失われた記憶の断片

 とある国の研究者がふと思った。最も効率よく敵国を滅ぼすにはどうすればいいか。


 手当たり次第に呪装を創り出して個々人に与える今のやり方は冴えているとはいえない。

 戦果が個々の力量に左右される時点でナンセンスだ。加えて、呪装を奪われるリスクを無視できない。実用に足るモノが出来上がる確率が安定しないのも非効率極まる。手間と労力を費やしてゴミが誕生する光景にはうんざりだ。もっとスマートなやり方があるはずである。


 戦争とは、国力の数値が高い方が勝つ至ってシンプルな答え合わせに過ぎない。

 太古の昔からそうだった。百に千が勝ち、千に万が勝つ。画期的な発明をした千が旧態依然の万を降すこともある。


 人的資源、物的資源、技術水準。それが国力だ。


 そして国力は無限ではない。ぶつけ合えば必ず減少する。魔力というすこぶる応用性の高い物質が発見された後も戦争の本質は変わらなかった。


 とある国の国力は今にも尽き果てようとしていた。トランスヒューマニズムの結晶たる「遺伝子及び受容体の魔力適合を促す進化人類式」……通称Evolve-Life-Formula計画の頓挫が尾を引いている。

 国力の増加ではなく底上げを目的にした計画は、実験自体は成功を迎えたものの、進化人類の一斉離反という笑えない結末に着地した。自分ら人間よりも一等優れたる存在が、下等な存在の命令に黙って応じるはずがなかったのだ。思えば当然の話である。


 幸いなのは彼らが敵国へと寝返らなかったことか。迷彩結界を展開する装置を掠奪した彼らは、姿を晦ましながら既に滅んだ国の方面へ逃亡したとの報告が上がっている。もう戻ってくることもないだろう。


 とある国の研究者は思った。やはり人間はダメだ。感情などという欠陥機能がある時点で兵器として劣っている。人を襲う以外の目的を持たない兵の開発が必要だ。


 男はまず国力の削り合いという不毛な作業からの脱却を試みた。なぜ技術が飛躍的に進化したこのご時世で律儀な殴り合いに熱を上げているのか。その根底を覆さなければならない。


 そして侵略的仮想外来生物群繁殖環境敷設式が完成した。


 その目的は"効率のいい他国侵略"であり、その理念は"無尽の国力"である。

 世界に巡る魔力を吸い上げ、周辺の人間にひたすら襲いかかるだけの仮想生物を生み出す環境を敷く。それは時に天を覆うほどの樹木が林立する地となり、時に寒風吹き荒ぶ極寒の地となり、時に熱波と溶岩が止めどなく溢れる地獄のような地となり、時に作物が一切実ることのない不毛の地となる。


 その兵器はこれまでの戦争を一変させるほどの威力を有していた。

 あまりにも強力で、途轍もなく悪辣で、途方もなく制御が難儀であったため、その兵器を生み出した小国は極めて効率的に滅びの道を辿った。その兵器の制御、及び稼働停止方法は未だに発見されていない。


 ▷


「何か分かります、それ?」


「………………いや、何も分からないな」


「そっか……投擲武器か何かだと思ったんだけどなぁ」


 砂漠地帯の入口に差し掛かったところでルークたちの行軍は止まっていた。砂の中にある硬質な何かを踏んだエイトが正体不明の何かを発掘したためである。


 複雑な光を反射する円盤は投擲武器のように見えて、しかし鋭い刃を備えていない。これを武器として振るうのは難しそうだ。

 魔力溜まりで発見される用途不明なモノはその大半がクズ品の呪装である。恐らく、今回見つかったものもそういう品だろう。珍しい武器の類ではないかと期待していたルークは落胆の声を出すと同時に肩を落とした。


 二人のやり取りを横目で見ていたノーマンが鼻を鳴らす。


「呪装は拾ったヤツのモンだ。捨てるか持ち帰るかは自分で決めろ」


「……そうですね、いずれ鑑定に出すことを考えて持っておきます」


 エイトはそう言うと背嚢の中に異質な円盤を放り込んだ。


 横顔がなんとなく強張っているように見えたが、きっと役に立ちそうもない呪装だったから機嫌が悪くなったんだろう。ルークはそう当たりをつけて特に言及しなかった。


 今日のエイトさんはなんかすごく機嫌が良いみたいだし、変に水を差さない方がいい。そう思ったのである。


「……その気色悪い敬語はどうにかならねぇのか?」


「えっ……先輩を敬うのは当然のことじゃないですか」


「どの口が……」


 どうやらエイトは銀級のノーマンとも知り合いであるらしく、道中でも何回か親しげに会話をしていた。やはり彼は人脈も広いのだろう。ルークがうんうんと頷いていると、後ろから女性陣二人の小さな声が聞こえてきた。


「……煽るわね、アイツ」


「ギルドマスターのことも煽ってましたからね……なんか無敵状態になっちゃってるみたいです」


「その光景、見たかったような……見なくてよかったような……」


 煽ってるかなぁ……? ルークは首を傾げた。それにしては悪意のようなものを感じない。きっと機嫌が良いだけだろう。

 まだまだ二人もエイトさんのことを何も知らないんだなぁ。まぁ無理もないか。あの人はわざと偽悪的に振る舞っているからね。本当は誰よりも仲間思いなんだ。この緊急時に討伐任務を買って出たことからも明らかでしょ。


 ルークはうんうんと頷くに留めた。表立って動けない事情のようなものがあるのだろう。なんせ彼は勇者なのだから。

 早く彼に頼られるくらいに力を付けなければ。そう気合いを入れたところで行軍が再び止まった。ノーマンが目を細めて広がる砂丘を見渡し、ポツリと呟く。


「……砂鬼も犬頭も居ねぇ。蛇蝎の一匹も見当たらないってのはおかしい。押し寄せてきた魔物を先遣隊が払ったとは聞いてたが……後続が一匹も居ねぇってのはどういうことだ?」


 何かおかしいことなのですか?

 ルークはそう尋ねた。知らないことを知らないままにしておくと後で痛い目を見る。素直なことは彼の美徳であった。


「どれだけ数を減らしても滅んでくれねぇのが魔物だからな。メイ、お前はどう思う。火魔法がぶっ放せるって理由で砂漠にはよく通ってんだろ?」


「……確かに、群れを一網打尽にした後とはいえ静かすぎる。奥地で大物が発生したのかも」


 上位の魔物は下位の魔物を従える知恵を持つことが多い。普段は無秩序な魔物が足並みを揃え、数と力を蓄えてから一斉に雪崩込んでくるのは悪夢のような光景だ。故に数を溜め込む前に定期的に駆除する必要がある。

 砂漠の魔物の駆除は怠っていなかったはずだ。群れが発生する可能性は低い。


 しかし、そうして油断していると牙を剥いてくるのが魔物という連中である。ルーキーが入り浸る森に厄介な大物が湧いたり、何の前触れもなく氷の嵐を纏う竜が湧いたりといった出来事を目の当たりにしたばっかりだ。念を入れすぎるということはない。


「今のところ【六感透徹センスクリア】に反応は無ぇ。……大物が現れたんだとしたらせめて種を特定しねぇとな。三十分前進する。接敵時は討伐を優先。上位種を発見次第迅速に撤退。異変を見つけられなかったら、それ自体が異変と見做して撤退する。異論は?」


「無いわ」


 銀級二人の意見が一致するのを見て残る三人が頷く。方針が決定したところで行軍再開となった。


 脚が沈み込むような砂を踏みしめて歩き続けること十分。砂塵が舞い始め、口に砂利が交じるという理由で皆が雑談をやめた。砂が衣類を叩く音、風が鳴る音、踏みしめられた砂が擦れる音。静かな行軍の最中、なんの前触れもなくエイトが声を張り上げた。


「前方砂鬼六! 右方犬頭三! 接敵まで約二十秒!」


「なに? 根拠はっ!」


「【視覚透徹サイトクリア】で視えてます! 指示を!」


「犬は俺がやる! 低級火魔法を鬼にブチ込め! 六匹程度なら残るのは二、三匹! それくらいなら苦戦しないだろ!」


「はい!」


「了解!」


 迅速な連携だった。ルークが目を凝らして敵を捕捉する前に作戦の立案と共有が終わっている。僅かな逡巡が致命の隙を生むことを熟知している者たちは判断に迷いがない。

 少し遅れてルークが返事をする。


「はいっ!」


 果たして、敵は来た。

 砂に紛れるため、灰がかった黄色の表皮を獲得した小鬼が六体。二足歩行になった犬の化け物が三体。


 いや――


「らあッ!」


 ノーマンが足場の悪さを微塵も感じさせない疾駆と同時、得物の斧槍を突き出した。

 駆け抜け一匹。振るって二匹。突きと薙ぎの基本動作で瞬きの間もなく犬頭を絶命させた。複数戦をものともしない。これが銀級。


「爆ぜ弾、撃つわ!」


 メイが魔法名を叫ぶ。効果範囲とタイミングの周知は攻撃魔法使いの義務だ。その後の連携の精度が変わってくるし、味方を巻き込む事故が減る。


 メイの掲げた杖、その先端に嵌められた紅蓮色の魔石から拳大の炎が打ち出された。力自慢の投擲に迫る速度に正確なコントロール。小鬼程度が避けられるはずもなく。


「残り、三!」


 爆発に巻き込まれた三匹があっさりと絶命し、一匹が負傷、残る二匹は無傷だ。範囲外だったのだろう。


「ルーク!」


「はいっ!」


 エイトの号令に引っ張られるように走る。しかし思ったように身体が動かない。理由は至って単純だ。


 ――砂が、重い!


 踏み込んだ足を飲み込むように砂が纏わりついてくる。おまけに靴の隙間から入り込んできた砂利が集中を削ぐ。思うように踏み込めなかった体勢から振るわれた剣は狙いが反れた。飛び掛かってくる砂鬼の片手を斬り飛ばしたものの反撃を許すことになり。


「いッ……つ!」


 醜悪に伸びた爪が腕を裂く。久方ぶりの負傷だった。走る痛み。舞う血液。気を取られた一瞬は致命の隙となる。


 砂鬼が指を束ねた。槍の穂先のように尖った爪が喉笛に狙いを定めている。魔物はどうすれば人が死ぬのか本能的に知っているから厄介でしょうがないのだ。


 迎撃か、防御か。選んだのは後者だった。傷はニュイに治してもらえばいい。今は凌ぐ。

 腕を交差して喉を守り、来るべき衝撃に備え、同時に思考を次の段階へ切り替える。どう首を落とすか。剣は絶対に手放してはならない。耐えろ――


「目の前を自分の手で覆うな」


 予期していた衝撃が身体を貫くことはなく、代わりとばかりに諭すような声が掛けられた。


「攻撃をすかしたら距離を取れ」


 砂鬼一匹に手こずった自分と違い、あっさりと二匹の砂鬼を塵に変えたエイトがそこに居た。


「そもそも反撃をくらう前提の立ち回りを改めるところからだな」


 自分を狙っていた砂鬼はエイトの剣で延髄を貫かれて絶命していた。


 ――やっぱり、この人は頼りになる。


「先は長いぞ、ルーク」


 その勇姿を目に焼き付け、その言葉を脳裏に焼き付ける。


 あぁ、例え姿が変わっても、あの時と何一つ変わらない。

 四年前、村を襲った魔物の群れをたった一人で片付け、涼しい顔で微笑みかけてきた男。完璧な勇者の物語が描かれた童話の本から飛び出してきたかのような俊英。


 勇者ガルド。ルークの憧憬の先にはいつもその背中がある。

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