再来の悪夢
翌日。定宿の食堂で自前の飯を食いながら反省会を開いている。
「お前なー、ちっとばかし融通が利かないンじゃねぇの? あそこは誰がどう見ても声高に俺を擁護する場面だっただろ。効率の良い食い扶持がパァになっちまったじゃねぇか。あれはお前のために用意した飯の種だったんだぞ? そもそも俺の注文と食い違った言動をするってのはどういう理屈なんだよ」
「そういう前振りなのかと思いました」
「フリじゃねーよッ!」
俺は堪らずテーブルをぶっ叩いた。年季の入った木造丸テーブルがギシと震え、食器が抗議のように甲高い音を鳴らす。
多少の威圧を込めたのだが、クロードはぴくりともせず平坦な声で答えた。
「そうだったんですね」
「お前な……少しは察しろっての。論理的に考えろよ。あそこで俺が死んでも何の得も無かっただろうが。なんつーか、前後関係ってぇの? そういうのを勘案して動いてもらわなきゃ俺としても困るっつーかね。そこんとこどうなんよ」
「断頭台に掛けられた後に助かった記憶がなかったのでそういうものかと思いました。流れなんだな、と」
「流れとか言うな」
こいつ本当に俺の記憶を持ってるのか? いくらなんでもポンコツすぎるぞ。よもやスライのほうが賢いんじゃねぇの?
かと思えば反論しにくいところを的確に突いてきやがって。俺は論点をずらした。
「そこはもういい。話を変えよう。今回の完璧に近い修復屋ビジネスがなぜ失敗したか……理由はなんだと思う?」
「あくどいやり方に手を染めたからでは?」
「ちげぇよ! 誰かが治安維持担当に告げ口しやがったんだッ! アホのフリをして俺のことを試したやつが居る。恐らくはギルドの差し金だろうな……お前、何か心当たりはないか?」
「さっぱりですね」
チッ。まぁそりゃそうか。この俺ですら見抜けなかったんだからクロードに見抜ける道理がねぇ。
建設的にいこう。過ぎたことはいい。今後ヘマをしないための方策を講ずるのが先決だ。
「クロード、お前は【
「はい。……念の為に聞いても宜しいですか?」
「あん?」
「法に逆らわない、という選択肢はないのでしょうか」
ははぁ。俺は不意を衝かれた。思わずはぁと気の抜けた声を漏らしてしまう。
やはり経験不足。俺の記憶を有していながらこんな生ぬるい発言をするとはな。俺は赤子に寝物語を聞かせるように言った。
「それはな……賢くない考え方だ。いいか? 法ってのは強者が弱者を縛り付けるために敷いた自分有利のルールなんだよ。出る杭は打たれると言うだろ? 法はそもそも杭が出てこないよう抑えつけるためのモンだ。それに唯々諾々と従う? ハッ! そりゃ弱者の立場を甘んじて受け入れるっつー降伏宣言だぜ? んなもんは真っ平ごめんだろ?」
俺は上物の酒が注がれたジョッキをクロードの目の前にズイと掲げた。
「この美味い酒を飲めるやつがこの街に、いやさこの国に何人居ると思う? 一握りだ。ほんの一握りなんだよ。そしてその一握りの連中の大半は後ろ暗いことに手を染めている。言い方を変えるぞ? 法を破ってるんだよ。バレないようにな。他者より一歩抜きん出てるやつってのは天才か犯罪者のどちらかだ。ここまで言えば分かるだろ? 地道にコツコツ正道を行くことの馬鹿らしさがな!」
俺はジョッキをグイッと傾けた。喉を鳴らして酒を嚥下する。喉を焼き、鼻腔を抜けていく酒精を存分に堪能してからカァと息を吐き出す。ジョッキをテーブルに叩きつけ、口元を手の甲で拭い、そして言う。
「その他大勢の連中を出し抜いて飲む酒はウメェ。理由なんてそれで十分だろうがっ!」
俺はこの世の真理を語った。
これだけ言ってやれば俺の考えも伝わるだろう。クロードはすぅと目を閉じ、五秒ほど静かな呼吸を繰り返し、そして目を開いた。
「…………分かり、ました」
よし、教育完了。着実に物事ってもんを学びつつあるな。俺の理想とする存在まではもう一歩ってところか。たまに大ポカをやらかすのは大きなマイナスポイントだが、そこさえ治れば大きな問題はなくなる。この街での立ち回りを煮詰めていけば自活も可能になるだろう。
俺はこの肉の器で世界を満たそうと思う。そうすりゃ諸々の問題に片がつく。人の持つ情報をそっくりそのまま肉に宿した存在。魔力の有無に囚われていない存在。これを利用しない手はない。
「しかし、せっかく見繕ってやった飯の種が消えたのは面倒だな。またイチから割の良い仕事を見つけにゃならん」
「修復屋をやり直すのは駄目なんですか?」
「駄目だな。そう何度も都合よく修復魔法使いが現れるなんて不審がられる」
「でしたら、少し練度を落とすとか。……鍋や包丁の修理くらいしかできない、って設定ならそこまで怪しまれないかと」
「ダメだダメだ。俺の才能をそんなせせこましいモンに使うなんて許さん。下を見るなよ、上を見ろ。一人で世界を回すくらいの気概を持ってもらわなきゃな」
「……分かりました」
さてさて。となるとまずは食い扶持探しから始めるかね。
ここはエンデ。来る者拒まずの自由市場はいつだって儲け話の種が転がっている。適当に散策すれば何かしら閃くだろ。
「んじゃ飯を食い終わったら適当に街でもブラつくか。同じ宿に泊まったよしみで街を案内してるっていう理由なら周りからも怪しまれねぇだろ」
「分かりました」
ダブルツ処刑騒動のせいでクロードは変に耳目を集めちまったからな。そんなやつと冒険者エイトが並んでいたら俺にも注目が集まる。なので宿泊施設を同じにした。体の良い言い訳を用意するために。偽装工作に抜かりはない。
目抜き通りと職人街でも見て回るかね。そんなことを思いながらブレッドと干し肉を齧っていると宿の扉が勢いよく開いた。
「はぁっ……はぁッ……!? エイトちゃん! クロちゃんも!? こんな時にっ、なんで呑気にご飯なんて食べてるの!? 外の騒ぎが聞こえないの!?」
息せき切って現れたのはこの宿の女将だった。相当に急いで戻ってきたのか、気合を入れてセットした髪は所々乱れていて、額に浮いた玉の汗に前髪が張り付いている。この慌てよう……ただ事じゃないぞ。
聞かれたくない話だったので【
瞬間、震えるような怒号がボロ宿の壁を貫いて轟いた。
――溶岩地帯で竜が出た。三年前の厄災の再来だ、と。
▷
絶対に宿から出るな。クロードにそう厳命してから俺は外に出た。街は既に蜂の巣をぶん殴ったような喧騒が蔓延している。目抜き通りは鬱陶しいほどの人で溢れかえっていた。
人の波を掻き分けながら魔法を行使する。【
――竜って、またかよ。ほんの少し前に現れたばっかりじゃないか!
――ギルドは勇者を呼ばない方針を固めたらしいぞ。ここに残るのはリスクが高い。
――三年前の再来ってマジかよ……クソッ、どうなってんだこの地は!
――商売も終わりか。荷物を纏めろ、この街からは撤退する!
――どうしてこんなになるまで気付かなかったんだ!
――溶岩の中で機を伺ってやがったらしい。既に魔物の軍が侵攻の準備を整えてるって……!
――本当に大丈夫なのかよ……三年前の厄災って金級二人が死んだんだろ?
――ギルドの連中が本気で騒いでる。今回ばっかりは逃げたほうがいいかもしれねぇぞ。
なるほどな。事態は既に危険域まで差し迫っているらしい。何から何まで唐突だが、魔物ってのは得てしてそういうもんだ。いや……溶岩地帯が荒れてるとか言ってたっけか。兆候なら既にあって、それがとうとう顕在化したってとこか。
三年前の災害。俺は噂程度でしか聞いたことが無いが、そりゃもう大層な規模の群れが現れたらしい。
ギルドは総力を挙げてこれを撃退するも、多くの死傷者を出したそうな。この街が未だ健在なのは当時名を馳せていた武闘派の金級二名が文字通り死力を尽くしたからなのだとか。
そして今、焦点になっているのは『今のエンデにかつての災害を受け止めるほどの余力が残っているか』であるらしい。
ギルドへと向かう道すがら。まるで波が引くように人の群れが街の出口へと向かっていく。
まぁ、それが答えなのだろう。少し前、氷の嵐を纏う竜が現れた時はギルドが速やかに勇者を招聘したので騒ぎにならなかったが、今回ばかりは止めようのない焦燥や恐怖が街中を席巻していた。
保身に長けた商人連中が迅速に撤退の準備を整えるのを見て事の重大さを理解した連中も多そうだ。一般人が、胡散臭い商売をしている連中が、屋台のオヤジが、色街の娼婦たちが、形振り構わず街の中を駆けずり回っている。
騒動を収拾する治安維持担当は見当たらない。ギルドに徴発されたか。今頃は門の外で討伐準備に勤しんでいるんだろう。
……こりゃ、今後の身の振り方を考える必要がありそうだな。
様々な考えを巡らせながら街を歩いていたらギルドに到着した。スイングドアを腰で押して中に入る。常に酒精と馬鹿騒ぎの声で満たされている空間にはポツポツとした人影があるのみであった。多くの冒険者は既に徴発された後か。もしくは逃げたか、だな。
「っ!? エイトさん!!」
残った職員がバタバタと走り回っているのを眺めていると、馴染みの受付嬢が血相を変えてやって来た。
いつもの鉄面皮は見る影もない。先程の女将のように呼吸と髪を乱した受付嬢が絶え絶えに息を吐き出し、呼吸を整えてから俺を見上げた。
「エイト、さんっ……! 良かった……! 来て、下さったんですね……。いまっ、南門に、他の方々が集まってます……。エイトさんも」
「手続きを頼む」
受付嬢の言葉を遮って要望を告げる。
「ギルドの規定の……何条だっけ? 詳しくは忘れたが、あっただろ。有事の際、鉄級以下の冒険者は避難した日数分だけ除名処分期間を延長できるとかなんとか」
「………………は?」
「俺は今から宿に戻って荷物を纏める。んで、避難用の馬車が着き次第ツベートに向かう。この街の無事が確認できたら戻ってくるから、その間までの諸々の処理を頼む」
俺がそう告げると受付嬢はフラリと後ずさった。信じられないと言わんばかりに目を見開いて、そして糸が切れた人形のようにへたり込む。
蚊の鳴くような震え声で
「まさか……討伐に、向かわれないんですか……?」
などと聞いてきたので
「あぁ。死にたくねぇからな」
俺はそう端的に答えた。
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