エイトの運命
ひたすら逃げ回ってたという説得力を持たせるために一日置いてから冒険者ギルドに顔を出した。
だいぶ悪目立ちしたので人格を捨てることも考えたのだが、結果だけを見れば俺はチビ二人と黒ローブ、それに厄介な銀級のノーマンを助けたことになる。悪いようにはならないと思いたい。面倒事に発展しそうならすぐさま姿をくらますことも考えなければならんがな。
スイングドアを腰で押して酒臭いギルドに入る。直後、ガタガタと椅子を鳴らして立ち上がった三人が大声を上げて駆け寄ってきた。
「エイトさん!」
「エイトさんっ!!」
「エイトっ!!」
馬鹿みたいな笑顔を浮かべたルーク、アホ面を浮かべたニュイと黒ローブが周りを顧みることなく騒ぎ立てる。
おいおいあんま声を荒げるんじゃねぇよ。変に注目を集めるじゃねぇか。
「おう、戻ったぞ。はー……クッソ疲れた……もう二度と討伐任務なんて行かねぇぞクソが。おーい、酒くれ酒」
「ははっ、なんなのよアンタ……ほんとに生きてるし……なんか元に戻ってるし……」
「討伐隊の人たちがエイトさんは見つからなかったって言ってたから……もしかしたらって思ってたんですけど……本当に、良かった……!」
「だから言ったじゃないか! エイトさんなら絶対に戻ってくるって!」
おいおいなんだよコレは。感動の再会ってか?
チッ。つくづくくだらねぇことしてくれやがったなアーチェのやつ。"俺"の意識が無い間にやらかしたことで褒めそやされたって嬉しくもなんともねぇよ。それどころか不快でしかない。お前は"誰"に感謝をしてるんだっつう話よ。
あの馬鹿でかいヒルもどきに殺されるまで俺は俺の意識を保てていなかった。しかし今は全てを思い出している。頭がパァになっていた俺が何をしたのか、そして何を話したのか。
……五感強化のネタが知られたのはかなり面倒だ。確実にマークされる。
しかし悪いことばかりではない。【
警戒は解かれるだろう。しかしより強い注目が集まることになる。
立ち回り次第だな。俺は届いた酒を一息に飲み干してからジョッキをテーブルに叩きつけた。唇についた酒を舐め取って息を吐く。
無駄に上がった評価を地道に下げ続ければ、後に残るのは『忠誠心は無いが敵対する気も無い鉄級のエイト』だ。手持ちの能力がバレたせいでギルドは折に触れて干渉してくるだろうが……んなもん全部跳ね除けてやる。まだまだ甘い汁は吸わせてもらうぞ、冒険者ギルドさんよ。
「ねぇ、アンタ……今日の夜、空いてるでしょ? ……飯くらい、奢らせなさいよ」
「あ? いらねぇよ。俺ぁ今回の件を貸しだなんて思ってねぇ。礼も感謝もいらん」
「えっ……? な、何で……?」
「何でもクソもねぇよ。言葉通りの意味だ」
「嘘ぉ……口を開けば奢れってうるさかったのに……エイトさん、もしかしてまだ後遺症残ってます?」
「ちょ、ニュイ! エイトさんはあれだよ、僕たちは仲間なんだから遠慮するなって言いたいんだよ!」
「お前ら騒ぎたいなら外行け外。大物をぶっ倒した祝勝会みたいなの開いてるらしいし混ざってこい」
最近、魔物活性化のせいで連日休めず疲労を溜めてた連中が多かったらしい。そのガス抜きも兼ねてか、外ではいま盛大なドンチャン騒ぎが開催されている。
ギルドへの道すがらで俺も顔を出せと言われたが断固拒否した。ああいう騒ぎは好きじゃねぇ。無責任な連中がアホ面で催す勇者祀り上げパレードを思い出すんだよな。俺はこういう小汚くて酒臭いところで飲むのが好きなんだ。
「けど、あの化物相手に生きて帰るなんて……ほんとうに信じられない」
「それ何回言うんだよ。ボケた老人かっつの。血と毒を塗った肉をバラ撒いて必死こいて走ったんだよ。そしたらなんか逃げられた。それだけだ」
「エイトさん、どうして元に戻っちゃったんですか?」
「ニュイ、あれはキノコを拾い食いしてテンションがおかしくなってただけだ。走り回って汗かいたら毒が抜けた。そういうことにしとけ」
「適当だなぁ。……やっぱり、もういつものエイトさんに戻ってるみたいですね」
「あれはただ機嫌が良かっただけだと思うんだけどなぁ?」
チビ二人と黒ローブを適当にあしらいながら煎り豆を食う。んー、この雑な塩味がたまらんね。これを安酒で流し込むのがたまらねぇんだ。
これからあのイカれ錬金術の住処にカチコミに行く予定だからな。酒とつまみを腹に入れて英気を養っておかねばなるまい。さてアイツにはどう落とし前つけてもらおうかね? くくっ……。
「エイトさん、少し宜しいでしょうか」
四杯目のジョッキを空にして気分が上り調子になってきた頃、例の態度が悪い受付嬢がテーブルの側に来て声を掛けてきた。あんだよ水差しやがって。
「あぁ? どうしたよ。手短にな」
無粋な真似するんじゃねぇ。そう声と視線でアピールすると、受付嬢は怯えたようにひくりと身を震わせた。しかしそれもほんの一瞬。いつものように睨みを効かせ、冷淡な声色で事務的に言った。
「エイトさんの……昇格の件です」
は? 俺は耳を疑った。
昇格。昇格だと? 何を言っているんだコイツは。
「出立前に仰っていたではないですか。そろそろ昇格したいと。その件です」
何を馬鹿な。俺がそんなことを言うわけが……。
いや言ったわ。頭がパァになってた時の俺が昇格しないとカッコつかないとかなんとか言ってやがったわ。
おいおい。おいおいおい……。これまずくねぇか?
銅級からは余計な義務が発生する。拘束時間が長い治安維持任務や有事の際の徴発など、面倒なしがらみで囲われることになるのだ。拘束時間と義務が増えて自由な時間は減るなんて罰ゲームだろ。断固ごめん被る。
そんな俺の心情を無視して受付嬢が言う。
「星喰という脅威を死者数ゼロで討伐できたのは……いち早く斥候の任務に名乗りを上げ、身命を賭すことで仲間を庇い、迅速な報告を促したエイトさんの働きによるところが大きい」
「ちょ、待て待て……」
「ギルドはエイトさんに銅級の地位を授与する用意が出来ています。銅級以上の冒険者の推薦が一票でもあれば即時昇格となるでしょう」
クソがっ! 冗談になってねぇぞ!
銅級なんかになっちまったらエイトという便利な人格を即座に破棄しなきゃならなくなる。抵抗しろ。俺は何としてでも俺の価値を落とさなければならない。
「あっ……そっ、それなら私が推薦人に」
「待てっ! まぁ待てよ銀級のメイ。少し……俺の話を聞け」
【
「俺は今回の事件で……己の無力さを痛感した。俺は魔物を相手に逃げ回ることしかできなかったんだ。こんな男が銅級に相応しい訳がない!」
「一対一の状態だったら九割以上の冒険者は逃げ回ることしかできないと思いますが……」
ですよね。さすがに強引すぎたか……。ならば――
「加えて、俺は現場のリーダーであるノーマンさんの指示を仰ぐ前に単独行動をしてしまった! 戦場で足並みを乱す愚かしい行為……一歩間違えれば敵に利するところだった。リーダーの指示も待てないようなやつが銅級になる資格なんてないっ!」
「……ノーマンさんは、エイトさんの迅速な判断がなかったら死人が出ていたと仰っていましたよ?」
ルーク! 援護しろっ! 言葉を尽くして俺を貶めるんだよォー! 俺は意思を飛ばした。
「えっ……たっ、たしカにエイトさんは銅級にハふさわしくナイと思いマスヨー? あ、あンまりつよくナイデスシネー」
お前さぁ……。俺は内心で呆れ果てた。
お前やっぱわざとやってんだろ。ホントそういうところだぞ。そんなんでどうにかなるわけねぇだろ。真面目にやれや。
「…………困りましたね。同一パーティ内で不信任が出てしまうと、ギルドとしては見送らざるを得ないのですが……」
最高かよルーク。俺は最初っからお前を信じてたぞ。後で串焼きを奢ってやる。
「ルーク……? 急にどうしたの?」
「ルークくん……?」
「エイトさんはニゲあしがはやいダケだからなー。銅級はチョットナー」
「……星喰という脅威から五体満足で逃げ切れるだけで十分だと思いますが」
チッ。しつこいなこの受付嬢。なんで俺をそんなに昇格させたがるんだこいつ……。普段は虫でも見るような視線を寄越すくせにいきなり手のひら返しやがって。恥を知れ。
もう一押しいるか。ここを凌がなければエイトという人格の使い勝手が著しく落ちる。何としても昇格は拒まなければならない。俺は再度【
「それに、だ。話が大きくなりすぎてるせいで事実が捻じ曲げられてるみたいだが……あの星喰ってのは、実はそこまで厄介じゃなかったんだよ。確かにあの巨体は脅威だが、血に反応するって習性と単調な動きにさえ気を払えば【
俺は目撃者がいなかったことをいいことに適当をでっち上げた。
ホントはくっそ厄介だったけどな。【
しかしそんな事実を愚直に知らせる必要はない。星喰は目撃情報が極めて少ない珍獣だ。仰々しい名前をしてはいるものの、その実大したことなんてなかったんだと広まってくれりゃ御の字よ。
だが……今回は本当にタイミングというものに恵まれなかったらしい。
「ほォう。言ってくれるじゃねェか、鉄級のエイトォ……。俺様に怪我を負わせたあのデカブツを大したことないと言い切るとはなァ……」
低く唸る猛獣のような声が背後から響く。同時、心臓を握られたと錯覚するほどの圧が全身を襲う。
『柱石』。こいつ、聞いてやがったのか……。一体どこからだ。これは……厄介なことになった。アウグストは星喰と直接拳を交えている。誤魔化しはきかない。詰められたら面倒なことになる。
人の身でありながら人の枠を外れた偉丈夫が圧と熱を振り撒いて迫る。一歩の距離が常人とは違う。あっという間に眼前に立った筋繊維の化物が俺を見下ろして鼻を鳴らした。
「付いて来い。……話がある」
▷
ギルド地下の訓練場。以前アウグストと模擬戦でやり合った場所で俺達は向かい合っていた。
周りには誰も居ない。星喰という化物とやり合って勝利を収める怪傑と一足一刀の間合いで視線を交わす。
先に口を開いたのは向こうだった。
「俺様はなァ、貴様の正体なんて……どうでもいい」
嘘じゃないだろう。【
「ルーブスさんが貴様に目を掛けている理由も……貴様がこの街で何をしているのかも……心底、どうでもいい」
「……そりゃ、ありがたい。是非ともギルドマスター殿に進言してほしいね」
軽口は暴力的な圧に押し流された。
……存在を一定の位まで昇華させたやつは特有の空気を纏う。姉上が気で冒険者連中を黙らせた時と同じだ。化物連中は意識一つでその場を掌握する離れ業を難なくやってのける。
……本命が来るな。そう悟らせるには十分な空気だった。
「俺様が聞きてェのは……一つ。たった一つだ」
そう前置きしたアウグストが手を差し出してくる。
「貴様は……これに見覚えがあるはずだ」
人並み外れたデカさの手に握られていたものを見て、俺は思わず息を呑んだ。喉が引き攣る。
こんな……これは……まさか――――!
「俺様の……運命の人が持っていた短剣だ」
俺がアウグストにパクられた短剣だった。
脳裏にあの日の悪夢が
『情熱的だ……乙女よ、名は何と言う?』
これは、あの時……コイツの喉元に突き立てようとした……
『そう焦るンじゃあない……夜はァ……まだ長いぞォ……!』
うっ、頭が……っ!
「俺様は……ようやく見つけたんだ。俺様を心の底から満足させてくれる乙女を……!」
【
「熱い……それァもう熱い夜だった……! 飲みすぎたせいで記憶が曖昧だったのが……何よりも悔やまれる……だが酔ってなお鮮明に刻まれている甘美な余韻をッ! あァ、どうして忘れられるだろうかッ!」
【
「俺様の前から逃げるように姿を消した乙女は……まるで幼子がイタズラをするようにこの短剣を遺した。これは……残り香なんだ……求めるなら、捕まえてみせろと、そう耳元で甘ァく囁かれている……」
【
脳にズキリと痛みが走る。異なる魔法同士が衝突して火花を散らすような……!
「俺様は色街巡りをやめて……ひたすら職人街の鍛冶屋を訪ねた。手掛かりを得るために。そうしたらよォ……とある鍛冶師がァ……言ったんだ。この短剣を打った製作者が、だ。この短剣を買ったのは……鉄級のエイト、貴様だとなァ……」
【
記憶の濁流が頭蓋を削るように溢れてくる……こ、これは……エクス……こ、この魔法は……。
「エイトォぉっ!!」
「ひいっ!!」
アウグストが肩をむんずと掴んできた。や……やめて下さい……。胃が痙攣したように震える。上手く言葉が紡げない。捻り出すように言う。
「ぬ、盗まれ、たんです……! その短剣は……」
「やはりそうかッ! いつ、どこで、誰にッ!?」
「忘れ……ました……」
「思い出せッ! 思い出してくれエイトォぉッッ!!」
頭の中を悍ましい記憶で満たされながら、肩を掴まれガシガシと揺さぶらされる。俺はなんかもういろいろと限界だった。ガクリと膝を折る。いっそ殺せ。
「っ! すまないエイト……少し冷静を欠いたなァ……だがようやく、ようやく掴んだ手掛かりなんだッ! 何とかして思い出してくれッ!」
こいつ星喰に食われればよかったのに。そんなことを割と本気で思う。
俺は訓練場の床の冷たさを頬で感じながら言った。
「あの……思い出したら……言うんで……その……」
「! あぁ、なんだ!?」
「その……星喰なんて大したことなかったって吹聴しておいて貰えませんかね……?」
「そんなことでいいのか!? あァ、いいだろうッ! 俺様に任せろッ!」
結論から言うと、この交渉の甲斐あってかは知らんが、俺の銅級昇格は見送りとなった。それはいい。いいことだと思う。けど。
「しかし……ふッ……盗みが得意な乙女だったかァ……そりゃそうだよなァ……俺様のハートを盗んじまうくらいだからな? 手癖が悪い乙女も……素敵だ」
エイト人格、捨てようかな。
割と真面目に二、三時間くらい悩んだ。
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