コストパフォーマンス

「おかえりなさいませ」


 むせ返るほどの酒精と熱気が漂い、粗野な輩が人目を憚らず大声で駄弁り合ういつもの冒険者ギルド。

 今月の討伐ノルマをサクッと片付けて森から帰ってきた俺たちを素っ気ない一言が出迎えた。


「ただいま戻りました!」


「討伐証明の確認をお願いします」


 冷淡にも事務的にも聞こえる一言に、しかしルークはにこやかな笑みと溌剌とした声を返す。続いてニュイが慣れた手付きで背嚢から魔石を取り出した。


 ルーキーペアもだいぶ馴染んできたもんである。音を上げたくなるほどにキツい力仕事をこなすことで肉体を鍛え、余裕があるときは魔物をぶち殺しに森へと足を運ぶ。これが模範的な石級の冒険者だ。


「……はい、確かに確認しました。パーティーメンバーはお二人と……」


 そこで受付嬢がチビ二人の後ろに立っている俺をチラと見た。そしてこれ見よがしに眉を顰める。前からそうだけど、こいつちょっと態度悪すぎるんじゃねぇの?

 まぁ討伐に出掛けようとしないって時点でこうなるってのは分かってる。冒険者としての権利を甘受しておきながら、街の脅威を取っ払う仕事には参加しない。周りの連中からしたら煙たがれるのも当然と言える。


 だからといって態度を改める気は無いがね。冒険者は常日頃から魔物を狩りに行かなければならない、という決まりはない。銅級からはそういう義務も生まれるが、鉄級以下は個人の裁量に任せられている。


 自分の身すら守れないぺーぺーが戦場に出ても足手まといになるからな。鉄級以下は銅級以上が動かざるを得ない事態の際にはお荷物になる事が多い。有事の際に徴発されるのが銅級以上であるのはそのためだ。


 つまり俺の行動は、傍から見れば気に入らないだろうが、ギルドの設けた規定を破るものではない。

 鉄級が石級とパーティーを組んではならないという規則も、危険度の少ない森以外の狩り場に向かわなければならないという決まりもない。


 暗黙の了解という悪しき風潮はあるが、そんなものに拘束力があるはずもなく。『冒険者なら魔物を狩りに行け』というのは、つまるところ荒くれ連中が作り上げた同調圧力なのである。


 よって俺には咎められるべき非など無い。


「おいおい、随分とガン垂れてくれるじゃねぇの。俺にはおかえりの一言も寄越さねぇってのによぉ。なんか不満でもあんのか?」


「……石級二人だけなら納得ですが、鉄級が一人いるのにこの討伐量は少ないのではと思いまして」


「そらそうよ。俺はただこいつらを育てるために付いて行っただけだからな。現場監督役なんて珍しくもなんともないだろ?」


 パーティーには求められる役割というものがある。索敵を担う斥候、体を張って魔物と戦う前衛、補助や回復、攻撃魔法を扱う中後衛など様々だ。小間使いや荷物持ちを伴にする場合だってある。

 今回の俺はチビ二人の監督役だ。ちっとばかし腕を上げたこいつらがどこまで動けるのかを見守りつつ、危険だったらサポートをしてやるポジションである。


 まあ、森での狩りで危機に陥ることなんてごくごく稀だがな。嵐鬼なんてバケモンがしょっちゅう現れてたらこの街のルーキーは揃って天の上に召されてる。

 つまり俺はチビ二人の後ろでぽけーっと突っ立っていただけなのだが、これは別に言わなくていいことだろう。


 俺は討伐には参加しなかったが、監督役なのでパーティーの一員ということになる。討伐ノルマはこれにて達成ってことでいいだろ? そう尋ねると見せ付けるようなため息が返ってきた。


「……この二人は素行も実力も問題ありません。遠くない内に並ばれますよ? それでいいのですか?」


「めでたいことじゃねぇの。何を憂うことがあるってんだ?」


 ネチネチとなじるような口調を崩さない受付嬢に詰め寄る。受付台に手のひらを置いて威圧するように見下ろすと、受付嬢は観念したように目を瞑って弱々しくため息を吐いた。


「……石級の頃は、あんなにあくせくと働いていたのに」


 嫌なことを思い出させてくれるもんだ。

 石級の身分証では冒険者割引の恩恵に与れないからな。昇級は最優先すべき課題だった。故にダルくてキツい雑用を全力でこなして鉄級に昇格したのだ。


 ……ギルドが一個人の情報を念入りに収集、保管しているなんて思わなかったがな。

 ギルドに所属している冒険者は多い。そこらの一般家庭のガキの大半は冒険者になるし、孤児上がりや他所から来たならず者なんかは冒険者になる以外の道が無い場合が多い。必然、街は荒事を生業とするやつらで溢れかえる。


 冒険者エイトはその中の一人だ。大した特徴のないくたびれた男。絶対に紛れられると思ったのだが、ギルドは予想に反して俺個人の情報を掌握していた。依頼受注日から達成日、その内容、喧嘩を起こした回数まで。

 どんな念の入れようだっつの。予め目をつけられてたんじゃねぇかと勘繰っちまうよ。……さすがに無いだろうが。


 そんなわけで、ギルドの連中は俺がちょっとばかり本気を出していた石級時代を把握している。

 ギルドが『お前実力を隠してるんだろ?』ってチョイチョイ突っかかってくるのはそれが理由だろう。面倒な話だ。


「そういえば……エイトさんの石級時代ってどんな感じだったんですか?」


「私たち全然知らないんですよねー。聞いてもはぐらかすし」


「人の過去を詮索するんじゃねぇよチビども」


 この二人も随分と馴れ馴れしくなってきたな。少々鬱陶しくもあるが、まぁこいつらには色々と使い道がある。隠れ蓑兼財布という使い道がな。多少の無礼には目を瞑ってやろう。


 チビ二人の背を押してギルドからの退出を促す。一仕事終えたあとだ。こんな酒臭くてうるせぇ場所からは早いとこ出てって肉でも腹に収めなきゃな。もちろんチビの奢りだ。

 他人の奢りというスパイスは肉と安酒を格別に引き立ててくれる。俺はこの二人を噛めば噛むほど味が出るような人間に育て上げてやりたいと心から思う男。まだまだ甘い汁は吸わせてもらうからな?


 窓口から去ろうとする俺たち三人。すると背後から抑揚の少ない声が届いた。


「エイトさんの鉄級昇格は最速に近い記録です。約ひと月。こなせる依頼を休みなしで終日続けた努力の賜物と言えるでしょう」


 ……余計な真似しやがる。


「えっ! 休みなしで!? 鉄人じゃないですか!」


「……やっぱ、凄いや」


 疲労が溜まらないよう補助魔法を適宜使用していたし、いざとなれば首を斬ればそれで済んでたからな。死ねば肉体に生じた諸々の不都合はリセットされる。俺に休みなんていらなかった。

 だが……今にして思えば迂闊だったとしか思えねぇ。普通の人間だったら潰れる密度で働いてたからな……。


「大袈裟だっつの。しかし……おい、お前人の情報をペラペラ漏らすんじゃねぇよ」


「いいじゃないですか。誇るべき偉業だと思いますが?」


 ふざけた態度だ。短くない付き合いなんだから俺が経歴を隠していることなど察しているだろうに。


 ……だからこそ、か。

 俺の石級時代の活躍を知るあの受付嬢は、もしかしたら俺に期待のようなものでも抱いているのかもしれない。あるいは失望の裏返しが態度になって現れたのか。


 どうでもいい。俺は積極的に魔物を狩りに行く気なんて微塵も無いんだからな。魔物なんぞに殺されたくないってのもあるが……魔物狩りは、俺の領分じゃない。俺は――



『ガル!! どこにいるッ!! 魔王を倒しに行くぞーッッ!!』


「っ!?」


 寝耳に杭をブチ込まれたような衝撃。キンと鋭い耳鳴りが走り、俺は思わず頭を抱えた。


 あの馬鹿姉……! いきなり大声を送り込んでくるんじゃねぇ! イカれてんのかっ!


「エイトさん……?」


「ちょ、大丈夫ですか?」


「ああ……気にすん……!?」


『ガルッ! 聞こえているんだろう!! 早く王都第一教会に来ーい!! レアも居るぞーっ!!』


 くそっ! うるせぇ! 何を考えてやがるあのボケは! 頭ん中に焼きごてを突っ込まれたみてぇだ……!


 思わず膝を折る。平衡感覚がうまく働かない。今すぐ二番目の姉上をひっぱたいてやりたい気分だった。


「エイトさん!? ホントに大丈夫なんですか!?」


「医者に行ったほうがいいんじゃ……」


「いや、いい……二人とも、ちと肩を貸せ……っ!?」


『お偉方が慌ててるぞーっ!! 魔王が国に近付いてる兆候を呪装で感知したって話だーっ!! 今度こそ諸悪の根源を滅殺しに行くぞーっ!! 力を貸せ、ガルッ!!』


 頭の中で絶え間なく鳴り響く救援要請のせいで脳の奥がズキズキとした熱を帯びる。どんだけでかい声で叫んでやがんだよ。馬鹿じゃねぇのか?


「チビ、ども……ちと、俺の宿まで……運んでくれ」


 二人の肩を借りて立ち上がり、訝るような視線を浴びながらギルドを退出し、よろめきながらも定宿を目指す。その間ひたすらに姉上の声が頭の中に響いていた。


『早く来いと言っているだろう!! お姉ちゃん命令だぞッ!! このまま無視を続けるようなら私にも考えがある!! ……どうしようかな。うーん……。歌でも歌い続けるぞっ!! 私の歌が酷いのは知っているだろう!! いいのか!? 歌うぞっ!! んん゛ンン゛〜゛ララ゛アァ゜〜〜』


 あいつ、泣かす。


 俺は固く心に誓い、看病するといって部屋に来ようとしたチビ二人を突っぱねて帰宅させ、自室に入ってからメモ書きを残し、魔法を使ってから短剣で首を掻き斬った。


 ▷


 王都第一教会に到着すると同時に全力で補助を発動する。頭のおかしいクソ姉と取っ組み合いの喧嘩をしていたところ、割り込んできた長姉に二人揃って氷漬けにされて王城へと運び込まれた。どうやら事態はよほど逼迫しているらしい。


「勇者よ、よくぞ参った。……なぜ其方らは水に塗れているのだ?」


「よー、オッサン。そこはノータッチで頼むわ。あ、この前言ってた串焼き持ってきたんだけどいる?」


 謁見の間。

 相変わらず無駄に煌びやかな調度品の数々で飾られた部屋では国の重臣たちが雁首揃えて俺らの到着を待っていた。

 ざっと片膝をついて臣下の礼をとる姉上二人をよそに、俺は国王のオッサンへと串焼きを手渡す。


「陛下! そんな下々の者が食す肉など口に入れてはなりませぬぞ!」


「宰相さんよぉ、てめーはいちいち口出しすんなや。で、どうよオッサン。美味いか?」


 色とりどりの宝石が散りばめられた悪趣味な王冠を戴き、お高そうな真紅のマントを羽織った国王が些かの躊躇いもなしに串焼きにかぶりつき、もっちゃもっちゃと口を動かす。周りの連中と姉上どもが騒ぎそうだったので【無響サイレンス】を展開。これでよし。


「んむ、雑な塩気と歯応えであるな。午餐にて食す肉とは比ぶべくもない」


「馬っ鹿だなぁ! それはな、オッサン。コスパってやつよ。コストパフォーマンスな? クソほど高い肉と比べてどうすんだっつー話よ」


「……なるほど?」


 俺の力説に対し、国王のオッサンは首を傾げて微妙な反応を返した。こりゃ分かってねぇな? さて、この物を知らないオッサンには串焼きのなんたるかを一から教えてやらにゃなるまいね。

 そう意気込んだところ、風魔法で首根っこを掴まれてズルズルとカーペットの上を引きずられた。本当に器用な使い方をするもんだ。


「ホントにっ! ガルはもう、この馬鹿! 何考えてるの!」


「そうだぞ! 私の分も寄越せ!」


「そうじゃないでしょッ!」


「えっ」


 久々に姉弟三人揃ったが……こりゃひでぇな。俺はやれやれと首を振った。

 いやはや、国が担ぎ上げる勇者がこれだぜ。大道芸の道化師もここまで滑稽な芝居は打てないだろう。国の連中は一切笑えないってところが笑いのポイントだ。


「勇者シンクレア殿。勇者レイチェル殿。……勇者ガルド殿。そろそろ、宜しいかな?」


 ぎゃあぎゃあと騒ぐ馬鹿二人を見かねた宰相は、作ったような低い声で俺たちを威圧した。姉上二人が再び膝をついて臣下の礼をとる。

 ……まるで、国王じゃなくてコイツに忠誠を誓ってるみたいに映るな。宰相は政を司ると同時、俺らの教育にも熱を上げた。幼少の頃の手厚い洗脳教育が未だに尾を引いているんだろう。厄介なこった。


 一欠片の忠誠も見せない俺を一瞥して眉を顰めた宰相が機嫌の悪そうな声で告げる。


「先般、魔王の動向を監視する呪装に反応があった。……ヤツが、この世のあらゆる悲劇の元凶が、この国へと凶手を伸ばそうとしている。ここ数年大人しくしていた魔王が何故動き出したのかは……一切、判明していない。勇者諸君には至急この国を守るべく動いて頂きたい」


 あらゆる悲劇の元凶、ね。胸糞悪い話だ。


「ったく、要は魔王にこっち来んなって言ってやりゃいいんだろ? わーったわーった。俺が行ってきてやるからお前らもう解散していいぞー。はい、解散解散」


 俺はシッシッと手を振って集まった重臣連中に解散を促した。真面目くさった顔してるくせして、やることはいつもの勇者への押し付けときた。つまらん茶番だぜ全く。


 ……ま、今回は俺が事を収めてやるとするかね。

 魔王が動き出した理由は十中八九俺のせいだろう。俺もアイツと話をつけなきゃならんと思ってたところだ。丁度いい。


 だが姉上二人は納得できないようだ。


「ガル一人には任せられん! 私も付いて行くぞッ! 今日こそは、魔王を塵の一欠片も残さず消し去ってみせる!」


「私も行くからね! ……ガルをこれ以上ポンコツにさせない。絶対に、魔王は、倒す」


 魔王は世界の憎しみの捌け口である。

 困窮した人類には不平不満を向ける先が必要だった。この世の不都合を纏めて投げ棄てることができるゴミ箱が。そこで白羽の矢が立ったのが魔王である。ままならない世界だよ、全く。


「そうと決まれば話は早い」


 覚悟をキメた馬鹿が腰の剣を抜き放つ。王の御前で抜剣するなど普通は有り得ない暴挙なのだが……


「行くぞレア、ガル! 付いて来い! 最寄りの街はフィアフルだっ!」


 剣を抜いて襲いかかるのと、唐突に自分の腹を掻っ捌くのは、どちらのほうが暴挙に値するのだろうか。


「ぐッ……うっ、く、っあああぁぁぁッッ!!」


 姉上は腹から血を撒き散らして叫びながら死んだ。やめろって言ってんだろ。痛覚を与えない剣の一つでも用意してからやれっての痛々しい……。


 先程まで深刻そうに顔を突き合わせていた重臣連中がドン引きしている。この光景を見るのは初めてではないだろうが、やはり慣れないものなのだろう。俺から見ても頭おかしいしな。


「もう! もうッ! なんでレイもガルもそんな頭おかしいの!? わざわざ血を撒き散らしてっ! 苦しんで死んでっ! 信じられないっ!」


 魔法が得意な姉上は心底信じられないと言わんばかりに声を荒げた。苛立ちを発散するかのような仕草で手をブンと振る。

 瞬間、玉座の間になんかよく分からない色をした球体が出現した。姉上の魔法だろう。


「魔法で死ねば、スッキリ死ねるのにっ!」


 そして姉上はヒョイッとその球体に飛び込んだ。魔法の得意な姉上はジュッってなって死んだ。

 こんなよく分からんほどに高度な魔法を自殺のために使うなよ……ほんとあの二人は頭おかしい。


「えぇ……?」

「比較的、まともだったシンクレア殿まで……」


 いや別にアイツがまともだったことなんてないけどな。

 愚姉二人の奇行にほとほと呆れ果てていると、神経質そうな顔をした宰相が両手で頭を抱えて吠えた。


「なんだっ! なんなんだコレはっ!? 一体、いつからここまで破綻したッ!!」


 勇者の教育に腐心していた宰相が目をひん剥いて叫ぶ。こりゃいい気分だぜ。ざまぁ。

 俺は清々しい気分でいつもの短剣を取り出した。首を掻き斬って姉上の後を追おうとしたところ待ったが掛かる。


「勇者ガルドよ。一つ問うてもいいか?」


「ん? 何だオッサン」


「其方らには、どうしても死なねばならぬという理由でもあるのか?」


「……? あぁ、俺の心配ならいらねぇよ。この短剣は痛みを与えない効果を持った呪装だからな。首を斬ったらすーっと死ねる」


「そうではなく」


 国王のオッサンは、この世の真理を説くような、無知な幼子が物を尋ねるような、どっちともつかない表情でポツリと呟いた。


「普通に教会の女神像に祈って転移してはいかんのか?」


 ははぁ。俺は思わず虚を突かれた。そうくるか、といった思いだ。俺は首を掻き斬った。


「分かってねぇなあ、オッサン。さっきも言ったろ?」


 俺は短剣を懐にしまいながら諭すような口調で言った。


「コスパだよ、コスパ。手間がないんだ。煩わしい手続きをカットできる。時間短縮になるだろ? 痛みっていう問題がクリアできたら躊躇う必要がないんだよ。時は金なりってな。理由なんてそれで十分だろ?」


「……なるほど」


 ふむ、どうやら納得してくれたらしい。まー、オッサンは箱入りだからな。深窓の令嬢もかくやの無知っぷりだ。たまにはこうして命を張りながら一般常識を教えてやるのも悪くないかもな?


 俺は国王にコスパの重要さを説きながら死んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る