鼻の利くまま

 王都での買い物を終えた俺はすぐさまエンデへと飛んだ。


 事は一刻を争う。

 冒険者ギルドが総力を上げて盗人を捕らえ、運び屋フィーブルの存在に辿り着き、王都の能力者や有力な呪装の使用要請を経て勇者ガルドの尻尾を掴むのが先か。

 盗人野郎の復讐が成り、冒険者ギルドの権威が失墜し、エンデの街が死ぬのが先か。


 冗談にもならねぇ。どう転んでも得な要素がない。ルーブスの野郎がギルドマスターの座を追い落とされる様は是非とも目にしてみたいが、今回の件はそれだけで収まる問題じゃない。

 一つの国を滅ぼした歴史を持つ呪装を盗まれたのだ。国から監督不行き届きを突きつけられた挙げ句、エンデの防衛も勇者が担うなんて事態になりかねん。そうなったら俺の安息地がなくなっちまう。


 俺のやれることは一つだ。国を滅ぼしかねない呪装をパクった盗人を冒険者ギルドより早く見つけ出し、剣を取り戻した上でギルドに引き渡す。これしかない。


 俺は運び屋フィーブルに化けてからエンデの門へと向かった。恐らく、グリードという野郎は後ろ暗い連中子飼いの密輸窓口だろう。そいつに金貨の数枚を握らせれば『隠者の外套』の受け渡し先を聞き出せるかもしれん。

 こういう裏の商売をしてるやつは物覚えが悪くちゃ務まらない。俺の顔も覚えてるはずだ。取り次ぎはスムーズに行われる。その予想は、ある種当然の流れというべきか、至極あっさりと裏切られることとなった。


「グリード? あいつならつい最近辞めてこの街から出て行ったぞ。田舎に帰るんだとよ」


 ……逃げたか、消されたか。それとも、やつは元々この計画のために配置された駒であり、晴れてお役御免となったのか。

 どうでもいい。無駄足を悔やんでる時間なんてない。足踏みするな。前へ進め。


 次善策を切る。

 滅多なことでは人が入り込まない路地裏に入り、集中して魔法を行使する。【伝心ホットライン】。対象は耳と脚と目が使えるガキどもだ。

 来い。それだけ伝えて魔法を切る。いまパスを繋げっぱなしにしておくといらん情報をすっぱ抜かれる可能性があった。意思のやり取りは融通が利かない。今回の件は口頭でやり取りし、与える情報を絞ったほうが後顧の憂いを残さなくて済む。


 どう事を運ぶか。考えを巡らせて待つこと数分。ちょうど近くで取材でもしていたのであろうガキが顔を覗かせた。挨拶よりも先に言う。


「今から挙げる言葉に関係するような噂や情報の続報を持っていたら教えろ。どんな些細なことでもいい」


 脚の早いガキだ。そこらを走り回っていた時、無自覚のうちに事件の断片を握っていた可能性がある。それを探る。思いつく限りの単語を列挙していく。


「門番のグリード。隠者の外套。空き巣被害。竜殺し。停滞の剣『空縫い』。リベル。盗まれた呪装。……運び屋フィーブル」


 ガキは俺の問いかけに目を丸くしたが、それもほんの一瞬。すぐに目を瞑って黙り込み、記憶を浚うように低く唸った。

 しかし成果は得られず。


「うーん……心当たりないっす。すみません、その……ナンディ、さん?」


「今の俺はフィーブルだ。運び屋フィーブル。ここじゃただの商人だがな」


 正直、スラムのガキたちとは表立って関与しないほうがいい。このガキどもはいい意味でも悪い意味でも有名になりすぎた。こいつらに近づく大人というだけで要らぬ目を集めることになる。だが……今は手段を選んでいられる状況にない。


 続々と集まってきたガキに対して同じ質問をするも、返ってきたのは先程と同じ反応ばかりだ。……やはり致命的な情報を落とすような間抜けじゃねぇか。めんどくせぇな。思わず舌打ちが漏れる。


「……なぁ、オッサン。何があったんだよ。なんつーか、スゲー顔してんぞ」


「あぁ? 別にどうってことねぇ」


「……危険だと思ったなら、共有するのがルールなんじゃないのかよ」


「危険だぁ? はっ!」


 生意気にも気を遣ったような声と視線を寄越すツナに対して、俺は不敵に笑ってみせた。

 危険。危険ね。だからどうした。それを笑い飛ばして土足で冒すのがこの街の流儀だ。怖気づくなんてありえねぇ。


「こんなの危険のうちに入るかよ。勇者ナメんなガキんちょどもが」


 勇者なんて肩書きに誇りはない。だが、勇者として生まれ、先天的に授かった才能を活かせぬ愚図として終わる気も更々ない。

 俺は何ができる。何をしてきた。こんな事態なんて嗤いながら踏み躙ってみせろ。矜持が自惚れになる前に。


 俺は【偽面フェイクライフ】を解いた。


「あ……」

「勇、者……」


 この前の竜騒動で勇者ガルドのことを目撃していたのであろうガキが俺の姿を見て目を見開いた。俺の正体を疑っていたわけではないだろうが、それでも実物をひと目見て実感のようなものが湧いたのだろう。

 ……さて、こいつらにも少し役に立ってもらおうか。


「よく聞けガキども。俺は……今から少し派手に動く。お前らには街の連中の撹乱と陽動を頼みたい。金ならくれてやる。全力でやれ」


 集まったガキは六人。ま、これだけ居れば充分か。

 ガキに一枚ずつ金貨を渡す。分不相応な金額であることは承知だが、これだけやれば手を抜くことはないだろう。今は投資を惜しむ段階にない。


「こんな……え? 俺たちに何をやらせる気だよ……」


「言っただろ、撹乱と陽動だ。お前らは今から……犬のように吠えて街中を駆けずり回れ。喉が裂けるような大声でな」


伝心ホットライン】で意志を飛ばす。言葉にせずとも作戦を理解したガキどもが表情を引き締める。よし。俺は全員に【響声アジテート】と【魅了アトラクト】、そして【敏捷透徹アジルクリア】をかけた。号令を発する。


「行けッ!」


 瞬間、街の四方に散ったガキどもが街の各所で雄叫びを上げた。


「うおおおおおおぉぉぉぉっっっ!!!」

「おおおおおおおおぉぉぉぉんん!!」

「あおおおおおぉぉぉぉぉぉん!!」


 チッ。下手くそどもめ。犬のように吠えろと言っただろうが。それじゃ酔っ払いの歓声と変わらねぇよ。

 だが、まぁいいだろう。治安維持担当や市民の気を引いてくれればそれでいい。俺は【響声アジテート】を発動し、吠えながら【伝心ホットライン】を飛ばした。


「ウオオオオオオオオォォォォォォォン!!!」


 対象はこの街のスライどもだ。飛ばした意思は『飼い主を撒けたやつはここへ来て俺の言う事を聞け。食ったことのないような極上の肉を与えてやる』だ。

 すぐに街のあちこちから遠吠えが響く。


『ウオオオオォォォォン!!』


 エンデの街中は俄かに騒然の渦に包まれた。それは、或いは竜騒動の時よりも街を強かに震わせていた。

 特大の災禍を予感させるような大騒ぎにつられて街の人間が騒ぎ立て、騒動を収めようと冒険者連中が騒ぎ立て、騒ぎに火種を注ぐようにガキどもとスライが吠え立てる。


 こりゃあ予想以上だな。魔物の群れに魔法をブチ込んだ時みてぇな騒ぎだ。これくらい派手にやってくれたなら……多少のスライが街を離れてもすぐには追っ手が差し向けられることはねぇだろう。


「ワフッ!!」


 来たな。

 俺の呼び掛けに応じてスライどもが塀を飛び越え、屋根を伝い、路地裏を駆け、続々と集ってくる。最終的な頭数は……十二匹。上々だ。これだけ居れば足りるだろう。


『今度は何を企んどるんじゃ、バケモノ』


 群れの中にはリーダーもいた。ちょうどいい。俺はお前から受け取った意思から犯人追跡の手掛かりを得たんだ。こいつがいれば話が早い。俺は王都で購入した最高品質の肉を【隔離庫インベントリ】から取り出して言った。


『報酬先払い。やって貰いたいことは一つ。この街から遠ざかっていった"死の匂い"とやらの場所を突き止めろ』


 こいつは物騒なものに鼻が利くと言っていた。それは恐らく人間には知覚できない魔力に類するものだろう。

 俺が復活を果たす時、何やら周囲の魔力が揺らぐらしい。エルフどもはそれを察知して俺の来訪を知る。リーダーが俺のことを死んでも生き返るバケモノと評したのは、恐らくツベートの街での首斬り転移を似たような感覚で察知したからなのだろう。こいつらには尋常ではない魔力を感知する力がある。


 だとすれば。やつらが言う死の匂いとやらは……ギルドの宝剣『空縫からぬい』のことなんじゃないか。

 一国を滅ぼした歴史を持つ呪装に込められた魔力とは一体どれ程のおぞましさなのか。身の危険に敏感なこいつらはそれを死の匂いと形容した。俺はそう結論付けた。


 加えて、大まかな時期も一致する。

 俺が運び屋フィーブルとして『隠者の外套』を届けた時期と、死の匂いが遠ざかっていった時期。ここまで状況が揃えば間違いない。俺のセンスが全てを肯定している。


 あとはコイツラが首を縦に振るかどうかだが。


『断る、と言ったら?』


 まぁ……そう上手くはいかねぇわな。命と肉じゃ釣り合いが取れねぇ。保身に長けたスライがわざわざ危険地帯に突っ込む理由がない。それは予想していた答えだ。

 ま、それならそれでいいさ。


『別に構いやしねぇよ。元より俺一人で事を運ぶつもりだった。お前らは、いうなれば保険だ。無きゃ無いで……どうとでもしてみせる』


『ワレ一人でアレをどうにかできるとでも?』


『あぁ? 獣畜生が図に乗ってんじゃねぇよ。バケモン舐めんな。それに、あの呪装は誰にでも扱えるシロモノじゃねぇ。もし盗人がアレを十全に扱えるならこの街はとっくに氷漬けだ』


 ルーブスの野郎が扱えなかったじゃじゃ馬だ。いくら実力があろうと、盗人なんぞに身をやつした野郎に扱えるとは思えない。ならばやりようはあるはずだ。

 そもそもの話、直接的な戦闘は俺の領分じゃねぇ。それは専門のやつに任せるとするさ。俺はただ舞台を整えるだけだ。


『大層な自信じゃが……やはり信じられんのう。ワシらに泣かされるようなヤツが凄んだところで説得力がありゃあせん』


『そうかよ』


 これ以上は無駄な時間になるか。そう思ってパスを断ち切ろうとしたところ、グッと後肢を弾ませて跳んだリーダーが俺の持つ肉を掻っ攫っていった。ハグハグと咀嚼しながら思念を飛ばしてくる。


『信じられんから、協力くらいしちゃる。ワレがトチったらこの街がろくでもないことになるようだしの?』


 意思のやり取りは上辺を繕った交渉には不向きだ。俺の隠したいことは筒抜けになる。そしてそれは向こうにとっても同じこと。俺は口の端を歪めて意思を飛ばした。


『そっちこそ、随分とこの街を気に入っちまったみたいだな? 飼い主に絆されちまったやつも多いじゃねぇか』


『フン……日がな一日寝っ転がって過ごすよりかはいくらかマシってだけよ。それに』


 生肉を飲み下したリーダーがバウッと吠えた。


『この街の焼いた肉は旨い』


『……ハッ! 初めて気が合ったじゃねぇか!』


 鼻をスンと鳴らしたリーダーがひと鳴きして群れに指示を飛ばす。協力を命じたのだろう。ならばこちらも出し惜しむ気はない。


 保冷の魔石が嵌め込まれた箱をドンと取り出し蓋を取る。詰まっているのは先程リーダーが俺からぶん取った最高級の肉の塊だ。

 編集長ナンディとして稼いだ儲けの殆どを溶かしたが、それでもこの数のスライを動かせるアドバンテージのほうがデカい。やはり備えはあって然るべきだな。


『好きなだけ食え! 食ったら働け!』


「ウオオオオォォォォン!!」


 腹を満たしたスライどもが高らかな雄叫びを上げて街の方々へと散っていく。よし。これならスライが脱走した程度では冒険者連中も追ってくるまい。街の鎮静化を優先するはずだ。


『乗れ!』


 鞍を装着したままだったリーダーの背に跨る。そこらのスライよりも一回り大きくガッシリとした体格のリーダーは俺が背に飛び乗ったくらいでは体幹を崩さなかった。いいね。中々に頼もしい。


「行けッ!」


 指示を飛ばすと同時に【偽面フェイクライフ】を発動して運び屋フィーブルに化ける。ここから先はスピード勝負だ。冒険者連中と盗人野郎に感付かれる前に俺が環境を整え、全てを円満に終わらせる。そしたら俺は晴れてこの街の救世主よ。冒険者ギルドからたんまり金をせしめるのも良いかもしれねぇな?


 靭やかな四脚を振るったリーダーが見た目にそぐわぬ軽やかな疾駆で屋根を駆ける。……このまま門を突っ切るのは少し目立つか。ならば。俺は集中した。


 補助魔法を変質させる。原理は【全能透徹オールクリア】を作りだした時と同じだ。魔法を発動し、世界に満ちる魔力が形を成し、効力を発揮する寸前に横入りして手を加える。レシピ通りに作られた魔法が完成する直前にシェフの気まぐれスパイスをブッ込んでやれば全く別の料理の出来上がりってわけだ。


 人体に適した味付けの魔法をスライ向けに調整する。……こんな感じか? こんな感じだろ。【靱性透徹タフネスクリア】、【撓性透徹フレクスクリア】、【剛性透徹スティフクリア】。


「……!」


 四脚が爆ぜるような回転を見せる。【敏捷透徹アジルクリア】を使った俺を大きく引き離す速度だ。こりゃもしかしたら『遍在』すら振り切れるかもしれねぇな。

 だが速さだけじゃねぇだろ? 俺は振り落とされそうになりながらも片手で外壁を指差した。


 俺の意図を察したリーダーが笑うように一鳴きして進路を変える。屋根から屋根へ。力強い跳躍はしかし見た目に反して冗談のように軽い。


 一陣の風となって街を駆け抜けたリーダーは手頃な高さの屋根へと飛び、そしてグッと身を撓めた。筋肉を引き絞る音が聞こえそうなほど後脚が張り詰めている。

 直後、身体を下からぶっ叩かれたような衝撃が走り抜けた。スライのリーダーは、馬が背の低い柵をヒョイと跨ぐような気軽さで、街の外壁を飛び越えた。

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