正史の刻む者たちの胎動
「どうして処刑されなかったんですか?」
開口一番ご挨拶だなおい。一部始終を知った後の一言がそれってのはちと頂けねぇな。どんなクズの教育を受けたらそこまで性根がひん曲がるんだ? 俺のことを何だと思ってやがる。おい。
「えぇー……でも、なんかもう今更じゃないですか? 買い出しに行く感覚で首を斬る姿を何回も見せられたらこうもなりますよ」
まぁ、一理ある。俺はこいつらの前でちょっとばかり死にすぎた。勇者という身分を偽らなくていい快適さのせいでタガが緩んだのかもしれんな。
エンデ新聞社に来ている。
手に職をつけたことでカネの味を覚えたガキどもは今日も今日とてあくせくと働いていた。自分らの働きがメシの種の質に直結するということもあってか意欲は高い。
これだけの人数がいたら一人か二人は不精をするやつも出そうなもんだが、今のところはキチンと足並みを揃えて仕事に精を出していた。スラムで生きるか死ぬかの生活をしていた頃の仲間意識ってのが骨身に沁みてるんだろう。
そして俺はガキどもが満足に働ける素晴らしい環境を提供してやった、言わば恩人なのでガキどもの売り上げの半分を徴収する権利を持つ。
高級飯屋の利益の全てが水泡に帰してしまったので小金を調達しようと顔を出したところに掛けられたのが先程の一言だ。小柄な体躯に釣り合わないほど立派な席に座り、慣れた手付きで売上金を仕分けているアンジュに言う。
「だがなアンジュよ。俺にも尊厳っつーモンがあんだよ。それを軽んじるのはどうなんだ?」
「処刑っていう特大の不名誉を繰り返してる時点で手遅れじゃないかなぁ」
まぁ、一理ある。短期間でポンポン首を飛ばされたせいで感覚がバカになっちまったが、本来の処刑ってのは不名誉の極みだ。
首枷を嵌められ、罪状を高らかに布告され、民衆に揃って罵倒されながら死を望まれ、盛大に首を落とされてその最期を喜ばれる。控えめに見積もっても最低な死に方だな……。手遅れって言葉にも頷ける
いや納得してどうするよ。スッと差し出された分け前を懐にしまいながら言う。
「だとしてもだ。どうして処刑されなかったんだって言い分はねぇだろーよ」
「でも……処刑の有る無しで売上が四倍近く変わるんですよ? それほど苦じゃないなら、処刑されない理由のほうが薄くないですか?」
まぁ、一理ある。俺は今日発行された新聞をチラと見た。
大規模食中毒事件の首謀者スヴェン氏自害? 良心の痛みに耐えかねたのか
うーん、ちと弱いな。インパクトに欠けるというか。
燃料を溜めに溜め込んで、最後の最後で火が点かなかったみたいなモヤモヤがある。長々とした詠唱の後に発動したのが最下級の火魔法だった的な肩透かし感とでも言おうか。選りすぐりの材料を集めて、さてどんな料理を作ってくれるのかと期待していたら、何の変哲もない串焼きを差し出された時、あるいはこんな拍子抜けの感覚を味わえるのかもしれない。
チッ……さっきから一理を認めてばっかじゃねぇか。この話はやめだ。反論の糸口がねぇ。
「とにかく、人の処刑をアテにしてんじゃねぇよ。商売ってのは甘くねぇ。現状にあぐらをかいた瞬間が折り返し地点よ。後に待つのは下り坂だぜ? お前らは自ら努力を重ねて策を練る必要がある。その辺をきっちり弁えてるんだろうな?」
「ええ、まあ……舵切りを間違って破滅した例を間近でいくつも見てるので……そこは大丈夫だと思います」
なんだ? 随分含みのある言い方をするじゃねぇか。こいつ少し老成しすぎだろ。可愛げの無いガキめ。ちょいとつついて追い詰めてやるとするか。
「ほう、大口を叩きよる。なにか具体策はあるのかねぇ〜?」
つい最近まで飯屋のゴミ箱を漁ってたスラムのガキが、各地を巡って知識と知恵を身に着けたこの俺を上回る策を提示できる道理なんぞあるわけねぇ。
出てきた案の粗を突っつき回して年相応の泣き顔に変えてやるからな? くくっ。
「策っていうほど立派なものじゃないですけど……」
「ほーん。言ってみ言ってみ」
「じゃあ……。えっと、素人意見で恐縮なんですけど、新聞が売れてる理由の根本にあるのは共感だと思ってるんですよね。話題の共有っていうのかな? 美味しい料理店があったら『今度行ってみよう』ってなるし、なにか事件があったら『怖いね、気を付けようね』って防犯意識を促せる。エンデっていう、外からの情報があんまり入ってこない辺境の地でこう、空気を循環させるような働きを担ってくれてると思うんですよね?」
「……おう、着眼点は悪くないんじゃないか?」
「あ、本当ですか? それでですね、浅学の身から出た素朴な疑問なんですけど、これってつまり平時の新聞の売上は今でもう頭打ちなんじゃないかってことなんですよね。さっき挙げた例でいうと空気が循環しきってるとでも言うんでしょうかね? 現状、新聞は行き渡るべき人に行き渡ってるから、いくら内容の質にこだわったところで売上の増加に繋がらないっていうか。処刑並みの騒動があった場合は別ですけどね。処刑のあとはその場の勢いっていうか、記念みたいな感じで普段買わない人も買っていってくれるんですよ。たまにの贅沢とか、そんな感じで。だから変えるべきは記事の内容じゃなくてそもそもの施策にあると思うんですけど、ここまでで何か指摘とかありますか?」
「……や、目の付け所は、悪くないと思うぞ」
「あ、本当ですか? わたし専門的なことには疎いんで全くの的外れかもしれないんですけど、話題の拾い上げと拡散っていう今のスタイルとは別の企画を同時並行的に進める段階に来てるのかなって。焦点になるのは新規顧客の獲得じゃなくて、既存の顧客に対する別方面のアプローチだと思うんですよ。一週間前の記事覚えてます? 串焼きと自作団子をセットにしたら売上が跳ね上がって一躍有名になったってお店の記事。味の改良じゃなく、新しい品を追加することで話題をさらったケースです。ああいう研究心と、既存のスタイルを組み合わせる柔軟な発想力を参考にしたいって思ってるんですよ。当面の方針としては、話題を拾うんじゃなくて作る側に回りたいと考えてます。情報の発信源って立場を活かしつつ、全く別の種類の娯楽を提供する。ついで買い需要が狙えると思うんですけど、どうですかね?」
「……いいところに目をつけたんじゃないか?」
「あ、本当ですか? それで、知識も経験も無い身分なりに愚考してみたんですけど、習慣化っていう性質をどうにか活かせないかなって思ったんですよね。富裕層の人たちって今や惰性で新聞を買ってるじゃないですか。日常のサイクルに組み込まれてるんですよね。朝は新聞を読んで世情を把握しつつ紅茶をすすって優雅なひと時を過ごす……的な。そこにもう一つ何かしらを差し込める余地が残されてるんじゃないか、って思ったんですよ。毎日継続して読める何かを」
「あぁ、うん……ね。俺もそう思ってたわ」
「はい。なので、試験運用的ではあるんですけど、こんなのを作ってみました。どうです? ミックの力作ですよ」
新事業の構想を一息に語ったアンジュは指でついっと一枚のビラを滑らせてきた。ミック……槍使いのガキか。今は絵画の才能を活かして新聞に絵を載せてたな。あいつの力作ねぇ。俺はビラをつまんで視線をさっと紙面に滑らせた。
「これは……絵本、とは違うな」
「装丁作りの知識がないので新聞と同じ形を流用しました。継続購入することで一つの物語が完成するタイプの試みです。気の向くまま描いた絵なので漫画と名付けました。どうです?」
ふーむ。見てくれはちっこい絵がいくつも並んでる紙にしか見えないな。どれどれ。
石級冒険者ゴールドの冒険譚!
「ここがエンデか……!」ザッ
俺の名前はゴールド。田舎町からやってきた腕自慢だ。
魔物をバッサバッサとブッ倒す生き様に憧れてこの地まで来た。
「俺は……この剣で未来を切り開くぜっ!」ジャキッ
目標はデッカく金級だ!
名前に見合うだけの男になってみせるぜっ!
※次回、ゴールド絡まれる!
俺は率直な意見を述べた。
「安っぽいなぁ」
「いやいや、親しみやすいって言ってくださいよっ」
むっとして眉根を寄せたアンジュが憤りを発散するようにデスクをぱんと叩いた。つんと口を尖らせて言う。
「これでも各方面に気を配ってるんですよ? 特定の業種に肩入れしないようにしつつ、冒険者ギルドに気に入られるために媚びを売ってるんですから。他の街にこの漫画が持ち込まれた時に問題にならないよう政治的な描写を消したりとか。本当はゴールドは王都出身だったんですけど、治世批判だって突っつかれないように田舎出身に変えたりとか。そういう配慮を汲んでくださいよ」
こいつ……本当にガキか? いくらなんでも計画的すぎる。読心に感応、そして【
チッ。そんなことがあってたまるか。決めた。こいつは今ここで俺が挫いてやろう。いつだって商売に付いて回る血なまぐさい現実というものを教えてやる。俺はビラを振って言った。
「よく聞けアンジュ。いいか? んな裏方の努力や裏話なんて銅貨一枚の価値もねぇんだよ。そも知ってどうなるって話だ。消費者ってのは結果しか見ねぇ。ふらっと立ち寄った飯屋がよー、クソマズい飯を出してきたとして、だ。『でも仕入れとか仕込みとか大変だっただろうししょうがないかー』って思うか? 思わねぇだろ? 残るのは後味の悪さと二度と行かねぇっつう固い意思だ」
「それは、分かりますけど……でも」
「それに」
反論に被せて畳み掛ける。恐らく内容にも自信があると言いたいんだろう。そこを先んじて潰す。
「続きも大して気にならん。お前、これどうせ最後はこいつが金級になって終わりだろ? 先が透けてるんだよなー。苦労しつつも都合いい展開が続いてハッピーエンド、ってか。底が浅すぎて惹かれるモンが何一つとして無ぇ」
「わたしたちは、その過程を楽しんでもらえるよう展開を練って……!」
「お前らが? 無理だね。十年かそこら生きただけのガキが娯楽に飢えた連中を満足させられるもんかよ。なぁ、こんなガキのぽっと出のアイデアが世に流通してないのは何でだと思う? 流行らねぇからだよ。そこいらのやつが思いついた画期的なアイデアってのは、一握りの天才がゴミ箱に放り込むボツ案にも劣る。いいか? 心からの忠告だ。やめておけ。後悔するぞ?」
俺はビラをアンジュに突っ返した。わなわなと肩を震わせたアンジュが静かに吠える。
「……絶対に、成功させるんだからっ」
くっくっ……熱くなってんな?
見てろよアンジュ、そしてガキども。順風満帆だから少しばかり思い上がって勘違いしちまったようだが……この街はそんなに甘くねぇ。
それに。俺は新聞社を後にしながら舌で唇を湿らせた。
ガキどもめ。俺に黙って金儲けの算段を立ててやがったとは……生意気な真似をしやがる。
お前らは俺の助力無くして成果を得られない。その非情な現実を改めて分からせてやるとするかね。
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