遍在』が膝を折る。身体能力の急激な変化に肉体がついていけなかったのだろう。今の『遍在』の体捌きは凡愚のそれだ。落差のほどは計り知れない。


「これ、は……?」


膂力透徹パワークリア】。周章狼狽するミラの手を強引に振り払う。

敏捷透徹アジルクリア】。生じた隙を縫って疾駆する。


 柵の外周をひた走る。ゴール地点を突っ切った俺は、もはや誰も追い付けないであろうことを確認した後、懐からいつもの短剣を取り出して首を掻き斬った。俺の勝ちッ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る