マスターピース
纏まったカネが手に入ったことだしパーっと散財するかね。
処刑されビジネスという不本意な所業からは手を引くつもりだったんだが、起きちまったもんは仕方ねぇ。いつまでも引きずってウダウダ言ってたらそれこそ無駄ってもんよ。
矜持が磨り減っていくという事実を無視し、最終的な結果だけを見た場合、俺は大金を得たわけだからな。失ったものをせこせこと数えるよりは得たモノの重さを噛みしめる生き方をしたいね。
そういうわけで俺は短剣で首を掻き斬った。向かう先はイカれエルフの住処である。
散財する前に元手を増やしておかないとな。エルフから貴重な素材をしこたま買い込んでアーチェに売り捌けばそれだけで金がもりっと増える。相場が崩れるので乱発できない手段だがそろそろ頃合いだろう。
俺は過去の失敗に学ぶ男。教訓はしっかり次へと活かす。
法に触れる薬を使って失敗したからもう薬には手出ししないようにしよう。そう考えるのは二流三流の素人だ。俺はこう考える。薬を闇市へ転売して一儲けしよう、とな。
要はエンデでバラ撒かなきゃいいってわけだ。よそで仕入れ、エンデで作らせ、よそで売る。これでいい。これがベスト。俺は今回の事件で錬金術師が作った薬の有用性を改めて実感した。シクスの威光をちょいと使えば更にボロ儲けできるだろう。たっぷりと増やした金を手に闇市巡りと洒落込もうかね。
そう思っていたのだが何やら雲行きが怪しい。
「勇者さま! やっと来たぁ! こっちこっち! 早く早く!」
「ほら早くー!」
エルフ連中は魔力の揺らぎとやらで俺の来訪を察知する。
犬小屋の中に安置された女神像から生えてきた俺はのそのそと這い出た瞬間に溢れんばかりの笑顔を貼り付けたエルフたちに群がられた。怖い怖い。なにこれ。
こいつらは外界から隔絶された地で長いこと過ごしてるからか自分らの力の強さに無頓着だ。
グイと引っ張られた服の袖がビリっという不吉な音を立てる。やめてくれよ……せめて立ち上がらせてくれ。人を引きずっちゃいけませんって親から習わなかったのかね?
諦めて【
前に来た時は実験とやらに没頭していたらしく出迎えすらされなかったが、今回は打って変わって熱烈な歓迎である。十五、六歳程度の外見のやつらがまばゆい笑顔を浮かべてぞろぞろと付いてきていた。
腹、掻っ捌かれるのかなぁ。俺ほんのちょっと前に首落とされたばっかりなんだけどなぁ。
俺はぼんやりと命を諦めた。恐らく、もう抵抗しても無意味な段階に来てる。こいつらがこんなにも機嫌良さそうにしてるところは見たことねぇ。問答無用で引っ立てられるなんて相当だぞ。
だが交渉の余地はあるはずだ。俺は努めて優しく――割れ物を丁重に扱うかのような慎重さを込めて――話しかけた。
「あのですね、本日は少しばかり族長にお話がありまして……できれば今日は乱暴なことは控えていただけると」
「いいから来て!」
「はい」
無邪気なガキに捕まった昆虫はこんな気持ちなのだろうか。運が良ければ逃がしてもらえるが、多くの場合は戯れに身体の一部を持ってかれる。
小さき命を大切にしよう。俺は心からそう思った。
▷
ずるずると引きずられてきた先はいつもの『解剖所』だった。
そっかぁ。またかぁ。この前すんごいめちゃくちゃにされたからなぁ。あの体験をもう一度、って感じなのかね。俺も罪な男だぜ。ははっ。
だがどうやら違ったらしい。
半ば捨て鉢になった俺の前に現れた族長は、いたずらを企む子供のように純粋な笑みを浮かべて鈴のような声を転がした。
「うふふ……よく来てくださいました、勇者さま。今日はあなたに是非とも見て頂きたい物があるんですっ!」
百人が見たら百人全員が口を揃えて美しいと評を下すであろう笑み。万人の心を甘く蕩かすような蠱惑の容姿を見て、俺はなんだか心臓が痛くなってきた。
絶対にろくなもんじゃねぇよ……。森に棲む原生生物をツギハギにした人工の化け物を見せられてもおかしくない。
もしくは新たに開発した超極薄の刃物でも見せられるのだろうか。これでもっと簡単に身体を切れますよーとか言われるかもしれない。こいつらにはそういう風格がある。閉じた社会で醸成された狂気とでも言おうか。エルフという存在は一般の尺度で測れる次元から外れている。
機嫌を損ねるわけにはいかない。俺はニッコリと笑ってきゃっきゃとはしゃいだ。
「うわーいたのしみだなー」
これには族長も気を良くした様子。ふふんと鼻を鳴らして無い胸を張る。
「そうでしょう、そうでしょう! 並々ならぬ苦労の末、ようやく実験が成功しました……これはその第一号です!」
やっぱツギハギの化け物かなぁ。
魔力溜まりからポンと生まれる魔物は殺して魔石を剥ぎ取ると塵になるが、犬や猫、家畜といった普通の動物は死体が残る。人類の活動圏から大きく離れた地域には珍しい生物も棲息しており、そいつらの素材や毒なんかは希少なため高値で売れることが多い。
エルフが住んでいる森はそういった生物の宝庫だ。そしてエルフはそいつらを遊び感覚で狩ってきて実験の材料にする。毒の調合の知識なんかは遊びのついでに蓄積された知恵みたいなもんだろう。そら恐ろしい話だ。
蜘蛛脚とサソリの尻尾と蜂の針を生やした毒々しい色のカエルとか出てきたらどうしよう。上手く笑える自信がねぇよ。感想を求められたら最悪だな……独創性に溢れた前衛的な作品ですねとか言っておけばいいかな……。
エルフ連中の気分を害さない褒め言葉を頭の中で練っていると、族長が両の手をパンパンと打ち鳴らした。部屋の奥の扉に向かって言う。
「それじゃ、出てきてくださーい!」
合図と掛け声が響き、一瞬の間を置いて扉が開いた。
どんなゲテモノが出てきても顔に出さないようにしないとな。ついさっきまでそう思っていたのだが、ソレを見た瞬間、俺は自分の目が大きく開いていくのを自覚した。は、という情けない呼気が漏れる。掌中にじっとりと汗が滲んだ。指先は震えていたかもしれない。
「ふふーん、どうです?」
場違いなほど明るい族長の声が耳を抜けていく。どう。どうって、お前、これは――
「おい、おい……マジかよお前ら……嘘だろ……」
思考が空白に塗りつぶされる。気の利いた言葉を掛けてやる余裕なんてなかった。
扉の向こうから現れたヤツがゆっくりと歩みを進める。一歩、また一歩。動くのかこいつ。いや待て。さっき言葉にも反応していた。まさか、本当にやりやがったのか。
「あるのか……こんなことが」
俺はエルフどもを少々甘く見積もっていたのかもしれない。
イカれた技術力と飽くなき好奇心が融合を果たすと、よもやここまで――
「とっても苦労したんですよー? なのでクローンと名付けました!」
くすんだ金髪に碧眼。勇者ガルド。目と鼻の先に、もう一人の俺が居た。
「あ……ぁ……」
頭の天辺、鼻筋、口元、顎の線、首の太さ、肩幅、二の腕の長さ、指先、胴回り、腰幅、もも、スネ、足の指先。
三回ほど視線を往復させ、その全てが俺と――より正確に言うならば、二年ほど前の俺の姿と合致していることを確認した。
「お、お前ら……」
頭の中で反芻する。あるのか? こんなことが……。
「お前らッ!」
四肢に走った震えを吹き飛ばすように俺は叫んだ。
「天ッッッ才かよぉぉぉっ!!」
え、マジ? これマジ? っべーわ。エルフすげぇ。マジかよおい! 自分がもう一人居ればいいなーっていうガキの妄想を実現させやがったぜオイっ!
「ふっふーん! そうでしょう、そうでしょう!」
「えっマジで俺じゃんこれ。ヤバくね? 俺からぶん取ったパーツを接ぎ合わせたってわけじゃねぇよな? おいおいおい革命だぞこれはよぉ!」
俺はもう一人の俺の目の前で手を振った。眼球が手を追うように動く。頬をちょいと摘んだところ、肌の熱と弾力が指に伝わった。
おおお……まるで人間と見分けがつかねぇぞこれ。完璧じゃねぇかッ!
「言葉を理解する知恵はあるみてぇだな……自分の意思は、あったりするのか?」
「無いですよー。これは勇者さまの身体の一部から作った、いわば肉の器のようなものなので!」
「天才。意思はなく、だが言葉を理解する知恵があり、簡単な命令をこなせるもう一人の自分……」
「さらに魔法の資質も引き継いでますよ! 経験を積ませる必要はありますけどね?」
「あーもう天才。お前ら……最っ高だ!」
これだよこれ。俺は――これを求めていたんだ。これさえあれば――――
「ふっふっふーん! もっと褒めてくれてもいいんですよ? 本当に苦労したんですからね? 肉体の損傷に伴う粒子化の際に放散する魔力形質の一部を保存、解析して型を特定。保有する能力をそのまま移植した上で、自我の発露による暴走、拒否反応を抑止するために一部の経験とエピソード記憶を抹消。手続き記憶の正常な動作を確立するために素体の再現率を限りなく百パーセントに近づけて」
「あー詳しいことはわからん! 凄い凄い! 凄いぞ〜! ……で、こいつの量産は可能か?」
「むぅ……もっと聞いてほしかったんですけどねっ! まぁいいでしょう。量産は可能ですよー。オリジナルの腕一本さえあれば、ですけどね」
いや腕取るのかよ……それはさすがに厳しいな。
「もっとこう、穏便な方法はねぇの?」
「うーん……歯とか……」
「もう一声」
「まぁ、頑張れば爪とか髪の毛で作れるようになる、かも?」
「ッし! じゃあ是非とも頑張ってくれ! 新鮮なサンプルが欲しかったらいつでも提供するからよ!」
僥倖。まさに僥倖と言っていい。まさか金儲けの一環がこんな結果を引き寄せてくるとはな……。俺一人では決して辿り着けなかったであろう領域に、尖鋭の化身たるエルフたちは足を踏み入れた。
まさしく前人未踏。いいぞ。展望が見えて来た。俺の――勇者ガルドの夢が叶いつつある。
これだよ。だから俺は有能な連中との縁を大切にしていたんだ。多少イカれた精神性を有していようとも。身体を売った甲斐があるってもんだ。
「くくっ……いいね。なあ族長さん、こいつ俺に売ってくれよ。試したいことがあるんだ」
「いいですよー。後で詳細なレポートをお願いしますね?」
「あぁ、そんくらいならお安い御用だ。そういうわけだ、よろしく頼むぜクローンさんよ」
俺は一言も発さずに突っ立っているもう一人の俺の肩をペシペシと叩いた。感情を伺い知れない瞳がこちらを向き、理解の意を示すように一つ頷く。いいね。こりゃあいい。
「くくっ……最高じゃねぇか」
「いやーそんなに喜んでもらえたなら私たちとしても嬉しいですよ」
「こんなん喜ぶに決まってんだろ。俺の夢の実現に大きく近付いたんだぜ……お前らには感謝してるよ」
俺の言葉を聞いた族長が目をパチパチと瞬かせた。あざとい仕草でコテリと首を傾げて呟く。
「夢、ですか?」
「ああ」
腹の中に溜まった澱のような空気を全て吐き出す。空になった腹に新鮮な空気を一息で取り込み、クローンガルドの肩に腕を乗せ、清々しい笑みを浮かべて俺は言った。
「もう一人の俺にカネを稼がせて、本物の俺は食っちゃ寝放題! それが俺の夢だッ!」
「うわぁクズだ」
「クズだー!」
クックッ……何とでも言うといいさ。元より俺の崇高な理想が理解されるなんて思っちゃいねぇよ。
さぁて、それじゃ性能テストと洒落込もうかね。この俺に相当な期待をさせてくれたんだ。実用に耐えうるモンであってくれよ?
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