腐った肉は犬も食わない

 俺は以前串焼き屋を経営したことがある。経営といっても真っ当な手法は採用していない。イカれた錬金術師が発明した依存水ホリックありきの強引なやり方だ。


 ほんの少し手違いがあったせいで店を畳むという不甲斐ない結末へ着地してしまったが、それまでの経緯だけを抜粋すると飲食店としては破格の成功を収めていたと言っていい。

 単純な売上は勿論、利益面でも最高級の飯処と同等かそれ以上の成果を上げていた。


 さて、ではもしもあの時、ホリックの力を借りていなかったら俺の店はどうなっていただろうか。

 答えは簡単だ。一週間と持たずに経営破綻する。これは間違いない。


 まずい肉に取ってつけたような安酒、高すぎる価格設定という崩壊前提の経営方針を、ホリックという劇物で無理やり縫い合わせて形にしたのがサーディンの串焼き屋である。


 もしもホリックが無かったら買い付けた肉は捌けずダダ余りになり腐らせていた。そして廃棄に際して金を毟られて経営難に陥り盛り返すこと叶わず廃業、商売道具を売り払って赤字補填……とまぁこんな流れになっていたことだろう。当然だ。クソまずい飯屋が繁盛するわけがない。


 ならば真っ当な経営には何が必要か。そう問われたら、俺は味と宣伝、そしてコネクションであると答える。

 味は大前提だ。そんな事は犬でもわかる。美味い飯とまずい飯なら百人が百人前者を選ぶ。当たり前だ。


 なら美味いものを作れば成功は約束されるのかと言えばそんなことはない。俺は目抜き通りに建っているがらんどうの飲食店を覗き込んだ。


 俺はこの店が王都ではそれなりに名を知られた飯処の分店であることを知っている。王都の闇市に顔を出すついでに寄ったことがあるからな。

 味はまぁそれなりだった記憶がある。少なくともまずいとは思わなかったはずだ。まずかったなら絶対に覚えている。二度と店の門を潜らないよう脳裏に刻み付けるはずだからな。


 味のいい飯屋が資金力に物を言わせて最高のロケーションに店を構えてもこの寂れ具合よ。

 王都で成功したならエンデでも、なんて短絡的な考えをそのまま実行に移したんだろうな。


 看板には『王都で覇を唱えた幻の料理店』なんて大層な煽り文句を掲げているが、そんなのは道端の露天商が吹く法螺と同じだ。一顧だにされねぇ。むしろ怪しまれて敬遠されるってもんよ。


 宣伝を怠った上、この街の権力者に繋がりが無い。閑古鳥が鳴くのも当然と言える。営業努力を甘く見たツケってやつだな。

 あと数日もすれば開店と閉店の掛札がひっくり返らなくなるだろう。そして実際そうなった。


 新たな人格スヴェンを作った俺は売りに出された店舗を即座に確保した。小綺麗な内装や食器の類もまとめて全部だ。ついでに雇われの従業員も数人頂いておく。教育の手間がなくていい。


 フィーブル処刑騒動の新聞売上金の全てを使い果たしたが問題はない。すぐに巻き返せる自信があった。


 高級店に引けを取らない味の肉。そしてエンデ新聞社という手駒。これさえあればホリックという搦め手がなくても必ず成功する。

 団子屋がいい例だ。噂の発信源を掌握すれば噂好きなこの街の連中を手のひらの上で転がせるという事実を俺は既に経験から知っていた。


 スライのよく利く鼻のおかげで作り出せた特性漬け肉をガキに振る舞う。ガキは揃ってバカの一つ覚えのように美味い美味いと繰り返した。アンジュがグッと親指を立てる。『この味なら新聞に載せてもヤラセを疑われない』という意味だろう。


 飯と宣伝の仕込みは完了。あとはコネだな。

 座長セインに為った俺はこの街で関わりを持った商会連中に無料招待券をバラ撒いた。


 その節はご迷惑をお掛けしました。お詫びと言ってはなんですが、世界一美味な料理を拵える友人が店を出すので是非一度足を運んでみて下さい。この国を巡った経験のある私が推す料理です。落胆はさせませんよ。


 そんな一言を添えれば期待もうなぎ登りというもの。そして俺はその期待を裏切らない肉を提供できる自信があった。こいつらはいい金づるに育つぞ。


 味、宣伝、コネ、全て揃えた。ホリックという非合法品には頼っていない。製法にちょっとした懸念はあるが、肉を食った俺とガキは腹を下していないし体調もすこぶる良い。何も問題は無いはずだ。


 あとは価格設定くらいだが、これは強気の値段でいく。高級志向ってやつだな。

 人ってのは難儀なもんで『高いモンを買った』というその事実に満足する性質を持っている。金持ち連中なら尚更だ。派手な散財には頭の奥底が疼くような快感が伴う。それを狙う。


 庶民は切り捨てることになるが不都合はないだろう。百人の庶民が払う金を一人の富豪に肩代わりしてもらうだけだ。

 むしろ中流以下の客を入れてしまったら上流客の気分を損ねかねない。ターゲッティングってやつだな。選ばれし者のみが入店を許される聖域。そんな売り文句で行こう。


 開店に際して穴はあるか? 従業員連中に問い掛ける。


「高い酒とか仕入れて倍の値段くらいで売るのどうっスか? 雰囲気に飲まれてバカ売れするんじゃないっスかね?」


 採用。お前責任者やれ。

 そんなこんなで開店準備完了。首尾は良好。


 完璧だ。これはいける。そして実際にいけた。


 ▷


 革張りのチェアに深く腰掛け、柔軟性の高い背もたれに身体を預けながら新聞を眺める。どれどれ。


『大盛況! スヴェン氏経営の高級店の秘密に迫る!』


 記事の一面に踊る景気のいい文言が俺の自尊心を心地よく撫で付ける。くくっ……容易い容易い。何もかもが予定通りだ。イカれ錬金術師の力を借りずとも要点を抑えれば成功は約束される。また俺の有能さを証明しちまったな?


 売上金を計上しながら最高級のワインで喉を潤す。食材の野菜と果物は安上がりだが、肉とワインは上物を使用している。経費は馬鹿にならない。しかしそれを補って余りあるほどの売上を記録していた。純粋な利益は一日で金貨八枚前後といったところか。


 いいね。最高だ。今まで手を出した商売の中でも群を抜いた儲けを叩き出している。有象無象の庶民連中とは違い、富裕層の金払いの良さときたらもうね。頼もしさすら感じるぜ。


 従業員の練度が高くないのが欠点だが、それすら味で黙らせられる。そもそもウチに来る客はその程度では目くじらを立てることはない。


 金持ち喧嘩せず。心に余裕を抱えた連中は、話題の渦中にある店で大金を落として飲み食いするという行為そのものに甚く満足し、揃ってニコニコ顔で店を後にした。またのご来店をお待ちしておりますってなもんよ。


 ワインと肉、そしてふわっとした口当たりのブレッドを嗜んでいるとノックが響いた。


「開いてるぞ」


「っス。オーナー、なんかオーナーと話がしたいってお客さんが来てるっスよ」


「身なりは?」


「なんかお高そうな貴金属を着けてたっスね」


「すぐに行く」


 そして金は金を呼ぶ。流れというやつだな。

 建設的な話をしたいね。そう思って俺に話があるという客の前に姿を晒したのだが。


「どうだね君ぃ……販路の拡張を視野に入れる気はないかな?」


 こういうアホまで寄ってくるのは困りもんだな。

六感透徹センスクリア】。鋭敏になった感覚が、眼の前のオヤジがうさんくさい男であることを告げている。


 仕草、口調、態度から視線の動き、自分を大物に見せようとする宝飾類の主張。全てが信用に値しない。……支店の提供をダシにしてレシピをすっぱ抜こうって算段だな? クズめ。俺は慇懃に腰を折って告げた。


「未来と食材は自分で切り開く。それが私の信条でしてね」


 まぁ肉の仕込みを終えたら後の調理は全部丸投げしてるんだけどな。それは言わなくていいだろう。


「あっ、おい待て……チッ」


 苛立ちをあらわにしたクズの舌打ちほど心が落ち着くものはないね。

 上機嫌になりながら店内を見渡す。やはり見るからに成功者って見た目のやつらが多い。だが銀級の上澄みと思われる冒険者連中もちょいちょい来てるな。……お? あそこにいるのはルーブス殿じゃないですか!


 俺は厨房に顔を出した。六番テーブルに出す料理は……これだな。くらえ鼻くそトッピング。お代はいらねぇぜ?


 いいことすると気分がいい。事務所に戻った俺は食い掛けの料理に舌鼓を打ち、程よく酔っ払ったのでソファに寝っ転がって仮眠を取った。


 ▷


 他の連中があくせく働いているなかで貪る惰眠はなぜこんなにも心地良いのだろうか。


 気付けば営業終了の時刻である。ノックの音で目を覚ました俺はあくびを一つ漏らしてから入室許可を出した。入ってきたのは従業員の責任者の男だ。


「オーナー、今日の売上っス」


「うむ、ご苦労」


 ずしりと重みのある革袋を受け取る。こりゃ両替商に持っていく時の楽しみが増えるな。順風満帆。だが今度の俺は一切の油断をしないぞ。態度は軽薄だが、意外にも有能な目の前の男へ問い掛ける。


「現時点で何か問題はあるか?」


 店を開いてから一週間。連日満員御礼という素晴らしい実績を記録しているが、いつ何がどう傾くかなんてのは予想できるもんじゃない。手を抜けば首が飛ぶ。意見の吸い上げとフィードバックは確実なものとしなければならない。

 俺が問うと男はすぐさま返した。


「仕込んだ肉が足りなくなりそうっスね」


「なに……? 結構な量を用意したはずだぞ?」


「や、ほら今日めっちゃ冒険者さんが来たじゃないっスか。あの人らスゲー食うんスよ。一人で肉五枚とかペロッと」


「あぁ……やつらは健啖家が多いからな」


 生きるという行為に全力な冒険者連中は暴飲暴食が常だ。生命力を蓄えるかのように酒を飲み肉を喰らう。仕事休みだと日に五食とか腹に入れるやつもいるからな。串焼き屋が馬鹿みたいに軒を連ねているのはそれが理由だ。


「んで彼らって流行りに敏感じゃないっスか? 二日三日後くらいにバーって来ると思うんスよ。そしたら多分途中で店じまいっスね」


「それは、勿体ないな」


「レシピさえ教えてもらえれば自分が仕込んでもいいんスけど」


「ダメだ」


 今回の俺が気に掛けなければならない点はレシピの流出だ。

 腹を壊すから絶対にやめろと言われている食い合わせが含まれている。この時点でわりとヤバい。そんなものを腐らせて提供しているという事実が公になったら……実害を与えていないので首は落とされないだろうが、営業停止モンだろう。


 いっそ早い段階でレシピを公開して安全性を証明するのも手だが、それをやったら二匹目三匹目のドジョウが現れて売上が落ちるのは目に見えている。

 それに、料理に精通したやつらが公開されたレシピをより良く改造したら味というアドバンテージが保てなくなる公算が高い。そうなりゃ一気に落ちぶれるだろう。


「じゃあ……一日の注文数を絞るとか? それとも一日休みを設けて仕込みに注力するとかっスかね?」


「どちらも歓迎したくないな。食いたい時に食えないというのは心象を損ねる」


 問題はレシピを流出させずに数を用意する方法だ。

 どうするか……。二日の間保存して腐らせるという工程があるため、数を用意するには俺がひたすら働くしか方法がない。それも今すぐ。……ダルすぎる。それはゴメンだ。


 何かないか。何か画期的な手は……


 ――――!


 あった。あったぞ! そういえばあった! 今の状況に相応しい呪装が……!


「解決策は私が用意する。今日はもう上がるといい」


「……そっスか? なら自分上がります。お疲れっしたー」


 責任者の男が部屋から出ていったのを確認した俺は念のため部屋の鍵をかけてから短剣で首を掻き斬った。


 ▷


「くくっ……見つけたぞ……やっぱゴミ箱なんて揶揄されるだけはあるな。売れ残っててくれて助かったぜ」


 王都、闇市。

 行きつけの呪装店に駆け込んだ俺はお目当ての品を金貨一枚で購入した。


 いつだったかゴミ漁りをした時に見つけた呪装。中に入れたものを腐らせる容器。使い道の無いゴミかと思いきや、まさかこんな形で役に立つとはな。これだから闇市巡りはやめられねぇ。


 これで万事解決だな! よし!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る