閑話:残務処理、燻る火種
質朴な装飾のみが施された一室に羽ペンを走らせる音が細々と響いていた。
闇夜の帳が降り、民が揃って寝静まる時刻。発光の式が刻まれた魔石が優しくも鮮烈な光を放射しており、部屋主から心地よい安眠を取り上げる。疲労の色が滲み出た面様が照らされ、目元に深い隈のような陰影が浮かび上がった様は傍目には苦役に従事する虜囚のようにも映った。
魔物の脅威を排し、街の治安維持を一手に担う機関である冒険者ギルドの長ルーブスは頻発する事件の事後処理に追われていた。
嵐鬼の出現と勇者の来訪という難事に片を付けたそばからギルドの宝剣『空縫い』が横奪され、畳み掛けるように空き巣の被害が増加した時からほぼ休み無しの状態が続いている。
王都への通達、周辺都市への伝令、防衛体制の再編と強化。山積した業務の処理と並行して悪辣な犯罪者を取り締まる環境を整えるのは骨の折れる作業であった。
冒険者として死線を潜ったことは数え切れないほどあったが、これほどまでに神経を擦り減らしたことはない。
戦場の高揚や血肉の沸騰とは縁遠い此度の騒動は、ただただ街の責任者であるルーブスの心胆を寒からしめるものであった。
一つボタンを掛け違えていたら。そんな焦燥が事件解決後の今も脳裏に燻っている。故にルーブスは黙々と筆を走らせていた。堵に安んずるにはまだ早いと己に言い聞かせながら。
無理を咎めるようなノックの音が二度響く。
強く目頭を揉み表情を整えたルーブスは努めて疲労を隠した声色で告げた。
「開いている」
簡素な許可に応えて一人の男が入室した。【
「王都に顛末書を運ぶ手配は整えました。銀級を二名同行させたので道中で襲撃にあっても対処可能かと」
「ご苦労」
端的な労いの言葉を発したルーブスは強壮薬を一息に飲み干し、そして再び筆を走らせた。
喫緊の課題は片付けたというのに休もうとしないギルドマスターの姿を見て、ノーマンは見るに忍びないと言いたげなため息を吐く。
「少し休まれては?」
「仮眠は取った。問題ない」
「……まだ何か優先すべきことが?」
「口煩い貴族連中を黙らせるための文を先んじて送りつけておく必要がある」
エンデという街の在り方に疑問を覚える者は多い。エンデ周辺都市の領主は特に顕著だった。
なぜわざわざ魔物の処理を自分たちで担っているのか。勇者に任せればいいじゃないか。万が一の事態があった場合はどうするつもりなのか。
何か少しでも事件が起きるたび、そういった放言が綴られた文がギルドに届くのだ。保身のために綴られたそれらは、ほぼ必ずと言っていいほどに迂遠な修飾と古臭い言い回しが用いられており、解読に時間を要するうえ、適切な返答をしたためなければ学無しと嘲笑われるため、ルーブスにとって最も鬱陶しい頭痛の種となっていた。
故に先手を取る。噂が広まるよりも早く事の顛末を知らしめ、そもそもの発端は王都内での失態であることをそれとなく布告し牽制を促す。エンデに責を問うならばまず王都への陳情が先では? といった旨の内容を、無駄な修飾と無駄に古い言い回しで書き起こす。それも一通や二通ではない。気が滅入る作業であった。
「……例の新聞社の力を借りては? 転写魔法を扱えるのならすぐに済むでしょう」
「自分の尻は自分で拭くさ。それに……年端も行かぬ者に見せるには少々刺激的な内容も含まれているのでな」
魔物との戦闘を得意としない者がこなす業務の一つに密偵がある。うるさい連中を黙らせるためのカードを仕入れる仕事だ。
仕入れる情報は脱税や横領といった国への背信行為から、違法薬物の乱用や人に言えない情事の際の癖まで多岐にわたる。
長々と迂遠な表現を綴った後、簡素な文とともにこれらの情報を叩きつけ、そしてこう締めるのだ。黙っててやるからいちいち口出しするんじゃねぇよ、と。
これで向こう一年は頭痛の種に怯えなくてすむ。まぁ、一年ほどもすれば証拠を隠滅した連中が性懲りもなく批難してくるのだが。
「……聞けば聞くほど、自分なんかにはギルドマスターなんて務まらないんじゃないかと思いますよ。金級のミラさんの方が相応しいのでは?」
「彼女は政務には向かん。現場でこそ活きる人材だ」
「アウグストさんは……」
「分かって言っているだろう? アレは……戦場でしか生きられない男だ」
ルーブスは口から出かけた脳筋という言葉を飲み下し、極力まで配慮した言葉を吐き出した。
アレがこの椅子に腰を下ろしたら、ともすればギルドマスター解任の最速記録を塗り替えるかもしれない。そしてそれは将来にわたって破られることのない記録になるだろう。自分の後任がそんな愉快な不名誉を打ち立てるのだけは御免であった。
「自分だって、そんな自信無いっすよ」
「だからこそだ」
力強く言い切りルーブスは羽ペンを置いた。絡ませた指を口元に添え、鋭い眼光をノーマンに投げ掛ける。
「自信が持てないというのは才能だ。常に疑い模索することが能う。相手を疑い、状況を疑い、自分すら疑って、どこまでもどこまでも疑って、そうして残ったものだけは……ホンモノだ」
「自分すら、ですか」
「ああ。そしてもう一つ。疑い抜いて下した判断だけは、決して疑うな」
回顧するようにゆっくりと瞳を閉じたルーブスは椅子の背もたれに身体を預けた。懺悔のような深い呼吸を一つ挟み、目を閉じたまま問う。
「銀級のリベルに恩赦を与えたのは間違いだったのか」
かつて有用な呪装を得た若手の冒険者の自宅へと踏み入り強奪を働いた男がいた。銀級冒険者リベル。他人の家に無許可で侵入するという大罪を犯し、あまつさえ盗みまで働いたリベルは、しかし多大な貢献を理由として生かされた。
片腕を切除し、今後悪事を働かないことを女神に誓わせ、食うに困らない程の金銭を与えたうえでエンデから放逐する。破格にして最大限の配慮といっていい。それは金級に手が届くほどの功績を重ね、極限まで命を削った者への敬意の表れであった。
しかし事件は起きてしまった。復讐心に駆られた男が、最悪のタイミングで最悪な呪装と巡り合い、そして街一つを滅ぼしかねない事件の引き金を引くことになる。
果たしてこれはギルドの落ち度か。
「私は、そうは思わない」
もしも。そう前置きしたルーブスが独り言のように呟く。
「あの時リベルの首を容赦無く落としていたら……金級冒険者のミラは居なかっただろう。彼女の離反は免れない。そしてギルドへの不満も募っていたはずだ。街を守り続けた英雄に対し、ただの一度の過ちで命を奪うなど血も涙もないのか、とね」
空き巣行為は即処刑される重罪である。しかし、銀級になるほどの貢献を続けた男と考えなしの犯罪者を一緒くたにするのは反発が予想された。
塩梅を少し間違えるだけで独裁に傾く。慣習だからの一点張りでリベルを処刑することはできなかった。
「ならばリベルの反感を買わないために特赦を与えるべきであったか」
罰を免除する理由はいくらでも作れるだろう。銀級になるまで貢献し続けたこと、その高い実力を買い今後は一層危険な任務に就いてもらうことで罪を相殺させる。五体満足で生かし、さらなる貢献を強いることで贖罪と為す。
懲役という体をとりギルドに従うことを強制させる。それは、体裁こそ整えているものの、実態としては無罪放免と変わらない。
「最悪の選択肢だ。ギルドそのものがナメられる。市民にも他の冒険者にも示しがつかない。リベルの増長も免れなかっただろう。いずれ獅子身中の虫になることは……目に見えていた」
ならばどうするか。
放逐後に暗殺する……誰に頼むというのか。ギルドの義を疑われれば組織は土台から崩壊するだろう。
エンデに常駐させ監視下に置く……銀級上位の実力を持つ人間を誰が監視し続けるのか。リベルほどの実力者になれば牢屋もその役割を果たせない。それに市民だって気が気じゃないだろう。仕打ちのぬるさに不満を抱かれるに決まっている。
「落とし所だったのだ。私は……そう疑っていない。街の安全の確保、ギルドの存続、求心力の維持。全てを高い水準で保ったまま事を収める方法だった。結果として街に危機を呼び込むことになった。それは認めよう。だが、それでもだ。私は私の判断が間違いだったと思っていない」
「……精神、やられそうっすね」
「私にとって、生きるとはそういうことだ」
そしてルーブスは再び瞼を閉じた。瞼の裏で泥のようにへばり付いた記憶が像を結ぶ。
王都のスラム。泥水を啜りながら生き長らえ、時に奪われ、時に奪い返し、無力に咽び泣きながら、無様を晒しながら生き延び、己を鍛え、力を蓄え、自分を痛めつけた連中を一掃し、手に入れた金を握り締めて『表』へと踏み出した時の――――生にまつわる全権を勇者に委ねきってヘラヘラ笑う悍ましい人の群れを目にした時の記憶。
「この街を……死人の街にはしないさ」
この街の人間は生きている。
人は眼の前の脅威に立ち向かうために武器を掲げ、力無き者は戦いとはまた違う形で彼らを支援する。その在り方にルーブスは生を認めた。そしてそれはこの街を興した初代ギルドマスターも同じである。
連綿と受け継がれてきた生きる意志を受け継がなくてはならない。ルーブスは義務感からではなく、心からそう思った。周辺の都市から愚かだと嘲笑を浴びせられようとも。
「ミラの調子は?」
「……やはり少し消沈していたようですが、大事には至っていないかと。……最近彼女にも家族が一匹できましたからね。心の支えになってくれたのかと」
「それは良かった。だが、くれぐれもケアは怠らんようにな。彼女は強いが、まだ若い」
「了解しました」
そこでルーブスは深い息を吐きだして天井を仰いだ。口から吐き出されたそれは安堵からのものではなく、そう遠くない未来を憂う陰鬱としたものだった。
王都の呪装盗難被害から続いた一連の事件は一応の解決を迎えたものの、未だに厄介な波紋を広げている。
火急の用件は粗方処理し終えたが、残火のように燻っている熱は対処を誤ればたちまちの内に燃え上り、先人が積み上げてきた全てを灰へと帰すだろう。緊張を解くには、いささか状況が悪かった。
「……今回の事件で我々は岐路に立たされたと言える」
「勇者、ですか」
「ああ」
吹雪を纏った竜の出現はギルドにとって慮外の招かれざる客であった。
看過出来ない緊急事態が同時期に二つも並び立つという前代未聞の危機。一手でも仕損じれば壊滅は必定。今回限り、という誓約を設けた上で勇者を招聘したのは、苦渋の選択ではあったが、結果的には間違っていないと信じている。
その選択によって生まれた火種もあるという、ただそれだけのこと。
「頼らざるを得ない状況だった故に致し方なく力を借りたが……なるほど伝説に語られ詩劇が開かれるわけだ。あの強さは異質に過ぎる。感謝はしているが……それ以上に恐ろしいよ」
絶望の化身たる竜を戯れに千切って見せた勇者レイチェルの殺戮劇は記憶に新しい。彼女ならば、やろうと思えばほんの一瞬で竜を真っ二つにできるのだろう。
エンデの冒険者一同が死力を尽くし、それでも数十単位の死者数を出してようやく打ち克てるような相手を、ほんの一瞬で。
頼り切りになるにはあまりにも危うい力のように思えた。それはきっと禁制品の薬よりも遥かに高い依存性を有するだろう。
『お前たちは毒杯を仰いだ。言ってる意味は分かるな?』
勇者とは思えないほどに酷く目つきの悪い男の言葉が楔のように突き刺さっている。
次に竜が現れた時、冒険者の中から大量の死者が出たら。
――勇者を呼べばこんなことにはならなかったのに
死んだ冒険者の身内か、或いは仲間から、出血を強いる刃の如き声が確実に上がるだろう。この街の住人は既に毒の味を覚えてしまったのだから。
しかし。ルーブスの脳内をある思いが駆け巡る。
アレには頼れない。……アレには。あんな、公衆の面前で、なんの躊躇も憚りも無く腹や首を掻き斬るような異常な勇者には…………。
「………………勇者って、なんなんだ」
ルーブスは先程とは打って変わって気の抜けた声を出した。
ノーマンも気の抜けた声を出した。
「なんなん、でしょうね……?」
剥き出しになった腹に宝剣を突き刺し、鮮血を撒き散らしながら清々しい顔で死んでいった勇者レイチェルと、懇々と語り聞かせるような口調で話しながら唐突に首を掻き斬った勇者の姿が脳裏から離れてくれない。あの衝撃はそう忘れられるものではないだろう。なんなら二回ほど夢に出た。
勇者二人が光となって散った後、唐突に取り残された冒険者たちが一分ほど困惑の表情で顔を見合っていたあの空気はなんかもう……謎だった。あそこからよく軌道修正できたなと自分を褒めてやりたい気分だとルーブスは思っている。
右手で顔を覆い、親指と中指でこめかみを揉みほぐして悪夢を頭の中から追いやったルーブスは再び羽ペンを握った。流れるように公務に戻りつつ言う。
「とかくこの椅子に座っていると心労が絶えんよ。早く私の跡を継いでくれ」
「あと十年はお願いします」
「事実上の死刑宣告だよ、それは」
これ以上は仕事の邪魔になるか。そう勘で察したノーマンが部屋を出ていこうとしたところ。
「待ち給え。……今回の騒動に片が付いた直前と直後、鉄級のエイトはどこで何をしていたか把握しているかね?」
鋭く、刺すような声が室内に響いた。
ノーマンが怪訝な表情を浮かべて振り返る。その問い掛けが酷く場違いに思えたからだ。
鉄級のエイト。それはルーブスが異常なまでに警戒している男である。
しかしながら先日、少々強引な手を用いたことで彼への嫌疑は晴れたはずだった。
護身用に違法な毒を携帯している【
以前はスリ紛いの悪行に手を染めていたが、ギルドが釘を差したことで荒事からは手を引いて消極的な冒険者活動をするのみに落ち着いている。
総じて警戒の必要なし。
そう話が纏まったはずでは。思わず
「言ったろう。もう忘れたのか? どこまでも、どこまでも疑えと」
「……ですが、自分は【
「勘の向上を欺くほどの手練れであると私は判断した」
まさか。そう言いたげに眉根を寄せるノーマンに対し、ルーブスが判断の根拠を上げていく。
銀級のメイ、及び石級のルークが明らかに何らかの情報を隠し立てしていること。
鉄級の収入に見合わぬランクの店で外食を繰り返していること。
酔っている冒険者がエイトに対して喧嘩を吹っ掛けてしまう原理が判明していないこと。
魔物との戦いを忌避しておきながら冒険者としてエンデで暮らしていること。
「他にも、彼が石級の時に建築素材運搬任務を請け負った際、【
「二種の補助に加えて厄介な呪装を持っている、と?」
「呪装の線も捨てきれないがね、調査を進めたところ【
「補助を四種……!? やつは学術機関からの刺客か何かですか……?」
「もしくは貴族子飼いの間者か。何にせよ警戒を疎かにしていい相手ではないと私は確信している」
どれだけ圧をかけても飄々とした態度を崩さず、模擬戦の場において、演技とはいえ殺されかけたというのに、数日もすればなに食わぬ顔をして街をフラついている。
死にたくないと言って魔物との戦いを拒む一方で命に執着していないようにしか見えない。総じてチグハグだ。何が目的なのか判然としない以上はけして気を許してはならないと己の勘が告げていた。
「……一ヶ月ほど監視をつけますか?」
「やめておこう。恐らく、それをすると確実に敵に回ることになる。誰と繋がっているか知れない以上、ギルドの規範の範疇でふるいにかけねばならない」
それに。
そう前置きし、ルーブスは秘して語らなかった鉄級のエイトに執着する最大の根拠を明かした。
「あの男の資質は……金級冒険者を凌駕している」
「……は?」
「戯言だと思うかね? だが事実だ。……できれば懐柔策を講じたいのだが、目的が見えない以上は提示できる条件がない。本当に、始末に困る」
「いや、いや……待ってくださいよ! 金級以上って、そこまで、ですか……? あの昼行灯がそんな……さすがに信じられないんですが、一体何を根拠にしてるのか尋ねても?」
「シスリーだ」
「えっ?」
想像だにしなかった返事にノーマンが気の抜けた声を漏らす。
シスリー。それは冒険者ギルドで受付業務をこなしている女性職員の名であった。
謹厳実直を形にしたような人物で、愛想には欠けるが仲間内と話すときには自然に笑顔を覗かせる。顔や態度はけして悪くないのだが、少し目付きが悪いのが玉に瑕。ノーマンがシスリーに抱く印象は概ねそのようなものであった。
そんなシスリーがどうして唐突に取り沙汰されたのか。
ルーブスが語る。
「彼女は……我々とは違う光景が見えているのだ。目の前近くに居る人間の才能を見抜く目を持っている。稀有な能力だ。人の持つ才能の多寡を光のように捉える事ができるらしい。だから私は彼女を受付に据えた。彼女は……目付きが悪いのではない。人の才能の光に目が眩まないようにしているだけだ」
「そんな能力を……? 待って、ください……ってことは……!」
ノーマンは思い出す。シスリーが鉄級のエイトに対して向ける視線の鋭さを。
親の仇か、もしくは道端に転がっている汚物でも見るかのように細められたあの目が、才能の光とやらに眩んでいたのだと仮定したら――
「まぁ、種明かしをしてしまうとそういうことだ。彼女の能力を把握していたからこそ、私は鉄級のエイトを今も疑い続けている。彼の放つ光はミラもアウグストも凌ぐとのことだぞ? 全く、気が気じゃない」
「あれが、金級以上……まさか、そんな……」
だが、そう考えれば腑に落ちることもあった。
誰に対しても平等な態度を崩さないシスリーであるが、鉄級のエイトに対しては辛辣な態度を隠そうともしない。それは誰よりも資質を持っていながらギルドに貢献する気が微塵も感じられないエイトに憤っていたからではないのか。
ノーマンは脳内で記憶を辿った。そうして説得力が色を帯び、納得として肺腑に落ちる。
アウグストを見る目が厳しかったのは、色狂いの彼を軽蔑しているのではなかった。
ミラを見る目が厳しかったのは、彼女の冷徹さを恐れているのではなかった。
「だとしたら……鉄級のエイトは……本当に……?」
「さぁ、存分に疑ってくれ給えよ。【
ノーマンは勘の向上によって得た情報がまるで的外れだったという事実に慄き、打ちのめされ、そして頭を抱えながら部屋から出ていった。弱々しい失礼しますという声だけを残して。
「……ふむ」
再び公務に戻ったルーブスは筆を走らせつつ思いに耽る。
今回の騒動に鉄級のエイトが関与していたという事実は見当たらない。だが、もし仮にエイトが金級冒険者以上の才能を有しており、かつそれが戦闘向きのものでない場合はどうだろうか。
四種の補助を有する者。
例えば。エイトが補助魔法に深く精通しているのだとしたら。
「…………勇者、ガルド」
勇者ガルドという存在は市井にあまり知られていない。数年前に魔王征伐に向かった、という話を最後に噂が途絶えているのだ。
しかし勇者ガルドは唐突にエンデに姿を現した。一度目は修行と称し、二度目は勇者レイチェルの伴として。
竜を前にした時、勇者ガルドは勇者レイチェルに対して魔法を行使した。弱体の補助魔法。勇者であるからにはその他の補助も扱えるのだろう。
もしも。もしも勇者ガルドが補助魔法を究めているのだとすれば。冒険者エイトは。
『それは……たまたまっていうんですかね、はは……相手さん酔ってることが多かったですし』
冒険者エイトは……
『いや、いや。ギルドマスター殿の依頼なんて自分にはとてもとても……。他に優秀な適任はいくらでも居るでしょう』
冒険者、エイトは…………
『おぉげしゃらなぁ……こ、これぁ……ぃぃーんらょぉ……ら? るぅぶすろのぉ……』
「……無いな。無い」
あれが勇者だったらこの国は終わりだ。
どうやら少し疲労が溜まりすぎているらしい。
疑っても、疑っても、さすがにそれは無いという答えしか導き出せなかったので、ルーブスは発光の魔石の灯りを消し、机に伏せて久方ぶりの睡眠を取ることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます