凶運の運び屋

 取引として使われることが多い四つ辻通りはスラムの中でもそれなりに開けた場所にある。あまり陽の当たらない奥地で取引をすると面倒な輩に狙われるからだ。


 王都のスラムに居を構えるようなやつは殆どが無法者だが、それはあくまで表の法に照らし合わせた場合の話。

 スラムにはスラムなりの守るべき法がある。安易に関わるべきではない人物リストもその一つだ。そしてウラで行われる取引に茶々を入れるのもご法度となる。


 見晴らしのいい四つ辻通りはスラムのやり方に則った公正な取引をする場だ。不意打ちや闇討ちはできず、逃げ隠れするのに向かない。そしてなにより周囲には監視の目が光っている。気の迷いを起こした馬鹿は二度と朝の陽射しを拝めなくなるだろう。

 スラムは表の世界から追い出されたやつでも受け入れる懐の深さを持つが、敷かれたルールを破った時の対応の苛烈さは表の比にならない。それが分からないやつは自然と淘汰されていく。俺にとってはやりやすくていい。


 新たな人格フィーブルを作った俺は待ち合わせ場所に到着した。顔を巡らせることなく目だけを動かしてそれっぽい人物を探す。こういう場ではどっしり構えておいたほうがナメられないからだ。


 しかし……。


「見ても分かんねぇよ」


 思わず舌打ちとともに呟く。

 取引の場の四つ辻通りには薄汚いローブを纏って座り込む男が一人いるだけだった。

 アイツでいいのか……? 待ち合わせの時間まではもう少々時間がある。まだ来ていない可能性もあるが……取引は時間厳守が通例だ。アホでもない限り少し前には姿を現しているはず。


 仕方ねぇ……【視覚透徹サイトクリア】。

 強化した視覚で座り込んでいる男を精査する。目深に被ったフードから覗く顔の色は悪くない……どころか寧ろ良い。食ってる物は悪くなさそうだ。妙に顔ツヤの良い故買商のオヤジと重なるものがあるな。

 ボロのローブから見える素肌も随分と血色が良い。肉も引き締まっている。やり手だな。そして何よりも履いている靴が酷い。表面をわざとらしく汚してあるが、靴の底面はさほど傷んでいなかった。弱者に擬態するためにわざと煤でも塗ったのだろう。


 総じてチグハグだ。見りゃ分かる、ね。適当なことを言ってくれる。あんま変なところで買い被るんじゃねぇよ。もしも同じように取引を待ってる仲介人が三人居たら絶対に分からなかったぞ。


 迷いない足取りで男の元へと向かう。強化した視覚がローブの僅かな揺れを捉えた。

 ……今の一瞬で戦闘態勢を整えたな。警戒されている。まぁ、この人格はついさっき作ったばかりだからな。顔の売れていない人間が信用されないのも無理はない。


 だがそこは演出次第でどうとでもなる。俺はあえて笑みを浮かべて近付いた。警戒を解くような笑みじゃない。やれるもんならやってみろと言いたげな、挑発的なそれを受けて男が身体からスッと力を抜いた。どうやら今のやり取りで一定の信頼を勝ち取れたらしい。多分真正面からやりあったら負けてたけどな。


 速度を緩めずに進む。早くても遅くてもだめだ。自然体でいることが一番の牽制になる。この程度で肝を冷やすようなやつが運び屋稼業で飯を食っていけるのか。そう思われないために必要な手続きだ。


 無手のまま一足一刀の間合いまで踏み込んだ俺に対し、男はほんの僅かに首を上げた。


「……なにか、御用ですかな?」


 白々しいやつだ。数秒前にあれだけの殺気を放っておいてそらとぼけてんじゃねぇよ。


「足が要るんだろ? お望み通り馳せ参じてやったぞ。報酬の話に入ろう」


「はぁ……何の話か、さっぱり」


「いいのか? 俺の足は速ぇぞ。間怠っこい真似してっと出発しちまうぜ。エンデのグリードまで、な」


「…………」


 やはり当たりだったらしい。

 男は背に隠した錠付きの箱をすっと差し出した。ハッパごときに随分な念の入れようだこと。検問対策かね。


「……何日で届く」


「何日で届けてほしいんだ?」


 闇市で名を上げるには自分を安売りしないのがコツだ。シクスはけして不良品や贋物に手を出さない。そういう線引きがきっちりと出来ているやつほど一目置かれるのだ。


 何日で届けられるか、なんて愚直な質問に対して己の限界を馬鹿正直に提示したら高を括られる。受け答え一つで与える印象なんて簡単に操作できるんだよ。

 ヘマをしたら斡旋元のシクスの格が疑われる。フィーブルという人物の価値を安く買い叩かれるわけにはいかない。眼の前の男にも、そして耳聡い周りの連中にもな。


「……七日。金貨は二十でどうだ?」


「五日だ。金貨二十五枚の出血大サービスで請け負おう」


「五日……!? ……いけるのか?」


「四日なら金貨三十五。三日なら金貨五十は貰うぞ?」


「ッ……! いや、五日でいい。頼む」


「まいどあり」


 報酬の金貨と目当てのブツを背嚢にしまった俺は、市場で今晩の飯を買った市民くらいの気安い足取りで四つ辻通りを後にした。背嚢のブツと金貨なんぞ気負いにもなりゃしないと言わんばかりに。


 そうして周りの連中の探るような視線を抜けた後、近くに誰も居ないことを確認した俺は廃墟の一角へと忍び込んだ。報酬の金貨を数えながら思う。


 ボロすぎんだろオイ! なんなんだあの相場も知らないカモはよぉ!


 いやぁ、これだから闇市巡りはやめられんね。儲け話の種がそこらじゅうに転がってやがる。

 七日で金貨二十枚て。思わず「え? いいんすか?」って聞き直しそうになっちまったよ。んでダメ元で吹っかけたら値上げ成功しちゃったし。どういうことだよ。夢でも見てんのか?


 大口の依頼と、そう言われた意味がようやく分かった。たかだかハッパにこんな値段を出すってことは……恐らくこれは冒険者ギルド直々の依頼だろう。無理に規制するよりはギルド主導で適正量を放出する。なるほどね。有効なやり方だ。


 呪装の鑑定代と売買でクソほど儲けてる冒険者ギルドなら金貨の数十枚など痛くも痒くもないだろう。そこまで依存性が高くないハッパである程度の治安維持になるんだったらむしろ安上がりと言っていい。ったく、ギルドも人が悪い。こんなうまい話は俺を通してくれなくっちゃ困るぜ。


 金貨二十五枚。確かに。

 さてさて、こういう臨時収入はパーッと使っちまうとするかね。まずは酒だな。これだけあれば最高級品が五本は買える。ちょっとしたお使いをこなすだけでこれとかチョロいもんよ。


 ブツを【隔離庫インベントリ】に放り込んだ俺は目抜き通りの酒屋を回り、めぼしい酒を四本ほど購入してから人目につかないところで首を掻き斬った。


 ▷


 見渡す限りの緑が風に揺られて気持ちよさそうに頭を揺らしている。


 エンデから馬車で半日ほどの距離にあるツベートは王国の食料庫として名高い街だ。高濃度の魔力溜まりは作物や動物にとって害となるが、程よい濃度まで落ち着くと逆に成長を助ける薬と化す。エンデという防波堤を挟んだここら一帯は見事なほどその条件に一致していた。


 肥沃な大地と豊富な水源を有するこの街は、ほど近くにあるエンデとは打って変わって静かな時間が流れる街だ。牛がのびのびと牧草を食み、馬が戛戛かつかつと蹄を鳴らし、万年麦と大振りの果実が吹き抜ける風に実を揺らす。


 つまるところ、娯楽も飯の種もねぇつまらん街だ。


 だが療養の地としてはこの上ない隠れ蓑になる。

 冒険者エイトは勇者の治療を拒み、心身の療養のためにツベートに赴いた。そういうシナリオで話が進んでいる。

 ギルド連中から取り調べされるのも避けたかったし、何より討伐ノルマとかいうクソみたいな制度の日数経過をちょろまかせるのがデカい。


 ルークやニュイ、黒ローブを庇って怪我を負ったとなれば無理に引き止められまいという打算もあった。実際は綺麗さっぱり完治しているわけだがそれは些細な問題だろう。


 だが療養として訪れたからにはそれなりのアリバイ作りもしておかねばなるまい。

 教会から出てきた俺は既に冒険者エイトとしての姿に戻っている。療養中をアピールするためにわざと人通りの多い場所を選んで歩き、馴染みの人物への声掛けをしに行く。


「おーい爺さん、肉くれ。旨いのな」


「なんじゃ藪から棒に。このゴロツキ崩れめ。うちの肉が食いたかったらエンデのお高い店に行けと言うとるんじゃ」


 ライファ爺さん。ツベートの街でも最高齢に近いが至って元気そのものだ。睨みつけるような力強い眼光にデカい声、老人らしからぬ口の悪さは元冒険者という肩書に納得の色を添える。


 俺個人の感想としてはライファ爺さんの世話した牛の肉がこの街の中で一番旨い。エサにこだわりがあるとかなんとか。そしてどうやら他の街の人間も俺と同じような評価を下しているらしく、真っ当な場所で食おうとすると結構なお値段に跳ね上がる。だから卸される前に拝借しようというわけだ。


 まあ普通に違法だけどな。それが許されたらみんな挙ってエンデからこの街に来ちまう。だがバレなきゃいいのよ。ライファ爺さんは口も態度も悪いが、利に聡いという一面も持っている。

 一定の利益を差し出すことで心の天秤から道理というものをどけてくれる人間を俺は大事にしたいと思う。


「そう固いこと言うなって。言うこと聞かなくて困ってるってヤツはいねぇか? エサの食いつきが悪いとか、それとも繁殖に難儀してるとか」


「……うち一番の駿馬がどうにも繁殖に乗り気でなくての。原因がとんと分からん」


「任された。旨い肉一枚で手を打とう」


「フン……」


 交渉成立。

 そんなわけで件の雄馬のところへと向かう。ふむ。立派な体躯だ。毛並みのツヤもいい。大して知識のない俺でもひと目見ただけで名馬と分かる。こりゃ是非とも子孫を遺してもらいたいわけだ。


「なんとかなるもんなのか?」


「俺くらい心が清いと動物ってのは簡単に心を開いてくれるもんなんだよ」


 軽口を叩きながら馬へと近付き軽く首を叩く。落ち着いていることを確認してから目を合わせてそれっぽく問いかける。


「よぉー。どうした? 最近元気ないみたいじゃねぇの?」


 ここで【伝心ホットライン】を発動。念話とは言葉とは違う意思のやり取りだ。動物相手に使えばある程度の意思を伝え、また読み取ることもできる。我の強い相手に限るので虫や魔物には効果がないが、こういう場面では役に立つ。


(おう、なんで一発ヤル気にならねぇんだ?)


 そう思念を飛ばせば即座に答えが帰ってきた。


(あのジイサンよォー、オレっちの好みがまるで分かってねぇぜ! メスってのはやっぱケツなわけよ。ケツ。分かる? なぁ? だってのによぉ、連れてくるメスが軒並み小振りなケツのメスしかいねぇってどうなッてんだよォー! もっとこう、俺のニンジンをガッと咥え込んでくれる包容力が必要なワケ。そこんところ理解してくんねぇとよォー! こっちも出すもん出せねぇんだよなァー!!)


 おう……思った以上に我が強ぇなこいつ。自分に素直すぎるだろ。


「そっかそっか、分かった分かった。俺に任せとけって」


 俺は適当に頷いて手綱を引いた。散歩がてらぐるっと街を巡り、こだわりが強すぎる馬のお眼鏡にかなう相手を探す。


(おい、おい! ニーちゃんアレ! あそこにいるメスはイイぜぇ〜! あんなケツ見せつけて尻尾振りやがってよぉ! 誘ってんだろ!? なァ!!)


「わーったわーったから落ち着け。頭噛むな! やめろ馬鹿! チッ……後で水浴びすっか……」


 無事にお相手が見つかったことで性欲ダダ漏れの馬は見違えるほど元気になった。ライファ爺さんと雌馬の飼い主が穏便に話し合いを済ませたところで一件落着。俺は無事に肉をせしめることに成功した。チョロいもんよ。


「なぁ、お前ウチの牧童になれ」


「は? 嫌だが」


「相変わらずクソ生意気なクソガキじゃのう……いつおっ死ぬか分からんというに、よく冒険者なんぞ続けられるもんじゃ」


「三十年も現役で最前線に立ち続けておきながらよく言うぜ爺さん。しかし俺を牧童にって、まだなんか困ってることでもあんのか?」


「スライの数がちと増えすぎて餌代に困ってるくらいじゃの」


 スライか。強い魔力にも抵抗力を持ち、魔物に近い身体能力を有していながら確かな理性を持った犬型の動物だ。

 知能が高く、危害を加えない限りは人と共生できる動物だが、よく食うし奔放な性格なので乱雑に扱うと手痛い反撃を貰うこともある。故に去勢なんてできないのだろう。外敵駆除と家畜の逃亡阻止を担う番犬として世話をしてたはいいが、少しばかりコストが嵩んでしまったようだ。


「あとは……そろそろ後継者でも探さんとな。この街の若者は死にたがりが多すぎる」


「療養に来た冒険者どもの話がここのガキの唯一の娯楽みたいなもんだからな」


「余計なことをしてくれるもんじゃ」


「それギルドの人間の前で言うなよ?」


「そこまで耄碌しとらんわい。用が済んだなら帰れ」


 しっしと手で追い払われたので素直に退散する。アリバイ作りも済んだしな。


 冒険者特権で格安に割り引かれた宿に戻り、酒とつまみを食って満足したら思う存分寝る。そんな食っちゃ寝生活をしてたら時が経つのなんてあっという間だ。


 瞬く間に四日の時間を溶かした俺は朝の日差しを浴びながらグッと伸びをする。いつまでもダラダラしていたいのは山々なのだが、大変便利な身分証を剥奪されるわけにもいかないし、たまにはヒリつくような刺激も欲しくなる。


 馬蹄を響かせながら待合所へとやってきた馬車を見て俺は気を引き締め直す。金を稼ぐのにはもってこいだが、油断してると痛い目を見るのがエンデという街だ。冒険者ギルドの連中にも目を付けられたかもしれない。厄介事は波のように襲ってくるだろう。


 だが、それがどうした。俺はやりたいようにやるだけよ。


「それじゃあ、帰りますか」


 待ってろよ。俺の金づるエンデ

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