活火激発、焦げ付くほどに

 三日後。

 職人街の一角にあるダブルツ修復店の前にはそれなりの行列が出来上がっていた。


 客層は様々だ。安っぽい服を着たオバちゃん、どこぞの料理人と思われる服を着たオッサン、一般庶民と思われるオバちゃんに腰の曲がったおばあちゃん、大声で駄弁ってるオバちゃん三人組……オバちゃん多すぎぃ!


 いやいやいやおかしいだろ。どうなってんだよ。なんで行列の中に冒険者が一人も居ねぇんだ? 金づるが武器を背負ってやってくるって寸法だっただろうが。なんでオバちゃんが調理器具と安モンの鉱石を手にして並んでやがる。


 チッ……過干渉は避けるべきだと思ったんだが仕方ねぇ。使うか。【聴覚透徹ヒアクリア】。


「それにしてもホントなのぉ? イマイチ信じらんないけどねぇ〜」

「ホントだって! あたしゃ直接見たんだから!」

「鍋に焦げ付かない加工をしてくれる……それが本当なら大助かりなんだけどねぇ〜」


 はァ…………。俺は俯いて額を手で覆った。


「ちょっと、ちょっと! 見てよこれっ!」

「あ〜らお隣さん。まっ、この鍋ってもしかして!」

「この鍋! すんごいわよ〜! 水でサッと流しただけで汚れが取れるんだから〜!」

「んまぁ〜!」

「なんか包丁の加工もしてくれるらしいし、この機会に調理器具を新調しようかしらっ!」

「んまっ!」


 おいおい……俺は思わずふらついて民家の壁に背を預けた。鼻の頭を親指と人差し指で揉みほぐしながら呼吸を整える。一分くらいそうしていただろうか。俺は大きく息を吸い込み、肺の中身を空にする勢いで溜め息を吐き出した。


 なんで珍しい修復魔法の使い手が一般家庭の味方みたいになってんだよッッ!!


「んまっ!!」


 んまっじゃねぇ! クソがっ! 説教だ説教!!


 店の前で行列がはけるのを待つ。昼が過ぎ、日が沈んでいき、空が茜に染まり始め、そして空が藍色を強くした辺りで行列が消えた。いや満員御礼じゃねぇか。変なところで人気を博してんじゃねぇよ。


 ガチャリと扉が開く。軒先に立てた看板を店内にしまうために出てきたクロード(ダブルツ)の肩を組み店内へと入る。よう、お前さぁ、なにしてんの?


「……訳が、あるんです」


 それを聞いて安心した。どうやら今の状況はおかしいと自覚する頭はあるらしい。そりゃそうだよな。初期構想からブレにブレまくってる現状に違和感を覚えてくれないようじゃポンコツの烙印を押さねばならなくなる。

 できれば改善策を講じるくらいしてほしかったが、それはさすがに高望みか……。いい。それはいい。問題点が早期に発覚したと思うことにしよう。顎を動かして発言を促す。どこかバツが悪そうに見える表情のクロードがポツポツと語り始めた。


「初めに来店なさったお客様が、その、おばさまだったんです」


「追い返せ」


「……店の方針を説明しようと思ったんですけど、凄く……強引に話に割り込んできて、調理器具に修復魔法を使ってくれって言って聞かなくて」


「突っぱねろ」


「……他の修復屋ならやってくれたの一点張りで……」


「嘘に決まってんだろ」


「…………最終的に、修復と引き換えにこの店を宣伝してくれるっていう話になったので……」


「承諾した、と」


「……はい」


 そりゃあ……災難だったかもしれねぇな。初めての客としては最悪な部類だ。

 この街のオバちゃんはバイタリティに満ちている。冒険者を引退したオバちゃんなんかは特に厄介だ。魔物を相手に切った張ったを繰り広げた猛者は交渉の場で引くということを知らない。ほんの少しでも穴を見つけたら手を突っ込んで抉じ開けて身体を滑り込ませてくる。物を強く言えないコイツはそのゴリ押しに屈しちまったらしい。


「んで、その客は約束通り宣伝してくれたわけだが、その相手が冒険者じゃなくて井戸端会議のお仲間だったわけだ」


「……恐らく」


「客が異常に偏ってたのはそのせいだな。チッ、どうりで冒険者が寄り付かないわけだ。調理器具の修復程度しかできねぇと高を括られたんだろう」


 調理器具を作ってる職人に剣を打ってもらおうなんて思い立つ馬鹿は居ねぇ。分野がまるで違う。修復魔法だって同じだ。鍋を直して小金を稼いでるやつに己の命を預ける武具を直して貰おうなんて誰も思わねぇよ……。


「それで、その、一度引き受けてしまったので……断るのは評判に響くと思い……」


「律儀に修復魔法を使い続けた、と」


「……はい」


 そら大人気にもなるわな。使い手が少ないから知られていないだろうが、修理後のモノの性能は修復魔法の練度によって大きく上下する。こいつほどの腕があればクズ鉱石でも調理器具にそれなりの加工を施せるだろう。

 列に並んでたやつらが揃いも揃って鉱石を持参してたのは加工料を値引くためだな。アンブレイ鋼じゃなくてこっちでやれ。その分値段を下げろ。そんな交渉に乗っちまったんだろう。ふざけた話だ。


「……でも、お客様たちは凄く喜んでいました」


「俺は喜んでねぇけどな」


 本日の売上金が入った革袋を見る。おうおう、こりゃひでぇな。銅貨がジャラジャラと溢れてやがる。足元を見られやがって。


「ざっと見……銀貨三十枚分ってとこか? おいおい……一日金貨一枚にも満たないだと……? 至高の補助魔法を一日中使用してこれとはなぁ……くくっ、勇者の価値をずいぶん買い叩いてくれるじゃねぇの」


「あの……相場通りでは、あるかと」


「そりゃクソ安い調理器具を"普通に"直した場合はなっ! 技術を安売りすんなって言っただろうが! テメェはテメェの技をもう少し活かしやがれ! こんな街の便利屋さんみたいな扱いをされてることに憤れ! ったく……認めねぇぞ……俺が直接馬鹿にされてる気分になる」


 まあいい。まだいくらでも軌道修正がきく段階だ。

 むしろ落ち度は俺にあったかもしれねぇな。この街はエンデ。王都で息巻いていた連中が尻尾を巻いて逃げ帰る魔窟だ。そんなところにひよっこを放り込んだ俺の采配ミスかもしれん。そう思うことにしよう。


「一週間だ」


 突っ立っているクロードに告げる。


「俺が一週間ダブルツとして働く。お前は店の雑用係のクロードとして側に控えて俺の働きっぷりを見てろ」


 俺は【偽面フェイクライフ】を発動した。白髪で強面のおっさんダブルツに化け、しわがれた声で言う。


「商売の真髄ってのを見せてやる。数々の成功を収めた俺のやり方を学べることを光栄に思えよ」


 ▷


 翌日の昼前。

 ダブルツ修復店の前には案の定行列ができていた。並んでるのは殆どが主婦で、他は料理店の従業員と思われる連中だ。どうやら料理界隈にも話題が波及したらしい。全くもって嬉しくない情報である。


 それに。俺は並んでいる連中が握っている鉱石をチラと見た。

 あれは溶岩地帯に転がってる安モンの鉱石だ。溶岩地帯に赴いた冒険者が小遣い稼ぎに拾ってくるようなガラクタ。よくもまぁ恥ずかしげもなくそんなモンを突き出してくれるもんだな? 俺は――いや――儂は世界一の修復魔法の使い手、ダブルツだぞ――!


「あ~らダブルツさん! 今日は包丁を持ってきたのよ〜! いつもの、お願いね?」

「ちょっと、聞いたわよ~? あなたのおかげでウチの隣の奥様が大助かりしてるって!」

「調理器具をめちゃくちゃ使いやすくしてくれるって聞いて飛んできたんっスよ〜。一日一つらしいんでしばらく厄介になるっスよ。宜しくっス!」


 やかましい。俺は【響声アジテート】を発動して叫んだ。


「オドレらぁぁァァッ!! 儂を舐め腐るのも大概にせえやぁぁッッ!!」


 通りの一角に響き渡るほどの大音声。通行人が振り返り、職人たちが店の中から顔を出し、くっちゃべっていた客どもがシンと静まり返り、そして治安維持担当の冒険者が駆け付けてくる。来たな。お前を待ってたんだよ。


「ちょ、ちょっとあんた、いきなり大声出して一体どうし」

「黙れボンクラがッ!! コッチが譲歩したらどこまでも付け上がりおってッ! そこの立て看板が目に入らんのか!? 儂は武具の修復を請け負う天下の修復魔法師ダブルツだぞッ!!」


 活火の如く怒鳴り散らす。だが、まだぬるい。チョロ火で焚きつけられるほどこの街の連中は甘くない。炉に薪をぶち込む。


「何が調理器具を直せだッ! フシアナどもめが! 儂の鍛え上げた秘奥をそこらの凡愚と同列に見られるなど業腹の極み! オドレら今すぐ儂の前からねぃ! モノの価値すら解さぬ痴れ者の頭は修復魔法じゃ直せんのでなァ!」


 遠慮も気遣いもなく言い放つ。間違っても客に向かって吐き捨てる言葉ではない。だがこれでいい。

 俺は列に並んだ客を睨めつけ、心底不愉快だと言わんばかりに顔を顰めて唾を吐き捨てた。最高峰の技術を持ち、仕事も素材も客も選ぶ偏屈さを持つ職人ダブルツであるが故に。


「な……なによ! 私の鍋が直せないっていうの!?」

「じ……自分の包丁も練磨して欲しいんスけど……」


「じゃかぁしい! 去ねと言うたんが聞こえんかったのかっ! 営業妨害だクソボケどもがッ!!」


 俺は腰にさげていた剣を抜き放った。すかさず治安維持担当が駆けつけてくるが、構わない。振り下ろす。


「っ!?」


 ガリ、と。ろくに舗装されていない地面へと剣を叩きつける。何度も、何度も。狂って癇癪を起こした老人のように。


「儂の技はっ! オドレらのような! ボンクラどものためにあるのではないぞッ!!」


 身を挺して客どもの前に躍り出た治安維持担当二人の前で剣を叩きつける。火花が散るほどに強く。手の痺れは【耐久透徹バイタルクリア】で無視できる。


「よくも儂にクズ石なんぞを握らせたなッ! この上ない屈辱だったぞっ! この街にはフシアナしかおらんのかッ!!」


「お、おいおっさん、やめ」


 治安維持担当の冒険者が静止に入ったところで魔法を切り替える。【敏捷透徹アジルクリア】。俺は剣の鋒を冒険者の男の眉間へと突きつけた。

 耄碌したおっさんだと油断していたのだろう。冒険者の男は息を呑んで後退り、そして吠えた。


「っ、おい! 俺らに剣を向けるってことがどういうことか分かってんのか!?」


 鈍いやつらだ。事態を分かってないのはお前らの方だぞ。早く気付けよ。お前ら治安維持担当ならそれなりの腕のはずだろうが。


「……っ! お、おい……この剣……!」


 もう一人の治安維持担当が目を見開いて固まる。視線の先にあるのは剣の鋒だ。気付いたか。それでこそだ。俺は【魅了アトラクト】を発動して言った。


「数打ちのガラクタを宝剣に変える。儂の魔法は――そこらのボンクラに奉仕するためのものでは、断じて無い」


 俺が持っているのはクロードがコーティングした剣だ。叩きつけた地面の方が削れ、穿たれる。刀身に走る光に一切の陰り無し。


「最高品質のアンブレイ鋼を用いて……儂が最高の魔法を施した剣だ。とくと見よ。傷の一つもありゃあせん。鋼の輝きを知らぬ愚物どもめ。儂の祝福を受けた一振りは、同量の金と等価であると心得よ」


 実演販売。それが俺の考えついた策である。これくらいやるのが強かな商売人ってやつだぜ。客に選ばれてるようじゃまだまだよ。


 数時間の後、ダブルツ修復店の前には冒険者どもの列が出来上がっていた。さぁて、儲けるとしますかね――!

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