値打ちのほどは

 ノーマンはたったいま起きた戦闘の一連の流れを見て確信した。やはり鉄級のエイトには何か裏がある。


 ソロ専門の斥候。使える魔法は【敏捷透徹アジルクリア】。持ち味は逃げ足の速さ。それが鉄級のエイトの自己申告だ。


 ――全くのデタラメじゃねぇか……。


 砂塵の奥まで見透かす【視覚透徹サイトクリア】。迫る敵を発見した際の簡潔な報告。片方が負傷していたとはいえ、砂鬼二匹を迅速に始末する体捌きと後輩の失態をカバーする視野の広さ。


 間違いない。エイトは集団戦の経験者だ。もしくは兵法の基本を熟知している。

 敵方の迅速な発見と要点を抑えた報告、そして粛々と指示を促す冷静さ。一年や二年で身に付くものじゃない。どこぞの自警団で頭でも張っていたのか、それともどこぞの貴族子飼いの戦力だったのか。分からないことが多すぎる。


 模擬戦の折、アウグストはエイトを弱いと断じた。けして嵐鬼とやり合える器ではない。せいぜい銅級上位に差し掛かる程度だろう、と。

 しかしそれはあくまで直接的な戦闘の話だ。優秀な斥候役はいつだって重宝される。不慮の事故を未然に防げる利点は馬鹿にならない。


 たったの一戦だが、分かった。

 鉄級のエイトは、ノーマンが普段肩を並べて戦っている銀級の斥候と比べても遜色ない。それどころか更に上の可能性もある。


『彼が石級の時に建築素材運搬任務を請け負った際、【膂力透徹パワークリア】を使っているとしか思えない動きをしていたとの報告も受けている』


 エイトは使える魔法を公にしていない。暫定四種類、いや、【視覚透徹サイトクリア】を使っていたので五種類か。


 どうしてこんな才能を腐らせてやがる。

 暴かなければならない。ノーマンは【六感透徹センスクリア】を発動して問いかけた。


「よぉ、やるじゃねぇか。お前、【視覚透徹サイトクリア】なんて使えたんだな?」


 なぜここまで態度を豹変させたのかは知らないが、エイトという男の底を探るにはいい機会だ。手札を全て晒してもらう。


 まぁ、さすがに馬鹿正直に答えるとは思えないが……


「ええ、五感強化は一通り使えますよ」


「!?」


 ノーマンの予想に反し、エイトは自らの手札を豪快に開示した。


「ひとっ、一通りだぁ!? 全部か!?」


「はい。あ、でも【嗅覚透徹スメルクリア】はあんまり上手く使えないんですよね。そもそも使い所が分からないというか……」


 ノーマンはエイトの仕草を精査した。そして判断を下す。

 嘘じゃない。視線の動きから声の抑揚、表情の作り、動揺のない立ち姿。その全てが自然体だった。


 全ての五感強化を扱える。それが本当ならば斥候の完成形……どころか戦線の要として申し分ない。戦場はエイトを軸にして回ることになる。


 金級以上の才能を持つ男。あの言葉に偽りはなかったのか。


 ――いや、まだ足りない。まだ底があるはずだ。


 戦況を一変させる才能ならアウグストも有している。『柱石』はルーブスをして『あれ以上の戦士は居ない』と言わしめる男だ。その才能を凌駕するには、まだ足りない。


「……他に何が使える? 肉体の強化も得意らしいが……【膂力透徹パワークリア】も使えたりするのか?」


「ええ。身体強化の補助も」

「ちょ、ちょっとー! そこまでズケズケと人のことを探るのはマナー違反でしょ!」

「あーっ! エイトさーん! エイトさんに戦闘の立ち回りの基礎を教えてほしいなぁー!」


 機に乗じてノーマンがさらなる情報を引き出そうとしたところ、メイとルークが揃って横槍を入れた。

 あまりにもわざとらしすぎる。二人がエイトのことを庇っているのは明白だった。


 やはりこの二人はエイトの持つ才能の一端に触れている。庇い立てしているのは命を救われた恩義から。ギルドへの背信ではない。ノーマンの勘はそう判断した。


 それはいい。重要なのはただ一つだけだ。


「お、そうか? 基本的なことでよければ教えるぞ」


「待て、鉄級のエイト」


 負傷の治療を終えたルークの元へ向かうエイトを呼び止める。この男が何を考えてエンデの街に居座っているのかは知らない。本当に知る必要があるのはただ一つ。


「お前はギルドに……エンデの街に仇為す者か?」


 その才能の矛先がどこへ向かうのか見極めなければならない。


 エイトは面食らったように目を瞬かせ、フッと吹き出し、嫌味なほどに屈託のない笑みを浮かべて言った。


「はははっ、突然どうしたんです? 自分がそんなこと考えるわけないじゃないですか!」


 嘘じゃない。疑っても、疑っても、それが嘘であるとは思えなかったため、ノーマンは重いため息を吐いてから返した。


「……なら、いい」


六感透徹センスクリア】は性に合わない。それが必要なことだと分かっていても、肩を並べる同業の心根を疑いながら過ごすのは疲れる。


 これ以上の消耗は得策ではない。そう判断したノーマンは【六感透徹センスクリア】を切り、軽くかぶりを振った。


 ▷


「前に思ったんだ。ルークはその剣に頼りすぎてるんじゃないか、ってな。大体の魔物を一振りで殺せるが故に仕留められなかった時のカバーが疎かになってる。そこが成長の余地だな」


 エイトがルークに戦術指南をしている。

 それは鉄級が石級に対して披露する自慢や大法螺の類ではなく、堅実な基礎の基礎を懇々と諭すものであった。


「複数戦は私の【耐久透徹バイタルクリア】を掛けてのゴリ押しだからねー」


「いやぁ、それは自分でも分かってるんですけどね……」


 有用な呪装に甘えて地力を鍛え損なった者は、不測の事態に対処できず大怪我を負うことが多い。死の影は増長や油断を灯りにしてその濃さを増すものであるからして。


「だから、僕もショートソードを買ったんですよ。これで立ち回りを少しでも鍛えようって。でも……たった二日で刃が欠けちゃって……」


「二日って……数打ちの安物でも選んだの?」


「うっ……まぁ、はい……」


「あはは……節約しようと思ったんですけどね? 結果的に安物買いの銭失いになっちゃいました」


「呆れた……自分の命を預ける武器くらいマシなものを選びなさいよ」


 耳が痛い話だな。先頭を歩くノーマンは静かに苦笑した。

 石級というのは金の管理で四苦八苦するものだ。安物の剣に手を出し、戦いの最中に剣先がポッキリと折れた時の衝撃は今でも覚えている。心臓を氷水に浸したかのような悪寒は忘れたくても忘れられないものだ。


 ――これも安モンじゃねぇだろうな?


 そんなことを考えながら武器商店を巡っていたら『勘』が冴えていったっけな。

 未熟だった頃を回顧しつつも警戒は怠らない。砂塵が収まり、いくらか見晴らしが良くなってきた地を進む。今のところは戦闘が発生しそうな気配はない。平和すぎるくらいだ。


 不自然すぎる。やはり撤退したほうがいいか?

 そうノーマンが思い始めた頃、エイトが何やらまた奇妙なことを言い出した。


「ルーク、その安物の剣はまだ持ってるのか? 良ければ修復魔法で直してやるぞ」


「えっ!?」


 ――修復魔法だと……?

 ノーマンは眉を顰めた。それは金属に魔力を流し込んで性質を変化させ、武器や防具の損傷箇所を補填する魔法だ。研ぎ直しが困難になってしまった武器や留具が致命的に破損した防具も直せる鍛冶屋泣かせの魔法でもある。


 修復魔法を扱える職人はエンデに一人しか居ない。珍しい魔法だ。エイト……この男、何者なんだ?


「エイトさん、そんな魔法使えるんですか……? 真面目に働けば大金持ちになれるじゃないですか」


「いや、それは駄目だ。修復魔法を乱発したらこの街の鍛冶屋が職を失ってしまうからな。だからまぁ、このことは他の人には黙ってて欲しい。パーティのよしみってことで一つ頼むよ」


 それはつまり、街の鍛冶師の職を奪えるほどの練度を有しているということか?

 ニュイの疑問に対し、エイトはなんの気負いもなく答えた。嘘とは思えないが、確証が欲しい。修復魔法を使えるというだけでギルドにとっての有用度が驚くほど変わってくる。


 ――使うか。


 ノーマンは【六感透徹センスクリア】を使用した。


 心臓が凍りつく。そう錯覚するほどの悪寒がノーマンの心身を満たした。


「全員、聞け」


 指先が震える。ここは既に死地だ。


「速やかに、撤退する」


 どこからだ。どこで死地に足を踏み入れた。行動履歴と既知の情報を照合する。


 勘は下地なくして育まれることはない。故にノーマンは冒険者ギルドが蓄積してきた膨大な書物を読み漁った。強大な魔物が出現した時、何処でどんな兆候が生じたのかを事細かに記録した異変類纂を隅から隅まで。


「っ! 聞いたわね、三人とも!」


「はい!」


 不自然な砂塵の幕。他の魔物が見当たらない環境。この状況に思い当たる節が一つあった。


 濃い砂塵を纏っているのは、尋常ではない巨体を外部から覆い隠すため。それは一種の縄張りのようなものだ。自分たちは既に巣穴に足を踏み入れてしまった。

 人魔併呑の化物。先遣隊が始末した魔物の群れはコイツから逃げていたのだ。


「ルーク! もう腕は動くか!?」


「……はい、大丈夫です!」


 エイトの問い掛けに対し、ルークが拳を握って腕の調子を確かめて答えた。ニュイの行使した回復魔法が効いたのだろう。

 傷はとうに癒えている。そう判断したルークが腕に巻いてあった止血用の包帯を外し、そして放り捨てた。


「ッ! やめろぉォっ!! 血の臭いを撒くなっ!!」


 星喰。砂礫の海を喰い破りながら進む威容から付けられた化物の名前だ。

 多くの犠牲を払って討伐された厄災級の魔物。その特徴の記載にこんな一文があった。


『負傷者を執拗に狙っていた。星喰は血の匂いに反応している可能性が極めて高い』と。


 砂に埋もれた足が不吉な震撼を伝える。このままでは死ぬ。ノーマンは直感と共に飛び、ルークとニュイを担ぎ上げ、そして叫んだ。


「エイトぉっ!」


 細かい指示を出す暇は無かった。だが、それだけで通じるという"勘"があった。


 機動力で劣るメイを担ぎ上げたエイトが砂を巻き上げて跳躍する。【膂力透徹パワークリア】を使用した強引な戦線離脱。ノーマンの勘は正解を引いた。


 そして化物が巨体を晒す。


 直下から突き出て来たのは、吸血ヒルを何万と束ねたような悍ましい外見のワームだった。人魔併呑の化物、星喰。齢千年超の大木を彷彿とさせる絶望の大樹が砂の地に屹立した。


 ▷


 銀級二人とエイトでどれだけ足止めできるか。石級の二人は迅速な撤退が可能か。

 無理だな。メイは石級二人につける。となると、エイトとのペアでこの巨体を引き付けなければならないわけか。


 いけるか……? 厳しいな。足並みが揃わなかったら二人ともあの化物の腹の中だ。


 ノーマンはそこまで考え、四の五の言ってる暇はないと判断し、伝令要因として三人に撤退命令を下そうとしたところ――


「【敏捷透徹アジルクリア】」


 補助魔法が掛けられた。エイトの仕業だ。そう認識すると同時、エイトが星喰に向かって単騎で特攻した。自分の腕をショートソードで斬りつけて血を撒き散らし、化物の注意を惹きながら大音声で叫ぶ。


「逃げろぉっ!! こいつは俺一人で十分だッ!! 報告と援軍要請を最優先!! 行けぇぇッ!!」


 ノーマンの思考に空白が混じる。一人で十分だと? あいつ……死ぬ気なのか?

 無謀すぎる。アウグストでもあるまいし、あの巨体を相手に一対一タイマンなんて成り立つわけがない。一分もすれば砂の染みになる。


「てめぇ、なにカッコつけてやがる! 足並みを乱すなっ! 無駄死にしてぇのかッ!」


「エイトさん……!」


「アンタは、また一人で……! 馬鹿にしないでっ! 今度こそ、借りは返すんだから!」


 ノーマンは素早く思考を切り替えた。

 エイトはこの場にいる全員に【敏捷透徹アジルクリア】を掛けている。石級二人だけでの撤退が可能になるかもしれない。

 自分とメイ、そしてエイトの三人であのデカブツを抑え込む。援軍が駆け付けるその時まで。


 そう指示を下そうとしたところ、グイと腕を掴まれた。石級のルークが震えの混じった声で言う。


「全員、撤退、しましょう。あの人なら……大丈夫です」


 ルークは正気を失ったのか。それとも怖気づいたのか。

 この状況で全員撤退するというのはエイトを見捨てて逃げるに等しい。ルークにとってエイトは命の恩人ではなかったのか。どうしてそんな非情な判断をあっさりと下せるのか。


「ルーク……? ちょっと、本気で言ってるの?」


「森の時とは訳が違うわ! あんなの相手にしたら……今度は、絶対に……助からない!」


「怖くなったんなら早く退け! あのデカブツは俺らで」

「いいからッ! 撤退するんだッ! 今の僕たちじゃ……あの人の足手まといにしかならない……! 僕たちがここにいるだけであの人の邪魔になるんだッ! 分かったら早くッ!」


 足手まといだと? 何を馬鹿なことを言ってやがる。

 ノーマンはその言葉を吐き出せなかった。己の無力を悔いるように唇を噛み締め、悲愴な覚悟を宿したルークと目が合ったから。


 見捨てるつもりじゃない。これはそういう目ではない。

 ルークは確信しているのだ。あの男は必ず生きて返ってくると。今はただ、その隣に並べない自分が情けなくてしょうがないと。本気でそう思っている。


 メイとニュイがルークの気迫に圧されて静かに息を呑んだ。表情から覚悟のほどを感じ取ったのだろう。


 ノーマンの脳裏にギルドマスターの言葉がよぎる。金級以上の才能を持つ男、エイト。

 あいつなら……本当に、やれるのか。

 

 ノーマンは、消耗具合的に本日最後となるであろう【六感透徹センスクリア】を発動した。


「ルーク、一つ聞く。あいつは、何なんだ?」


 ルークは静かに目を見開き、そして力強く答えた。


「最高に頼れる先輩です。あの人は……逃げ足が早いんです。絶対に、絶対に生きて帰って来る!」


 ノーマンの勘が選択したのは――――


「……全員、撤退! 銀級のメイ! その二人を必ず生かして連れて帰ってこい! 俺は先に全力で戻って援軍を要請する! アイツを生かしたいなら従えッ!!」


「……! 了解っ!」


 石級のチビにここまで言わせたんだ。絶対に死ぬんじゃねぇぞ。


 ノーマンが去り際にチラと背後を振り返る。砂塵の向こうでは、狂ったように這いずる巨体の影と、鉄級とは思えない身のこなしで星喰を翻弄する小さな影が踊るように舞っていた。


 ▷


 まあ死ぬんだけどな。

 俺は死んだ。ピンピンした姿でエンデの教会の告解室から生えてくる。いやぁ、ルークが機転を利かせてくれたおかげで万事上手くいったぜ。


 それに。俺は喉を鳴らした。

 くくっ……薬の効果も切れたぜ……クソくだらねぇ三文芝居させやがって……覚えてろよアーチェ……!


 ちなみに星喰は魔法使い連中の援護を受けたアウグストが負傷しつつも倒したらしい。死者はゼロだったそうな。アイツやっぱ魔物か何かだろ。

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