欺き、諂い、そして刺す

 スライのリーダーに連れてこられたのは街からだいぶ離れたところにある雑木林であった。


 魔力溜まりの影響で鬱陶しいほどに繁茂した森とは違って魔物は生息していないし、有用な木材が採れるわけでもなさそうだ。貴重な薬草や食物の群生も確認できない。加えて街道からも外れているとなれば立ち寄る理由が皆無である。


 それこそ、衆目に姿を晒せない犯罪者でもなければな。


「俺はフィーブル! 『隠者の外套』を送り届けたフィーブルだッ!」


 リーダーは既に街へと帰している。これ以上は付いて来られても邪魔になるだけだからな。俺は俺の身を極力守らなければならない。

 俺が大声で名乗りを上げた途端、木の枝で羽を休めていた鳥の群れが連れ立って飛び去っていった。それはこの雑木林に人気が無かったことを意味するのか。否。世界からズレるという呪装を纏っていれば鳥の目を欺くことなど容易いだろう。


 居る。絶対に居るはずだ。俺は腰に吊るした笛がそこにあることを確認した後に再度声を張り上げた。


「俺はっ! 交渉をしに来たッ! 自慢じゃないが、俺は使えるぞ! なんたって【隔離庫インベントリ】を使えるからな!」


響声アジテート】は使わない。咄嗟の瞬間に魔法を発動できる状態を維持したかったからだ。

 俺の発した声が木々の間をこだまする。相当の大声を出しているんだ。向こうは確実に俺の存在に気付いているはず。ならば後は相手を交渉のテーブルに着かせるのみ。


「冒険者ギルドへの復讐を企んでるんだろ!? だったら俺も一枚噛ませてくれや! あの組織がなくなるだけで俺の仕事も捗るってもんよっ! 悪い話じゃねぇだろ!? なぁ――」


 俺は腰に吊るした笛を触りながら言った。


「元銀級冒険者、リベルさんよぉ!!」


 鼻の利く道楽者シグを『遍在』があっさりと引き入れたのは、もちろん厄介な人物を監視下に置く意味もあっただろうが、一番の理由はコイツを炙り出すためだったのではないか。そう考えれば筋道が通る。

 かつて一流の斥候として名を馳せた金級並の実力を持つ冒険者。『遍在』の師匠。不義を働いた末に片腕を落とされ、英雄から一転してエンデを追われる身と成り果てた男。


 その話が嘘じゃなかったとしたら、全てが繋がる。


「聞いてるぜ? 解錠技術に長けてるんだってな? 片腕が無くてもあの錠前を開けられたのか!? 大したやつだぜ!」


 エンデを放逐されたリベルは冒険者ギルドへの報復の機会を窺っていた。泣かず飛ばず、鳴りを潜め、虎視眈々と。

 似たような連中を集めて組織を作り、広く情報を集め、そしてある時とある呪装の情報を手に入れた。『隠者の外套』。俗世を厭う妄執より生まれ出た産物。リベルはこれを奪取するために部下をけしかけた。本人は王都に入っていないんじゃないか。片腕の男というのは目立つ。いくら優れた斥候だろうと誰の目にも留まらない、なんて芸当は不可能だ。必然、実行犯は手先の連中になる。


「『隠者の外套』の着心地ってのはどんなもんなんだ? それを使ってギルドの宝剣を盗んだんだろ!? 世界からズレるって感覚はどんなもんなのか、是非ともご教授頂きたいね!」


 呪装奪取の連絡を受けたリベルはエンデへと向かった。恐らく王都の闇市の運び屋の腕を信頼したんじゃないか。

 伝手がない犯罪者崩れでは王都の検問を突破できなくても、ウラに通じるスラムの運び屋ならばどうとでもなる。ちょっと不真面目な門番に鼻薬を嗅がせてやれば障害なんて無いも同然。呪装はそう遠くないうちにエンデへと運ばれてくる。俺はそれを知らずのうちに手助けしてしまった。


 その間リベルはエンデで部下に空き巣を命じていた。今現在、ギルドがどの程度迅速に動けるかの威力偵察をしたんじゃないか。俺ならそうする。ギルドがリベルの情報をこの時点で握っていたのは、捨て駒にされた部下が口を割ったからと見るのが妥当か。或いは、正体がバレるところまで計画の内だったのかもな。


「ギルドはいま蜂の巣を突いたみてぇな騒ぎになってるぜ! おっと、あんたもそのくらいは知ってるよな? 街で盗みを働かせてる部下から情報くらい仕入れてんだろ!? 全く、あの連中が慌てふためく様を見るのはいい気味だよなぁ!」


 コレならいけると踏んだリベルはギルドの宝剣をあっさりと盗んだ。

 ギルドは、当たり前だがこの事実を公表することはできなかった。公に知られた時点で街が機能不全に陥る。商人や市民は泡を食ったように逃げ出し、近隣の町へとなだれ込み、そして受け入れ先が見つからず、騒動の種を撒き散らした末に死んでいくだろう。事は秘密裏に行う必要があった。


 幸いなのは、リベルはギルドがジワジワと困窮していく様子を眺めるのが好きな性悪だったという事実だろう。もしもリベルが激情のままに突き動かされるやつだったならば、エンデは既に人っ子一人いないもぬけの殻になっていたに違いない。


「なぁリベルさんよ。あんた、これからどうやって過ごしていく気だ? その呪装は便利だが、行く先々で盗みを働いてたらいずれどこかで足が付く。なぁ、俺を雇えよ! 俺ならあんたの右腕になってやれるぜっ! 俺は王都の闇市に伝手がある! さっきも言ったが、損はさせねぇぞっ! やつらが揃って破滅する姿を、お高い酒でも飲みながら眺めようじゃねぇかっ!!」


 静寂が広がる空間に向けて気炎を吐く。俺はそこにお前が居ることを確信しているぞ、と知らしめるために。表情は不敵な笑みを維持する。俺はリベルに一定の価値を示し、そして危険人物だと思われなくてはならなかった。


 無視をしてはならない。しかし問答無用で殺すのは躊躇われる。こいつはどこまで自分のことを知っているのか……それを探らなければならないと思わせるために。

 なぁリベルさんよ。相手に一方的に情報を握られてる状況ってのは気分が悪いよな? 分かるよ。俺もガキに同じことをやられたばっかりだからな。


 腰に吊るしてある笛を握る。握ろうとして、五指が虚しく宙を掻く。


 先程まで確かに存在していた笛は……金級冒険者を呼び出すための呼び笛は忽然と姿を消していた。振り返る。そこには誰も居ない。だが、確実に、居る。世界からズレる……これほどかッ! 【隠匿インビジブル】の比にならねぇっ!


「右腕になる、か」


 両脚に激痛が走る。何をされたのかは分からない。だが、逃走を防止するために何かしらの細工を施されたのだろう。

 両脚の自由が利かなくなり仰向けに倒れ込む。釘を打ち込まれたような衝撃が脚を通り抜け、俺はみっともなく叫び声を上げた。


「グッっあああぁぁっ、カッ!」


「その割には、ギルドのクソどもを呼ぶ気じゃねぇか」


 乱雑に首を絞められ呼吸が止まる。

 このクソ野郎……随分なご挨拶じゃねぇか……! 【鎮静レスト】。クリアになった頭で視線を巡らせる。無秩序に動き回る目の焦点を無理やり合わせる。が、やはりそこには何も居なかった。ただ圧だけがある。想像以上に厄介な呪装だ……!


 腕を動かそうとするも、何か硬質なモノに二の腕あたりが押さえ付けられていて肘から先しか動かせない。

 これは……膝か。なるほど、確かに"居る"。


「俺の質問に黙って答えろ。さもなくば指の先から刻んでいく」


 グッと首の脈を圧迫され、意識が飛びかけたところで解放される。空気を求めてむせ返る俺を一顧だにせず眼の前に居るはずの男……推定リベルが重く、昏い声を発した。


「俺の情報を何処から仕入れた。俺のことを何処まで知っている。包み隠さず全て吐け。少しでも怪しい素振りを見せたら……指を刻んでいく。この世に生まれたことを後悔したくないなら正直に吐くことだな」


 その言葉を聞いて、俺は思わず吹き出しそうになった。薄情で小心。忠誠心がなく保身に走る。まるで何処かの俺みたいだな。ガキどもやルーブスは俺を見てこんな気持ちを抱いてたんかね。くく……哀れで哀れで仕方がねぇな! おい!


「ああっ! 全て言う! 言うからやめてくれよぉっ! 俺ぁ、あんたのことを害するつもりはこれっぽっちもねぇんだ……!」


 故買商のオヤジが見せた卑屈な態度をトレースする。相手の深層意識にスルリと潜り込み、無意識の内に格付けを済ませる弱者の話法。

 こいつは格下だ。そう自然に思わせることで誘える油断がある。俺はカタカタと歯の根を震わせながらみっともなく言葉を吐き出した。目の端に涙なんぞを浮かべながら。


「あんたの話は、ミラに聞いたんだっ! 金級、ミラっ! 禁制品の密輸を疑われ、治安維持担当の詰め所に連れてかれて、そこであんたの話を聞かされたっ!」


 冷静な頭で狂態を演じる。恐怖に取り憑かれたように腕を振り回し、首を左右に振りながら。さも死に怯える小物のように。


「ミラ……。あいつは、なんて言ってた」


「あんたのことをっ、金級に迫る実力の持ち主だと……あとは、解錠技術に優れててっ、あとは、あとはっ、もしあんたが現役だったら、治安維持の頭はあんたが張っていただろうって!」


「……チッ。あの時、俺の擁護をしなかったクソガキがよく言う」


 あの時。十中八九、この男が罪を犯して片腕を落とされるに至った時のことだろう。

 師への情よりもギルドの掟に重きを置いたミラに見限られたってとこか。はっ。ざまぁねぇな。自業自得じゃねぇか。逆恨みもいいところだぜ。俺は声を震わせながら続けた。


「あぁ、あとは……そうですね、お酒が大好きとも耳にしましたよ」


隔離庫インベントリ】発動。右手に屠龍酒ドラグ・スレイを取り出す。


「あとは、お酒に弱いとも」


膂力透徹パワークリア】発動。瓶を握り割って酒をリベルに向けてぶちまけた。


「オラァっ!! 滅多に飲めねぇ高級酒だぞッ! 一献振る舞うのは舎弟希望のやつの義務ってなぁ!」


「ッ!? おま……ぇ……なん、だ、この……酒は」


「一瓶金貨八枚の高級酒だ! ありがたく頂戴しやがれっ!」


『隠者の外套』は嫌いなモンを弾く力があるらしいが……大好きな酒はその権能の対象外だったみたいだな? 嗅いだだけで酔いそうになる酒を全身で飲み干す心地はどうだ? 油断大敵。元金級候補も戦場を離れて久しいってんで勘が鈍ったのかね。


 いやぁ、ルーブス殿に定価の三倍の値段で売りつけようと思って二瓶買っておいて良かった良かった。こうして俺のことを虚仮にしてくれたボケにひと泡吹かせられるんだからなぁ!


「ぐっ、う……」


 両手を押さえ付けていた膝の拘束が緩む。勝機あり。


「人の身体に汚ぇケツ乗っけてんじゃねえッ!」


膂力透徹パワークリア】を掛けた上半身を跳ね上げ、クソ野郎が体勢を崩した瞬間に仕掛ける。【隔離庫インベントリ】ッ! 取り出したいつもの短剣を握り、腰の捻りを加えて横一閃。そこに居るはずのリベルをぶった斬る。


「っ! オォッ!!」


 腐っても金級候補。隙をついた一連の奇襲を、やつはすんでのところで躱しやがった。俺の刃はやつの身体を裂くには至らなかった。身体には至らなかったが、どうやら状況はこっちに傾いたようだなぁ……!


「きさ、まァッ!!」


 俺の眼前には一人の男の姿があった。

 隻腕銀髪。酒に酔ったのか、フラつきながら鬼のような形相でこちらを睨めつける一人の男。元銀級、リベル。

 そして……やつの周囲には薄暗い雑木林を照らす燐光が舞っていた。それは呪装が著しく損傷した際に発する光だ。光となって跡形もなく消え去った呪装は世界を巡る旅に出る。再び結実するのはいつになるのか、それは誰にも分からない。


「ははっ……! 騙して悪いなリベルさんよぉッ! 『隠者の外套』は、俺が砕いたぞっ! ざまぁ見晒せこのボケがッ!」


 はっハァーッ! 証拠隠滅完了ォーッッ!!

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