流行の最先端に我は在り
「頼むよ! 俺も新聞社に入れてくれー!」
「俺は【
「あたしは……やる気はあります! やる気はありますっ!!」
新聞社が脚光を浴びたことで舐め腐った考えのやつらが連日事務所に押しかけてきている。
ガキが盛大に稼いでいるのを見て自分も甘い汁を啜ろうと思い立ったクソどもの群れがこれだ。俺のガキどもに寄生して楽をしようなんてふてぇやつらだな。恥も外聞もないとはまさにこのこと。
「うるせぇーっ! 帰れクソどもッ! そんなに新聞を作りてぇなら自分で起業しろっ! ガキにたかるなんて恥を知れッ!」
「てめぇも同じ穴のムジナだろうがァー!」
「俺はうまい飯屋を知ってるぞ! 情報を売ってやるって言ってんだよ!」
「ぬううぅぅぅおおおぉぉっっ!! 俺様イチオシの色街セレクションをッ!! 是非とも記事にしてくれええぇぇッッ!! 絶対に売れるぞおぉぉォォっ!!」
「ガキになんてモン作らせようとしてんだボケがッ! 黙れっつってんだろ! 仕事の邪魔だ! 消えろッ!」
放置してるといつまでも騒ぐのをやめない馬鹿どもを一喝してから事務所に引っ込む。これはガキどもにはこなせない仕事の一つだ。ガキどもが顔を見せるとナメられるからな。荒くれどもをいけぞんざいに切って捨てることができなきゃそのうち乗っ取られちまう。
「毎日お疲れさまっす」
「だいぶ静かになってきましたねー」
「結局大人しく帰るんなら最初からやるなって思うんだけどな。事務所に踏み込んでこないだけマシだが」
さすがにドアをぶち破って侵入してくる命知らずは居ない。それをやっちまったらギロチンの刑になるからな。弁解の暇もなく首を飛ばされるだろう。
「それで思い出したんですけど……なんかいま空き巣被害が増えてるみたいですよ? 冒険者ギルドの人たちがピリピリしてました」
空き巣か。足がついたら一発アウトの博打だってのによくやるもんだね。
街中の警備が厳しくなりすぎたせいで首が回らなくなった連中が一斉に結託でもしたか? あるいは今ならどこぞの馬鹿に罪をなすりつけられると踏んで便乗するやつが一気に現れたか。
「ちょっと怖いですね……。そのことを記事にして防犯を促すってのはどうですか?」
「……いや、やめておこう。うちの記事は明るく楽しくがモットーだ。わざわざ暗くなるような話題を挟む必要はねぇ」
「そうですか……。じゃあこんなのはどうですか?」
【
鉄級冒険者エイト、自前の酒を一気飲みして酔いつぶれて大騒ぎに!
俺は受け取った紙をバラバラに破って捨てた。
「ああーっ! いい出来だと思ったのに!」
「るせぇ! クソ記事したためてる暇があったら真面目に働けっ!」
ったく、最近のガキどもは目上の人間に対する敬意ってもんが足りてねぇ。誰のお陰で旨い飯にありつけているのかという実感を叩き込む必要があるな。俺はてめぇらの保護者じゃなくてビジネスパートナーだと何度言えば分かるのか。
甘っちょろい認識を矯正するかと思い、声を上げかけたところでガチャリとドアが開いた。ネタの収集を終えた回復魔法使いのガキが言う。
「戻ったよー。あ、ナンディさん! なんか外に話だけでも聞いてほしいって人たちが来てますよー」
「あぁ? まーた来たのかよ。懲りねぇクソどもだな……ちょっくら追い払ってくる」
エンデの街で新聞が流行ったことでめんどくさい連中が押し寄せてくることになった。先ほど追い払った雇用希望のバカやネタの提供と引き換えに金銭を要求してくるアホ、そして自分の店を新聞で紹介してくれと売り込みに来るクソである。
機敏に商売を展開することで成り上がった連中は新聞の集客効果に目を付けたというわけだ。自分っとこの売り物がいかに素晴らしいかを声高に説き、サンプルを提供して馬鹿の一つ覚えのようにこう囁くのだ。一つ宜しく、と。
分かってねぇよな。そんなクソみてぇな記事を載せるわけねぇだろ。
ヤラセ記事なんてもっとも愚かなやり口の一つだ。これを流行らせよう、なんて恣意的な打算が透けた時点で興醒めも甚だしい。ガキにもヤラセはやめろと口酸っぱく言い聞かせてある。あくまで自分が見聞きした物のみを記事にしろ、とな。
そんな俺の教育に水を差すボケはどこのどいつかね。俺は事務所の外に出た。……こいつらか。恰幅のいいオヤジと、二十にも満たないであろう女。どちらも人好きのする笑みを浮かべているが、その眼は獲物を見るような鋭い光を湛えている。
やり手だな。ならば機先を制する。イニシアチブは握らせない。
「おたくら、随分と仕立てのいい服着てんじゃねぇの。それなりの成功者だろ? 馬鹿じゃねぇはずだ。なら俺らの経営方針の情報くらい仕入れてるんだよな? 先に言っておくが、無駄だ。時間の無駄なんだよ。時は金なり。さっさと立ち去れ鬱陶しい。あんましつこいようなら治安維持の連中を呼ぶぞ」
一息にまくし立てるのは向こうの口車に乗らないためだ。海千山千の商人には口を開かせないことが肝要。そもそも交渉のテーブルにつかなきゃいい話よ。
警告はした。これ以上外堀を埋めようとしてくるなら相応の手段に訴えるまで。事務所に戻ろうとしたところ、控えていた女が金貨を一枚すっと差し出してきた。……ほーん。
「まま、そう言わずお話だけでも……ね?」
俺は二人を事務所の私室に招き入れた。
▷
「私は王都で菓子屋を経営しておりました。マールとお呼び下さい」
机を挟んだ向かい側に座った恰幅のいいオヤジは簡潔に名乗り頭を下げた。こちらも流れで名乗る。
女の方は秘書か侍従のような扱いであるらしく、椅子に座らず後方で控えていた。どうやら気を払うべきはオヤジの方であるらしい。
「単刀直入に聞こう。菓子の営業か?」
「ほっほ。お話が早い。私どもの提供する商品は味、質、値段ともに最高であると自負しているのですが、エンデの街ではあまり好かれておりませんでな……。そこで一念発起して開発した新作がこちらになります。ナンディ殿に是非ともご賞味いただきたく」
新作とやらはよほど会心の出来であるのか、マールは自信満々といった様子で印籠箱を差し出してきた。軽く目を見ると頷きが帰ってきたので蓋を取る。
それはなんと言えばいいのか。白く丸い何かを串にぶっ刺しただけの非常にシンプルな菓子であった。正直、まるで美味そうに見えないぞ。
「団子、と名付けました。この街で人気の串焼きから着想を得て開発した品に御座います。手軽に食べられる上に口合いもよろしい。食後の締めや間食に食べていただきたい品ですな。もちろんお子様のおやつにも丁度いい。ささ、おひとつどうぞ」
マールが商人特有の笑みを浮かべながら手のひらをクイッと動かした。ふむ。そこまで言うならば期待して頂くとしよう。俺はダンゴとやらを口に含み串から引き抜いた。もっちゃもっちゃと食い進める。
白い玉は三つ連なっていた。残る二つも串から引き抜き咀嚼する。なるほど。なるほどね。
室内には妙な緊張感が漂っていた。あんまりにも静かなもんだから俺の咀嚼音が響く始末である。団子を食い終わった俺は保冷の箱からワインを取り出して一口含む。俺の嚥下を見届けたマールが緊張した面持ちで問う。
「如何でしたでしょうか」
俺は純白のナプキンで軽く口を拭き、勿体ぶるように一呼吸置いてから言った。
「悪いことは言わん。この街から出てった方がいい」
空になった串を印籠箱に戻して突き返す。
「なんつーかな、的外れ感が否めねぇ。串焼きから着想を得たって言ってるけど、手軽に食えるところくらいしか利点がねぇぞ。アレが人気な理由はガツンとくる塩気とか肉の脂なわけよ。団子にはそれがねぇ。菓子はどこまで行っても菓子だな。上品な甘さなんてこの街には似合わねぇのよ」
俺は自信満々に差し出された団子をこれでもかと扱き下ろした。流行り廃りを鋭敏に察知し、要不要を峻別することに余念がないナンディであるが故に。
「口合いがいいってのは、まあ分からなくはない。だがどうにも無理やり捻り出しただけの利点にしか聞こえねぇんだよな。それに比べたら欠点なんていくらでも出てくるぞ? 見た目が美味そうに見えない。三つもあるのに味の変化がない。思ったよりも腹が膨れない。酒に合わない。特に最後だ。市民から冒険者、女から年寄りまで安酒好きなこの街でコレってのは致命的だな。おたくらは何を間違ってエンデに来ちまったんだよ。とっとと河岸を変えたほうが身のためだぞ」
俺は団子の欠点を指折り数えながら団子屋に撤退を勧めた。
商売っ気が盛んなこの街で一旗揚げようと意気込んでるみたいだが、悪いね。冷や水を浴びせることにするよ。それが金という誠意を見せた団子屋に対する俺なりの誠意だ。
直截的な物言いを受けたマールは鼻から大きく息を吸い、口から細く長く息を吐き出した。眉根を寄せて一言。
「……そうですか」
終わったかな。そう思ったがどうやらまだ終わりではないらしい。マールはさっきのとは別の箱を取り出して再度こちらへと寄越した。
「どうやらナンディ殿は味にご不満がある様子。でしたらもう一品ご賞味頂きたく。こちらは……お気に召していただけるかと」
「そうかい。何個食っても同じだと思うがね」
諦めの悪い団子屋に促され蓋を取る。そこにあったのは黄金色の粉がまぶされた団子と――――箱の四隅に配置された金貨だった。
「黄金色の粉。黄な粉と名付けました。安直ですが、きなこ団子と申します」
「ほぉーーん……なあ、マールさんよ」
「おっと皆まで言わずとも宜しいですよ。そちらの箱がお気に召したのでしょう? 差し上げます。ええ差し上げますとも。ナンディさん、特に深い意味はないのですがね……私どもは
マールは俺が受け取ったものよりも大きい箱を取り出し、机に置いて言う。
「コチラで勤勉に働いていらっしゃるお子様の分の団子が入っております。彼ら彼女らに気に入ってもらえれば……思わず一面に団子の記事を載せてしまう程に気に入って頂ければ私どもにとっては望外の喜び。もしも商売が軌道に乗れば新商品の開発も適う。その時は真っ先にナンディさんへ能う限りの便宜を図ることをお約束いたしましょう」
優雅な所作で立ち上がったマールが慇懃に腰を折る。
「一つ、宜しく」
▷
「おーいお前らー。ちょっと休憩しようぜ。優しい団子屋から善意の差し入れを貰ったんだ。食ってみろよ、なかなかイケるぞ〜?」
俺はアンジュが事務所を出ていったタイミングを見計らってガキどもに団子を振る舞った。
ガキどもはまだまだ好奇心旺盛な年頃。物珍しい菓子の差し入れと見るや目を輝かせて飛び付いてきた。よしよし、たらふく食えよ。
「おぉー、なんか新食感!」
「もちもちしてるー!」
「こっちの粉がまぶしてあるの好きな味だぁ」
「程よい甘さですね。九点」
反応は上々。やはりガキだな。甘味という餌にこれ以上ないほどよく食い付いてくれる。あとはそれとなく誘導するだけよ。
「そうだろ? うまいだろ? 俺はこの団子を食った時にピンときたね。これぞ時代の最先端だ、ってな」
俺はここぞとばかりに団子の素晴らしさを語り聞かせた。串焼きほどしつこくない爽やかな口当たり。小腹が空いた時にサクッと食べられるお手軽さ。ほんのりとした上品な甘さ。本格的な甘味に似つかわしくないお手頃価格。
ガキどもが団子屋の記事を書くことを決めるまでは時間を要さなかった。翌日の昼。団子屋の前には記事に踊らされたやつらが押しかけたことで長蛇の列が出来上がっていた。
「くくっ! 本当に流されやすいやつらだ。ま、流れを作ったのは俺なんだけどな……!」
俺は団子屋から頂いた金で購入した高級酒で喉を潤して満足のため息を吐いた。
流行は作れる。もはやこの街の趨勢は俺の胸三寸よ。
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