融ける洗脳
処刑されビジネスってなんだよ。さすがに……ねぇわ。
首を落とされた翌日の夕刻。俺は路地裏の片隅で馬鹿みたいに売れた新聞の売上をせしめつつげんなりしながら溜め息を吐いた。
少し己を見つめ直す時間が必要かもしれんな。最近の俺は……死にすぎだ。どこか大事な頭のネジが飛んでしまったのではないか。その結果として己の命をチップにするようなトチ狂った発想に至ってしまったのではないか。
どうにも諦めが先行してやがる。断頭台に掛けられたら詰みだからってんで変なテンションになっちまうんだよな。これは……本当に良くない。早急に人としての矜持を取り戻す必要がある。
「マジで勇者だったんだな……オッサン」
俺にジャラジャラと硬貨を寄越したツナが死人でも見たような表情でポツリと呟いた。
アンジュから話を聞き、フォルティが冒険者エイトとしてのうのうと生きているという事実を認識したが、首を落とされた俺と再びツラを合わせることでようやく実感というものが湧いてきたらしい。
俺からすれば何を今さらって感じなんだけどな。眼の前でちょくちょく首斬ってたし。ガキどもにはすこぶる不評だが、あの便利さを知っちまったら絶対に文句言えねぇよ。
まぁそれはさておき。ちょいと釘を刺しておかにゃならんな。
「あんまその言葉を口に出すなよ。他のやつらに聞かれたらその気がなくても死ぬぞ」
口封じの魔法は融通が利かない。過失や故意を問わず第三者に秘密を漏らした時点で苦しんで死ぬ。そしてそれは俺も例外ではない。だからあんま使いたくないんだよこの魔法。
「あ、すまん、気ぃつける……」
俺が忠告するとツナは殊勝な態度で頷き、そして神妙な面持ちで俯いた。なにやら元気がない……というより、いつもの小憎たらしさが表に出て来ていない。ふむ。俺は尋ねた。
「なんだなんだ辛気臭ぇ。そんなに今日の儲けが無くなったのが響いてんのか? 串焼きの一本でも奢ってやろうか? ん?」
俺は断頭台の上でアンジュと交渉し、今日の新聞の売上を全て徴収した。俺が盛り上げなければ生まれなかった収益だからな。これは当然の権利と言える。
今日ほどの売上を記録することはそうそう無いだろう。その儲けを持っていかれたのが気に食わないのかと思ったのだが、どうやらそういうわけでもないらしい。
んー、と気のない返事をしたツナがガリガリと頭を掻く。
「いや、何でもねーよ」
「何でもないってこたぁねぇだろ、そんなあからさまな態度取っておいてよぉ。思うに、それって甘えなんだよな。気付いて欲しいみたいな雰囲気を出してるくせして詰め寄られたらはぐらかす。反抗期かよっての。いいから言え。そんで笑い飛ばしてやるよ。ガハハーってな!」
少々尋常ではない手段を用いたことにより今の俺の懐はすこぶる暖かい。財布のデカさは器のデカさである。この構って欲しい感を垂れ流しているツナにちょっとした時間を割いてやることもやぶさかではない。
「……いや、さ」
観念したツナがボソッと呟く。
「まー、見たこともなかったし? そこまで憧れがあったわけじゃないんだけどさ。それでも噂とか童話みたいな話は聞いてたからよー、すげぇなーとは思ってたんだよ」
でも。
そう前置きしてツナは俺の顔を見上げた。眉を八の字にした情けない顔で言う。
「コレが、勇者かぁ……って」
「よぉーしツナお前そこに座れ! ちょーっとお兄さんとお話しような! おらっ! 座れ!」
俺は地面にどっかと腰を下ろした。廃屋の壁に背を預け、バンバンと地面をはたいてツナに着席を促す。【
「だってよぉ、勇者だぞ? なんかすげー力で世界を守ってるってくらいの知識しか無いけどさぁ、それがギロチンで首飛ばされてるって、なんかさぁ……こう……」
「あ? 別にいいだろ。むしろ経歴に添える花になるんじゃねぇの? 俺は五回ほどギロチンで首を刎ねられたことありますけど、そちらは? ってな具合でさ」
「ねーよ! ギロチンなんて不名誉な犯罪者を始末するだけの最低な道具じゃねぇか!」
は? 俺は若干の憤りを覚えた。こいつ、いま何て言った? 聞き捨てならん発言だな。脅すような低い声で言う。
「ツナ、今の発言は取り消せ。ギロチンはなぁ……最低な道具なんかじゃねぇ。あれを考えたやつはやり手だぜ。あそこまで苦痛を与えない方法は中々発明できるもんじゃねぇ。ありゃ犯罪者に与える最期の慈悲だぞ? それを最低とか……発言を弁えろよ」
「オッサンさぁ、どこにキレてんの?」
「キレてねぇ。一般論を語ってるだけだ」
聞き分けのないガキだ。俺は右の手のひらを上に向け、ゆったりと上下させながら言い聞かせた。
「ぶっちゃけエグい拷問とかだってやろうと思えばやれるんだぜ? 見せしめとしては効果的だろうよ。だが過度な恐怖は人心を乱す。その点、ギロチンはすげぇよ。スパッと処刑して聴衆が盛り上がるんだからな。広く採用されるわけだぜ。なんつーか、腑に落ちるもんがあるんだよな」
「首が落ちてんだけどな」
「死ぬ時もよー、『あー、こんな感じなのか』って感覚なわけ。あれ? そこまで痛くねぇな……あっ死ぬ……て感じで。気付いたら死んでるってのはポイント高いぞー」
「やめろやめろ! あんた馬鹿じゃねぇのか!?」
「いいから聞け。後学のためになるかもしれねぇだろ」
「ねーよ! いつ活かすんだよその知識ッ!!」
うるせぇなぁ。さっきまでしょぼくれてたくせに今度はキャンキャン喚き散らしやがって。何をそんなに声を荒げることがあるというのか。
「……ギロチンのレビューをしたり顔で語る勇者ってなんなんだよ」
「つってもなぁ。俺の姉上二人だって噂が美化されてるだけで普通に頭おかしいからな?」
「でもオッサンよりはマシだろ?」
「いやー、どうかな。上の姉は底抜けの馬鹿で、下の姉は突き抜けた馬鹿だ。むしろ俺が中間で一番マトモまである」
「えぇ……嘘ぉ……」
「嘘じゃねーよ。あいつら強くなるためだーって言って二人でよく殺し合いしてたからな。トチ狂ってやがるよ、全く」
やれ魔法の威力が上がったとか、やれ新しい剣を手に入れたとかって理由で城の中庭でおっ始めるからな。お偉方は頭抱えてたぜ。んで殺し合いが終わるとニコニコしながら感想戦をおっ始めるからな。頭おかしいとしか言えんよ。今の魔法は良かったぞーじゃねぇんだわ。
「……なんか、そんな話聞きたくなかった」
「勇者にアホみたいな幻想を抱いてたみたいだからな。現実を教えてやるべきだと思ったんだよ」
「二人の勇者って、国の守護神みたいに言われてんのに……」
と、そこでツナがハッとしたような表情で俺を見た。あれ、そういえばとでも言いたそうな間抜けヅラで口を開く。
「……オッサンって、なんで噂が一つも無いんだ?」
「俺? 俺は馬鹿姉二人の調整役と、あとは国の連中が図に乗らないよう牽制する役だからな。参謀ってやつよ。適材適所な」
「……サボり?」
「ツナ。そもそも勇者ってのぁ端から世界を救う義務なんざ負ってねぇんだよ。国の連中の手厚い洗脳を受けた姉二人が自発的にやってるだけだ。つまりこれはサボりじゃねぇ」
「でもこんな辺境で補助魔法を悪用してるのはどうなんだ?」
「おいおい、そのおかげでテメーらは才能を自覚できた上に分不相応なイイ暮らしをできてんだろうが」
「そのことに関してはマジ感謝してる。どうも」
ツナはペコリと頭を下げた。こりゃどうも。俺もペコリと頭を下げた。
「それになぁ、俺だって表沙汰にならないだけでそれなりに活躍してんだぞ。魔王をぶっ倒したのも俺だし」
「えっ!? 魔王を倒したぁ!? マジで言ってんのかオッサン!!」
は? 俺が魔王を倒した? 俺は……何を?
「……あぁ……いや、違った。倒せなかったんだ。あれは倒せるとかそういう次元にない存在だからな」
「あ? なんだよ、どういうことなんだ……? そもそも魔王って何なんだよ」
「魔力そのもの。遥か昔の人間は魔力をいじくり回して呪装やら魔物やらを生み出したんだよ。それを使って侵略戦争に熱を上げだしたわけだな。そん時の副産物として生まれたのが魔王な。そうだな……意思持つ魔力、世界を循環させる者。ま、そんなとこだ」
「!? なんだ、そりゃあ……! 聞いたことねーぞそんな話!!」
「国が馬鹿正直に公表するわけねぇだろ。国家転覆もんだ。あっ、後で一応【
「身内のやつにも絶対言えねーよこんな話!! えっ、マジかよ……えぇ……なんでいきなりそんな話聞かせたのこの人……」
お前が知りたがったんじゃねぇか。責任転嫁はやめろっての。
座り込んだツナは何やらぶつぶつと呟きながら膝に顔を埋めた。よほどショックを受けたようである。
「俺はもっと、こう……勇者っぽい冒険活劇的なものを聞きたかったんだけどな……」
随分と難しい注文をする。勇者なんてのはとどのつまり殺戮を尽くす者だからな。この前、姉上が竜をボコボコに伸した光景はこの街の人間にとっては衝撃的に映っただろうが、本人からしたらあんなのは日常の一ページでしかない。もはや作業だ。冒険活劇ってよりも害獣駆除業者の日常に近い。
「世知辛すぎないか……?」
「世の中ってのはそんなもんだ。俺も魔王に会いに行くために旅したことはあったが、それもひでぇもんだぜ? 旅って言ってもやったことは死を前提とした強行軍だからな。教会から拝借した女神像を背嚢に入れて、死んで復活してを繰り返しながらひたすら歩くんだよ。正気の沙汰じゃねーだろ?」
「……そんな目に遭ってまで魔王を倒しに行ったのか……」
「あの頃は魔王を倒せば全部解決するって信じてたからなー。若かったよ。ま、そのおかげでイカれエルフどもの集落にたどり着いて縁を繋げられたし、悪いことばっかじゃなかったな」
イカれエルフどもが根城にしている大森林は物騒な生物の宝庫だ。魔物とは異なり死後も屍を晒す生物からは貴重な毒や素材を入手できる。出すところに出せばイイ金になるし、調合してもらった毒は姉上にも効くほどの超性能を誇る。性格に難はあるが何かと便利なやつらなのだ。
しみじみと昔の出来事を懐かしんでいたところ、ツナが興奮を滲ませた声を出した。
「エルフって、あの!?」
「あの、が何を示すのか知らんがエルフはエルフだ」
「老いを知らない、美と知識の種族! それに加えて魔法の腕も超一流! おとぎ話にしか出てこないような伝説の種族じゃねぇか!」
あぁ、うん。そうだね。
「まさか、本当に存在するなんてな……! それそれ、そういう話が聞きたかったんだよ! なあオッサン! エルフってどんな生き物なんだ!? 本当に美男美女しかいねーの? 森の中で何百年も過ごすらしいけど、なにか趣味とかあんのかなぁ……!」
「人の腹を掻っ捌くことだ」
「……えっ」
「ああ、語弊があったな。死んでも生き返る勇者の腹を掻っ捌いて……臓器とかを集めるんだよ。知的好奇心ってやつなのかね。だいぶ持ってかれてるよ、俺。背骨とか血液とか」
ほんと、何が楽しいんだろうなあれ。すっごいニコニコしながら嬉しそうに腹をかっさばくもんだから尋ねてみたくなるよね。楽しいの? って。
でも怖いから聞けないよね。返答いかんでは心に修復不可能なヒビが入るかもしれんし。
「…………は、はっ……おいおいオッサン……さすがに、冗談だよな? 分かったぞ、俺をからかってんだろー! ははっ……」
「…………」
「マジなの?」
俺はシュンってなった。ツナもシュンってなった。
「…………なぁ、オッサン」
「……なんだ」
「……串焼き、奢るよ」
「いいのか……?」
ツナは力強く頷いた。それは漢の表情であった。
「へへっ……高いやつ頼んじまうぞ?」
「ああ……奢るよ……今日は、好きなだけ食えよ、オッサン」
エルフに腹を掻っ捌かれるのも悪かねぇな。スラムのガキが従順な金づるに昇格するんだからよ。俺はにっこりと笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます