ダブルツ修復店
新たな人格ダブルツを作った俺は職人街の一角をぶらついていた。
職人街は文字通り工芸や製造を生業とする者たちの工房が軒を連ねている区画である。染料や建材を作る工場から武器や防具を作る鍛冶屋まで種類は様々だ。
色々と見て回ると楽しめそうな区画なのだが、俺は何か用事があるときくらいにしか立ち寄らない。雑貨や武器を新調する時に寄るくらいだな。あまり美味い飯が食える場所じゃないし、何よりもニオイがキツい。ニカワなんかを扱う工房の前を通ると思わずえずきそうになる。
まあ今回ばっかりは贅沢言ってらんねぇ。【
元は金物を売っていた店らしい。店主が年で引退したため店を畳んだのだとか。わりと良さげな立地なのだが、いかんせん店舗が小さい。在庫を抱えるのが難しいため買い手が現れなかったのだろう。しかしそんなことは俺達には関係ないので好都合である。
必要最低限の仕事道具を運び出し、見窄らしくならない程度の装飾を整え、安くて素朴だがしっかりとした立て看板を通りに立てれば一端の工房の完成である。
「つーわけでお前には修復魔法を活かしたビジネスに取り組んでもらおうと思っている」
「はい、分かりました」
修復屋。それがクロードにやってもらう仕事である。
エンデの街では金属類の需要が下がることはない。冒険者連中という最高の金づるが掃いて捨てるほど居るからな。
魔物をブチ殺すには武器が入り用になるし、怪我を負わないよう防具を着込むやつも居る。さすがに全身鎧を着るようなやつは少ないが、要所を守る胸当てや篭手なんかは必需品の類だ。
あるとなしでは生存率が大きく違ってくる。冒険者界隈では武器や防具といった自らの命を預けるモンに費すカネをケチったやつから死んでいくのだ。
裏を返せば、長生きして一線で戦い続けている銅級以上のやつらは装備の選別と手入れに余念がないことを意味する。上澄み連中になると、良い装備を手に入れるためならば金に糸目をつけない。
達人は得物を選ばないなどと
長いこと冒険者をやってるとそれなりの呪装に巡り合うやつもいるが、それでもあくまでそれなりだ。とんでもない名剣を偶然手にしたルークは例外中の例外である。あんなもんがゴロゴロと転がっててたまるかっての。
それに、有用な呪装を持っている冒険者も普通の武器を一つか二つは持っている。手入れや研ぎは必要になるはずだ。
『エイトさん、そんな魔法使えるんですか……? 真面目に働けば大金持ちになれるじゃないですか』
ニュイの言葉を思い返す。そう、修復魔法は金になるのだ。自由な時間が限られそうだったので手を出さなかったが、クロードに働かせる分には問題ない。どころか最適なんじゃなかろうか。
客から武器を預かる。ちょいと魔法を使って武器を直す。客に武器を渡す。金をもらう。要はこれだけだ。クソのような客に難癖をつけられない限り順当に儲けられるだろう。
「使用する鉱石はこれな。イカれ錬金術師が実験に使って変質したアンブレイ鋼だ。鍛冶師では扱えなくなっちまったらしいが、修復魔法なら加工できる。俺ができたんだからお前でもやれるだろ」
「試します」
「よし、じゃあこれを使ってやってみろ。破損箇所の穴埋めとコーティングができれば十分だろ」
俺は作業台の上に剣と鉱石を置いた。
剣は捨て値で売られていたクズ品だ。研ぎ過ぎてすり減った刀身は所々欠けてるし、放置されすぎたのかサビが浮いている始末。もはや悪趣味なオブジェ以外の価値はない。力一杯叩きつけたらポッキリと折れてしまうだろう。
これを武器として振るえる段階まで修復できれば上等だ。確実に話題に上る。後はカモが武器を背負ってやってくるって寸法よ。
クロードが右手で剣の柄を持ち、左手で鉱石を持つ。ふうと一つ息を漏らし、鉱石を剣の損傷箇所に当てて唱えた。
「【
魔力が鉱石に干渉して淡い光を放つ。熱したわけでもないのにドロリと溶けた鉱石が欠け刃にまとわりつき、形を変え、癒着し、結合する。
クロードが添えていた左手をどけた。見窄らしい欠け跡は残っていない。あっさり成功させやがったなこいつ。
「……どうでしょうか」
「いま確かめる」
修復された箇所にさっと指をすべらせる。コンコンと指で叩いて結合していることを確認し、一回だけブンと振ってみる。ふむ。
「指に引っ掛からない。修復箇所が崩れない。重心に違和感なし。これなら文句をつけられることはねぇだろう」
クソ客は斬新な角度から難癖をつけてきて値切り交渉という名の詐欺行為を働くからな。そういうクソを黙らせるためには寸分の瑕疵も残してはならない。相手を付け上がらせる材料を与えないのが一流の仕事だ。
その点で言えば、クロードの仕事は一流と評して差し支えない。
「ありがとう、ございます」
「まだ安心するには早ぇ。次はコーティングを試してみろ」
修復魔法の真髄と言えばコーティングだ。良質な鉱石を溶かした膜で覆うことにより、元となったモノに様々な効果を持たせることができる。
耐食、防錆、耐熱、頑強。欲しい機能をピンポイントで付与できるんだから需要が下がるわけがねぇ。頑強性は言うに及ばず、耐食性や防錆性は面倒な手入れの手間をある程度省いてくれる。メンテナンスのために油を塗るという作業を嫌うものぐさは多いから需要は高い。耐熱性はオマケみたいなもんだが、溶岩地帯に赴く腕利きには有難がられるかもしれん。
そして俺の勘が正しければ、アンブレイ鋼はその全てを高い水準で満たす資質を秘めている。
「【
クロードが再び魔法を発動する。安物の剣の峰に鉱石を当て、根本から切っ先に向けてゆっくりと滑らせながらアンブレイ鋼の膜を塗布していく。淀みない手付き。こいつ……やはりとんでもないな。俺の資質を受け継いでいるってのは比喩でも誇大広告でもない。
「……どうでしょうか」
「待ってろ」
コーティングされた剣を検める。
【
【
「見た目は及第点だな。あとは……」
俺は剣を上段に構えた。目の前には頑丈さを重視した金床がある。出来栄えを確かめるには……丁度いい。
【
鈍い衝突音。剣の無事を確認したところで、俺は剣の刃をノコギリのように引いた。不快な擦過音を数回響かせてから手を止める。
「うーむ……」
俺は剣の刃と金床を見比べて低く唸った。これはこれは……。
「……まずいな」
「っ……何か、及ばなかったのでしょうか」
「いいや。その逆だ。
金床に叩きつけて刃こぼれしない、どころか傷一つつかないなんておかしいだろ。この剣は中途半端な呪装を凌ぐぞ。変質アンブレイ鋼……想像以上だ。今のままではまずい。
俺は剣を置いて店の外に出た。立て看板に粉棒で書いた値段を消し、五倍の値段に書き直す。これでよし。
「あの、さすがに相場からかけ離れ過ぎていませんか?」
書き直した値段を見たクロードが提言してくるが……甘いな。まるで的外れな意見だ。
「技術と成果を安売りするもんじゃねぇよ。要らん恨みを買うばかりか、利用されて馬鹿を見るだけだ」
「……利用される?」
「ああ。簡単に言うと転売だな。大量のガラクタに安くコーティングさせて、丈夫になった剣を高く売り捌かれる。商人の嗅覚を舐めるなよ? こっちの評判が広まる前に荒稼ぎされちまう。そん時になってから慌てて加工料を上げたって時すでに遅しってわけだ」
「……なるほど」
「良いモノには良い値段を。常識だ。覚えとけ」
「良いモノ……はい、分かりました」
クロードが頷いたのを見て俺も頷く。これで仕込みは完了ってとこだな。
あとはクロードが【
ガキどもの新聞を使えばあっという間に話題をかっ
だが、まあ、あの腕さえあれば大丈夫だろう。冒険者連中も馬鹿じゃない。優秀な腕を持つ修復魔法使いの噂はすぐに共有されて上澄み連中が殺到するに決まっている。
完璧だ。これはいける。だが成果はあまり宜しくなかった。
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