未来を買う

 関わった全ての人間が幸せになったのならば、それはヤラセではなく経営努力と称され尊ばれるべきなのではないだろうか。俺はふと思った。


「ナンディさん……? 団子屋の記事はもうよくないですか? ずっとコレばっかじゃ飽きられちゃいますよ?」


 事務所内にある私室。売上金の計上とガキどもへの給金の仕分けをしていたところ、ノックもせずに入ってきたアンジュが開口一番アホな提案をしてきた。俺は肩を竦めて言った。


「分かってねぇなー。お前にゃまだ流れってもんが見えてないのかね。これだけ街中が湧いてるって時に記事を挿げ替えてどうするよ。流れに棹さす。時流ってもんを読めるようになってくれよな。お前には俺の後釜になって貰う予定なんだからよ」


 ガキどもはだいぶ仕事に慣れてきている。やはりこの年代のガキは物覚えがいい。自分らの生活の糧になるという強い実感を得ているのだから尚更だ。そのうち俺が保護しなくても新聞社を回せるようになるだろう。


 そうなりゃ俺は渉外担当に専念できる。団子屋のブームを目の当たりにしたそこらの商人が是非自分もと『誠意』を示してくることも増えたが、どうにも団子屋ほど気持ちよく『誠意』を吐き出す連中がいない。マールとはまだまだ長い付き合いになりそうである。

 そしてその『誠意』は俺に対して支払われたものであるのでガキには渡していない。これは当然の帰結と言えるだろう。


 しかしどこまでもガメつくなれるのが人という生き物だ。俺が別口で金銭を得ていると知ったらガキどもは口々に抗議するに決まっている。それはダルい。俺は心を鬼にしてすっとぼけた。


「……ナンディさん、この前食べものの記事は目玉にならないって言ってませんでしたっけ?」


「何度も言わせるなよ。流れだ。団子は串焼きにはない可能性がある。発展の途上なんだよ。この短期間でごま団子、三色団子、肉巻き団子と新作がポンポン現れてる。この街の基幹に食い込むポテンシャルがあるんだぜ? この波に乗り損ねるなんて新聞社の名が廃るってもんよ」


 俺は両手を広げて団子の素晴らしさを力説した。そこらの凡人ならばそういうもんかと納得して引き下がるだろうが、相手はガキに似つかわしくない精神を宿したアンジュだ。そう簡単に説き伏せられるとは思っちゃいない。


「……でも、それだけじゃないですよね?」


 やはりきたか。俺は再びすっとぼけた。


「なんのことだ?」


「わたしのセンスがそう言ってます」


六感透徹センククリア】。希少で有用、敵に回すと面倒でしょうがない魔法だ。それを使えば点と点を繋げて線を引くという過程をすっ飛ばして核心に至ることすら可能になる。

 効果と正確さは適性と精神性に大きく左右される魔法だが……俺の見立てでは、アンジュの適性はすこぶる高い。ルーブスの腰巾着のノーマンよりもよほど使いこなせるだろう。


 俺はあえて沈黙で返した。

 呼吸の深さ、声の震えと微細な抑揚、視線の動き、身振り手振り。意識の外にある所作を検め、過去と照合することで隠された意思を読み取る。それが嘘の看破だ。落とす情報は少ない方がいい。


「……」


 ジトッとした湿り気を帯びた視線を寄越すアンジュ。しかしこのままでは埒が明かないと悟ったのだろう。沈黙に耐えかねたアンジュが目を皿のようにして俺を、俺の目を覗き込む。俺は視線を逸らさない。


 ……アンジュ。俺はとんでもない鬼才を目覚めさせてしまったと後悔していたが……同時に感謝もしてるんだぜ。お前は得難い実験台だ。

 馬鹿な善性に染まっておらず、国や貴族、冒険者ギルドといった組織と繋がっていない。悪辣な才能の原石が在野に転がっていたことを、俺は数奇な巡り合わせであると信じて疑っていなかった。仮想敵として据えるには……これ以上の逸材はない。


 俺を負かしたのがお前でよかった。俺は短く呼気を吐き出して集中した。

 勇者とは勝ち続ける者のことだ。より正確に言うならば、最終的な勝利者である。局所的な戦いで敗退の憂き目を見たとしても、大局的な勝利を収めればそれでいい。勇者のしぶとさと成長速度を見くびるなよ?


【読心】、【感応】、【六感透徹センスクリア】。

 なるほど強力だ。いち人間が持つには過ぎた力と評していい。後ろ暗い経歴を持つ者や嘘を常用する者にとっては天敵と成り得るだろう。だが、それがどうした。


 先天的な才能に甘えきりなガキに俺が二度もしてやられるかよ。手の内は読めてる。ならば勇者に負ける道理無し。刮目して見よ。これが俺の新技――――


「これは……ッ!」


寸遡リノベート】の超連続発動だッッ!!


「ちょ、なになになに!? なにしてるの!? フォルティさん!?」


寸遡リノベート】。直前直後の記憶を飛ばす魔法。俺はその効果時間を極めて短く設定して自分に掛け続けた。くっくっ……どうだアンジュ。俺の心を、記憶を読めるかな?

 精神を探る糸口を寸刻みにして締め出す邪法。俺の頭の中に軽々しく踏み込もうもんなら痛い目を見るぞ。これが俺の編み出した【読心】対策である。【感応】の波も届きにくい。わりと危ない感じの目眩がして頭がパァになりそうという欠点を無視すれば完璧な対策といえるだろう。


「おお、るれ、はフォ、フォル、ティぃ、じゃ、なか、なくて、なぁ、ナン、ディ……」


「無理無理無理! きっっしょ……!」


 俺は白目を剝き、ガクガクと体を揺らしながら言った。


「どどう、した? おる、れのこコッ、ころを、よん、でみるれ、よ……」


「ひ、ひとの所業じゃない……! ぁ、ぅ……吐きそう……」


 アンジュはガクリと膝を折って床に手をついた。涙目になりながら片手で口を覆う。ふん。俺は短く鼻を鳴らした。それが勇者を舐め腐った報いだ。生兵法は大怪我のもと。付け焼き刃の才能だけでいつまでも俺を出し抜けるなんて思うなよ?


「ナンディさーん、例の団子屋の人が訪ねて……えっ? アンジュ!? どうしたのっ!」


 ノックもせずに入ってきた回復魔法使いのガキがうずくまるアンジュを見て狼狽する。ふむ、いいところに来たな。


「アンジュは少し疲れてるらしい。寝床に運んでやれ。俺はこれから団子屋と内密な話があるからな。勝手に入ってくるなと他のやつらに厳命しておけ」


「うぅ……ナンディ、さん……」


 肩を担がれて起き上がったアンジュが瞼を震わせながら弱々しくこちらを睨む。血の気の失せた蒼白な表情は警戒に値するものとは思えなかった。アンジュよ、それが敗北だ。


「俺はな、アンジュ、未来を買ってるんだ。機に臨み変に応ず。型と常識に囚われるなよ? この椅子に座りたかったら、な」


「ぅ……」


 肩を担がれたアンジュはガクリと項垂れた。ふん。多少成熟した精神を宿していようと所詮はまだまだケツの青いガキよ。軽くあしらうことなど造作もない。


 さてさて、本命の交渉といきますかね。


 ▷


「随分と繁盛してるじゃねぇの団子屋ぁ〜!」


「いえいえ……ナンディ殿ほどでは御座いません」


 俺は団子屋の二人を私室に招いていた。

 この二人と会うのは今回で三度目となる。一回目は『誠意』を見せに。その次は『新作』の提供に。さて今回はどんな土産を持ち込んできたのかね? 世間話もそこそこに切り出す。


「で、今回はどういった用向きでいらっしゃったのかな?」


「相変わらずお話が早い。本日は……私どもを凋落の憂き目から救って頂いたナンディ氏に少しばかりの御礼をば」


 太鼓っ腹を揺らして立ち上がったマールは部屋の扉の前に控えていた女の方へと歩き出した。


「私どもは……ナンディ氏の助力が無かったらこの街で路頭に迷っていたかもしれません。それは彼女、サクレにも同じことが言える」


 何を今さら。俺はいつも壁の花のように立ち尽くしているだけのサクレに目を向けた。艶然とした表情のサクレが軽く腰を折る。


「破滅の道から救っていただいた恩人に……多少の懸想を抱くのは無理からぬこと。そうは思いませんかな?」


「……はぁ」


「ああ、ご安心下さい。彼女は【無響サイレンス】が使えます。ご存知ですかな? 周囲に音を漏らさぬ結界のようなものを張れる魔法です」


 にちゃっとした湿っぽい笑みを浮かべたマールが部屋の扉から出ていき、去り際に一言呟いた。


「それでは、ごゆるりと」


 ……なるほど。なるほどね。そう来たか。俺は深く息を吐きだした。


 後ろ手に扉の鍵を閉めたサクレがしなを作って寄ってくる。焦らすような歩法。やつは恐らくこの為に連れ回されていたのだろう。

 若く、小柄ながらもその身体は男好きするものであった。見せ付けるように開いた胸元からは体格に似つかわしくないほどにデカい胸が覗いている。やけに露出していると思ったが……なるほど、コレが目当てだったわけだ。


「ふふ……あまり見られると恥ずかしいです……」


 そこらの男を虜にするような笑みを浮かべたサクレがなんの躊躇いもなく俺の隣に腰を下ろした。肩を密着させ、腕を絡め取り、空いた五指で擽るように内腿を撫でてくる。


 有効なやり方だ。強い利権を握ったやつを嵌めるには色に狂わせるのが手っ取り早い。あの団子屋が王都で成功を収められたのは、間違いなく正攻法と邪道の使い分けが精妙だったからだろう。


 俺は再度の溜め息を吐いた。


「触んな」


 内腿を弄っていた手がひくと震えたのは一瞬。すぐに何事もなかったかのように身体を寄せて来たサクレが耳元で呟く。


「もしかして……緊張してたりしますか……? ふふっ……大丈夫ですよ……私に全て委ねて下さい」


 どうしたもんかね。俺はとりあえずサクレに【鎮静レスト】を掛けた。『その気』から唐突に平常心に戻されたサクレがひゅっと息を呑む。俺はすかさず言った。


「熱心な色仕掛けをしてもらったところ悪ぃが……俺は無闇に種を撒く気はねぇんだよ」


 内腿に添えられた手をどかし、絡め取られた腕を引き抜く。服についた甘ったるい匂いを払い落とすように服のシワを伸ばして立ち上がる。


「腹を掻っ捌かれて死のうが、断頭台に掛けられようが……。胸糞悪いが仕方ねぇと割り切れる。だが……さしもの俺もてめぇのガキに刺されて死ぬなんてのは御免なんでな」


「えっと……その……」


 目を白黒させているサクレに短く告げる。


「花は要らねぇって言ってんだよ。帰れ。……次はねぇと思えよ」


 ▷


 サクレを追い出した翌日。予想に反して俺の不興を買った団子屋は相当に焦ったらしく、間髪をいれずに再度サクレを遣いに寄越した。

 どうやら今回は色仕掛け目的ではないらしく、わざとらしく露出していた胸をしっかりと覆っている。表情も堅い。それなりに効いたらしいな。一つ問題があるとすれば。


「マールは来ないのか?」


「……マール様は本日、どうしても外せない用事がありまして……。昨日は申し訳御座いません……あのっ、誠意は、お持ちしましたので……」


 サクレはこちらの顔を伺いながら訥々と言葉を紡いだ。どうやらこの女、色仕掛けはそれなりであるが交渉事には向かないらしい。腹芸をかなぐり捨てて初手から手札の開示とは恐れ入る。駆け引きのかの字もありゃしない。


 だがそっちがその気ならそれでいい。

 俺は無言で顎をくいと動かし『誠意』の提出を求めた。口をきゅっと引き結んだサクレが濃紫の袱紗ふくさを手渡してくる。俺はほんの少しの躊躇いもなく袱紗の中身を暴いた。


「…………へぇ」


 金貨五枚。ほう、ほう。これは……少しがっかりだな。


「これだけか?」


「っ……その、これだけとは……」


「言葉のまんまだよ。お前らがいま出せる誠意ってのはこれだけなのか。そう問うている」


 引き攣った顔で俯くサクレに追い打ちをかける。


「初日に俺の新聞社への渡りをつけるために支払ったのが五枚。経営が軌道に乗った礼にと支払ったのが五枚。そして今回、今後も宜しくやっていこうという誠意に昨日の謝意を上乗せしても五枚……。これはちと計算が合わないんじゃないかと、そう思うのは何か間違っているだろうか?」


 俺は金貨を一枚摘み上げ、机に置いて指でパチパチと音を鳴らした。真綿で首を絞めるように緊張感で絞め上げる。


「その……今は少し自由に動かせるお金が少なくて、ですね……」


「知ってるよ。新店舗をいくつも開店するみたいじゃないか。それらしい動きは全て俺のが捉えてる。昨日も言ったが……随分と景気が良いな? そしてそれは誰の功績であるのか。あんまり賢くないお前でも……分かるだろ?」


 俺はテーブルを叩いた。わざと大きな音を立ててからゆっくりと腰を上げる。


「自由に動かせる金がない。だから五枚か? 違うなぁ。ずれてるとしか言えねぇ。だからこそ、だろ? 新店舗開店を間近に控えてる今だからこそ……このエンデ新聞社との縁を切るわけにはいかない。違うか? 金の切れ目は縁の切れ目。サクレさんよ、お前はこの局面で誠意を出し渋る必要がどこにあるのかと、上司に進言すべきだった。俺は今……少々虫の居所が悪い」


 俺は後ろ手を組み、むっつりと黙り込んでしまったサクレの周りをゆっくりと歩いて回った。腰を折り、角度をつけて顔を覗き込む。サクレは更に深く俯いた。


「俺のモットーは……未来を買う、だ。意味を咀嚼しろよ。俺は買う未来を選ぶと、そう言っているんだ。その事実を勘案した上で再考するといい。お前らの輝かしい未来の値段は……金貨五枚で買えるものなのか」


 呼気が荒れていくサクレを見て俺はふっと相好を崩した。背後に回りながら柔らかい声を作って言う。


「だが。だがしかしだ。然るべき対価を払えば未来は買える。仮定の話をしようか。スラムのガキでもしないようなもしもの話だがね? もしも『誠意』の額が今の二倍に増えたなら」


 俺は耳元で囁きを落とした。


「君たちが泥の団子を売りに出したとしても……俺たちのさじ加減一つで繁盛は約束されるだろう」


「っ……! それは、詐欺では……?」


「詐欺じゃねぇ。俺はな、さっきからずっと実現可能な未来の話をしている。商売哲学だよ。機を見るに敏っていう、商売人なら持っていて当たり前な嗅覚がどれほどあんたらに備わっているのか。ずっとだ。俺はさっきからずっとその話をしている」


 俺はどっかと革張りのチェアに腰掛けた。片腕を背もたれに掛け、大仰に脚を組んで威圧する。


「いいか? 聞きたいことは一つだ。あんたらは自分らの未来にいくらの値段をつける? いくらで栄光を競り落とすのか。さぁ、答えてもらおうか」


「………………金貨、十枚でお願いできませんか……?」


「ふむ。十枚。十枚ね。参考意見として聞いておきたいんだが……それはさっき俺が倍の値段を払えば、という例え話を出したからなのかな?」


「それ以上、は……色々なところから目を付けられかねません……」


「それがどうした。転写魔法は……剣の鋒よりも、槍の穂先よりも、遥かに鋭い。何を恐れる必要がある。ギルドでも警戒してんのか? ハッ! 冒険者ギルドが何するものぞ! やつらが騒ごうもんなら、針のような失態を棒ほどに拡大してあげつらってやればいい。やつらがなかなか尻尾を掴ませないようなら……噂という体を借りて非難記事を書くんだ。そうすりゃあんな蛮族連中はすぐに黙らせられる。この街の世論はな、買えるんだよ。団子の熱狂ぶりを見ただろ? あの熱量のベクトルを自在に操れるんだ。もう一度言おう。何を恐れる必要がある」


 俺はぐっと背を反らし、縮こまっているサクレを見下した。そろそろ追い込むとするかね。俺は唇を湿らせてから切り出す。


「そしてこうも言える。輝かしい未来に投資を惜しむような凡愚は……この街ではけして一番になれない、とね。仮に。仮にだ。それまで新聞の一面を飾り続けた菓子屋の話題が、ある日を境に唐突に途切れたら……民衆はどう思うだろうね?」


「それ、は……脅しでは……」


「おいおい。おいおいおいサクレさんよぉ! 俺はあくまで民衆がどう受け取るか、っていう話をしてるんだぜ? 人聞きの悪いこと言うもんじゃねぇよ!」


 俺はカラカラと声を上げてサクレの戯言を笑い飛ばした。大袈裟に声を出し、そして機を見計らってスッと表情を消す。低い声を作る。


「だが、そうだな。もしも民衆が勝手な憶測で良からぬ噂を流そうもんなら……俺たちは、非常に不本意ながらそれを記事にするしかなくなるかもしれねぇなぁ。ま、団子屋さんなら大丈夫でしょうよ。お天道様に恥じない真っ当な商売をしているなら……何ひとつ恐れることは無いはずだ。スキャンダルなんて見つかるはずがない。あんたらの身の潔白は俺の、エンデ新聞社の目と耳が証明してあげますよ」


 俺はサクレを脅した。こいつらが綺麗事だけで商いを全うしているとは思えない。誠意を欠いたらどうなるか……わかってるだろうな? そう強く揺さぶったところ、泣きそうな表情で震えるサクレが蚊の鳴くような声を絞り出した。


「に……う……い」


「あぁ? 聞こえんなっ!」


「金貨二十枚、工面するよう上申します……!」


 俺は膝を叩いて立ち上がった。にっこりと笑みを浮かべて右手を差し出す。


「素晴らしい判断だ。大船に乗ったつもりでいるといい。輝かしい未来は、あんたらのもんだぜ……!」


 契約成立。くくっ……チョロいもんだぜ……!

 純粋な新聞の売上に『誠意』を上乗せ。こりゃあ今までの商売の中でも最高に近い儲けになる。ガキどもに正体がバレた時は荒肝を拉がれたような思いだったが、終わってみればこの通りよ! 全く、人生ってのぁ何が起こるかわからんね。


 俺の手をサクレが握り返す。衝撃と轟音。視界内に火花が散り、四肢の末端が急速に冷えていく。白く明滅する意識が戻った時、俺の脳裏をよぎったのは強い既視感であった。


 対面の女に手を引かれ、勢いのままに側頭を机に叩きつけられたのだと直感する。あの時と同じ。いつからだ。一体いつから、こいつは……!


「孤児に寄生する下衆が、また一人」


 情が滲まない酷薄な声色。熱を感じない、まさに冷血と称するほかない立ち居振る舞い。艶のない金属を嵌めたかのような瞳が俺を見下していた。なぜ。なぜお前がここにいるッ!


「『遍在』……ッ!」


「世論は買える、ですか。ただの脅し文句と聞き捨てるには……少々不穏に過ぎる」


 俺は動揺していた。何故だ。何故なんだ!? どうしてお前がサクレに化けられるんだッ!


「冒険者ギルドへの敵対とも取れる発言も確認済みです。あぁ、貴方のお仲間の団子屋は……新店舗開店に際して脅迫紛いの行いをしていたので既に捕えてます。貴方の罪はもはや明白。煽動者ナンディ。孤児の才能につけ込み私腹を肥やし、あまつさえ街の転覆すら企てる大罪人。女神様の許でその罪、存分に雪ぐと良いでしょう」


「何故だ……!」


 俺の頭の中にはさっきからその言葉がぐるぐると巡っていた。何故。まさか、こいつは、俺よりも補助魔法を上手く扱えるというのか……ッ!?


「何故、とは?」


「【偽面フェイクライフ】は……顔と声を変えられても、体型は変えられないはずだッ! お前、その胸はなんだッ!」


 俺が今回ミラの変装を見破れなかった理由がそこにある。俺の培ってきた常識が、サクレとミラの変装を結び付けられなかった。まさか……【偽面フェイクライフ】にはまだ先の段階があるとでもいうのかっ!


 俺の腕をひねり上げたミラがスッと目を細めた。そして空いた片手を服の裾に突っ込み……膨らんだ布のような物を取り出して乱暴に投げ捨てた。不機嫌そうにフンと鼻を鳴らす。

 つ……詰め物…………!? そんな……そんなクソみたいな手段で俺は欺かれたのか…………?


「それは、詐欺では……?」


「詐欺ではありません」


 詐欺だよ。


 ▷


「離せッ! 俺は新聞社設立の立役者だぞッ!! 孤児に仕事を与え、街に娯楽を提供したのはこの俺だぞッ!! クソがっ! クソがーッ!!」


「これより、孤児の経営する新聞社を秘密裏に乗っ取り、冒険者ギルドを貶める捏造記事の作成及び市民の煽動を企てた凶悪犯ナンディの処刑を執り行います」


 首枷を嵌められた俺は断頭台に掛けられていた。


「何が捏造だ! 何が煽動だッ!! そんなの冒険者ギルドの十八番オハコじゃねぇかっ!! それを咎めるってんならまずテメェらの首を飛ばしてから言いやがれッ!」


「証拠もないのに喚き立てるなんて、元新聞社の人間とは思えないほどに滑稽ですね」


「そうだそうだーっ!」


「証拠を出せよ証拠をー!」


「捏造野郎がっ! ざまーみろっ!」


 クソどもぉ……! 人が処刑されるって時だけイキイキしやがって! 見せもんじゃねぇぞボケがッ!!


「どうせテメェらが必死こいて隠蔽してんだろうが! 俺には分かってんだぞ! テメェらが失態を隠してる事くらいよォー!!」


「…………誇大妄想が過ぎますね。最期に何か言い残すことはありますか?」


 最期……最期だと……! なんだよ、今日は随分と早いじゃねぇか。俺はチラと視線を巡らせた。ガキどもが固まっている区画へ向けて叫ぶ。


「ガキどもォー! お前らはこれでいいのかッ!! この状況を見過ごしていいのかって、そう聞いてんだよッ! 答えろッッ!!」


 俺の叫びを聞いた槍使いのガキが羽ペンを走らせながらアンジュとなにやら言葉を交わす。目を合わせて一つ頷き、そしてアンジュが悲痛な声を上げた。パスは繋いである。


「私たちはあの人に脅されたんですッ! 書きたくもない記事を書けって、そう脅されたっ!」


(七、三でどうですか?)


 七、三。おいおい、まだ分かってないのか? 俺の教えがまだ根付いてないらしい。なにを出し渋ってやがる。なぜ気持ちよく即決できない。俺はテンションを下げた。


「別にそんなこと言ってませんけどねー」


 急にトーンを下げた俺を見て聴衆とミラさんが怪訝な表情を浮かべる。肩透かしでも食らったような顔だ。お前らはこんな盛り上がりに欠けた処刑を記事にするのか?


「……っ! 冒険者ギルドのことをめちゃくちゃにこき下ろせって言われた!」


(八、二!)


 意思が届く。同時に俺の意思も伝わっているはずだ。

 何を刻んでやがる。妥協を引き出そうとすんじゃねぇ。ガキが。交渉のままごとをするなら場を弁えろ。ビジネスチャンスを逃すのかって、そう訊いてんだよ! えっ!?


「さて、記憶にねぇなぁ」


「……! この街の住人なんて馬鹿ばっかりだから、俺の胸三寸でどうとでもなるって、あくどい笑顔を浮かべながらそう言ってたッ!!」


(……十、ゼロで……!)


 いいだろう。ようやく気前よく儲けを吐き出す気になったな……! アンジュよ。それが未来を買うということだ。目先の利益に囚われるなよ。大局的見地に立て。編集長の座は任せたぞ。俺は叫んだ。


「ったりめぇだろぉがああぁぁっっ!! この街の馬鹿どもはッ! 全員揃って俺の手のひらの上で転がされてればいいんだよッ! テメェらが俺の思惑通りに踊り狂う姿は見ものだったぜぇーっ!! クソどもがよぉォォーー!!」


 俺は思いつく限りの罵詈雑言を喉が張り裂けんばかりに吐き散らかした。感化された聴衆が声を揃えて俺の首を落とせと騒ぎ立てる。


『この街の馬鹿どもは処刑を娯楽として愉しんでやがるからな。こちらもそのレベルまで知性を落としてやる必要がある。ニーズってやつね』


 過去類を見ないほどの熱量が広場に吹き荒れている。声援に応えるように俺も叫んだ。互いの熱を貪り合ってどこまでも成長する山火事のように熱狂が広がっていく。頃合良しと見たのか、ミラさんが断頭台の仕掛けを作動させた。ガコンという音が響く。


 首が飛ぶまでの刹那、俺は口の端を吊り上げて笑った。


 処刑は……金になる時代だ。これだけの盛り上がりを見せた出来事をしたためた新聞の発行部数はどれ程に上るのか……今から楽しみなほどである。これを足掛かりにすれば新聞社の未来は右肩上がりよ。


 見ておけよお前ら。これが俺の新たな収入源……処刑されビジネスだ。


 俺は首を飛ばされて死んだ。明日の一面は貰ったぞ。

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