クソッタレな結末

 二日後。おおよその案にたがわず冒険者連中が押し寄せてきた。

 恐らく銀級の上澄み連中に自慢されて我慢ならなかったのだろう。明らかに高級な食事処とは無縁そうな連中が浮ついた様子で飯の到着を待っている。やつらはちょいとプライドをつつかれただけで財布の口を開いちまうからな。本当に単純なやつらだ。


 中には背伸びしてやってきた銅級なんかもいる。身の丈に合わない贅沢しちゃってんなぁ。仲間内で見下されるのがよほど気に食わなかったらしい。


 冒険者連中は何かと自分の優位性をアピールしたがる。魔物の討伐数、稼いだカネ、装備の質、住んでる宿のグレードから抱いた女の数まで。

 そしてその中には食ったメシの質やどれだけ流行に乗れているか、という項目も含まれている。どいつもこいつも優れたるは己であるという証明手段を欲してやまない。俺はお前より格上だ、と遠回しに宣言するのは気持ちいいからな?


 そういう心理は使える。

 気付いてるかな? いい思いをして豪勢に他人を見下しているお前らを、俺は遥か高みから見下してるんだぜ? まさに手のひらの上。手玉にとる、ってのは上手い表現だよな。俺はお前らから吸い上げた金でお前ら以上の贅沢に浸るとするかね。


 だが、まずは店舗設備の拡充だ。

 粗野な連中を多く招き入れたせいで上客が離れていく可能性があるからな。油断をしてはならない。上流階級の連中を飽きさせない店造りに腐心する必要がある。

 俺はそこらの高級店を参考にお高い調度品を買い揃えた。壺に絵画、それっぽい照明などなど。俺にとってはガラクタでも商人連中からすりゃ目を瞠るような品らしい。審美眼ってやつなのかね。


 店の利益のほとんどを溶かしたが必要経費と割り切ろう。十日もすれば回収できる金額だしな。大した痛手になるまいて。


「あっ、オーナー。やっぱ肉が足んないスよ。多分あと一時間もしたら無くなるっス。どうするんスか?」


 内装の買い物を終えた俺を従業員の責任者が出迎えた。本日の売れ行きも好調なようで何よりだ。


「あとどれだけあれば足りそうだ?」


「そうスね……百は欲しいっス」


「そんなにか?」


「っス。お客さんが話してたんスけど、ここ数日で魔物の数がめっちゃ増えてて冒険者さんが儲かってるらしいんスよね。なんでジャンジャン注文が入るんスよ」


 なるほどね。やけに冒険者連中の数が多いと思ったらそういうわけか。

 つまりこれは商機に他ならない。俺は責任者の肩をポンと叩いて言った。


「分かった、すぐに用意しよう。持ち場に戻れ」


「あのー……ほんとに大丈夫なんスか? 今けっこう大事な時期っスよ? 仕込み不足の肉を出して評判下がったらヤバいと思うんスけど……」


「言っただろう? 解決策は私が用意すると。お前は最高の料理を提供することに注力すればいい。できるな?」


 俺は責任者の肩を叩いて傲岸な笑みを浮かべた。己の調理の腕と経営手腕に無二の信頼を置くオーナー・スヴェンであるが故に。


「っス。自分、料理だけは得意なんで、タネを用意してくれたら完璧に仕上げるっスよ!」


「それでいい。行け」


 意気揚々と持ち場に戻った男を見送った俺はオーナー以外立ち入り禁止の調理室へ向かった。部屋の中には従業員が下処理を終わらせた野菜と果物、そして肉が保管してある。あとは仕込みをするだけだ。


 ……仕込みだけは俺がやらにゃならんのがこの商売の唯一の欠点だな。レシピを盗まれるわけにはいかないって問題が足を引っ張ってる。

 だが、まあ、手間と労力に見合うだけの儲けは得られてるからな。文句は言えねぇ。


「それに……コイツも手に入れたことだしな」


 俺は闇市で買い取った呪装を取り出した。

 中に入れたものを腐らせる容器。本来は永久保存という効果を持たせようとしたみたいだが、なんとも悲惨な効果が付与されちまったもんだ。使い所に困るどころの話じゃねぇ。ただのゴミ箱よりタチが悪い。


「だがしかし、物は使いようってね」


 スライのリーダーによってもたらされた『腐らせる』という調理法は革新的なものだった。連中のよく利く鼻は状態の良し悪しまで峻別できる。全くもって羨ましい嗅覚だ。そして俺はその恩恵に浴する。良いサイクルだ。


「リーダーには今度高い肉でも差し入れしてやるか」


 俺は過去の失敗から学ぶ男。あのスライどもの反感を買うのは賢くないということを知っている。

 やつら既に街のマスコットみたいになってやがるからな……機嫌を損ねたら想定外の角度から追い詰められかねん。本当に、外面を繕うのがお上手なこって。


 これからの算段を練りながら仕込みを続ける。下準備は済んでいるので諸々ぶち込んでかき混ぜるだけだ。程よくドロドロになった液体に肉を入れたら完成というお手軽さもポイントが高いね。あとは腐らせるだけである。


 木製とも金属製とも知れぬ材質で作られた容器に肉とタレをぶち込む。……入れるだけでいいのか? 何しろ使用された例が少ないので効能のほどが上手く読み取れない。フタをしてちょっと振っておくか。こんなもんだろ。

 俺はフタを取って肉を取り出した。


「おっ、良さげな匂いだな」


 塩や香辛料を適当にぶち撒けただけでは出せない"深み"を感じる。こりゃどうやら当たりを引いちまったらしいな。この呪装と秘蔵のレシピさえあれば成功は約束されたも同然と言える。

 あとは裏切らない協力者を仕入れて俺の作業を任せるだけだ。新聞社のガキを一人借りるのもアリ、か。引き継ぎを終えれば俺は晴れて自由の身となる。働かずとも金が舞い込むシステムの完成ってわけだ。


 いいぞ……運が向いてきた。商売とは料理に似ているな。手間を掛ければ掛けるほど甘露な雫で腹を満たしてくれる。


 あと一月もすれば不動の地位を築けるだろう。その時が楽しみである。俺は手塩にかけて腐らせた肉を保冷の魔石があしらわれた箱の中に放り込んだ。


 ▷


 本日も盛況なり。

 生存競争の激しいエンデで終日満員という快挙に加え、健啖家の冒険者連中が挙って押し寄せたおかげもあってか、今日の売上は開業以来の最高記録を叩き出した。これで俺も豪商の仲間入りってとこかな。


 店にある私室で酒を呷りながら売上金の仕分けをする。地道な仕事だが、俺はこの瞬間が嫌いじゃない。

 諸経費を差っ引いたあとに残った金が全て懐に入るという分かりやすい構図は病みつきになる。冒険者連中が大物を仕留めた時ってのもこんな感じなんだろうな。


 心地良い気分に浸りながら硬貨を仕分けていたところ、窓の外から吠え声が響いた。

 これは……スライの鳴き声だ。何だというのか。俺はゆっくりと立ち上がって窓を開いた。不機嫌そうに喉を鳴らすリーダーと目が合う。


(なんだなんだ騒々しい。今度はどうしたよ)


(どうしたもこうしたもあるかい。見境なく市場のモンを買い漁りおってからに。ちったぁワシらの分を残しとけっちゅうんじゃ)


 ……なるほど、そう来たか。

 スライが発見したレシピには希少な野菜や果物も含まれていた。希少ではあるが、味がイマイチなため値段は安いという食材。それを買い占めちまったのが気に食わないってわけだ。


 どうするか。逡巡は刹那。俺はヘラっと笑って意思を飛ばした。


(わーったわーった。今度は気ぃつけるからそう怒んなよー)


 こいつらを舐めてかかったらどんな目に合わされるか分かったもんじゃない。それに今回の成功はリーダーの嗅覚有ってのもの。ちっとばかりご機嫌を取ってやるとするかね。


(調子のいいこと考えとるのぉ……)


(そう言うなって。俺らは商売仲間だろ? ほら、俺手製の肉やるから元気出せって)


 俺は今日仕込んだは良いものの余ってしまった肉を取り出してリーダーに差し出した。俺は優しいからな。それに今日は最高売上を記録して気分も良い。施しをくれてやるのもやぶさかじゃない。

 だがリーダーはお気に召さなかったようでフンと鼻を鳴らした。


(おう……コレは、何だ?)


(何だ、って……肉だよ。見りゃ分かるだろ。あぁ、焼いたほうが良かったか? だが今は手元に火が無ぇんだ。生で我慢してくれ)


(違う。こんなモン食えるかと言うとるんじゃ。酷いニオイがしよる……何をどうしたらここまで失敗できるんじゃ?)


 失敗? 失敗だと? 俺は【嗅覚透徹スメルクリア】を発動して肉の匂いを嗅いだ。

 ……分からん。普通にいい匂いだと思うんだがな……。


(違いが分からんのか? ニンゲンっちゅうんは不便じゃのぅ。危機感が足りとらんぞ)


(……これ、そんなヤバいの?)


(良くない腐り方をしとる、っちゅうんかのぉ。こんなんそこらのドブネズミでも口にしようと思わんぞ。本能で分かる)


 ……マジか。俺は試しに肉を路地裏に放り捨てた。

 ビチャリという音に反応してささっと寄ってきたドブネズミが肉を前にしてクイッと小首を傾げ、そしてささっと去っていった。おいおい嘘だろ……。


(なあ、俺、この肉食っちまったんだけど……)


(……アホじゃのう。まぁ、死にはせんじゃろ。じゃあの)


「あっ、おい待、て……!」


 グルルルル、と。飢えた獣の鳴き声に似た音が俺の腹から鳴り響いた。こ、これは……。


「おぅ……冗談だろ……」


 臓物を直接握って絞られるような苦痛が……そして強烈な便意が押し寄せてくる。死ぬほど腹を下すという現象の意味を実感した。これは……ヤバい。このキツさ、下手したら拷問にだって使えるぞ……。まさか。冷や汗が流れる。あの呪装で作った肉を食ったやつは全員……。だとしたら確実にギルドが動く。


「クソっ……クソが……ッ!」


 一体どこで間違った? 決まってる。あの呪装だ。良くない腐り方ってなんだよ! そんなん分かるわけねーだろッ!


「おふッ……」


 怒ると腹に来る。これは……ダメだ。今すぐトイレに行かなければ……。俺は腹を抱えながら私室の出口に向かって――――


「失礼します」


 ガチャリと扉が開いた。

 熱量を感じない無機質な声。包丁の切っ先のように鋭い瞳。彼女を前にしたらどんな犯罪者もまな板の上の鯉のようになるだろう。


「『遍在』……ッ」


「オーナー・スヴェン。現在、貴方の店で食事を摂った方々がひどい腹痛を訴えているという報告が街の各所で挙がっています」


 はッ……はッ……。俺は額に脂汗をかきながら現状を分析した。

 つ、詰んだかもしれん。今の俺に『遍在』から逃げ切る策はない。下手に逃げようものなら俺はクソを垂れ流しながら処刑されることになる……。


 説得、説得するんだ……今は『遍在』の、あるかも分からん慈悲に縋り付くしか活路は無い……!


「その話、少し待って頂けませんか……? あァッ……いえ、言い逃れとか、しようというわけではなくてですね……っ、その」

「貴方の言い分は後で聞きます。一つ、私の質問に答えてください」


 俺の必死の弁明をスパッと切って捨てた『遍在』は右手をすぅと腹に添えた。眉間にシワを刻み、ほんの少し前屈みになって一言。


「……お手洗いは……どこですか?」


 ミラさん。あなたも……なんですか?


 この店にトイレは一つしかない。それはつまり、今ここにいる二人のうち一人は栄光の椅子から蹴り落とされることを意味する。椅子取りゲームだ。勝者のみが尊厳を保つことを許される負のゲーム……。俺は答えた。


「部屋を出て右、突き当たりの扉、です……」


「……感謝します」


「いえ……いえっ、レディファーストということで……」


 お互いにぎこちない笑みを浮かべながらそろそろと部屋を出ていく。ミラさんが右に曲がったのを見てから俺は左に向かって猛然と早歩きした。くくっ……! 嘘に決まってるじゃあないかっ!


「ッ!? 騙し、ましたね!?」


「馬鹿め! 今更気づいてももう遅い!」


 距離が開いた。絶望的な距離だ。力むことを許されない極限の状況下に立ち塞がる分厚い壁……! 勝者と敗者を隔てる空白。この差は埋まらない。埋めることなど出来やしない。今日こそ俺の勝ちだ! ミラッ!


「……シッ!」


 不穏な息遣い。まさかこの窮地で走ったとでもいうのか?

 違った。膝裏に感じる衝撃……飛び道具……っ! このクソッタレがっ!


「おあああぁぁァァッッ!!」


 倒れ込む衝撃……! いや増す腹圧……! 決壊寸前……!

 だが、耐えたぞっ!


「それが、金級をたばかった報いです……っ!」


 捨てゼリフを吐いたミラが俺を見下しながら猛然とした早歩きで俺を抜き去った。そしてそのままトイレの掛札が飾ってある扉へと……させるかッ! 一人だけ楽になろうなんて許さねぇ! 【隔離庫インベントリ】ッ!


「ウチこだわりの油を食らえッ!」


 俺を出し抜こうったってそうはいかねぇぞ。俺はビンになみなみと注がれた油をミラの足元にぶち撒けた。


「っ! ッ!?」


 きゅきゅっと不様なステップを踏んだミラは足を滑らせてすってんと尻餅をついた。


「はっ…………ッあ! くぅ…………っっ!!」


「はっはぁ……! 金級がどうしたっ! 滅私奉公。金級ならっ、市民のために、身を挺してくれよなぁ……!」


 ゆっくりと、ゆっくりと、割れ物を扱うかのように起き上がった俺は油に塗れたミラを置き去りにして勝者の椅子へと向かう。

 やつはもう立ち上がれまい。滑る足場で無理して力めば崩壊が始まる。八方塞がり……! 為す術なし……! お前はそこで終わってろッ!


「くくっ……俺の、勝ちだッ!」


 ノブを握り、扉を開く。勝った! 勝ったぞッ! 俺は金級に勝ったんだッ!


「それを、待っていました」


 ヒュンという風切り音。俺はとっさにノブを強く握った。バカの一つ覚えがっ! もう飛び道具なんかで趨勢が決まる段階にねぇんだよォー!


「そのドアノブの形が、凄くイイっ!」


 なんだと!?

 狙いは俺ではなかった。ヒュンと飛んできた爪付きのワイヤーが扉の内側のドアノブに巻き付く。事前に照準を合わせていたとしか思えない正確さ。まさか、こいつ、初めからこれを狙って……!


「この油が、私の活路ッ!」


「なにィッ!」


 グッとワイヤーを引っ張ったミラが床を滑る。油の摩擦低減を利用したっ! この俺がっ、策に溺れたとでもいうのかっ!


「待てっ、痛ッ!」


 ほとんど反射的に入室を阻止しようとしたが、ピンと張るワイヤーに行く手を阻まれた。掴んだ手から玉の血が散る。このワイヤー……鋭い。こんな隠し玉を持ってやがったのか! あいつはッ!


「待て、待ってくれ!」


「貴方はそこで己の罪を悔いていなさい」


 ヌルっとトイレに滑り込んだミラさんが力任せに扉を閉め、そして突き放すようにガチャリと鍵を閉めた。クソがっ!


 あぁ……。


 負けだ。負けだよ……。


 くくっ……お前の負けだ、ミラ!


「くく……くっはっはっ! 保身に走ったなッ! 『遍在』ィー!」


 冷徹無慈悲のお前と言えど我が身可愛さを捨てきれなかったようだな。

 治安維持担当の頭、金級冒険者、『遍在』のミラ。お前は、その名を冠するお前は、俺という犯罪者から一時たりとも目を離すべきじゃなかったんだ。扉を隔てるなんて言語道断。愚の骨頂も甚だしい。


「じゃあな、『遍在』」


 俺はいつものナイフで首を掻き斬った。勇者が公衆の面前でクソなど垂れるか。

 勇者ってのは最終的な勝利者だ。犯人を捕まえ損ねたお前と、まんまと逃げ切った俺。どちらが上かなんてのは誰に問わずともハッキリしてる。自明の理ってやつだ。罪を悔いろだって? そりゃこっちのセリフだぜ!


「ははっ! はーっはっはっはァ!!」


 見たか金級! 今回はっ! 俺の勝ちだッ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る