燎原の火は一線を越えて

 冒険者ギルド前の広場。

 芋を洗うかのように聴衆でごった返す中、俺は二人の金級冒険者、そしてルーブスと共に断頭台の上に居た。凄まじい熱気に煽られて思わず息を呑む。


 ここ最近で随分と見慣れてしまった景色。一つ違うところがあるとすれば、俺の首に枷が嵌められていないということだろうか。


「これよりィッ!! エンデの街の危機を未然に防いだ救世主の表彰を執り行うッッ!!」


 馬鹿みたいにデカい声を張り上げた『柱石』につられ、広場に詰め掛けた聴衆が喉よ裂けろと歓声を上げる。放射された熱が渦を巻いて広場を満たしていく。まさに熱狂の坩堝るつぼと形容するにふさわしい光景を前にして高揚が止まらない。


 こいつら全員、俺を讃えるために集まったんだぜ?


 功績には恩賞を。忠誠には報いを。ギルドの理念を逆手に取った俺は、ただの一人で『空縫い』を取り返したという功績を盾に取り、冒険者ギルドへ強気の交渉を仕掛けた。


 俺はアンタらが手こずってる相手の居場所を独自に突き止め、元金級候補という相手に大立ち回りを演じ、国を滅ぼしかねない呪装を取り返したんだぜ?

 そう突けばギルドは俺の要求を飲まざるを得なかった。ギルドは街の治安を乱す輩やギルドの立場を脅かす存在相手には強気に出るが、街を救った英雄を相手取って狼藉を働くような真似はしない。求心力が落ちるからだ。


 この街の根底には自助努力の精神が根付いている。

 ポコポコと発生する魔物から身を守るため、そしてこの街に巣食う犯罪者連中を取り締まるために組織されたのが冒険者ギルドだ。そのギルドが、国の危機になりかねない厄介事を処理してみせた人間を蔑ろにしたら。

 まぁ荒れるだろう。ミラやアウグストが反旗を翻してもおかしくない。ギルドは善悪賢愚の基準をややギルド寄りに設けてはいるものの、救世主を秘密裏に消すなんて真似はしない。それはギルドが掲げる理念の基準を一発で踏み外す。忠誠に罰なんかで報いたら組織は終わる。


 つまり、俺の一人勝ちってわけだなぁ!


「商人、フィーブル殿。前へ」


 ルーブス殿に促された俺は人好きのする笑みを浮かべて断頭台の先頭へと歩み出た。見渡す限り人、人、人の波である。離れたところにはガキどもやスピカ、スライのリーダーの姿もあった。

 よぉ、見てるかお前ら。俺は……やったぜ。遂にやったぞっ! ギルドを、手玉に取って転がしてやったぜぇ!


 ヒュウヒュウと囃し立てる聴衆に向けてルーブス殿がすっと片手を挙げた。静粛に。その意図を汲み取ったやつらが口をつぐむものの、完全に静まり返るまでは少々の時間を要した。とんでもねぇ熱だ。


「諸君、我々はまず……ある事実を詫びなくてはならない」


 頃合良しと見たルーブスが、声を張らずともよく通る声で己の失態を語る。


「我々は、王城へ納められる予定だった呪装『隠者の外套』を強奪した組織に後れを取り……護国の象徴たる宝剣を略奪された」


 集まった連中が俄かにざわつき出した。それは一歩間違えればこの街が滅んでいたということを意味する。ギルドへの不信……とまではいかないが、懐疑の念を覚える事態は避けられない。


「言い訳はしない。『隠者の外套』はそれほどに凶悪な呪装であったのだ。我々は、誰一人としてこの凶行を止めること適わなかった。……不徳の致すところである」


 目を閉じたルーブスがほんの少し頭を下げる。

 ……これは凄いことだぞ。この街の、実質上のトップがこれだけの数の人間を前にして謝意を述べる。鼎の軽重を問われかねない一大事だ。ギルドマスターの座を降りろと言われてもおかしくない。


「その事実を今に至るまで公表しなかったのは……犯人を刺激しないため。無用な混乱を避けるため。そして、これは宝剣を握ったことのある私にしか分からぬことだが……狡辛い盗人風情ではあの宝剣の真の力を引き出すことなど不可能だと確信していたからだ。……この判断に不服を覚える者もいるだろう。批判は……表彰の後で甘んじて受け入れようと思う」


 ルーブスには実績がある。コイツが頭を張るようになってからこの街の治安が大荒れしたことは無い。返ってきたのは困惑に近い反応だった。悔しいが、この男は何気に人望を集めているのである。


「……さて、我々は当然この失態を挽回すべく総力を挙げた。治安維持担当の警戒強化を始め、金級アウグストを常駐させた厳戒態勢の布陣の展開。そして……各商人への魔道具の配布。姿を晦ます呪装を手にした盗人は更なる盗みを働く恐れがあった。故に商人へ有事の際の連絡手段を与えて包囲網を構築したのだ」


 実際に狙われてたのは冒険者ギルドだったがな。俺は言わなくていいことを胸に秘め、そして誰にも気付かれないようゆっくりと唇を湿らせた。そろそろ、かな。


「そこで、とある一人の商人がこの状況に違和を覚え、そして誰にも知られることなく巨悪との戦いに身を投じた! それが彼、フィーブル殿である!」


 おおっ、という歓声を一身に浴びた俺はまず慇懃に腰を折り、そして先程ルーブスがやったように軽く手を挙げた。場が静まり返ったのを見計らい、【魅了アトラクト】を発動してから語る。


「俺の商売哲学は……平和有っての物種だ」


 ほぅ、と聞き惚れたような息が各所で漏れるのを確認してしてから続ける。


「裏を返せば、平和を脅かす騒動の種についての情報感度を極限まで研ぎ澄ませてると言える。俺はな、王都で『隠者の外套』が何者かに盗まれたという事件の情報を既に仕入れていた」


 穴のない理論は既に組み立ててある。後は状況証拠から閃きを得たという説明をしてやるだけだ。


「この街に行商に来た時も俺は情報収集を怠らなかった。緊急時用の笛を渡された理由。街の警備が恐ろしく手厚い理由。そして……竜の討伐に際して勇者殿を招聘したという噂を耳にした瞬間。まさにその瞬間だ! 俺の頭の中で全てが繋がった! あぁ、この街の平和を守り続けた伝家の宝刀既に有らずとッ!!」


 バッと両手を広げた俺は熱に浮かされたように続ける。


「平和有っての物種っ! その哲学に水を差そうとしている者がいるッ! 俺は即座に行動を開始した。俺は商人だが……まぁ、人に漏らせない特技があってね。それを用いてクソ野郎の居場所を特定した俺は即座にカチコミに向かったよ。無謀だと笑うか? 否ッ! 平和とは与えられるものでなく、勝ち取るものだッ!!」


 それは薪を焚べる作業に似ていた。火種を熾し、燃え広がった火に乾燥した木を焚べてやることで火勢が増す。所々で湧く歓声は燃える薪が上げるパキッという鳴き声にも聞こえた。


「『隠者の外套』に『空縫い』。天地がひっくり返るような脅威を前にしてっ! だがっ! 今ここで声を張り上げているのは誰だッ!? 女神の家の門戸を潜ったのは!? お前らが見ている光景が全てだッ! この俺、フィーブルは! ギルドの英傑から逃れ続けた悪党を相手取って! 五体満足で生還せり!!」


 俺は一息に薪をブチ込んだ。燃え広がった炎のように聴衆が熱を発する。本当に、油を敷いた鍋みてぇな街だぜ。よくもまぁ、俺の思惑通りに盛り上げてくれる……!


 ここまでやったらギルドはもう俺を無碍に扱うことはできねぇ。リベルをぶっ倒したのは金級だとか、助けて貰えなければ俺はとっくに死んでたとか、そんな重箱の隅をつっつく段階はすっ飛ばさせてもらった。

 俺は商人フィーブルの地位を押し上げたのだ。押しも押されもせぬ高みまで。ケチを付けたら非難を受けるのはギルドだぜ? 何せ、この件に関してお前らは後手に回り続けたんだからなぁ! こうなりゃ俺の独壇場よ!


「お前らぁ! この街の危機を救ったのは誰だッ!」


『フィーブル! フィーブル! フィーブルッ!!』


「この国の危機を救ったのは誰だって聞いてんだよッ! もっと声を張り上げろッッ!!」


『フィーブルッ! フィーブルッ! フィーブルッッ!!』


「そうよ! 俺こそがこの国の救世主……フィーブル様よッッ!!」


 魔物の雄叫びなんぞ比にならないほどの鬨の声が吹き荒ぶ。万雷を束ねて地に叩きつけたような大音声。その全てがこの俺、フィーブルを讃えるためだけに紡がれている。

 どうだ! 見ろよこのザマを! 何が窮地! 何が絶体絶命! 俺の手に掛かれば火消しついでに水塗りたくって濡れ手で粟の大儲けよ!


 一頻りフィーブルを讃える声の余韻に浸った後、俺はバッと片腕を挙げた。するとどうだ。よく躾けられたペットのように聴衆がピタリと声を止める。大楽団の指揮者でもこうはいかねぇ。俺は今、面白いくらいに状況の手綱を握っていた。


 乱暴に挙げた手を、今度はいっそ皮肉なほどに流麗な仕草で横に突き出し、手のひらを上へと向ける。揃った五指の先にいるのは我らがルーブス殿だ。注目が集まる。俺は言った。


「さてさて、俺は俺の商売哲学のままに行動を起こしたわけだが、結果として街を、国を救ってしまったのもまた事実。そこで、だ。どうやらこの街の治安維持を一手に担っているルーブス殿から……何やら報告があるらしい」


 伸ばした手をそのままに、俺は一歩後退した。代わりに一歩歩み出たルーブス殿が一つ咳払いをし、高らかに声を張り上げた。


「此度の未曾有に危機に際し、身を挺して巨悪に立ち向かい、平和の守り人斯く在るべしと範を垂れたフィーブル殿に……我々冒険者ギルドは深い敬意を表し、金貨一千枚を進呈する!」


 勝った……!!

 尾骨から背を駆け上がった甘い痺れが脳の髄を満たしていく。衝撃の余韻が反響するように四肢の末端を蕩かしていき、思わず身体がブルリと震える。多幸感を並々注いだ樽を蹴り倒してブチ撒けたような感覚……! これが勝利者の特権ってやつだッッ!!


 もはや何度目か分からないほどの爆発的な雄叫びが上がる。その全てが、余すところなく、綺麗サッパリ隅から隅まで俺を讃える歓声だッ!!


「てめぇら! この街の救世主の名前を言ってみろ!」


 薪を焚べる。これはもはや伝説だ。歌姫伝説なんて紛い物とは違う、まさに歴史に残る偉業の一幕。だったらもっと叫べ! 盛り上げろ! 俺の名を王国全土に轟かせろよッ!!


「うおぉぉぉぉ!! フィーブルぅぅぅ!!」

「アンタすげぇよ!!」

「俺に飯を奢ってくれええぇぇぇ!!」


「そうだっ! そうだッ!! 王都の連中の失態を! ギルドが手を焼く難事件を! 全て、総て、凡て解決に導いたのはッ!」


 俺は両手を広げて吠えた。


「このフィーブル様よぉぉォォッッ!!」


 咆哮が束となり天を震わせる。世界が俺を祝福していた。まるでこの世の全てが俺のために存在するのではと錯覚するほどの愉悦。なるほど、これが……万能感か。


 ミラが一歩前に出た。殊勝な態度で頭を下げる。


「師の蛮行に終止符を打ってくれたこと、感謝いたします」


「はぁーっははぁー!! いいってことよォ! 俺にとっては平和を守るついでってやつだからなァ!!」


「ふぅむ、一商人とは思えない心意気ですな。もしや、売り物にならないことで名高い屠龍酒ドラグ・スレイをわざわざ王都から仕入れたのも……その慧眼の為せるわざというやつですかな?」


「そうよ! その通りよ! 全部! 全部俺様の思い通りって訳だッ!!」


 俺は手を捻り上げられて転がされた。頭を、身体を、強かに断頭台の床に叩きつけられる。


「…………はっ? あぁ!? 何だこれはッッ! てめぇ、オイ!! クソがッ!! 何のつもりだ、『遍在』ィ!!」


「商人フィーブル。君が仕入れた屠龍酒ドラグ・スレイには……製造番号が刻まれている。あぁ、こんなことは説明しなくても分かっていると思うがね?」


 俺の言葉に答えを寄越したのはルーブスだった。ギルドの突然の蛮行に聴衆は呆気にとられ静寂が広がっている。高圧的な声がよく響いた。言葉を反芻する。


 製造番号……なんだ、そりゃ……? 知らない。知らないぞ、そんなのは……。


「おやおや、御存知ない? あの酒は希少だ。故によく盗まれる。だから刻印されているのだよ。照合目的のための製造番号が、ね」


 脳の髄を満たしていた余韻が波のように引いていく。


「君が仕入れ、盗人と対峙した際に砕いたあの屠龍酒ドラグ・スレイの製造番号を検めさせて貰った。そして私は……すぐにギルドに常駐している【伝心ホットライン】使いの職員に王都へと連絡を取らせた。さっき君は私の言葉に賛同したね? 君は王都であの酒を仕入れた」


「……だったら何だってんだ!」


「分からないかね? 君ほどの慧眼を持つ商人が、まだ」


 ルーブスはチンピラのように座り込んで俺と目を合わせた。にいと捕食者のような笑みを浮かべる。


「購買履歴が残るのだよ。ここまで言えば分かるだろう? 君が酒を仕入れた日と、そして、この街の検問に酒を通した日が一致していた。一日のズレもなく。商人フィーブル……いや、こう呼んだほうがいいかな? 運び屋フィーブル。君は……転移に類する魔法を使用できるようだね?」


 まずい。そう直感した俺は【六感透徹センスクリア】を……発動、出来ない……? なんだ、これは! どうなってやがる!!


「転移で逃げようとしても無駄ですよ。貴方の指に呪装を嵌めさせてもらいました。魔法の発動を阻害する指輪です」


 そ……それは……俺がイレブンとして一芝居打った時の指輪じゃねぇか!

 クソっ! まずい! まずいまずいまずい! どうする、どうすればいい!?


「運び屋フィーブル。私はこうも考えているよ。王都とこの街を一日とかからず往復できる君ならば、王都で盗まれた呪装を持ち込むくらい訳無いのではないか、とね」


鎮静レスト】ッ! 【鎮静レスト】ッッ!! クソっ! 魔法が、発動しねぇッ!!


「王都から忽然と消えた呪装『隠者の外套』。どの街の検問にも引っ掛からなかったそれをこの街に持ち込んだのは、フィーブル、君だろう?」


 否定しなければ。俺はこの上なく焦燥に駆られていた。そんな馬鹿な、馬鹿なことがあってたまるか。あの流れからこんな、屈辱を……! 声を出せ! 否定しろッ! 俺は声を絞り出した。


「ち……違い、ますよ……?」


 ルーブスがチラと視線を逸らす。俺はつられてそちらへと首を巡らせた。そこにいたのは銀級のノーマンであった。【六感透徹センスクリア】の使い手。ノーマンがゆるゆると首を横に振る。


「確定だ。『隠者の外套』をこの街に持ち込みやがったのは……そこの男だよ」


 ▷


「離せッ! 俺はこの街を、国を救った英雄だぞッ!! 誰のお陰で事件を解決できたと思ってやがるんだッ!! クソがっ! クソがーッ!!」


「これより、王都にて強奪された呪装をエンデへと持ち込み、ギルドの宝剣強奪を幇助したあげく、自作自演を行い救世主を騙った運び屋フィーブルの処刑を執り行います」


 首枷を嵌められた俺は断頭台に掛けられていた。


「ふざけんじゃねぇ!! 俺が居なかったらてめぇらギルドは、この街は、いずれ滅んでたんだぞッ!! てめぇらのケツを拭いてやった俺を処刑ってのはどういう料簡なんだよっ!! おかしいだろうがぁァーッ!!」


「黙れ災厄の運び屋がッ!」

「全部てめぇが発端じゃねぇか!!」

「アンタがこの街に呪装を持ち込まなければよかっただけの話でしょ!」


 クソどもぉ……! さっきまで馬鹿みてぇに俺を讃えてたくせに手のひら返しやがって……! 恥ってもんがねぇのか!? あァ!?


「眠てぇこと言ってんじゃねェーッ!! 王都の闇を甘く見てんじゃねぇぞっ!! 遅かれ早かれこの街に『隠者の外套』は持ち込まれてたんだよッ!! 俺はただ事態を前倒しにしただけに過ぎねぇ!! バカどもがッ!! 俺はいずれ来る破綻を、解決に導いてやったんだよッ!! 分かったら、俺をッ! 解放しろォーッ!!」


 俺はあらん限りの力を込めて叫んだ。今回ばかりは首を落とされることに納得がいかなかった。

 これだけ頭を捻って東奔西走した結果が首を落とされて終わりだなんて……認められるかってんだよ!


「ルゥゥブスぅぅぅ!! 無駄に賢しいテメェなら、それくらい分かるだろッ!! 俺の功績を認めろぉー! 未来の脅威を打ち砕いたのは、この俺だろうがァー!」


「ふむ、未来の脅威とは言い得て妙な表現だ。そして一理ある。我々はこれからも未来の脅威を撲滅すべく邁進する義務がある」


 わざとらしく大仰な身振りで衆目を集めたルーブスは、そこで一つ咳払いを挟んで俺を見た。目を細めて言う。


「だから、この場を設けた。未来の脅威足り得る運び屋を処するために。騙して悪かったね」


「……! ルゥゥブスぅぅぅ!!」


 全部茶番かッ! 俺を有頂天にさせ、口を割らせるための舞台作りの一環……! まんまとハメてくれやがったな!!


「俺はッ! 俺は貴重な転移魔法持ちだぞッ! 国がヨダレを垂らして欲しがる能力持ちだッ! それを、お前らっ、こんな……お前らの一存で処刑していいと思ってるのかッ!!」


「貴重さはそのまま厄介さへと繋がる。運び屋フィーブルという男の暗躍を食い止めたことを、国は大層褒めてくれるだろうさ」


 何を言っても覆る気がしなかった。全くの正論だったからだ。


「最期に何か言い残すことはありますか?」


「最期……最期だと……!? ふざけんなっ!」


 認めねぇ。認めねぇぞ!

 万能感の余韻が脳を痺れさせている。なぜあの絶頂からこんな惨めな結末を迎えなくちゃならねぇんだ! 俺が何をしたっていうんだっ! ただ厄介な呪装を取り違えただけじゃねぇか! 俺は自分の失態を棚に上げた。叫ぶ。


「ガキどもぉーっ!! 俺を助けろぉーっ!」


 ガキどもは羽ペンを走らせていた。アンジュが指でゼロを作って見せ付けてくる。交渉してるわけじゃねぇーッ!! クソがーっ!!


「犬畜生どもっ! 肉ならくれてやるぞーっ!」


 スライのリーダーは広場の片隅で大あくびをかいていた。クソが! 【伝心ホットライン】さえあればっ! 魔法さえ使えればこんな状況……!


 ど、どうする……本当にこれで終わりなのか……? こんな結末があるのか? 嘘だろ……。


「やめろ、やめろっ! おい嘘だろっ! ミラさん! アウグストっ! す、スピカ……誰でもいい! 俺を助けろーッ! 俺は救世主だぞーッ!! クソがーっ! クソがーッ!!」


 俺の叫びを受けて聴衆が大いに湧いた。救世主である俺に対して首を落とせと声高に吠え立てる。まるで魔物の群れだ。

 この街の連中は処刑を娯楽として愉しむ癖がある。ゴミ共め。知性の欠片もありゃしねぇ。


 ガコンと音がした。それはギロチンの刃が解放された音で。俺の足元が崩れ去る音のようにも聞こえて。

 俺の……俺の金貨一千枚……。もう少しで、遊んで暮らせる金が手に入ったってのに……いつか、いつか絶対にこの街のクソどもを出し抜いてやるからなっ!! クソがーッ!!


 俺は首を飛ばされて死んだ。

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