ニッチ漫画工房開業
「よーし集まったな。お前らには今から一日で漫画を三枚分仕上げてもらう。道具と読み書きの資料は用意してあるからキリキリ働けよー!」
「は、はい!」
スラムに差し掛かる手前のボロ家屋。緊張に顔を強張らせる男女六人を鼓舞したところ、ぎこちない返事がぱらぱらと返ってきた。ま、最初はこんなもんだろ。
漫画を廃れさせようと画策するよりも流れに乗って荒稼ぎしたほうが賢いんじゃねぇの?
そう思い立った俺は新たな人格ニッチを作ってペーペー御一行と接触、懐柔することに成功した。
転写魔法使いのニッチはエンデの街で発行された新聞を別の街で見かけて商機を見出した。直感の赴くままに身一つでエンデに来訪して機会を伺っていたところ、新たに発行された漫画に強い可能性を感じ取る。売れる原稿を作成してくれる人手を秘密裏に探していたところ、相応しい冒険者六人組と巡り合って話を持ちかけた。そんな流れでことが進んでいる。
諸々の事情を知る人間が聞いたら首を捻ってしまう穴だらけの設定だが、スラム上がりのこいつらをだまくらかすにはこれくらいの適当さで丁度いい。ヘタに凝っても逆に疑われそうだ。
負傷してても稼げる仕事が舞い込んできて運が良かったぜ、ラッキー! 程度に思ってくれれば儲けもんである。押し付けた恩をダシにして馬車馬のように働いて貰うとするかね。いくら足を負傷していようが文字と簡単な絵を描くくらいならこなせるだろう。
そう思っていたのだが。
「……ん? どうした。さっさと手を動かさんか」
羽ペンを握ったペーペー御一行は白紙を前にして石像のように硬直していた。お仲間同士で顔を見合わせて困惑を露わにしている。何だというのか。
代表者の男がこわごわと手を上げた。顎をくいと動かして発言を促す。
「あのー、いや、昨夜は勢いで大口叩いちゃったんですけど……自分ら何を描けばいいのか分かってなくて……」
「何をって、自由でいいぞ。昨晩と今朝、何を描くか決めてこなかったのか?」
俺が問いかけると六人組は揃って口を閉ざした。
おいおいマジかよ。俺も閉口した。こいつら何も考えてきてねぇのかよ。金を稼ぐっていう気概が足りてねぇんじゃねぇのか?
「チッ……仕方ねぇ。書き出しは俺が決めるからあとはいい感じに合わせろ。いいな?」
近くにいたやつからペンと白紙をひったくり大まかな展開を書き起こす。こんなの深く考える必要ねぇんだよ。描けば売れる。今はそういう時期だ。
ペンを滑らせながら指示を飛ばす。お前とお前は一話担当。お前とお前は二話な。余りが三話だ。いいな? よし。こっちも粗方のストーリーは練り終えたぞ。
「え、はやっ!」
「こんなのはな、その場その場のフィーリングでいいんだよ。ウチは中身よりも量で勝負する方針だ。一日三話、間違いなく向こうよりも人気が出る。とりあえず一話はこれで行け。あとのストーリーはいい感じに仕上げろ」
俺はサッと書き殴った草案をペーペー御一行に見せ付けた。
「えっ……これは……」
石級冒険者シルバーの冒険録!
「ここがエンデか……!」ジャッ
俺の名前はシルバー。王都からやってきた腕自慢だ。
魔物を倒して名を挙げるためにこの地まで来た。
「ま、程々に働くとするさ」チャキっ
目標はまあ、銀級ってとこかな
名前負けしない程度には精進するかね
※次回、シルバー絡まれる!
「いやこれ……石ゴルのパクリじゃないですか?」
はぁ? 何を馬鹿なことを……俺はこれ見よがしに溜め息を吐いた。やれやれと首を振って言う。
「お前さ、この街に串焼き屋がいくつあるか数えたことあるのか?」
「えっ……えっと……」
虚を衝かれてまごつく男に畳み掛ける。
「例え話だよ。深く考えなくていい。だが本質は捉えろ。この街に『肉を串に刺して焼き、塩を振って提供する店』がどれだけある? そしてそれをパクリだなんだと非難するやつは居るか? ん?」
「や、それは……」
男は俺の言葉にこれといった反論を提示できなかった。
男が助けを求めるような情けない表情でパーティーメンバーをチラと見る。すると自信なさげに手を上げた女がおずおずと意見してきた。
「あの、言いたいことは分かりますけど……これはもう材料から調理法まで同じ料理を出しただけっていうか、その」
「それの何が悪い?」
俺はまだ何か言いたげな女の言葉を遮って開き直った。手のひらを上にしてゆったりと上下させながら諭すように言う。
「強く、逞しい冒険者に憧れて武器や鍛錬方法、所作の端々を真似るのはいけないことか? たまたま入った飯屋の味に惚れ込んで、似たような味の店を開こうと思い立つのは? それと同じだ。俺はこの街の漫画に心底惚れ込んで似たような物を作りたいと思った。それだけだ」
確実に金になるからな。俺は言う必要のない本心は胸に秘めた。
団子屋騒動のときと同じだ。これは売れるぞと悟った商人連中は揃って団子を研究し、あるいは上辺だけを真似て類似商品をぽんぽん世に解き放った。粗製濫造ってやつだな。
だが、売れた。それが全てよ。
独自色を主張する必要性は薄いどころかむしろマイナスになりかねない。下手に捻ったら見向きもされなかった、なんてことになったら本末転倒よ。手間と労力を最大限に削いだ上で高い売上を叩き出す。それが正義だ。
コスパってのは何も金銭面だけの問題じゃねえってわけだな。俺はそういった真理をペーペー御一行に懇々と語り聞かせた。
「そう、かな……」
「そうかも……」
説得完了。これでよし。
懇切丁寧に語って聞かせたせいか、既に日が高い位置に昇っていた。仕方ねぇな……二話と三話の筋書きも俺が用意してやるとするかね。
二話は絡んできた冒険者を腕っぷしで黙らせる話だな。三話は雑用みたいな仕事に渋々従事する話でいこう。
「こ、これは……」
「石ゴル……」
「今後その名前を口にするの禁止な。いいから描け! それとも足にケガを負ってる状態で肉体労働に従事するほうがいいのかっ!?」
「すみませんっ、すぐに描きますっ!」
それでいい。俺は働き口に困窮していたお前らに救いの手を差し伸べてやったんだ。恩義には働きで報いてもらわなきゃな?
数時間後。無事に三枚の原稿が完成した。あとは俺が【
信用に足ると判断できた時点で販売も任せよう。軌道に乗れば新聞屋に次ぐ収入源になってくれるかもしれん。くくっ、またまたボロい商売を見つけちまったな?
俺は出来上がった三枚の漫画をチラと見た。絵柄に誤魔化しきれないバラつきがあるが……まぁ許容範囲内だろう。
展開も構図も石ゴルと似たり寄ったりだが、これもさしたる問題にはならんよ。インスパイアってやつね。
完璧だ。これはいける。そして実際にいけた。
▷
漫画の売上はすこぶる好調だ。日に三枚発行するという点でガキたちと差異をつけられたのが大きな要因だな。
頭の足りないやつらが石ゴルと同じじゃねぇかとケチを付けてきたが、名前と出身地に動機も違えば別物だろという理屈で突っぱねた。嫌なら読まなくても結構。買い手ならいくらでもいるんでね。
今日も今日とて完売御礼。どこでも露天商セットを畳みながら閉店準備を整えていたところに三人の客人が現れた。
「よお、オッサン」
ツナ。アンジュとミックもいる。
……アンジュが居るなら誤魔化しはきかねぇか。だが一応の演技はしておこう。商売敵という立場を明確にする意味も込めてな。俺は努めて平坦な声で言った。
「なんだお前らは。俺はオッサンじゃなくてニッチだ。漫画が欲しいのか? 残念だがもう売り切れだぞ。さ、散った散った」
俺は極めて鬱陶しそうな表情を作り、目の前を飛ぶ虫を払うようにしっしと手を払った。客か、それ以外かを厳密に精査し、己に利をもたらさない者を眼中に入れない偏屈な商売人ニッチであるが故に。
「……いまさら演技する必要あります?」
アンジュがそっと顔を寄せて小声で尋ねてくる。
分かってねぇな。【
俺は心底だるそうに表情を歪めた。
「……何か用でも? 俺は子どもと違って忙しいんだ」
俺がシラを切り通すつもりであると悟ったのだろう。アンジュはキッと表情を整えて自己紹介を始めた。
「初めましてニッチさん。わたしはエンデ新聞社のアンジュです。本日は同業のよしみでご挨拶にと思いまして」
「これはこれは同業の方でしたか。どうぞよしなに。して、他に用向きはありませんかね? 内容が類似している、などという幼稚なクレームは受け付けませんよ」
俺とアンジュが白々しい演技を繰り広げていたところ、ずいと出てきたミックが横槍を入れてきた。
「いや、ぶっちゃけそっちの漫画の内容はどうでもいいんですよね。この後の展開で差をつければいいし」
「……随分と自信がお有りのようで。それなら、今日は本当に挨拶をしに来ただけですか?」
「挨拶ってか、忠告っていうんですかね……描いてみたら分かると思うんですけど、漫画ってアイデア捻り出すのけっこう大変なんですよ? 一日三枚のペースは無理ですって。ただでさえパクリで成り立ってるのに、ウチの最新話を追い越したら破綻する未来しか見えないんですよね。発行のペースを落としたらどうです?」
なんだと……? ミック。お前、まさか、俺の商売方針に物申してるのか……?
ガキめ。ほんの少し前まで客に対してゴミを売ることしか思い付かなかったくせして助言だと……? 思い上がってくれたじゃねぇか、おい。俺はフンと鼻を鳴らして言った。
「それは、それは。狭い見識から捻り出された浅ましい忠告まことに痛み入る。ではこちらからも一つ。それを世間では余計なお世話と言うんだよ。小さい肝に銘じておくといい」
俺はガキどもの忠告を突っぱねた。つい最近まで孤児だったやつらに説き伏せられるなど俺の矜持が許さなかったのだ。
三人組が顔を見合わせたのち、眉をへにゃりと曲げて言う。
「またかよ」
「またですか?」
「またなんですか?」
「るせぇガキども! それやめろっつってんだろ! 冷やかしなら帰りやがれッ!」
ガキどもめ……どうやら成功体験の味を知って随分と増長しちまったらしいな?
破綻する未来しか見えない、ね。言ってくれるじゃねぇか。未来を語れるほどの常識がお前らに備わってるとでも思ってるのか? 甘い考えと言わざるを得ねぇな。
俺を誰だと思ってやがる。俺の人脈の広さと手札の多さを知らないようだな。あんまり俺を見くびるなよ……?
▷
「ニッチさん……この後の展開が思いつかないです……」
「私たちまだ石級で、そこまで冒険者活動に詳しくなくて、話を繋げられないっていうか……」
「構図も一から考えるのが想像以上に難しくて……」
大体ミックの言う通りになった。
ペーペー御一行はスラム上がりの石級だ。街中を走り回る経験はあっても絵を描いたことはないんだろう。
俺たちの漫画は既にパク……インスパイア元の最新話を追い越している。参考文献がなくなれば手詰まりになるのは必然だった。故に筆が思うように進まないと。
くだらんな。できないと泣き言を漏らす暇があったらできるようになるまでやれ。ヘタれた背中は俺がグイッと押してやる。
「そうかそうか。そんなお前らに朗報だ。俺の知り合いにイカれ……とても腕のいい錬金術師がいてな? こんなモノを購入してきたぞ」
俺は背嚢から取り出した小瓶を順に配っていった。緑色をした粘性の高い液体がどろりと波打つ。こりゃ中身を知らないやつにとっては毒にしか見えねぇな。
「あの……これは?」
「強壮薬だ。よくキくらしいぞぉ? 飲めばたちまち疲れが消えて頭が冴える。どんなに疲れていても一時間寝ればスッキリ回復という優れものだ」
「!? それ絶対にやばい成分入ってるじゃないですかっ!」
「馬鹿なことを言うな。仮にちょっとばっかり法に触れるモンが使われていたとしても……それは些細な問題だろ? 焦点はそこじゃない。これを飲めばお前らの目が覚めるって事実が重要なんだ。石級に見合わぬ給金を貰ってるんだから身を粉にして働くなんてのは当然のことだろう」
他の石級がひいこら言っているなか、お前らは命を脅かされる心配をしなくていい職場で安穏と働いている。その幸せを噛み締め、そして相応に還元してもらわねばならない。
だから飲め。なあに、少しだけ頭がパァになるかもしれんらしいが、時間経過で治る類のものだから心配いらんよ。
「描く内容なんてなんでもいい。狩り、喧嘩、魔法、商売、呪装、ギルド、酒、飯っ! 繰り返す。なんでもいい。とにかく仕上げろ。描けなければ睡眠時間は一時間だぞ?」
「む、無理です……!」
「無理ってのは嘘つきの言葉だ。できない道理を探してそこに逃げ込もうとする臆病者の言葉だ。大丈夫、お前らは今日まで頑張って生きてきたじゃないか。頑張って描き上げたらみんなで美味い飯を食おうな? 一仕事終えたあとの飯は美味いぞー。だからペンを動かせオラッ!」
俺の必死の説得が功を奏し、ペーペー御一行は死地に向かう兵さながらの表情で強壮薬をキメた。くわっと目を見開いた六人がシュバッと筆を走らせる。いいね。さすがはイカれ錬金術師お手製の品だ。やはりカネとコネは全てを解決へと導く。
この日、完成した漫画の原稿は十五枚に上った。素晴らしい。このペースなら締め切りに怯える必要は皆無だろう。
見とけよガキども。これが俺のやり方よ。お前らのやり方はぬるすぎるんだ。商売の世界では牛の歩みにも劣る緩慢さが命取りになるんだぜ?
この勢いでお前らの漫画を過去のものにしてやるよ。自分たちがどれほど無力であるかを悟ったその時、惨めに泣きついてくるといいさ。
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