巨匠

 前衛を張る冒険者連中の相棒といったら、それは間違いなく武器と防具だろう。


 並み外れた膂力と頑強さを持つ魔物と比較して、人の身体のなんと貧相なことか。爪を押し当てれば裂ける柔肌に衝撃で砕ける骨。生身で下手な攻撃をしようもんなら自分の肉体を損傷するし、痛覚なんてモンが備わってるせいでちょっと傷ついたらビビり散らかして戦意が陰る。


 戦いという分野への適性は人間よりも魔物の方が圧倒的に勝っているだろう。やつらは自らの肉体の損壊を厭わない。怖気づくことも逃走することも無い戦力。まさに兵の理想形と言える。

 おまけにどいつもこいつも厄介な能力を持っているときた。鬼は環境適応力と発生力に優れた尖兵、犬頭は嗅覚を活かした索敵役、豚頭は高いタフネスと膂力を誇る重歩兵、竜は魔物全体を統率する総大将。その全てが例外なく人を殺傷する機能を生まれながらに有している。人を殺すことが目的であるが故に。生まれながらの死兵、ってのはなかなかに皮肉がきいてやがるよな。


 そんな悪意と殺意の代行者たる魔物を相手取るには優れた武具が不可欠だ。硬質化した外皮を穿ち、断ち切る得物。殺意の乗った爪牙を受け止め、逸らす護身装具。命の獲り合いをステゴロ半裸で行えるほど人って生き物は完成していない。アウグストのアホじゃあるまいし。


 そんな理由もあってエンデでは武具の商売が盛んだ。

 名工の打った優秀な武具は庶民の三年分の稼ぎを軽く要求してくる。冒険者が引退する際に手放した有用な呪装は更に倍の値段がつくこともザラだ。

 なんたって、それは命の値段だからな。死に急ぐことを是とする冒険者連中とはいえ、自らの命に安い値札を付けることまでは是としない。長生きするやつってのは、自分が美味いと思う飯を食うのと同じくらい自然に良質な武具を選り好みするのだ。


 呪装という規格外の代物を勘定しない場合、厳選された鉱石と熟練の業を融合して作製された武具を持っていることは冒険者にとって最上のステータスとなる。貴族や王城のやつらは宝飾類の輝きで地位を誇示するが、冒険者は鋼の輝きで実力を誇示するのだ。


 そして俺は最上級の武具を提供する者の座へと滑り込むことに成功した。


「ど、どうだ? 直せるか……?」


「ふぅむ、随分と半ばからポッキリといったもんだな」


「氷熊のクソ野郎にへし折られちまった。銅級の頃に奮発して買った俺の相棒なんだ……直してくれるなら、金は払う」


 目の前にいる筋骨隆々の男が体躯に見合わない不安げな声を出す。

 銅級の頃、という口振りからしてコイツは銀級だろう。それも相当の上澄みと見たね。これほどまでに破損した剣を大枚はたいて直そうとするんだからな。懐事情よりも優先できるモンがあるって時点で相当の稼ぎ頭だろう。


 金づるとしては申し分ない。


「クロード、レンズを」


「はい」


 助手として働かせているクロードに指示を出す。こいつには俺のやり方を間近で見て学んでもらわねばならんからな。

 受け取ったレンズで剣の断面を覗き込む。正直状態の良し悪しなんて分からんがな。必要なのはそれっぽい雰囲気だ。結果を出す前の過程にも価値をもたせることで法外な価格に説得力を与えることができる。俺はよく分からんレンズのつまみをくりくりと回した。難しそうな声で低く唸って告げる。


「直せる。が、高く付くぞ。コーティングも必要になる」


「っ! ああ、構わねぇ! いくらでも出す!」


 こうやるんだよクロード。見てるか? 今の一連のやり取りだけでお前が一日働いて得たカネを越す売上が得られるんだぜ? これが技術を売るということだ。


「重量と重心が若干変化するが……名剣として蘇らせることを約束しよう」


「頼む……!」


 芝居は終了。あとはやることをやるだけだ。

 受付から少し離れた作業台に座り直す。折れた剣先と本体の切断面を合わせ、変質アンブレイ鋼をあてがって魔法を行使する。【修復サブライム】。


 溶け出した鉱石が別離した剣先と本体を繋ぎ合わせる。そして薄く膜を塗布すれば完成だ。本当は十秒かそこらで終わるんだが、雰囲気を出すために十五分ほど費す。よし。


「できたぞ。生涯現役を約束してやろう。お主が下手を打って柄を壊したらその限りではないがな」


「おお……本当に、直ってやがる……!」


 感嘆の声を漏らす銀級の男。よほどその剣に思い入れがあったのだろう。柄を握り、刃に指を滑らせて感触を確かめ、そして一つ頷く。ケチはつけられなさそうだ。


「いくらだ?」


「銀貨八十枚」


「そうか。釣りはいらねぇ」


 男は受付に金貨を一枚置いて意気揚々と店から出ていった。きっと試し切りに出掛けるのだろう。


 しかし。俺は受付に置いてある金貨をチラと見た。


 ボロすぎぃ!

 いやぁ、こりゃ太っ腹だねぇ……。やはり相手にするなら上澄みに限る。金払いの良さがまるで違うね。俺は金貨を革袋にしまった。


 商売ってのはこうやるんだよ。分かったか?

 そう諭したところ、クロードが首を傾げて問い掛けてくる。


「あの、なぜわざと時間をかけるのですか? 一日に見る武具はひとり一つまで、という決まりもよく分かりません」


 おいおいそこからかよ。俺はクロードの肩を組んで裏の部屋に引っ込んだ。客に聞かれないよう小声で言う。


「あんまり早く片付けたら行列がはけちまうだろうが。武具を一つまでに絞るのも同じ理由だ。実直に仕事をこなすだけじゃブランド力ってのは保持できねぇのよ。あらゆる手法を用いて優位性をアピールしていけ。行列を途絶えさせないってのは最も有効なやり方だ。理解したな?」


「……はい」


 素直に頷くクロード。うむうむ、適宜言ってきかせてやれば失敗することもなくなるだろう。気長に育ててやるとするかね。


「すみません、幾つか修復をお願いしたいものがあるのですがー」


 俺流の商売哲学を語って聞かせていると受付から図々しい声が聞こえてきた。チッ、ひとり一つだって書いてあるだろ。看板も見れねぇのかダボめ。


「ちょうどいい。今からクソ客への扱いってもんを教えてやるからよーく見ておけよ?」


 クロードにそう宣言して魔法を行使する。【膂力透徹パワークリア】。俺はドアを蹴破って啖呵を切った。


「じゃかぁしいわボケがっ! 外の看板に一日の加工はひとり一つって書いてあるのが読めんのかこのフシア……ナ……」


 ミラさん。

 今日は【偽面フェイクライフ】使ってないんですね。……あぁ、身分を偽って武具関連の売買するのって違法なんでしたっけ……?


「……これは、失礼しました。少々気が逸っていたもので」


「いえ! いえっ! こちらこそすみませんでしたァー!」


 俺は受付台にダンと両手をついて額を擦り合わせた。許しを請うてから笑みを浮かべて顔色を窺う。


「へへ……知らなかったんですよぉ……まさか治安維持担当を纏め上げる『遍在』様が来てくださってたなんてぇ……大変光栄ですぅ……」


 俺はガバっと上体を起こした。キッと表情を整えて言う。


「ではお持ちの武具を全て出して下さい。最短最速で最高の修復魔法を施させて頂きます」


「えっ……ひとり一つまでなのでは?」


「とんでもない!」


 俺はバッと両手を広げた。それはとんでもないことだと全身及び表情筋を駆使して表現する。


「治安維持担当のトップともあろう方に何度も無駄に足を運ばせるなどと……この街への背信行為に他ならない! 貴女様の時間には私めの修復魔法以上の『価値』があるッ!」


 毎日毎日『遍在』と顔を合わせてられるかよ。俺は右手でドンと左胸を叩いて忠誠の辞儀を披露した。


「ご安心下さい。この件で何か文句を言う者がおりましたら私めが黙らせます。かの舌鋒鋭きギルドマスターであっても説き伏せてみせましょう。貴女様には特例を許容させる実績がある。むしろこれは一市民としての義務なのです。ここで貴女様の時間と手間を奪うことこそが罪と言えるでしょう! さぁ、今すぐ全ての武具を出して下さい。すぐに加工いたしますので」


「そ、そうですか……? では、お願いしますね」


 俺の熱弁を聞いて満更でもない様子のミラさんが袋の中からジャラジャラと武器を取り出した。

 ダガー、ワイヤー、寸鉄、投擲針、鉄の玉、ナックルダスター、手甲鉤、鉄心入りの靴などなど。その全てにちゃちゃっとコーティングを施す。はよ帰れ。


「またのお越しをお待ちしゃしゃぁーっす!!」


「感謝いたします。……ふふっ」


 ふぅ……一難去ったぜぇ……。

 俺は椅子の上でぐったりと身を弛緩させた。生きた心地がしねぇよ、全く。


「…………」


「……クロード、言いたいことは分かる。だがな、これだけは覚えておけ」


 どこか冷たく見える視線を寄越すクロードに言う。


「何事にも、例外はある」


 ▷


 そう、何事にも例外はあるのだ。


「アンブレイ鋼を使って修復してくれよ。ココな。この欠けた部分だけでいいからさぁ」


 俺の目の前に貧相な剣が差し出されていた。剣の良し悪しに疎い俺でも分かる。これは数打ちのナマクラだ。

 剣を差し出してきた男は到底やり手とは思えない装備を身に纏っている。立ち居振る舞いも洗練されていないし、猛者の纏う風格のようなものが備わっていない。鉄級に上がりたてのゴロツキ崩れといったところか。


「……これを直せと」


「ああ。頼むぜ、金なら払うからよ」


 ほんの少しの欠けだ。使用するアンブレイ鋼もごくごく少量で済む。加工の手間賃込みで銀貨五枚が相場といったところか。


 こいつ……。俺はヘラヘラと笑みを浮かべる男をチラと見た。

 これは金づるにならないな。恐らく『話題の店で修復魔法を掛けてもらった』という実績みたいなものが欲しいだけの輩だ。同僚や石級連中に自慢でもしたいんだろうな。常連には……なり得ない。


 ……要望に応えるのが職人の務めだ。武具の修復を請け負う旨と加工料を看板に記載した以上、相場通りの金を貰ったら応えるのが務め。だが……銀貨五枚ねぇ。そりゃあ安く買い叩きすぎじゃねぇの?

 ダブルツは巨匠として君臨する男だ。けして木端冒険者の自尊心を満たすために使われる存在ではない。


 修復を突っぱねるのも手だが……ふむ。


「少々待っとれ」


 俺はナマクラを持って裏部屋に向かった。そして刃の部分にアンブレイ鋼で作った鉄工ヤスリの先端をあてがう。【無響サイレンス】。俺は剣の刃をガリガリと削った。

 ふむ……こんなもんでいいだろう。【修復サブライム】を発動して傷を加工する。あたかも以前からあった古傷であるかのように。これでよし。


「あ〜、この剣は駄目じゃのう! ここ見てみぃ。近い内にオシャカになるぞ。ここも直さんといかん」


 受付に戻り剣を突っ返しながらそう告げると男はさっと顔色を変えた。


「はっ、えっ? こ、こんな傷……あったか? 俺がさっき買った時はなかったような……」


「ここも直すとしたら……銀貨二十枚は頂くぞ」


「!? た、高くねぇ……? さすがにそれは予算が……」


「仕方ないのぉー。なら銀貨十五枚にまけてやろう。これ以上は銅貨一枚もまからんぞ。どうするんじゃ。ん?」


「ぐ……くぅ……分かった、払うぜオッサン」


 くくっ……容易い。容易すぎるぞ。俺のブランド力を利用してやろうなんて舐めた態度をしくさりやがって。それは授業料だぜ? 商売の世界では、他者を利用してやろうと息巻く小物から食い物にされるのよ。


 修復費用の水増し。我ながらいい案を思いついたものである。

 金払いのいい連中には末永くご愛顧頂く。だが、記念みたいな気分でやってきた木端連中は搾れるだけ搾って出涸らしのように捨ててやる。


 修復魔法は安くねぇ。それを思い知らせるいい機会だ。


 さぁ、巨匠として君臨するとしようか――!

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