肉の器

 エンデの街は来る者拒まずの土地である。

 街の出入りに際して荷を検められるが、身分や格好が原因で門前払いされることはない。稼業を継げずに職にあぶれ、教養を活かした職に適性のない三男四男坊なんかはフラリとこの街を訪れたりする。そういう設定を借りることにした。


 貧乏農家の末っ子クロード。肩書はそれで事足りる。


「串焼きを三つください」


「あいよぉー!」


 俺はクロードの記憶とやらがどこまで機能しているのかを確かめていた。

 銀貨を数枚与え、この街を適当に散策させる。何ができて何ができないのかを明確にするには自由に行動させるのが手っ取り早いと思ったのだ。


 なにか問題が発生した時に速やかに介入できるよう後をつけているが、今のところは問題を起こしそうな気配はない。


「お酒を一杯ください」


「ん」


 店選びも淀みない。やはり俺の記憶は共有できているようだ。

 低品質で値の張る屋台を避け、安く旨い屋台に直行している。水で薄めていない酒を出してくれる良心的な店を選択しているあたり完璧だ。全て俺が実際に食べ歩きしながら発掘した優良店である。


「こりゃ予想以上だな」


 記憶に基づき命令を忠実に実行する器。とんでもない発明だぞ。これに勇者としての資質すら備わってるんだから驚きだ。応用の幅が広すぎる。


「…………」


 クロードは適当なベンチに腰を下ろして串焼きと酒を堪能していた。

 やるやる。俺もよくやるわ。あくせく働いてるやつを見ながらボケっと飯を食うのが最高なんだよな。仕事に精を出してるやつを尻目に真っ昼間から飲んだくれて時間を無駄にするのが最高に心地いいんだ。


 俺もちょっくら休憩するかね。

 適当な屋台で串焼きと炒り豆、安酒を購入してクロードの隣のベンチに座る。距離は離し、声はかけない。俺とクロードは表面上は赤の他人だからな。


 だが、いつまでも他人で通し続けるのは面倒なので接点は作っておく。

 今日の夜、安い宿を求めたクロードが俺の宿泊している定宿を訪れる手筈になっている。女将が宿に滞在している時間を指定しているので宿に泊まれるはすだ。そこで偶然俺とクロードは知り合う。筋書きとしては妥当だろう。


 人気がない宿なら誰に憚ることなく指示を下せる。誰にも怪しまれることはない。瑕疵かしの無い計画ってわけよ。

 あとはじっくりと飯の種を仕込めばいい。そしてどこまで自立できるのかを確かめさせてもらう。イカれエルフ謹製クローンの真価ってモンを見定めてやろうかね。


「……ん?」


 ふと影が差したので顔を上げると目の前に一人の男が立っていた。

 痩身矮躯、外見はおよそ六から八歳。襤褸ぼろ切れの隙間から覗く薄汚れた身体は獣臭にも似た悪臭を放っている。俯いた顔の頬はこけ、目は落ち窪んでいた。


 スラムのガキだ。それも餓死一歩手前といったところか。


「…………」


 ガキは俺の手の中にある串焼きをじっと見つめていた。物欲しそうな目、というよりは本能の絞りカスがなにか口にするものを求めているのだろう。


 その後、何をするでもなくガキは呆然と立ち尽くしていた。物乞いの仕方を知らないのか、それとも声を出すことすらままならないのか。じっと虚ろな目で俺の串焼きを見つめている。


 ……許可を待ってるのか。奪うという発想がそもそも無いらしい。だからここまで衰弱したんだろう。

 こいつは恐らく捨て子だな。よその街からやってきたどこぞの誰かが処分目的でスラムに置いていったのかね。


 エンデの街は来る者拒まずの土地である。意に沿わず生まれてしまった命も、それを廃棄しに来た者すらも受け入れる。

 捨てられるのはめかけを孕ませちまったアホの御落胤ごらくいんから、両親が亡くなったせいで転がり込んできた遠戚の子まで色々だ。こいつもそのうちの一人ってとこだろう。この年齢のガキがスラムのグループに馴染めなかったら、まぁ、こうなる。


 さてどうするかね。串焼きをもっちゃもっちゃと食いながら考えを巡らせていると、ガキの目の前にすっと串焼きが差し出された。


「これ、食べる?」


 クロード。

 こいつ……一体なんのつもりだ? 俺はそんな指示を出した覚えはねぇぞ。


「ぁ……」


 それを許可と受け取ったのだろう。ガキは差し出された串焼きに勢いよく齧り付いた。しかし、どうやら肉を噛み切る力すら残ってないらしい。ガキはいつまでも肉をくちゃくちゃと咀嚼していた。


「……あぁ、気付いてあげられなくてごめんね」


 クロードがガキの頭に手を添えた。

割譲エール】。己の活力を他人に分け与える補助魔法。土気色をしたガキの目に僅かな光が宿る。


「……!」


 生気を取り戻したガキが肉を噛み切って嚥下する。がっつきすぎてガキがむせ返り、それを見たクロードが腰に下げた革の水筒を差し出す。随分と博愛精神に溢れてるじゃねぇの。クロード……お前は、誰だ?


「あっ……ありがとう、ございます……」


 結局、クロードは自分が買った串焼きを全てガキにくれてやった。当然ながら見返りはない。


 ペコリと力なく頭を下げたガキを見たクロードは満足げに一つ頷き――


「そうだ。次はこれで串焼きを――」


「待て」


 俺はクロードの腕を捻り上げた。こいつ……何をしてやがる。

 クロードの手には銀貨が握られていた。それも五枚である。ガキにとっちゃ大金だ。お前、それをどうしようってんだ? おい。


「答えろ。俺が与えた銀貨を、なぜ見ず知らずのガキに与えようとした?」


 ちょっと出歩くだけで銀貨をそこいらでバラ撒かれちゃたまったもんじゃねぇ。どういう理屈でクロードが動いているのか。俺はそれを突き止めなくちゃならん。

 ……幸い、今は人影が少ない。少しくらい会話をしても怪しまれることはないだろう。


 クロードはほんの少し視線を右上に移し、そして、心なしかバツが悪そうに目を伏せて答えた。


「……記憶が」


 叱られている時のガキが出すような声色。


「子どもを助けている記憶があったので、それをするのが正解だと、思いました」


「記憶……アンジュたちのことか?」


「はい」


 そういうことかよ。俺は舌打ちした。

 こいつは厄介だな……行動基準が記憶に依存するとなるとこういう結果を生むのか。いやこれ割とまずくないか? 金が無くなったら見境無しにスリを働く可能性があるし、突然よく分からん商売を始めてギルドに目を付けられるかもしれないってことだろ?

 どこかに移動しようって思っていきなり首斬ったりしないだろうな……? こいつは肉の器だ。死んだら死体がそこに残る。その時【偽面フェイクライフ】はどうなる……? 勇者ガルドの顔をした死体が転がってたなんて、大騒ぎになるどころの話じゃねぇぞ……!


「あの、その人をいじめないで下さいっ!」


 クロードの腕を捻り上げる俺。目を伏せるクロード。そういう構図がガキにイジメという印象を植え付けたのだろう。

 ガキの痩せ細った指が俺の服を掴む。骨に皮を張り付けたような、払えば砕ける細指が抗議するように震えている。恩人に報いようとしているのか。


「いじめられるのは、辛いです……」


 ……虐待だろうな。俺はガキの境遇にある程度の当たりを付けた。

 そう考えりゃ年の頃に見合わぬ卑屈さと顔色を窺う視線にも納得がいく。ったく、ろくな運命を背負ってねぇな、こいつも。


 俺はクロードの腕から手を離してベンチに腰掛けた。視線の高さをガキに合わせて囁く。


「おいガキ。死にたくねぇなら……俺の言う事を聞け」


伝心ホットライン】。意思を飛ばす。

 エンデ新聞社までの道のり。そこにいるガキどもの顔ぶれ。そして受け入れてもらえるための合言葉。


「フォルティ……?」


「口に出すなよ、死人の名前だ。おら行け」


「ぁ、はい……あの……ありがとう、ございました」


『悪いようにはしない』という意思が伝わったのだろう。ガキは覚束ない足取りで街の雑踏に消えていった。……後で口封じの魔法を掛けに行くとするかね。


「……あの」


 一連のやり取りを黙って見ていたクロードがポツリと呟く。


「僕は、何かを間違えたんでしょうか……?」


 意思がないから行動が記憶に由来する。ガキを助けたという記憶だけを参照したから金を与えるなんて安直な考えに走ったわけだな。それじゃ一時凌ぎにしかならんという『学び』みたいなもんが不足してるんだろう。


「ただ施すだけじゃ助けにならねぇんだよ。与えたカネが尽きたらそれで終わりじゃねぇか。生きる術ってもんを与えてやれないならただの自己満足で終わりなんだよ。わかったな?」


「……はい」


「分かったなら予定変更だ。街の散策はやめにしよう」


 周りのやつらに聞こえないよう小声で指示を飛ばす。


「例の宿に向かえ。女将が帰ってくるまではだいぶ時間があるが……耐えろ。宿の入口にある椅子で待機しとけ。女将が帰ってきたら泊まりたい旨を伝えろ。んで、俺が戻ってくるまで余計なことはするな。……間違っても首は斬るなよ? いいな?」


「はい。……あの、エイトさんはどこに?」


 純粋な疑問か、それとも俺の行動パターンを学ぶつもりなのか。

 こいつは莫大な可能性を秘めている。学習により成長する器。俺はその真骨頂を見定めなければならない。段階を踏んで俺の理想に近付ける必要がある。


 そのための第一歩は自活が可能なことだ。

 俺は腰を上げてから振り返った。曇りを知らない眼差しのクロードを見下ろして言う。


「お前に食い扶持を与えるための仕込みだよ。知ってるだろ? 錬金術ってのは……儲かるんだぜ?」


 ちーっとばかり飯の種を分けてくれや、アーチェさんよ。

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