勝てるわけねぇだろうが
「模擬戦の義務化だぁ!? んなの聞いてねぇぞ!」
「初めて言いますので」
討伐ノルマと月イチ任務を片付けておこうと思い立って冒険者ギルドに顔を出したところ、相変わらず目つきの悪い受付嬢に意味不明な制度の説明をされた。
模擬戦の義務化。藪から棒だ。
俺が療養に出かけてから制定されたそれは、要約すると自分よりも上か同等程度の腕を持つ冒険者と一ヶ月に一度模擬戦をしなければならないというものだった。
日夜激しさを増す魔物の軍勢に対抗するためには才能を眠らせておくわけにはいかない。そしてギルドは有事に備え、組織の人間がどれほどの実力を有しているのか正確に把握しておく必要がある。そんな思惑から生まれたのが模擬戦の義務化なのだと。
めんどくせぇことしやがるなオイ。絶対に俺への当て付けだろ。討伐ノルマに飽き足らず、とうとう直接的な手段に打って出やがった。他にやることあんだろ。
「俺は斥候なんだよ。脚で売ってるんだ。模擬戦なんて必要ないだろ?」
「ならばその脚でどれほど動けるかを存分に示して下さい」
この木で鼻を括った態度よ。こっちの都合を一顧だにしちゃくれねぇ。
だが今回の俺は一味違う。俺はうっと呻いて肋を抑えた。
「実はまだ怪我が完治してないんだ。病み上がり特例ってことで今月分はパスしてくれよ」
「ツベートにいる担当医からは綺麗さっぱり治っているとの報告が届いております」
「……勝手に情報すっぱ抜くのはどうなんだ?」
「ギルド経営の療養所に厄介になっておきながら何を言っているのですか?」
ぐぅの音もでない正論はやめろ。くそっ。こりゃ適当こいて逃げ切るのは無理筋か。
「わーった、わーったよ。じゃあ相手は黒ローブ……あー、銀級のメイにしてくれ。あいつならいくらかやりやすい」
「相手はこちらが指定しますのでご安心下さい」
安心できねぇっての。絶対なにか仕込んでんじゃねぇか。
チッ。こりゃ問答するだけ時間の無駄か。適当にやって適当に負けてそこそこに切り上げるとするかね。
「じゃあもうそれでいいや。準備はできてんのか?」
「エイトさんのお相手はまだ他の方と手合わせ中なので、少し時間を潰しておいて下さい」
「ういー」
模擬戦ってことは使うのは刃引きされた得物だろう。余程の無茶をしない限りは死ぬことはない。気を抜けば大怪我の一つはするだろうが、言ってしまえばそれだけだ。腹を掻っ捌かれるよりはいくらかマシよ。
……まてよ? それか? それだな。ちっとばかし下手こいたフリをしてそれなりの怪我を負えばまたツベートで療養できるんじゃないか?
討伐ノルマと月イチノルマの再延期。……アリだな。【
くくっ。どうやら今度こそ冒険者ギルド様の策は失敗に終わるようだな。ねちっこい小細工を弄するから裏をかかれるんだぜ?
そうと決まれば話は早い。適当な席でつまみを食べながらその時を待つとするかね。
「エイトさーん! こっちこっち! ここ空いてますよー!」
「あ? ……あぁ、ルークとニュイか」
「どうも、エイトさん」
石級のチビ二人は景気のいいことに昼間っから酒とつまみを嗜んでいた。いいご身分じゃねぇの。俺は促されるままに席に座り、給仕を呼びつけて酒と炒り豆を頼んだ。チビだけで楽しんでんじゃねぇよ。
「えっ……エイトさん? 今から模擬戦なのにお酒飲むんですか?」
「馬鹿だなルーク。狭い常識に囚われんなよ。酒を入れたほうが調子が上がるやつってのもいるもんなんだ。あ、ニュイ、ここお前らの奢りな」
「構いませんよー」
へっへっ。いいぞ。従順なチビどもだ、
恩は貸し付けるもの。その真髄が今のやり取りに詰まっている。唐突に奢れと言われても嫌な顔ひとつせず二つ返事を高らかに返す。
これだよこれ。義理人情を逆手に取ってチョイと捻れば胡麻の油みたいに甘い汁が搾り取れる。こいつらは既に俺の財布よ。全く、徳ってのは積み上げておくもんだな?
まぁそんなことすら解せん周りの馬鹿どもはぎゃあぎゃあと騒ぎ散らすだろうが……言わせておけばいいさ。所詮はタダ飯にありつく賢いやり方も知らんアホな連中の僻みよ。むしろ酒の肴にちょうどいいってか。
「…………」
「…………」
んん? おいおい、なんだこりゃ。どういうことだ? いつもの野次が飛んでこねぇじゃねぇか。俺は目線をスッと滑らせた。……全員寝てる、なんて馬鹿げたこともなく、いつも通り酒や飯を食っているやつらが大半だ。どうなってやがる。
チッ。使うか。【
鋭敏になった感覚に従う。首筋がチリと焦げるような感覚は俺にとって都合の悪い流れの時のそれだ。なぜ誰も声を荒げない。理由は――
妥当だと、思われている。
森での事件を収束させたのは勇者であると広まっているが、事件の仔細となるとまた別の話。勇者とは関係ない場面で、このチビ二人が冒険者エイトに命の危機を救われたという話が広まっている。そういうことかっ!
命の恩人に飯を奢れと言われ、チビともが素直に応じた。周りのやつらはそれを当然のことだと思っている。だから声を荒げて突っかかってこなかった……。
まずい。まずいな。チビたちが従順な態度を示すってのは、つまるところ事実の裏付けにほかならない。己の身を挺してチビと黒ローブを救った冒険者エイト。その功績の裏付けだ。功績。昇級……冗談じゃねぇ。俺はテーブルをブッ叩いた。
「馬鹿やろう! ニュイ、てめぇ奢れと言われて素直に奢るやつがあるか! そこは嫌ですっつって断んのが常識だろうが!」
「うわぁ、なんかすっごい理不尽な怒られ方しちゃった……エイトさんって急に頭おかしくなりますよね? どういう現象なんですかそれ」
「理不尽じゃねぇ。何でもハイハイって言ってっとナメられるぞっつう訓戒よ。訓戒。今後は俺に何を言われても飯なんか奢るな。冷たくあしらって突っぱねろ。分かったな?」
「あっ、ハイ」
「よし」
俺はニュイの甘ったれた考えの軌道修正に成功した。ったく、気の利かねぇチビはこれだから困るね。
注文した酒と炒り豆を堪能しながら相手の準備が整うまで駄弁る。話題はもっぱら新制度の模擬戦とやらだ。
「聞いてくださいよエイトさん。僕ら二人、模擬戦の相手に金級を当てられたんですよ!? なんか勇者さまが、どっかの勇者さまが、変に褒めちぎってたとかなんとか、そんなあやふやな理由で。おかしくないですか? ねぇ?」
「はっ! マジかよ。ウケる。石級対金級とか勝ち目ゼロじゃねえか。お相手は?」
「ミラさんです。知ってます? 通り名が付くくらいの実力者なんですよ」
「ッスー……あぁ、ミラさんね。名前くらいは、まぁ、聞いたことある……かな」
「凄い凛々しくて、私見惚れちゃった……。それにすっごい強かったし」
「僕、結局最後まで攻撃を一発も当てられなかったなぁ。なんか気付いたら背後を取られてるんですよ」
「分かる」
「えっ?」
「ん、ンッ! お代わり、つったんだよ! おーい、お代わりな! 同じのもう一つ!」
危ねぇ危ねぇ……過去一共感できる話題だったから思わずポロッと本音が出ちまったよ。チビめ。お前わざとやってるんじゃねぇだろうな。
「……エイトさん。模擬戦は万全の状態で行って貰いたいので酔われると困るのですが」
酒のお代わりを頼んだところ、例の目つきの悪い受付嬢が茶々を入れてきた。口を挟むんじゃねぇよ。仕事してろ。
「俺は酒精を入れたほうが調子出るんだよ」
「ではこちらが酔っていると判断した場合は何度でも再戦してもらいますのでそのおつもりで」
「あっ、すんませーん酒キャンセルでー」
チッ。くそが。職権濫用だろこれ。しがない鉄級をネチネチといじめてんなよな。お里が知れるぜ。
「エイトさん、そのまずは相手に反発するところから始める癖、やめたほうが良いですよ……?」
「ニュイよ。それは違うぞ。俺はただ正当な権利を行使しようと試みてるんだよ。それすら許してくれないギルドがケチなだけだ」
「そうですか……じゃあそういうことにしておきますね」
引っかかる言い方だが、まぁいいだろう。チビども相手にムキになることもあるまいて。スルーができるのも大人の余裕ってやつよ。
炒り豆を噛み砕きながら駄弁り続ける。
「エイトさんの相手って誰なんですかね?」
「俺が知るかよ。どうせそこらの銅級だろ」
「ですかねー。……エイトさんなら、勝てますか?」
「はぁ? お前そんなの――」
勝てるわけないだろ。そう言おうとして踏み止まる。
何気ないルークの一言。ちょっとした世間話。だというのに、ギルド備え付けの酒場にピリッとした緊張感が走ったのを俺は感じ取った。
やはり……冒険者エイトが無駄に注目されている。嵐鬼の猛攻を凌いだ鉄級。そんな噂が広まっているのかもしれない。
面倒だ。非常に面倒だが……俺は笑った。これはチャンスでもある。
「そんなのやり方次第でどうとでもなるだろ」
俺の頭の中で冒険者エイトの格を落とす妙案が閃く。
「戦いってのは単純な腕だけで決まるもんじゃねぇ。事前準備ってやつだな。自分だけの切り札をどれだけ揃えられるかで勝敗は決まる」
俺はしたり顔で、しかしわざとらしくならない程度の語り口調で大口を叩いた。年下のルーキーに極意を授けるかのように。
「そして俺は誰にもバラしていない切り札を抱えてる。ま、模擬戦で解禁するとは限らないがな」
俺は模擬戦であっという間に負けようと思う。
あんな偉そうな口を叩いておきながらボロ負けしたらしいぜ。そんな噂が広まってくれりゃ御の字よ。人の噂もなんとやら。すぐに醜聞に塗れた冒険者エイトが復活するだろう。どうせならもっとビッグマウスを披露しておくか。盛大に落ちるためには高度を稼いでおかなければな。
「俺がその気になれば銀級……いや、金級にだって一泡吹かせる自信があるぜ」
「ほぉう。それは……実に楽しみだなぁ。鉄級のエイトォ」
心臓を乱雑に掴まれたような怖気が尾骨から背を通り、脳の髄へと走り抜けていく。ガン、と質量の塊を頭蓋に叩き込まれたような錯覚に視界がブレる。
圧だ。究極まで練り上げられた暴力の圧が俺の背後から一点に注がれた。ほとんど反射的に椅子を蹴り立って背後を振り返る。常軌を逸した魁傑がそこにいた。
「『柱石』……ッ!」
異常なまでに発達した五体。パンパンに膨張した筋肉の鎧。魔物と見紛うほどの上背。人間という種族の枠組みから逸脱した怪物。
金級冒険者。『柱石』のアウグスト。常に危険地帯の最前線に立ち続け、己の身一つで災厄を齎す魔物の群れを屠り続けるこの街の要。最強。人類という種の到達点にして特異点。
嵐鬼を片手間に葬るほどの殺戮者がにぃと笑みを浮かべ、暴力的な熱を発した。
「鉄級のエイトォ。貴様の相手はァ……俺様だ」
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