合わせ鏡の深層へ

「それじゃ結果報告を楽しみにしてますねー!」


「おーう、任せとけー」


 ジリジリと焦げ付くような異音を発する魔力の歪みの向こうでエルフたちが手を振っている。

 転移魔法。驚くほど貴重で、滅多に使い手が現れず、恐ろしいほどに有用なので、使い手であるとバレたら確実に首輪が嵌められる魔法である。


 なんせ物理的な距離を無視して移動できるわけだからな。関税の踏み倒しから禁制品の密輸、果ては家屋への侵入や寝込みを襲った暗殺などやりたい放題できちまう。

 隠密性の高さは即ち危険度の高さだ。悪用の方法に富んだ魔法の使い手は高潔であることを第一に求められる。規格を満たせなかったその時は粛々と首を飛ばされることだろう。

 いつ牙を剥くか分からん猛獣を放し飼いにしてるようなもんだからな。気が気じゃねぇって理屈は分からんでもない。


 俺も使えたら楽なんだがな、転移魔法。首を斬った移動だとツレが置き去りになっちまうし。

 姉上も俺も転移魔法を使えない。教会を介して転移できるからなのかもな。魔法、なんて名前をしてるが魔法とは違う特殊な技術なんだろう。【感応】や【読心】のようなよく分からん能力なのかもしれん。


「そこんとこどう思うよ?」


「――――」


「返事はなし、と」


 族長の行使した転移魔法はエンデから離れた雑木林……元銀級のリベルと相対した地に繋がっていた。食物も薬草も採れないここなら他人と鉢合わせることもないからな。


 そしてクローンの出来を調べるにも丁度いい。仮にも勇者の模造品なんだ。それなりに動けるんだろうな?


「五感強化は使えるか? 肉体の強化も使えりゃ上等だ。今のお前は何ができる? 答えろ」


「――――」


「おう、こりゃ手を焼きそうだな……」


 俺の問いかけに対し、少々の若さを感じさせるもう一人の俺は険のない瞳を向けて黙りこくっていた。

 言葉の意味を理解し、簡単な動作で返すことはできるが、自前の答えを用意して発信することはできないって感じかね。


 ……対人関係を構築する仕事には向かないか? 職人みたいにひたすら物作りをさせるのが良いかもしれんな。


「だが……簡単な言葉のやり取りすらできねぇってのは不便すぎるだろ」 


 エルフの話によると、こいつは殆ど人間と変わらない造りをしている。生命を維持するために食事を摂る必要があるし、モノを食えばクソをひり出す。生活するにあたって適量の睡眠時間を要するし、致命的な損傷を負ったらあっけなく死ぬ。


 ガワだけ見たら人間だ。意思がなく、成長の過程をすっ飛ばしたせいで中身が空っぽって時点で肉の器の域を出ないが。


「生まれて間もないガキが身体だけ大きくなったらこうなるのかね?」


「――――」


 族長はなんて言ってたっけか。記憶と体験を消したとか説明してた気がする。

 つまりこいつは俺の資質だけを宿した肉の器ってわけだ。適宜教育を施すことで能力を発揮する人工の肉体。俺はその性能の程を確かめなくちゃならん。


「しかし……どう教育を施したもんかね?」


 言葉の意味を理解してるっていってもろくな反応を返さないんじゃ手詰まりだ。このままだと働かせるどころか身の回りの世話の全てを俺がしてやらにゃ生活できねぇぞ。


 チッ。せめて最低限の記憶くらい残しておいてくれれば良かったんだがな。


「……待てよ? こいつになら……いけるか?」


 補助魔法には酷い副作用があるため扱いづらいものがある。記憶を共有させる魔法はその一つだ。

伝心ホットライン】はあくまで意思を飛ばし合う魔法なので不快感は無いのだが、記憶の共有を可能にする魔法は耐え難い不快感に襲われる……らしい。


 俺は他人に使われたことがないので詳しい感覚を知らないのだが、姉上二人いわく頭の中に吐瀉物をブチ撒けられる感覚なのだとか。さっぱり分からんが、どうやら自分という輪郭を侵される恐怖みたいなものがあるらしい。聞き分けのない姉上を黙らせるための奥の手でもある。


「……試すか」


 自らの意思がなく、経験が希薄なこいつならば俺の記憶を引き継げるかもしれない。暴れるようなら止めればいいしな。

 ……この魔法が通じたら色々と可能性が見えてくる。閃いた以上、試す以外の選択肢は無ぇ。


 無防備な立ち姿を晒すクローンの頭に手を添える。共有する記憶は俺のもの。対象は眼の前のクローンだ。

 発動の手順は【転写イミテート】に似ている。俺という存在の情報を吸い上げて魔力に溶かし、判を押すように流し込む。唱える。


「【共鏡インテグレート】」


「ぅ、ぁ……!」


 クローンがビクリと身を震わせる。口から漏れた声は苦悶というよりもむしろ驚きの色が強かったように見えた。

 ……これは、手応えありか? 姉上だったら一秒か二秒そこらで音を上げるんだが……十秒ほど経過しても拒否反応を起こす様子はない。落ち着きすぎているくらいだ。


「……終わったぞ。はてさて、どうなるかね?」


共鏡インテグレート】を完遂させたのは初めてだ。どういう魔法であるのかは感覚的に分かるのだが、魔法をかけた相手がどうなるのかまでは実際にやってみるまで分からない。

 クローンの頭に添えていた手を引く。するとクローンがすぅと目を見開いた。碧眼が焦点を合わせるように細かく震え、眼の前にいる俺をはっきりと見据える。あどけなく呆然とした表情に、しかし確かな知性が宿ったのを感じ取れた。成功だな。


「答えろ。お前は誰だ?」


 ヒクと瞼を震わせたクローンが躊躇いがちにも見えるほどゆっくりと口を開き、そして言葉を紡ぐ。


「僕は、ガルド」


 ほう、ほう!

 俺は更に問い掛けた。


「お前は何ができる?」


「補助魔法は、得意」


 なるほど、なるほどなぁ……。


「よぉし、じゃあ何か使え。そうだな、補助魔法を自由に使ってあの木の枝に登ってみせろ」


 俺は少し離れた位置にある大木を指差した。どれくらい動けるのか見せてもらおうか。

 こくと頷いたクローンが、先程までの無機質な動きとは一線を画す滑らかな動きで振り返り、ぐっと膝を折り曲げて魔法を行使した。


「【膂力透徹パワークリア】」


 下肢に漲った力を解放させてクローンが跳躍する。ぐんと宙に身を躍らせたクローンは、人一人が余裕で乗れるほどの太さを持つ枝の前でくるりと身を翻して綺麗に着地してみせた。


 ……ロスが無い。どれ程の力を込めて跳べばいいのかを熟知している。一朝一夕で身につく感覚センスじゃねぇぞ。初めから知っていたとしか思えない動きだ。


「いいねぇ……よぉし、じゃあ次はそこから降りてこい! ただし音を立てるな!」


 さて、どう出る。方法は色々あるぞ。一つは【無響サイレンス】で確定だ。他に何を選ぶ。


「……ふっ!」


 とんと枝を蹴ったクローンが足を下に向けたまま降りてくる。そのままいけば地面のシミだぞ?


「【風殺ボヤンシィ】」


 自身の周囲にある『地へと引き寄せられる力場』を薄める魔法。厳密には違うんだろうが、そうとしか表現できない。高所から飛び降りるときに便利な魔法……ピンポイントで探り当ててきやがったな。


「【無響サイレンス】」


 そして魔法の複数発動も可、と。

 クローンは砂利が擦れる音一つ立てずにふわりと着地してみせた。風に煽られて舞い散る木の葉も音を奏でない。要望通りだ。なるほどねぇ。最適解じゃねぇの?


「【耐久透徹バイタルクリア】でのゴリ押し着地、もしくは【膂力透徹パワークリア】で他の枝に飛び移りながら降りてくるってのを想定してたんだがな。技術テクだけじゃなく頭も回る……」


 上出来だ。想定の遥か上をいく。こいつは……使えるぞ。今回ばっかりはマジモンの当たりを引いた確信がある。全く、イカれエルフってのは最高だな。


「んじゃ、実戦でどれくらいやれるのか試そうか」


 俺は【隔離庫インベントリ】から二振りの木剣を取り出した。片方をクローンに向けて放り投げ、残る一つは俺が握る。

 木剣で戦うのなんて久しぶりだ。石級の基礎訓練の時に教官相手に振るって以来か。木剣をブンと振って感触と重心を確かめる。振り慣れた得物じゃないが、戦闘に差し支えることはないだろう。


 俺の動きを見たクローンが受け取った剣をブンと振ってみせた。剣の術理なんて知らない、素人に毛が生えた程度のそれ。まさしく俺の剣技である。


 ならば両者の雌雄を決するものはいかなる要因か。

 決まってる。補助魔法の腕だ。あとは思考の悪辣さってとこか?


「好きに打ち込んでこい。遠慮するなよ? 全力でやれ」


 こっちも程々に行く。呆気なく負けるわけにはいかねぇからな。

 ……【偽面フェイクライフ】を使ってない状態での戦闘なんて何時ぶりだ。……腕、鈍ってねぇかな。

 ま、なるようになるだろ。戦闘技能は錆び付いてるかもしれないが、補助魔法の技は常に磨き続けてきた。資質と記憶を引き継いだだけの相手にしてやられるほど腐っちゃいねぇだろ。


「……【敏捷透徹アジルクリア】、【膂力透徹パワークリア】、」

「あぁ、魔法は声に出さなくていいぞ。もちろんブラフとして使うんならありだけどな?」


 そう忠告すると同時、俺も魔法を行使する。

敏捷透徹アジルクリア】、【視覚透徹サイトクリア】。見切って、避ける。それが最も基本的な兵法だ。


 クローンの足元を見る。踵が浮き、つま先に力が集中しているのが見て取れた。

 膂力と瞬発の併用。一撃で斬り捨てる残心要らずの型は、忌憚のない評価を下すならば、下の姉の戦法の超絶劣化である。


 見切るのは容易い。姉上はもっと容赦なかった。

 左の肩口を裂くように振るわれた剣を紙一重で避ける。力一杯に振るわれた剣はそれだけ多くの隙を晒す。俺は無防備な胴に突きを放とうとして――


「っとォ!?」


 想定以上に鋭い斬り返しを見舞われて後退った。あと一歩踏み込んでたら斬られてたな。こいつめ……。


「途中で補助変えやがったな? 器用な動きするじゃねぇの」


 膂力抜き触覚入れってとこか。もしくは六感か。

 いいねぇ。駆け引きもできると来た。だが……ちっとばかし素直すぎるな。それは俺がガキだった頃の戦い方だ。


 仕切り直すように剣を構えるクローン。様子見か?


「なら、今度はこっちから行くぞ」


 視覚強化を切り、膂力を強化する。やられたことを愚直にやり返す形になるが、それだけじゃ芸がねぇよなぁ?


「おら、よっ!」


 間合いに入る寸前、俺は木剣をクローンに向けてブン投げた。悪いが俺は真っ当な剣術で白黒つけるつもりはないんでね。邪道外道を土足で踏み荒らすのが勇者ガルド流よ!


「っ!」


 クローンが飛来する木剣を弾いた。反応の速さと、結構な勢いが乗った剣をやすやすと弾く力。しかしやつは動作の起こりを正確に捕捉できていなかった。瞬発と膂力。チッ、なかなか【敏捷透徹アジルクリア】を外してくれねぇなぁ。そりゃそうか、俺の生命線だもんな。


「くッ……!?」


 きたる追撃を警戒して剣を構え直したクローンが目を瞠る。どこ見てやがるよ。俺は既に魔法を切り替えてるぜ?

無響サイレンス】、【隠匿インビジブル】。戦場では一瞬たりとも相手から目を離すな。基礎の基礎だぞ。


 流れるようにクローンの背後を取った俺は膝裏に渾身の蹴りを叩き込んだ。姿勢を崩したところで武器を没収、首元に突きつけて試合終了、ってわけにゃいかねぇか!


 崩れぬ体幹。耐久に回したな? 姿を見失うや受けに回る切り替えの速さは褒めてやろう。だが俺が懐のナイフを使ってたら死んでたぞ? まあ条件をイーブンに保つために使わねぇけどな!


 隠密セットを切って瞬発、視覚を強化する。敵の初動の捕捉が生存の鍵だ。

 振り向きざまに払われた剣を横への跳躍で躱す。速度が遅い。膂力と耐久。追撃はないな。


 跳んだ先には弾かれた木剣が転がっている。そういうふうに立ち位置を調整した。右足で踏みつけ魔法を行使する。

 視覚解除、【隔離庫インベントリ】で剣を回収と同時に右手に展開、視覚再強化。この間一秒。我ながら惚れ惚れする補助捌きだ。


「……!」


 攻守が自然と逆転する。豪速で迫るクローンが俺と同じように剣を放り投げ、そして大木の裏に姿を消した。……妙な手を打つな。それは俺の計算に無い。

 俺は飛来する剣を躱して後を追った。しかしそこにやつの姿は見当たらない。これは……さっきの俺の猿真似だ。隠密セットで姿を消したか。


 悪手だな。それは意表を突くための組み合わせだ。奇襲と併せて使わない時点で逃走用にしか使えねぇ。なんせその状態じゃ身体強化が使えないからな。


 或いは。俺は素早く息を吸い込んで肺腑を満たした。

 こいつ、俺をダシにして学習しようとしてるのか? 先程遅れを取った戦法を俺に試して解を探ろうとしている。そう考えればこの奇行も腑に落ちるってもんだ。


 ならば教えてやろう。【聴覚曇化ヒアージャム】、そして【響声アジテート】最大出力。俺は天を仰いで咆哮した。


「ウオオオオオオオオォォォォォォォ!!!」


 全天周に向けて放つ振動の波。記憶にはあるはずだぜクローンさんよ。耳ってのは案外脆い器官だ。

 魔物の咆哮を間近で浴びた時、恐怖とはまた違う理由で足が竦むことがある。それを意図的に引き起こす。相手が姿を消したなら受けに回るんじゃなくて炙り出すことを考えろ。


 俺は補助を【敏捷透徹アジルクリア】と【触覚透徹プレスクリア】に切り替えた。木霊する俺の声が振動として肌に伝わる。探るのは不自然な反響を生んでいる空間だ。そこにやつが居る。


 ……近いな。後方十歩。動く気配はない。いや、音の波をモロに食らって動けないのかな? そりゃ好都合。底は知れたしそろそろ幕を引こうかね。


「っ!?」


 極力まで予備動作を省いた奇襲。本職に比べたら不格好もいいところだろうが、油断してるやつの不意を打つくらいなら事足りる。

 剣を垂直に振り下ろす。クローンは耐久を強化した腕を交差させて剣を受け止めた。即座に反応して耐久を強化したみたいだが、これで詰みだな。


「ぐ……スゥ――」


 短く呻いたクローンが息を吸い込む。さっきの俺の技をさっそく真似する気だな?

 甘い甘い。お上品な戦いすぎてあくびが出るぞ。今から攻撃しますよーって相手に知らせてどうするよ。【触覚透徹プレスクリア】解除。【無響サイレンス】発動。


「――――! …………!?」


 はい不発。学んだ技を即座に活かす気概は認めるが、何もかもが後手後手だ。それじゃ相手の首は落とせない。

 ついでに教えてやるぞ。【殺風ボヤンシィ】はこんな意地の悪い使い方もできる。


 クローンの足元だけに範囲を絞って魔法を展開。踏ん張りがきかなくなった両の足をちょいと払ってやればバランスを崩してステンと転ぶ。胴を踏みつけて首元に木剣を突きつければ試合終了、と。


 ま、さすがに生後数日のやつには負けようがないわな。

 俺はどこか悔しそうな表情をしているように見えるクローンの腕を掴んで起き上がらせた。ふむ、息の乱れはなし。身体を痛めている様子もなし。となると評価は……。


「銅級中位から上位の間、ってとこかなぁ?」


 やっぱ決め手がねぇよな、補助魔法はよー。タフな相手にはめっぽう弱いってのがネックになっている。

 加えて、こいつには【偽面フェイクライフ】で顔を変えたまま活動してもらう予定だ。勇者ガルドの顔を引っ提げたままエンデをうろつかれるわけにはいかねぇ。必然、総合力は一段低下する。


 ってなると……ま、銀級には届かねぇな。だがそのくらいの腕があれば自衛くらいはできるだろ。いざって時に俺の代役を勤めてもらうことも可能なはず。いやはや、ホントいい掘り出し物が見つかったもんだぜ。


「そんじゃま、よろしく頼むぞクローン。……って、お前の名前クローンでいいのか? どうするよ。エンデで活動するなら名前くらいあったほうがいいよな?」


 苦労して作ったからクローン。全く、エルフってやつぁクソみたいなネーミングセンスしてやがる。どれ、俺がいっちょ商品の名付け親になってやるかね。

 ガルドクローン……ガロード。いやガルドに響きが似すぎてるな。却下。クローンガルド……クロードってのはどうだ? いいな、よし。


「決めた、今日からお前はクロードと名乗れ。顔は【偽面フェイクライフ】を使って適当にごまかしとけよ? いいな」


「はい。……よろしくお願いします」


 うむうむ、俺に似て礼儀正しさを弁えたやつだ。これなら意思を持たない肉の器だという事実は隠し通せるだろう。

 あとは暫く様子を見つつどこまで実用に耐えうるのかを調べるだけだな。そのついでに内職をしてカネを稼いでもらうとしよう。自分の飯代は自分で払えるようになってもらわなきゃならんよな? ついでに俺の分も賄ってくれりゃ言うことなしだ。


 こりゃ夢が広がるぜぇー!

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