閑話:成長、裏切り、虎視眈々

 政務の机から逃れても頭痛の種は何処までも付いてきて芽を出し、そして花開くものなのだなとルーブスはしみじみと落胆した。


「ここからここまでが周辺都市からの抗議書です。火消し前に広まった噂が耳に届いたんでしょうね。いつものかったるい文章で意気揚々と非を鳴らしてきてますよ」


 病床で上体を起こしているルーブスの目の前に一切の情け容赦なく紙の束が積まれた。数は五十を下回ることはないだろう。その全てに神経を針で刺すが如き嫌味と嘲弄の言い回しが綴られていることは確実である。

 ルーブスははらうちに何かがわだかまっていくのを感じた。最近、薬餌しか放り込まれてないことに不満を覚えたかのように胃がキリリと鳴く。


「んで、これが各商会の陳情書です。小規模な商会も続々とこの街に戻ってきてますからね。書類がかなりの数になってますよ」


 淡々と報告した銀級のノーマンが追加の紙束を積み上げた。まさしく山積と呼ぶに相応しい書類の束を前にルーブスが辟易のため息を漏らす。


 竜の顕現が誤報であると知り帰参を果たした各商会は冒険者ギルドに対して補填を求めた。その内容は多岐に渡る。


 避難の際に使用した馬車の利用料金から、店を閉めている間に発生した機会損失、鮮度が落ちて売れなくなった商品の廃棄代、エンデに置いていったら盗まれた商品の補填などなど。

 ギルドは一連の騒動で害を被った者たちへ広く補償を行うことを発表したが、その全てに律儀に応えていたら財政は破綻する。陳情書に記載された内容の正当性を検め、要不要を峻別するのは必須の作業であった。


 一般人や個人の商店ならばギルドの職員に判断を委ねられる。しかし、大店おおだなの経営者が相手となるとそうはいかない。商売の荒波に揉まれてきた海千山千は誤報騒動にすら商機を見出さんと目を光らせているのだ。

 早い話が被害のでっち上げである。支出を上回る収入を獲得するため、有りもしない被害を書き起こす。商会連中はそういう悪賢い強かさを身に付けていた。


 見極めなければならない。その商会に補償をする必要性があるのか、ひいては図々しい手管を講じてギルドに付け入る商会がこの街に必要であるのかどうかまで。その役目を下っ端の職員に任せるのは荷が勝ちすぎる。


 となれば、この書類はギルドマスターである己が直々に処理せねばなるまい。ルーブスは再び深い溜め息を吐いた。


「そしてこれが街で起きた冒険者同士の喧嘩の報告書です。処遇の判断をお願いします」


 無慈悲な宣告とともに紙束が追加された。病床に積まれた書類の山はこれで三つ。概算で二日は働き詰めになるだろう。

 最後に積まれた束から一枚の紙を摘んだルーブスが紙面に目を走らせながら言った。


「街中にある製紙工房の稼働を止めてくれないか?」


「基幹産業を潰してどうするんすか」


 エンデの街の近くには魔力溜まりによって形成された森がある。どれほど伐採しても数カ月後には元通りになる天然の資源庫を最大限に生かした結果、エンデは国随一の紙の生産地となった。工房を止めたら資金繰りは苦しくなるだろう。


「冗談だ。……半分はな。しかし、全く……なぜここまで抑えの利かない馬鹿が増えたんだ?」


「逃げたやつと残ったやつの軋轢もありますが……まあ、一番の理由は暇だからじゃないっすかね?」


「……実に業が煮える話だ。こちらは病床でさえ仕事から解放されんというのに」


 溶岩の竜を討滅した直後から各地の魔物の個体数が激減している。この現象は三年前の事件の時と同じであった。

 特大規模の群れを形成する溶岩の竜は、状況証拠からの推測になるが、他の地帯の魔力を吸い取って己の配下を生み出している。伴って現在、冒険者ギルドの荒くれがこなせる仕事も激減していた。ストレスの捌け口を失った冒険者が暇に耐えかねて同類と馬鹿をやっているのだろう。


 三年前は約ひと月ほど停滞が続いた。今回も同様に推移すると思われる。これは街の人間たちにとっては喜ばしいこと……というわけでもなかった。


 この街は冒険者を中心に回っている。冒険者たちの活動が滞れば各所に影響の波が及ぶのは必然だ。経済面での落ち込みは避けられない。

 加えて、現在の状況と三年前の状況を照らし合わせて真実に辿り着く者が現れないとも限らない。溶岩の竜顕現は誤報であるという説得力を補強するために新たな偽装工作を講じる必要がある。扱いを間違えるだけで大火傷するマグマのような問題があちこちで湧き出していた。


「……私は、隠居しようと思う」


「馬鹿言ってないで片付けてくださいよ。……まぁ」


 ノーマンは商会からの陳情書の束を引っ掴んだ。


「こっちは俺が引き受けるんで。各商会の体力を調べた書類と照らし合わせれば虚偽の報告をしてるやつらを炙り出せます。……やってやりますよ、こんくらい」


「ノーマン……」


 先の騒動で己の殻を破った者たちは多い。ルーブスから見て、銀級のノーマンも大きく成長した者の一人だ。


 ――ひと皮剥けたな。


 そう直感したルーブスは貴族連中から寄せられた抗議書の束を掴んでノーマンに差し出した。


「待ち給え。商会の処理は私がやろう。君はこちらを処理してくれ」


「……………………ルーブスさん、俺に厄介なものを押し付けて楽しようとしてません?」


「そんなことはない」


「…………」


「そんなことはないぞ」


「【六感透徹センスクリア】が反応してるんすよねぇ……」


「ふむ、精度が鈍ったのではないか?」


「……分かりましたよ。これも……経験だ」


 白々しい態度を見て言い争いは無駄だと悟ったのだろう。ノーマンはルーブスが差し出した紙束を引っ掴んで部屋を出ていった。触れれば切れるような鋭さを瞳に宿して。


 あの様子ならば問題ないだろう。ともあれ、よし。これで少しは楽になる。


 特段の厄介事は優秀な部下に押し付けた。自分は馬鹿な商会の炙り出しと、馬鹿な連中への沙汰を決定してから寝よう。

全能透徹オールクリア】の後遺症は未だに体内を犯している。山場は越えたが、それでも歩くのに杖が必要なくらいだ。一日くらい寝っぱなしでも咎める者など居ないだろう。

 コンコンとノックが響く。返事を待たずに入ってきたのはギルドの受付嬢として働いているシスリーだった。彼女は両手に大量の紙の束を抱えていた。ルーブスが言う。


「シスリー。面会謝絶だ。帰ってくれ」


「そうだったんですね、気を付けます。はい、ルーブスさん。お待ちかねの書類仕事ですよ」


 ルーブスの冗談を――歴戦の猛者の体捌きのように――さらりと受け流したシスリーが病床にドンと紙束を積んだ。先程ノーマンが持って行った書類を優に越す量である。


「昇格者の選定、素行不良者の調査結果、治安維持担当の月例報告、各種武器防具の発注書、呪装の売買契約書、その他もろもろです。三日後までに確認お願いしますね?」


「…………シスリー、街の製紙工房の稼働を止めよう」


「基幹産業を潰してどうするんですか?」


 ――八割ほど本気だったんだがな。


 眉間と鼻の頭に深いシワを刻んだルーブスが紙に羽根ペンを走らせる。その筆跡は荒れていた。


「シスリー、胃薬はまだ届かないのか?」


「いつもの錬金術師の方が避難先から帰ってきたのでそろそろ届くと思いますよ」


「そうか。それまでの繋ぎとして、押収した例の薬をくれ。あの強壮薬だ。一時間寝ればスッキリするんだろう?」


「頭がパァになるからダメです」


「……パァになれば書類作業から解放されるのでは?」


「もう、あんまり馬鹿なこと言わないでくださいよ」


 ルーブスの空惚けた発言を聞いたシスリーは肩を竦めて呆れを表現し、数秒の後、くすくすと静かに笑った。


 ――ふむ。


 ルーブスは何も考え無しにボケ老人のような演技をしているわけではない。

 すぅ、と。ちょうどシスリーがそうするように目を細めたルーブスがほんの少しの威圧を込めて問い掛けた。


「シスリー。何か嬉しいことでもあったか?」


 端的な問いはもちろん本題ではない。ルーブスの頭の中には既に退路を塞ぎつつ対象を誘導する手筈が整っていた。逃げ道を塞ぎ、袋小路に追い詰め、背を見せた瞬間に狩る。それがルーブスの最も得意とする手口の一つであった。


「へっ……な、何がですか?」


 とぼけるか。それもいい。計算の内だ。

 ルーブスは柔和な笑みを浮かべて穏やかな声を出した。あたかも熟練の狩人が音一つ立てず茂みに身を隠すように。


「いやなに、ギルドの他の従業員が話しているのを偶然耳にしてね。最近、シスリーがよく笑うようになったと。だから気になっただけさ」


 嘘だ。しかし全くのブラフというわけでもない。他の従業員もシスリーの変化に気付いているだろうという確信があった。

 他の人物の言を借りることで気の所為だという反論を潰す。ルーブスは戦いを『どれだけ効率的に相手の択を潰せるか』であると定義している。それは舌戦にも当てはまることであった。


 視線を往復させたシスリーが一度つばを飲み込んでから答える。


「……別に……その、まあ……あれですよ。みんな死んじゃうと思ったのに、助かったから、喜んでるっていう、ただそれだけです。そんなにおかしなことですか?」


 それはあまりにも分かりやすい嘘であった。故にルーブスは内心で首を傾げる。何を隠し立てしているのだろうか、と。


『死にたくないなら――死なせたくないなら、お前が生かせ。その目を使ってな』


 十数年前、ルーブスは竜の襲来により両親を失ったシスリーを見出し、無力に咽ぶ彼女に道を示した。以来シスリーはギルドとルーブスに深い信頼を寄せている。


 嘘を吐いたことなど、一度もなかった。


 よもや何処ぞの馬の骨に変な絆され方でもしたのではあるまいな。

 架空の敵を幻視し、肌掛けの下で強く拳を握ったルーブスが、しかし柔和な笑みを崩さずに言う。


「シスリー、単刀直入に聞く。何を隠している?」


 狩りは詰めの段階に入った。獲物の習性は隅から隅まで把握している。さほど時間を掛けずとも仕留められるだろう。


「……私は、そんな、隠し事なんて」

「そうか、そうか。……悲しいな。まさかここへ来て君からの信を失うとは……これでは君の両親に顔向け出来んな」


 親を質に取ることに負い目は感じている。だが、シスリーという存在がギルドに反目することは何としてでも避けなければならなかった。


 シスリーが何処ぞの馬の骨に唆されて歩む道を違えたら、それこそ両親に顔向けできない。ルーブスは冷徹に頭を回転させながら努めて傷心の表情を顕わにした。軽く俯き左手で顔を覆う。それは相手の良心へと訴えかけるような所作であった。


 シスリーが顔を強張らせる。

 彼女とは長い付き合いだ。演技だというのは十中八九バレているだろうが、その全てが嘘で構成されているわけではないことも察するだろう。そういう信頼があるから取れる手段だった。

 安心して包み隠さず話してみたまえ。要はそれだけのことである。


 しかし今日のシスリーは逃げ足が速かった。


「わ……私にも、隠したいことくらい、あります。それに、ギルドに対して不利益をもたらすことじゃないので……」


 ここだな。

 ルーブスはスッと表情を引き締めた。先程までの弱った態度を翻し、軽い恫喝のような声色を作って言う。


「ギルドに不都合でないならば隠す必要はないだろう?」


 ここまで言わせてなお隠し通そうとするということは……何かやましい事情でもあるのか?

 そういう含みをもたせる。潔白を証明するには洗いざらい吐くしかない。そう誘導した。気の進まないやり方になったが、シスリーの反目は看過できない。反目の意思が無いにせよ、嘘や隠し事をするに至った経緯くらいは把握しておかねば気がすまなかった。


 一歩退いてたじろいだシスリーは、意を決したように握りこぶしを作り、キッと眦を決して言い放った。


「そ……そんなふうに、話し合いを狩りに見立ててっ! 息苦しい印象を与えるからっ!」


 或いは、反抗期とはこんな感じなのだろうか。そんな考えがルーブスの脳裏をかすめ――


「だから女の人が寄ってこないんですよっ!」


「――――」


 狩りは盛大に失敗した。

 ルーブスはそそくさと扉を開けて出ていくシスリーの背中を呆然と見送ることしかできなかった。最後の言葉がゴンゴンと脳裏に響いている。


「今のは……効いたぞ」


 飼い犬に手を噛まれるとはこういう気分なのだろうか。

 手痛い反撃をもらったルーブスがぼうと天を仰いでいると、再びノックの音が響いた。今日は随分と来客が多い日である。力無く最低限の言葉を返す。


「開いている」


「失礼致します」


 底抜けに青い空のように澄んだ声を響かせて入室してきたのは珍しい客人であった。

 優れた回復魔法の腕を持つがゆえ戦地に縛り付けられていた金級。『聖女』オリビア。


 楚々とした仕種で扉を閉めたオリビアは、放心したように天井を見つめるルーブスを見て『まぁ』と感嘆の声を漏らした。開いた五指をやんわりと口に添えて言う。


「どうされたんですか? 随分と呆けていらっしゃるようですが」


「世界は……もう少し私に優しくするべきだとは思わないか?」


「あらぁ、困りましたね。年ボケに効く回復魔法は無いのですが……」


 爽やかな声で毒を吐きながら聖女が対面の椅子に腰を下ろした。

 ルーブスにさしたる動揺はない。元よりオリビアがこういう人物だということは知っていた。今更指摘する気もない。


「楽にしていいぞ」


「あら、そう?」


 戦場に立つ者とは思えないほど豪奢な修道服を纏ったオリビアは、その裾を蹴り飛ばすようにして脚を組み、椅子の背もたれに片腕を乗せた。ガラの悪い野郎もかくやの態度で――


「あぁ〜やっぱりシャバは良いよなぁ! 飯がウメェし寝床は綺麗だしよ〜」


 金級、オリビア。優れた回復魔法の才と魔石の加工技術を有し、戦地と街の両方を支える強固な基盤。その淑やかさで大衆を魅了し、その慈悲深さで周囲に天恵をもたらす。彼女は極めて自然に『聖女』と呼ばれるに至った。


 取り繕われたヴェールを一枚めくった時、そこにあるのはただの冒険者であるという事実は大衆には知られていない。


「今回ばっかりは死ぬかと思ったからなー。またシャバの空気が吸えるとは思わなかったぜ」


「街のことをシャバというのはやめ給えよ」


「あ? 戦場なんて牢獄と変わんねぇだろ。むせぇくせぇうるせぇの三拍子揃った野郎どもにニコニコしながら奉仕する仕事が刑務作業じゃなかったら何だってンだ?」


「それは君が選んだ生き方だろう」


「言うねぇ。じゃあアンタもその山みたいになってる書類仕事を前に愚痴なんて漏らすなよな? それが選んだ生き方なんだろ?」


「……この話はやめよう」


「くくっ、だいぶ弱ってんねぇ」


 これのどこが『聖女』なのか。ルーブスは冒険者連中並びに大衆の見る目の無さにやるせなさを覚えた。まるで昔の同僚と話しているような錯覚さえしてくる始末だ。


「……暇なら書類仕事を手伝い給えよ」


「却下。ひっさびさの自由なんだぜ? 魔物のクソが沈静化するなんて滅多にねぇからな。いやぁ、ほんと勇者さまさまってね」


「あぁ……ガルド殿とガロード殿には感謝せねばな」


「……あん?」


 と、そこでオリビアが顔を顰めた。不快を表すものではない。あらかじめ予想していた物事が食い違った際に見せる反応をそのまま表に出したようなものだった。


「……なるほど? あぁ……そういう? 気付いてない感じね? 報告も上がってないと。おーおー、こりゃ随分と動きやすくなりそうだな……くくっ」


「……『聖女』の名が泣いて逃げ出す顔をしているぞ。これ以上厄介ごとの種を増やすな。考えていることを吐け」


「嫌だね。シスリーにでも聞けよ」


 素直に吐くとは思っていなかった。彼女はそういう人物だ。己の欲に忠実で、しかしどこか超然としている。捉えどころが無さすぎるのだ。

 ルーブスは時折肝を冷やしていた。オリビアが宿す氷のように冷え切った蒼眼に。まるで物でも見るかのような眼差しは心胆に怖気を走らせる。

 ルーブスは意図して話を逸らした。


「……で、君は何をしに来たのだ」


「あぁ、忘れるとこだったわ。今までアタシの儲けを街の発展のために全額寄付してたろ? あれヤメにしてくれ」


「……なに? 『聖女』の箔付けはもう要らないということか?」


『聖女』オリビアはその二つ名の威光を増すために給金の全てを街へと還元してきた。そういうエピソードが必要なのだと彼女は言っていた。真意は定かではないが、打算に基づいた献金であることは確かである。

 今さら金級一人の寄付が無くなったところで財政が傾くことはない。寄付の停止は構わないが、理由は把握しておかなければならなかった。


 ――この街を発つための資金を貯めようとしているのではないだろうな。


 そんな考えを見透かしたのか、オリビアが皮肉げな笑みを浮かべた。


「安心しろって。他のクソみてぇな街には行かねぇよ。アタシが名を上げてたのは……物好きな貴族か何かが声を掛けてこねぇかなーって思ってたからなんだよ」


 オリビアは流麗な所作で椅子から立ち上がった。銀の絹糸に喩えられる髪を両手でかき上げて傲岸に言い放つ。


「慈愛の乙女。戦場に舞う華。万緑叢中紅一点! そんな噂が広まりゃ誰か来ると思ってたんだが……まぁ、空振った」


 徒労を嘆くように息を吐き出したオリビアが、しかし獰猛な笑みを浮かべる。


「でも、見つけた」


 零度の瞳に熱が灯る。その視線は、普段の宙に溶ける散漫なものではなく、確実に像を結んでいた。


 言いたいことを言い終えたのか、オリビアは修道服を翻して背を向けた。手をひらひらとさせて言う。


「まぁ、金が入り用になったんだよ。それだけだ。んじゃ諸々の手続き宜しくな」


 詳しいことは何一つ分からなかったが、彼女はこの街に多大な貢献をしている。断る理由はない。さほど高くない忠誠を実力で補って金級に伸し上がったのが『聖女』オリビアだ。敵意がないと判明している以上、評価や待遇を変える気はなかった。


 しかし――このまま黙って帰すわけにはいかない。


「待ち給え」


「……あん?」


 鬼気迫る空気を感じ取ってか、オリビアが低い声で応えた。首だけで振り返ったオリビアの、鏃のように鋭い目がルーブスを射抜く。


 文句あんのか? そう言いたげな視線を前に、ルーブスは努めて柔和な笑みを浮かべた。

 そうではない。ただ、一つだけ頼みたいことがあるだけだ。ルーブスは言った。


「【復調リカバリー】を頼む」


復調リカバリー】。回復魔法である。『聖女』の扱う魔法は精度の高さに定評があり、その効能は折り紙付きだ。荒れた胃には特に効果を発揮するだろう。


 ルーブスの頼みを聞いたオリビアは、峻険な表情を霧散させ、眉を八の字にしてハァとため息を吐き、ピンと二指を伸ばし、気怠げに唱えた。


「【復調リカバリー】」

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