死出の旅路で狂騒を謳い
要するに俺はこいつらから拒否権を奪ったのだ。
勇者の協力はいらない? 引っ込んでろ? んなこと知らんね。俺はやりたいことをやる。そう決めた。補助やるから戦ってこい。でも一人でも死んだらお前らの負けな? そうなったらあとは俺一人でやるから。ほれ、さっさと死んでこい。
つまるところ、そんな感じである。するとあら不思議。先程まで死ぬぞ死ぬぞと息巻いてた連中が揃ってこう言うわけだ。『絶対に死んでやるもんか』と。
事は既に負け戦からいけ好かない勇者の鼻を明かす戦いに変わっている。俺がそう誘導した。勝負、なんて体を取り繕ったのも全てこいつらの気を紛らすための方便である。
頭の回るやつはまんまと乗せられたと察するだろうが、そこまで考えられるなら今俺の手を振り払うことがどれだけ愚策であるかも察するはずだ。
肝要なのは勇者の協力を否定することではない。勇者の力に頼り切りになることを良しとする思いが蔓延しないことだ。
俺は至高の補助を冒険者どもに与えた。だがしかし、油断や慢心が芽生えればそいつはあっけなく死ぬ。この戦いは負け戦ではなくなったが、それでも命の危険を冒している事実に変わりはない。
俺の力は誰かを死地へと向かわせる力だ。姉上らみたいに死地をまるっと整地しちまう馬鹿げた力じゃない。地味で、目立たず、情けない力だ。だからこそできる戦い方がある。
「何が欲しい!」
「目と、勘をくれ! 戦えないが、脚には自信がある! 索敵を担う!」
「【
「はっ! 死んでたまるかってんだよっ!」
既に戦端は開かれている。先程轟いた竜の咆哮はまさに侵攻の合図だったのだろう。程なくして魔物の群れが溶岩地帯から雪崩を打って飛び出してきた。
煤けた黒色をした小鬼、硬質な岩塊が積み重なった石人、明確な指向性を帯びて流動し襲いかかってくる溶岩蛇、全身に煌々とした炎を纏って突撃してくる火喰鳥、衝撃を与えると爆ぜる甲殻を背負った炸裂獣、全身が溶岩でできた巨躯を持つ炉の化身。
総じて厄介な連中である。一手仕損じるだけで怪我を負うのが冒険者稼業だが、こいつらを相手取った場合は少しのミスが命に直結するから始末が悪い。
跳ねた溶岩が身体に付着しただけで肉体を損傷する。飛沫が目に入りでもしたらそれだけで致命傷だ。よほどの練達でもないと無傷での勝利は収められない。
故に第一波を堰き止めているのは金級を軸にした猛者連中だ。
「ぬぅぅぅゥゥおおおおぉぉぉォォッッ!!」
馬鹿みたいな雄叫びが上がる。アウグストのアホだ。やつは肌を焼く熱さを有している石人を、あろうことか素手でぶん殴って爆散させやがった。射出された石礫が小鬼と火喰鳥の群れを半壊させる。やっぱあいつ魔物かなんかだろ。
「厄介な敵は、私が引き受けます!」
反対では『遍在』が戦場を走り回っている。ワイヤーを走らせて溶岩蛇を炙り出し、鉄靴で踏み潰して絶命させ、鉄球を投擲して炸裂獣を黙らせる。アウグストのような派手さこそないものの、それは後続の命を確実に守るための戦い方だった。
すげぇな。とりあえず先遣隊には一律で【
やつらが稼いだ時間で後続に強化を施す。
「何が欲しい!」
「……私、補助魔法くらいしか使えなくて、その」
【
「裏で煮炊きか雑用の手伝いでもしてこい!」
一般人連中は手ぶらで駆け付けたわけではない。武器や防具、食い物に飲料水などの荷物をありったけぶち込んだ荷車をせっせと引いてきたのだ。
戦いが長引けば腹も減るし喉も渇く。補給物資の用意は必須だった。そこで名乗りを上げたのが死ぬ覚悟を決めた市民連中である。冒険者どもの余力を残すためという理由で雑用を買って出た命知らずの志願兵だ。
戦場に立てないならそいつらの手伝いをしてこい。
そう告げると女は無力を嘆くように唇を噛んだが、そうするしかないと悟ったのか静かに頷いた。それでいい。
「次っ! 何が欲しい! お前らは何ができるっ!」
現れたのは三人の男だった。剣と槍、そして棍棒を担いだむさ苦しい連中が声を揃えて言う。
「斬る!」
「突く!」
「ぶん殴る!」
【
「走れ! 殺せ! そしたら死ねっ!」
「死ぬかよ!」
「馬ぁ鹿!」
「でもありがとな!」
「口より手を動かせ!」
続々とやってくる冒険者連中に補助をかけて死地へと放り込む。もう百人以上は片付けただろうか。それでもまだまだ終わりが見えない。
こういう機会があって初めて思い知らされるな。この街にどれだけの命知らずがいるのかって事実を。
「っ……! 第二波、来るぞォォォッ!!」
最前線から伝令が飛ぶ。……もう第二波か。予想よりずっと早いな。
魔物の中には狡猾な頭脳を有しているやつがいる。溶岩の竜もその類なんだろう。街で情報を集めた際に誰かが言ってたな。溶岩の中で機を伺っていた、と。
敵を確実に滅ぼすために戦力を蓄えていた……それなりに頭が回ると見て間違いはない。
そんな智将の次なる策は――
「……両翼に、軍が展開されてやがる! 空にも……! 乱戦に持ち込むつもりだッ!」
第一波の壊滅を悟ったのか、どうやら様子見をやめて物量攻めに転じたらしい。こちらが嫌がることを躊躇いなくやってきやがる。どこまでも鬱陶しいやつらだ。
「オオオォォッッ!! 勇者ガルドよォッッ!! 分身が可能になる補助魔法は無いのかあぁッッ!!」
「ねーよ馬鹿! さっさとくたばれッ! 溶岩に頭突っ込んで死ねッ!! クソがッ!!」
「えっ……? 俺様への当たり強くねェ……?」
アウグストのアホは無視だ。こっちも早急に策を練る必要がある……と言っても、やることなんて一つだがな。
「補助待ちのクソどもッ! 聞け! 個別にチマチマ補助をかけるのはもうやめだ! 武器で戦うしか能のないやつは今すぐ前に出ろっ!!」
本当に、打てば響く。
戦列を掻き分けて前に出てきた連中を見つけ次第補助を飛ばしていく。かけるのは脳筋セットだ。走れる、殴れる。極論、前衛の脳筋どもはこれでいい。
補助を受けて感嘆の声を上げている連中の背中を罵声で引っ叩く。
「散れ! 死んでこいっ!」
「うおおおおぉぉぉっっ!!」
野蛮な雄叫びを上げた連中が両翼へと散る。数には数を。極めて単純で頭が悪く、しかし効果的な解決策だ。
あらかたの戦力は投入し終えた。残ってるのは魔法使いと思われる連中と一般人くらいなもんだろう。
さてどう振り分けるか。頭の中で考えを巡らせていると。
「あのっ、勇者さま……わたくしたちはどう致しましょう」
飴玉を転がしたような甘ったるい声が掛けられた。
「お前は……『聖女』か」
「はい。お初にお目にかかります」
銀髪蒼眼。今まで顔を合わせたことは無かったが、存在だけは知っている。常に戦地に縛り付けられている、もう一人の金級だ。
回復魔法と魔石の加工技術に秀でた戦場の華。アウグストが攻めの要なら、こいつは守りの要だ。エンデの最大貢献者との呼び声も高い女である。
そんな『聖女』の後ろには魔法使いと思われる連中がずらりと並んでいた。そこにはニュイの姿もある。……なるほど、回復魔法使いの群れか。
「どうするもクソもねぇ。やれることなんて一つだろ!」
【
「走って、癒やせ! 手当たり次第だ! 癒やし終わったらそのまま死ねッ!」
「……! 残念ですが、死なせませんよ。そのために……わたくしたちが居るのですから。みなさん、参りましょう!」
「はいっ!」
「うっす!」
戦線を裏で支える回復魔法使いが方々へと散っていく。これで地上で戦っているやつらも少しは持ち堪えるだろう。
残る問題点は……
「空、だな」
火喰鳥の群れが高高度で戦列を組んで迫って来ている。後衛を直接叩いて乱戦に持ち込もうとしているんだろう。面倒なことをしてくれるもんだ。
空を見上げ、思わず舌打ちする。アレをどうにかしねぇと一般人が揃って燃やされるな。何か策は……。
頭を捻っていると『遍在』がギュンと戦線を離脱して走ってきた。ズザーッと滑り込んできて一言。
「勇者ガルド殿、付かぬ事をお伺いしますが……空を飛べるようになる補助魔法はありませんでしょうか」
「んなもん無ぇですよっ!」
「……無えですか」
残念そうな顔をした『遍在』が前線へと戻っていく。くそっ、ちょっと身構えちまった……いや馬鹿やってる場合じゃねぇ。どうにかする方法を探らなければ……はっ、あそこにいるのは……。
「おい、てめぇら攻撃魔法の使い手だろ!? 丁度いい、あのクソ鳥どもを撃ち落とせ!」
同士討ちを避けるために魔法を撃ち込めないで暇していた連中に発破をかける。だが返ってきたのは情けない泣き言だった。
「……いや、無理ッスよ。さすがにこの距離だと命中率が安定しない。……外したら仲間を巻き込むかもしれねぇ。もっと引き付けてから」
「ぬるいこと言ってんじゃねぇよ! いま当てられねぇやつの言葉なんか信じられるか!」
一般人の方にはルーブスが付いている。総大将が最前線に突っ込むわけにもいかんからな。最後の砦として控えておくのが最善だ。
いざとなれば火喰鳥くらいあいつ一人で片付けられるだろう。だが絶対は無い。後顧の憂いは断っておく。
魔法使いどもの列を掻き分けて進む。さて、お探しのやつは……おっ、居た居た。なに後ろの方で縮こまってやがるんだよ。腕を掴み、ぐいと引っ張って引きずり出す。
「えっ、ちょ、なになになに!?」
黒ローブである。目を白黒させて暴れる黒ローブに【
「お前には今から魔法使い連中の司令塔になってもらう」
「へっ!? いやっ、私は、その、火の魔法しか使えなくて、今回は、その……」
ほう。こいつ、案外殊勝な態度じゃねぇの。役立たずだって自覚してたから後ろの方で縮こまってたって訳ね。なるほど、道理で。
いやはや下らんな。役立たずであろうと奮い立たせて戦地に放り込むのが俺の魔法だぜ? 怠けるなんて許さんよ。
「他にも使える魔法があるだろ? 探知とかな」
「えっ……どうしてそれを?」
「そういう顔をしてた」
「どんな顔!?」
探知は正確には魔法じゃない。自分の魔力を薄く伸ばして周囲を探る力技である。感覚的には攻撃魔法に近いとは魔法が得意な姉上の談だ。無害な魔力攻撃で周囲を探る、といった具合らしい。
そうして得た情報を全体に共有させる。もちろん俺の補助で精度を格段に底上げしたものを、な。そうすりゃ撃ち漏らしなんて有り得ねぇ。
「魔法使いどもは各々得意な魔法の準備をしろ! 照準は上空! 一列に並べ! 狙いはバラけさせろよ!」
魔法使い連中が顔を見合わせてざっと散開する。未だに戦線が崩壊していないのは俺の補助のおかげだという事実が説得力になってるんだろう。異議を唱えるものはいなかった。
「あの、私はどうすれば……」
「言っただろ。司令塔だ。得た情報を、そしてどうすれば上手くいくかって意思を、そっくりそのままこいつらに飛ばせ」
「は、はい……!」
黒ローブが同意したところで魔法を発動する。
【
極限まで研ぎ澄まされた戦闘勘を与える【
戦場の流動性を、天候すらも肌で察する【
膨大な情報量による負荷を帳消しにする【
併せて三つ。練り上げる。
得た情報の精度を勘の向上で引き上げて、どこまでも冷徹に処理し続ける。未来すら読め。戦場を掌握してみせろ。
「【
「これは……!」
「探知を使え!」
指示に応えて黒ローブが杖の石突を打ち鳴らした。魔力の波が戦場を奔る。中継点は完成した。あとは頼むぞ、司令塔さんよ。
「掌握したな!? 放つぞ! 魔法使い連中への指示と、意思を込めろ!」
「はい!」
【
ハッとした魔法使いたちが掲げた杖に魔力を込めた。上空を種々雑多な魔法が乱れ飛ぶ。統制を失って暴走するように打ち出されたそれらは、しかし確実に魔物連中から翼を奪った。
洗練された連携はある種の芸術のような美しさを帯びる。
打ち出された火魔法を喰らおうとした個体は炎の中に隠された岩塊に頭部を潰されて絶命し、水の槍をギリギリのところで躱そうとした個体は風の膜にそっと押されて離脱すること敵わず刺し貫かれた。
魔物がこちらに忖度したんじゃないか。
喧嘩相手が唐突にやる気を無くして手を抜いたみたいな、まさしく拍子抜けと称するに相応しいほどの呆気なさを残して火喰鳥の群れは全滅した。
「ま、これだけできりゃ上等か」
「すご……え、こんな、えぇ……」
空は潰した。あとは地上のやつらの様子を見つつ崩れそうなところに魔法使い連中の援護を送るかね。
旗色がこちらに向いてきたか。ほんの少しそう思った瞬間、煮え滾る憎悪を遠慮なくぶち撒けるが如き咆哮が轟いた。火柱が天を灼かんと立ち昇る。煙焔は天に漲り、業火が大地を舐める。いよいよ敵も本腰を入れてきたらしい。
「第三波、来るぞおおぉォォッ!!」
聞いた話だと、三年前の侵攻の時はこんな波が都合十回も押し寄せてきたらしい。そりゃ悪夢だなんて称される訳だわな。
さて……持ちこたえてみせろよお前ら。勇者がついてて死人が出たとあっちゃ姉上にも国王のおっさんにも、魔王にだって顔向けできねぇ。
なにより……。俺は離れたところでじっと俺のやり方を観察しているクロードを見た。
無力に喘ぐやるせなさを、俺は嫌という程知っている。俺はあいつに可能性を示してやらなければならない。それが俺の覚悟だ。
「おらっ! へばってんじゃねぇぞクソどもッ!! それともようやく死ぬ気になったのか!? 女神様との楽しい茶会の切符は変わらず先着一名早い者勝ちだぞ!」
「るっせえぞダボがっ!」
「話しかけんじゃねぇーッ!」
「暇ならちょっと水もってこい雑用係ぃ!」
「誰が雑用係だッ! 死ねッ!」
これだけ威勢よく口答えできるんならまだ大丈夫だろう。お前らに死相は似合わねぇ。冥土の旅の最中でどんちゃん騒ぎをやらかして女神宅から門前払いされようぜ? 俺と一緒にな。
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