あざとさ余って肉が完売

「余ってるスライを買い取りたい……? それも街中の? 何を考えとるんじゃ貴様」


「そんなに睨まないで下さい、ライファ殿。僕はただ……動物たちの可愛らしさを世に広めたいだけなのです!」


 首を斬ってツベートへと転移した俺は新たな人格エイディを作ってライファ爺さんの下へと訪れていた。目的は繁殖しすぎて持て余しているらしいスライを買い取ることである。


「他所もんのひょろわっぱれるでない。スライはンなめでたい頭で飼い慣らせるほど単純ではないわ」


「ほうほう。それは僕がスライと心を通じ合わせられたら、彼らを譲っていただけるという宣言と解釈しても宜しいですね?」


「はッ! 口だけは達者なガキじゃのう! 欲しいってんならロハでやるわ。じゃが……片腕食い千切られても泣き言は聞かんぞ」


 よーし言質は取ったぜ。元冒険者のライファ爺さんは売り言葉に対してすぐ買い言葉を返してくれるからやりやすい。年を食ってから多少は丸くなったらしいが、根っこの部分では荒くれ気質なのだろう。いいお得意さんだぜ全く。


 青々とした芝生を踏みしめながら目的地へと向かう。種々雑多な家畜が放し飼いにされ、のびのびと草を食んでいる少し先で群れを作っているのがスライだ。


 靭やかさと力強さを感じさせる四肢。熟練の狩人を彷彿とさせる鋭い瞳。闇夜と見紛う群青の毛並み。剣呑な光を放つ牙と爪。木の葉状の尻尾。犬の体格を立派に、かつ物騒にしたら出来上がるような生き物だ。


 犬が魔力に適合進化した末の姿と言われているが、事の真相なんてどうでもいい。俺にとって重要なのはコイツらが金の卵を産むニワトリであるという事実だけだ。


 なんやかんや言いつつ心配していたのであろうライファ爺さんが後ろから付いてきている。こりゃ少しばかり演技を織り交ぜる必要がありそうだな。


 気持ちよさそうに身体を横たえていたスライが俺の接近を感じ取ったのか一斉に起き上がり喉を鳴らす。警戒心が強いな。ペットとしては不向きか?

 ……いや、こいつらは頭がいい。利に聡いとも言える。旨い餌が与えられると理解したら牧羊犬の真似事だって熟すし、それが有効だと悟れば尻尾を振って媚びることも厭わない。適性は高いはずだ。


 群れの中で一回りデカい個体がゆっくりとこちらへ距離を詰めてくる。恐らくリーダー格だろう。実に威風堂々とした佇まいだ。数十匹の群れを統率するだけはある。

 くくっ……大層立派な面構えだが、今からお前は肉欲しさにケツを振る可愛いペットになるんだぜ? 俺はにこやかな笑みを浮かべて言った。


「おお! 凛々しくも雄々しいスライの主よ! 僕と一緒に、君たちを真に必要としている者の元へと旅立つ気はないかい?」


 俺は群れ全体に【伝心ホットライン】を飛ばした。


(愛玩動物のフリをするだけで今より旨い肉を食える環境を用意してやる。勤務地はエンデだ。先着五十匹。早い者勝ちな)


 そう思念を飛ばしたところ、喉をグルグルと鳴らしていたスライどもがキャインキャインと鳴きながらすり寄ってきた。おいおい分かりやすすぎだろ。さすがは欲望に重きを置く生き物だ。旨い飯という条件だけでコロッと釣れる。


「なんと、こんな……!」


 ライファ爺さんも絶句してる。まぁ信じられんわな。

 こいつらは頭がいいと言われるが、それは生きる上でどう振る舞うのが最適かという判断力が高いという意味だ。人語を理解できるかどうかはまた別の話。簡単な芸を仕込むことはできても会話が成り立つはずもない。


 そこで俺の出番ってわけよ。

 スライほどの地頭があれば意思のやり取りは驚くほど上手くいく。加えて意思というのは嘘が混じらない。というより誤魔化しがきかない。

 もしも俺が『上手いこと丸め込んでコイツらを殺処分しよう』などと考えていたら、その意思が余すとこなく相手に伝わってしまう。距離を無視したやり取りができるので便利に思えるが、変なところで融通が利かない魔法である。


 ま、それはつまり返す裏がないってことだ。故に相手の警戒を一発で掻い潜れる。

 俺が金儲けを企んでいることもバレただろうが、硬貨がもたらす恩恵を受けたことのないスライは騙されたなどと露ほども思うまい。結果だけ見れば好条件での引き抜きだからな。互いに利点を貪り合う関係。実に素晴らしい。


「おおよしよし。これはいい子たちだ。では君たちに相応しい地へと向かいましょう――」


 話が無事に纏まりかけたところで。


「ウオオオオォォォォン!!」


 リーダー格のスライが諌めるような遠吠えをあげた。繋げたパスを通じて意思が流れ込んでくる。


(待ちィや。ワレの行先ぁ荒くれ連中の住処……ここから南下した先にある魔境。アソコはちと厳しいなァ。物騒な臭いが、強すぎる)


 ……ほう。俺は少々面食らった。

 動物相手にここまで理性的な念話が成り立ったのは初めてだ。こいつ、相当な我の持ち主だな。


 リーダー格の一喝により周りのスライはシュンと座り込んでしまった。どうやらこいつを説き伏せなければ計画は成らないらしい。


 魔力に対する強い抵抗を持ったペットを高値で売り飛ばす。今の妙な空気に浮かされたエンデなら一匹銀貨二十枚でも売れるだろう。この機を逃す手はない。

 俺は両手を広げ、にっこりと笑みを浮かべた。あらゆる動物と心を通わせる慈愛に富んだ男エイディであるが故に。


「素晴らしいカリスマだ! やはり僕の目に狂いはなかった! さぁ、行こう。君のことを本当に必要としている者たちの元へ」


 警戒を解くようにゆっくりと手を差し伸べながら思念を飛ばす。


(おーおー、立派なツラしてるくせに随分腑抜けたこと言うじゃねぇか。ビビってんの?)


 嘘や建前は通じない。交渉は必然乱暴なものになる。


(当たり前じゃボケが。危機感を抱かずして群れのアタマが務まるか。鼻の詰まった二足のバケモンには分からんかのォ? ここら一帯まで微かに届く、背筋を凍らせるような死の臭いが)


 これまた意外な返答だ。てっきり挑発に乗ってくると思ったのだが、どうやら余程その死の臭いとやらが嫌いらしい。

 まあ普通に魔境だからな……。いつ滅びてもおかしくない地だ。それなりの大義さえ掲げられれば喜んで死地に突っ込む人間とは根本のところで価値観を異にしているのだろう。野生の勘ってやつなのかもしれんね。


(だが)


 返す思念に悩んでいると、リーダー格が鼻をヒクと動かして目を細めた。


(だが。ここ最近になって急にけったいな臭いが遠のいていった。まさか、ワレはワシらを招くために何ぞ便宜でも図ったんか?)


 え……? なんだこいつ。一体何を言ってんだ?

 そんな疑問も勿論伝わってしまったらしく。


(……なんじゃ、早合点か。まぁ、いい。ちと大所帯になり過ぎてジイさんに良く思われてないってのは勘付いとったしのォ)


 ばうっ、と一鳴きしたリーダー格が決意に満ちた顔で牙を覗かせる。


(時期と見た。行くとするかのォ。新たな餌場とやらへ)


 ▷


 なんだかよく分からんがスライとの交渉は上手く行った。

 数が増えすぎて困っていたというスライを無料で引き取り一路エンデへ向かう。


「うおっ!?」

「なんの騒ぎだこりゃ!?」

「魔物……じゃねぇか」


 道中ではすれ違う冒険者や馬車に乗っている御者から奇異の視線を向けられることが多かった。なんせ大型犬並みの大きさのスライ五十匹の大移動だからな。下手すりゃ魔物の襲撃と勘違いされるだろう。


 俺は小さい馬用の鞍をリーダー格に取り付けて背にまたがっていた。人を気遣う気持ちが皆無の疾駆は乗り心地が最悪に近かったが、そこは【痛覚曇化ペインジャム】と【鎮静レスト】を適宜かけることで誤魔化した。俺を振り落とすつもりだったらしいリーダー格は不満げに鼻をヒクつかせている。いい気味だぜ。


 そんなこんなで馬車よりも早くエンデに到着。

 検問の際に『スライなんかを連れ込んで一般人に被害が出たらどうする気だ』などと物分かりの悪いアホに言い掛かりをつけられたが、俺の掛け声一つで群れを一斉に大人しくさせ調教済であることを証明、検問を突破した。


 エンデは門戸の広さを売りにしている。スライは一応商品ということになるが、関税などは一切掛からなかった。流通と人の出入りを抑制しないための措置である。随分と思い切ったやり方だが、結果として旗揚げを夢見た商人が集まってきているので成功と言わざるを得ないだろう。


「入っていいぞ。ただしその数のスライを連れて騒ぎを起こそうモンなら即座に断頭台いきだからな」


「僕がそんな悪事を働くわけ無いじゃないですか!」


「ならいい。それとこれを持っておけ。今は少し事情があってな……外からの商人には渡す決まりになってる。金を盗まれた時と、あとは本当にどうしようもない非常時って場合にだけ鳴らせ。お遊びで吹いたら街から叩き出すからな」


 検問の男は袋から魔道具を取り出して俺へと差し出してきた。見覚えのある品だ。しかし反応が薄いと疑われる。俺はすっとぼけた。


「これは……笛ですか?」


「吹けば金級冒険者がすっ飛んでくる。いいか? 絶対に軽々しく吹くなよ? モノが盗まれた時か、死ぬかどうかの瀬戸際って時にだけ吹け」


 金級って……マジかよ。一商人に渡すもんじゃねぇだろ。いくら治安維持に気合が入ってる状況だからってここまでするかね?


 ……いや、だからこそ、か?

 厳重警戒を敷いているということを内外に知らしめて犯罪根絶を目指している。そう考えれば辻褄が合う。

 断頭台送りになる犯罪者が多く摘発されたことで治安が良くなった、と考える者ばかりではない。そんな凶悪犯が何人も潜んでいる街になんて居られるか、と考える人間が現れてもおかしくない。なるほどね。


 この街から人が流出するってのはつまるところ国の危機だ。商人が根こそぎ居なくなっちまったら立ち行かなくなる。そうなりゃこの街の治安を担ってるルーブス殿は責を問われることになるだろう。

 最悪を未然に防ぐための手厚い保護。まったく、必死さが透けてんねぇ。重罪人のうちの殆どが同一人物って知ったらあの野郎はどんな顔するんだろうな。


「それはそれはお疲れさまです。この笛を吹く機会が訪れないことを僕も願ってますよ」


「おう。知ってると思うが、この街での商売は自己責任だ。……そんな数のスライを持ち込んだら飯代が馬鹿にならねぇだろ。共倒れだけはやめてくれよな」


「ははは! ご心配には及びませんよ!」


 ▷


 お前らが飯の種になるんだからな。


「さぁ冒険者の皆さま! 可愛い可愛いペットはいかがですかー?」


 検問を抜ければすぐそこに大通りがある。街へと足を踏み入れた者を熱烈に歓迎する商売通りだ。肌を焼くような熱気が飛び交う通りを我が物顔で練り歩きながら声を張り上げる。


「彼らは僕が丹精込めて躾けた子たちです! 見てくださいよこの毛並み! ツヤ! つぶらな瞳! それに性格だって人懐っこいんですよー!」


 俺は一番近くにいたスライに念話を飛ばした。旨い肉が食いたきゃ愛嬌を示せ。

 ピクンと耳を震わせたスライが駆け寄ってきて俺の周りをくるくると回り、くぅんと鳴きながら腰のあたりに顔を擦り付ける。いいぞ。人に媚びることに躊躇いがない。食欲のなせる技だ。


「よーしよし! いやぁ見てくださいよこの可愛さ! こんなに愛くるしく懐いてくれたら思わず守ってあげたくなっちゃいますよねぇ……!」


 ここで殺し文句を切る。その言葉に反応したのは主に腕っぷしに自信がありそうな冒険者連中だ。

 中々の上背と体格を誇る女冒険者が死地に赴くかのような表情で言う。


「こ……この子たちは、アタシにも懐いてくれる、のか?」


 おらいけ。群れの中にいる大柄な一匹がぴょんと飛び出して力強い跳躍で女冒険者に飛びついた。ピンと後脚で立ち、前脚で身体を撫でつけながら顔をペロッとひと舐め。突然のことに慌てふためき視線を向ければつぶらな瞳がすぐそこにある。

 ゴクリとつばを飲む女。オチたな。


「か……買う! 飼うぞッ! アタシはこの子を買うことに決めたッ! 店主、いくらだ!?」


「銀貨二十枚です」


「なっ……高……い、いや、安い! この子の笑顔が買えるなら安いものだッ!」


 女冒険者は即座に財布の紐を緩め、革袋から銀貨を取り出して俺へと寄越した。毎度ありぃ。

 見事食い扶持を手に入れたスライは上機嫌そうに尻尾を振っている。それを見た女がにへらとだらしない表情を作った。最初の客としては上々だ。


「お、おい……スライって魔物に近いって聞いたんだが、本当に安全なんだろうな……?」


 続いて現れたのは斥候役と思しき男だ。その目は心配というよりは期待と好奇の色で満ちている。カモだな。

 いち早く事情を察したスライが男の膝下に駆け寄り、上目遣いをしながらハッハッと口を開けてアピールする。あざといやつらだ。故に使える。俺は両手を広げて商品説明をした。


「噛まない、吠えない、引っ掻かない。とてもとてもいい子たちです! もしもその子たちが粗相をするようならお申し付け下さい。即座に返金いたしますよ?」


「そ、そうか……いや、別に俺はそういうんじゃねぇけどな……ほら、あれだ、俺は金なら結構持ってるからな……飼ってやるよ。っ、何笑ってんだ! おら、銀貨二十枚だっ!」


「いえいえ。精一杯可愛がってくださいね?」


「ふん……っ!」


 いいぞ。いい調子だ。まず食いついたのは二人だが、これはほんの序の口よ。

 俺はこの街の人間の嗅覚と行動の早さを侮っていない。よく躾けられたスライを売る商人の話はすぐに広まるだろう。恐らく一時間か二時間もすりゃ冒険者ギルドの誰かしらの耳に届く。


 そうすりゃ後は流れ作業だ。

 強さだけを誇りに生きてきて、稼いだ金を自分のためだけに消費していた寄る辺なき冒険者が希望を胸に群がってくるだろう。あとはそいつらをチョイと絆して財布の紐を緩ませるだけだ。


 ふとした瞬間に頭がおかしくなってしまうような死線をくぐり抜けた者たちは心のどこかで癒やしを求めている。先の二人がいい例だ。

 どちらも相応の猛者だろう。銅級か銀級。溢れんばかりの殺意をこれでもかと浴びせてくる魔物を一心不乱にぶち殺してきた連中は、だからこそ無垢な仕草にコロッとイカれちまう。これが人の性ってやつよ。


 スライ五十匹。売り切るのに時間がかかる?

 とんでもない。こんなの物の数にも入らねぇ。俺の腕がありゃ一日とかからず銀貨に変えられる自信がある。そして実際そうなった。


 ▷


「お買い上げありがとうございました! たっぷりと可愛がってあげてくださいね?」


「はい! あぁ……可愛い……私の可愛いスライっぴ……」


 クソみたいなネーミングセンスの客を送り出したところで販売終了。話を聞いて駆け付けてきた連中が肩を落としてトボトボと去っていくのを尻目に俺は新たな商売を開始する。


 媚びを売るつもりがなく、売れ残ったリーダー格のスライに引かせていた台車に乗っている箱の蓋を取る。

 保冷の効果を持つ魔石が使われた箱の中に入ってるのは上質な肉の塊だ。このスライどもが毎日口にしていたものよりもワンランク高い肉。その匂いを鋭敏に嗅ぎ取ったスライどもが尻尾を振って駆け寄ってくる。さぁ、本命の商売を始めよう。


「さぁさぁ皆さん、こちらにあるのは僕が丹精込めて仕込んだスライたちのご飯です! この子たちはとってもグルメでねぇ……僕が仕込んだお肉がだぁい好きなんですよぉ。ああ、安心して下さい。僕は暫くの間この街におりますのでねー。他の餌も食べるように躾けますんでねー。ただ、この子たちの本当の笑顔が見たいなら……ねぇ?」


 俺の店の前に来た冒険者どもが揃ってギョッとした顔を浮かべる。肉の塊が銀貨三枚。クソと罵られても文句の言えない価格だ。

 そう、これが俺の本命。継続的な餌代の徴収。こいつらには他の肉をいやいや食うように伝えてある。そうなりゃ飼い主は俺の店の肉を買いに来るようになるって寸法よ。


「ちょっ、銀貨三枚はさすがに高すぎねぇか!?」


「秘伝の製法で下拵えをしておりますのでねー。どうしてもお値段が張ってしまうんですよー」


 嘘である。


「それにしたって、これはさすがに……」


 言い淀む冒険者。そこでペットとなったスライの出番だ。

 賢いやつらは人の表情から流れを察する。このままでは旨い飯にありつけないと悟ったスライがくぅんと物悲しそうな声で鳴いて尻尾を垂らし、瞳を潤ませて飼い主を見上げた。おっほ、やるぅ。


「っ……! ッッ……!! か、買います……!」


 くっそちょろ!

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