補助魔法の神髄を見よ

 人ってのは全く以って平等じゃねぇ。

 生まれながらにして死地に赴く義務を負ってるやつがいれば、アホみたいに豪華な椅子の背もたれに身体を預けて踏ん反り返るのがお仕事のやつもいるんだからよ。


 謁見の間。

 なんのために立ってるんだか分からん列柱。目が眩みそうなほどにしつこい光を放つシャンデリア。仕立てるのに何日掛かったんだか想像もつかないレッドカーペット。嫌味なほどに装飾過多な玉座。

 見栄、或いは虚飾というイメージを形にしたらこうなるというお手本みたいな一室で俺は必死にあくびを噛み殺していた。


「――その後、フリシュの街にて翼獣の群れ……大体、三百匹ほどを討滅しました。飛竜こそいなかったものの、おっきな一角獣がいたので結構危なかったです。あと少し報告が遅れてたら外壁まで達していたかもしれません」


 そりゃまた惜しいところだったな。


「また、ディシブにて難病を患ったフォルスフッド卿の元へと赴き治療もしました。現在は無事に快方へと向かっているとのことです」


「うむ、御苦労」


 何が難病だよ。どうせ風邪でも引いたんだろ。

 いよいよもって下らねぇ。果たして救済行脚の報告なんてする必要あんのかね。内容を選別されたうえで、面白おかしく尾ヒレ背ビレをつけられて吟遊詩人かブン屋の飯の種になるだけだってのによ。


 エンデで運悪く厄介事に巻き込まれた俺は、万事を上手いこと丸め込むために姉上の――淵源踏破の勇者様の力を借りた。おかげであらゆるゴタゴタに蓋を被せられたわけだが、その代償として姉上に身柄を拘束されたのだ。結果、王への報告という名のパシられ活動報告会に参加させられている。俺いらねぇだろ。


 王都へはちょくちょく顔を出してるが、登城するのなんざ久々だ。

 俺はお偉方に唯々諾々と従う姉上たちとは違う。勇者なんだから国のために戦うのが当たり前だという洗脳に騙されるのなんてガキの頃だけだ。定例報告も勇者の務めも知ったこっちゃねぇ。なんで全国各地を走り回って他人のケツを拭かにゃならんのか。てめぇのケツくらい自分で拭け。それが俺の考えだ。


 しかしどうにも姉上は国にとって都合よく真っ直ぐに育ったらしい。

 何処の街に湧いた魔物を蹴散らした。誰の病気を治療した。そう報告する姉上の顔には一切のかげりがない。むしろ自分の所業を誇りにさえ思っていることだろう。


 自分たちが働かずとも勇者が事を収めてくれると安心しきって飲んだくれてる騎士連中。

 治療してもらえるからと増長し、味の良い毒物を食らったり愛人に自らの身体を傷付けさせたりする異常性癖を拗らせた貴族連中。


 そんなありふれた悪意を目の当たりにした時、果たして姉上は今と同じ顔ができるもんなのかね。


「うむ、御苦労」


 掛けられる言葉も実に淡白だ。世界救っといてこれだぜ。割に合わないどころの騒ぎじゃねぇ。あっちこっちとパシられた報酬がありがたいお言葉とか、飯の食い上げもいいところだ。


 まぁ……国の主ともなったら示さなきゃならん威厳の一つもあるんだろうけどよ。ままならねぇ世の中だな。

 俺はいよいよ我慢ならなくなって大きくあくびをした。


「ガル!」


 隣に立っている姉上にペシッと肩を叩かれる。あんだよ。別にいいだろ。なんでそこまでへり下るかね。


「……陛下の御前であるぞ」


 国王の横に控えている宰相が威嚇するように低い声を出す。まったく、嫌われたもんだね。


 国の経営を一手に担っている宰相は、こと勇者の取り扱いに関しては慎重に慎重を期した。

 歴代勇者の晴れやかな救世活劇を耳にタコができるほど語り聞かせ、かくあれかしと俺たちに説き続けた。人並み以上の知識を得る機会を与え、訓練の場を整え、そうして『勇者』を完成させ、こう言うのだ。国のために死んでこい、と。


 普通に嫌だが。


 それはきっと習慣のようなものだったのだろう。農作物を育てるように、家畜に餌をやるように。生きるために必要だったから勇者を完成させようとした。だってのに、こんな不良品ができあがっちまったら心中穏やかではいられないだろうな。


 死んでも蘇る無敵の戦力。その敵意がふとした瞬間に自分たちに向けられたら。


 怖ぇだろうな。勝ち目がねぇんだぜ。俺たちは、詰まるところそういう存在だ。

 俺と姉上が組んで反旗を翻したら一呼吸の間で王都は陥落する。半日ありゃ国だって滅ぼせるだろう。そりゃ嫌われるわな。


 まぁやらんけども。俺にとってなんの得もねぇ。

 俺は俺のやりたいように生きる。それだけだ。そして俺には王にへり下るという選択肢は無い。


「別にいいだろ。な、オッサン?」


「うむ。よい」


 さすが話が分かる。俺はこのオッサンが嫌いじゃない。このオッサンもだいぶ不自由してるからな。同族のよしみとでも言おうか。


 生まれた時から人の上に立つことを決定づけられ、かくあるべしという理想像へと近づく以外の道を断たれる。食うものも着るものも、喋る言葉すら他人に用意される始末。勝手に外出することすら許されないため、肌には日に焼けた跡一つない。


 不自由の化身。勇者よりもクソッタレな仕事があるとすれば、それは国王だ。


「ほら、オッサンがこう言ってんだぜ? だったら何も悪いことねぇだろうが。頭の固ぇお前らはこの寛容さをちったぁ見習えよな」


 そういって俺はレッドカーペットを踏み付けながら玉座へと歩みを進め、国王のオッサンの肩に腕を回した。汚れ一つ無い真紅のマントをバンバンと叩く。そうしてやると、オッサンがほんの少しだけ頬を緩めた。


「貴様……っ! 陛下の温情を何と心得る!」


「ガルっ! このバカっ!」


「なぁ〜オッサン、俺の素の能力があんまり高くないことは知ってんだろ? だから色々と先立つ物がいるんだわ。ちっとばかり国庫ちょろまかして金貨を恵んでくれよ。三十枚ほど」


「それはならぬなぁ」


「じゃあ珍しい呪装でもいいぜ? そしたらお礼に串焼きの一本でも奢ってやるからさぁ。オッサン串焼き食ったことある? 雑な旨味があっていいぞ。安酒とセットで食うのがオツなんだなこれが」


「……それは、一度口にしてみたいものだな」


 へっへっ、いいぞ。イイ感じだ。

 王城には有用すぎる呪装や危険な呪装が数多く封印されている。砕いてしまったらいつ何処に顕現して争いの火種になるか予想がつかなくなるからだ。

 そこまで危険じゃないシロモノを拝借して売り捌けば金貨百枚にはなるだろう。そうすりゃ暫く遊び放題よ。


 もう一押し要るか。唇を湿らせていたところ、不可視の力に首根っこを強引に掴まれて引き倒された。


「ぐぇッ」


 そしてそのままずるずるとカーペットの上を引きづられて元の位置へと戻される。姉上の風魔法、その応用。

 どうやったらこんな使い方できるやら……ほんとに、いよいよ化け物じみた魔法操作だ。こんなのを相手にしなきゃならない魔物連中には同情するね。


「ほんっとうに、すみません! もう、ガルのバカ! ポンコツ!」


「ポンコツはお前だろ……やめろ! 髪を引っ張るなバカ!」


 カーペットに寝っ転がっていると風魔法で髪をグイッとされたので慌てて立ち上がる。ったく、ガキの頃から何も変わってねぇ。


 パッパと身体を叩き、服の皺を伸ばしてホコリを落とす。誰もが話し出す切っ掛けを掴みあぐねていたところ、わざとらしく咳払いをした武官の一人が口を開いた。


「……呪装と言えば、つい先日呪装を運ぶ馬車が王都の内部で賊の襲撃に遭い……呪装を封印した櫃ごと奪われてしまいました。勇者諸君にも犯人捕縛に協力を頂きたく」


「はぁ? おいおい、王都の中でだぁ? ご立派な鎧に身を包んだ衛兵は何をしてたんだ? 平和ボケにも程があるだろ」


「……やつらは、手慣れていた。戦闘ではなく盗みの技術に長けた者たちの仕業だ。陽動と撹乱を複数箇所で展開され、不覚にも後れを取った」


「無能アピールなんざ聞いてねぇ。お前らがすることは寝食を削って働くことであって、勇者にケツ拭きを依頼することじゃねぇだろ? 俺らを便利な何でも屋だとでも思ってんのか?」


「ガル!」


 ペシリと頭を叩かれる。なんだよ。ったく、これはお前のためでもあるんだぞ。

 適度に釘を刺しておかなければ人はとことんまで付け上がる。ラインは引いておくべきなんだよ。あんまり調子に乗るんじゃねぇぞってな。


「…………いや、今の発言は忘れて頂きたく。今回の件は我々の不手際によるもの。理はガルド殿にある」


 そうだ。それでいい。領分をわきまえろ。これ以上組織を腐らせるんじゃねぇ。手遅れになっても知らねぇぞ。


 謁見の間は武官の言葉を最後に居心地の悪い沈黙が流れた。めったに姿を現さない俺がいることでこの場にいる連中はやりにくさを感じているのだろう。それは結構。俺は機先を制するように言った。


「もうコイツの報告も終わったみたいだし、俺らは帰っていいだろ?」


 周りの連中を無視して王へと問う。お飾りの王とはいえ、血筋を理由に祀り上げてるのは周りの連中だ。王が直々に首を縦に振れば表立って反論はできまい。


「うむ。下がってよい」


 やはり話が分かる。そういうところが嫌いになれない理由だ。

 ムスッとしている姉上の腕を引いて謁見の間の出口へと向かう。無駄にデカい両開きの扉を門衛が開けるのを待っていたところに声が掛けられる。


「勇者たちよ」


 振り向くと、厳しい顔をしたオッサンが、しかしどこか柔らかな声色で言う。


「また来るといい」


 俺は片手をゆるゆると振って応えた。


 ▷


「ガルはさぁ、やればできる子だと思うよ?」


 なんだ急にコイツ。


「今はね、魔王の征伐に失敗しちゃって、ちょっとスランプになってるだけ。私たち三人の中で一番強かったのはガルだったんだから! あんまり斜に構えちゃだめ!」


 おう、随分と変な拗れ方したなこの馬鹿。

 何を急に言い出すのかと思ったら、なるほど、言って聞かないなら褒めて伸ばそうというわけだ。ガキ扱いすんなや。


「何年前の話を引き合いに出してんだっつの。それに魔王征伐には失敗してねぇよ。ありゃ勝つとか殺すとか考えるだけ無駄だ。そういう次元にねぇ」


 魔王。世にのさばる魔物畜生を統括し、人類を虐げて世界に混沌を齎さんと暗躍する者。

 まぁお偉方がでっち上げた嘘っぱちだがな。勇者と同じく政策の一環としてそう呼ばれているだけだ。つまるところ魔王も被害者の一人なのである。いざ会ってみたら案外話の分かるやつだったよ。


「うそ。あんなに素直だったガルをこんなポンコツにしたんだから……絶対に許さない」


 勇者が世界の希望を担うなら、魔王は世界の憎しみの捌け口だ。どっちも民意を統一するプロパガンダのための道具でしかない。担ぎ上げる神輿と分かりやすい悪を用意すれば、安寧の確保と不満の解消を両立できるって寸法だ。ほんと、ままならねぇ世の中だな、オッサンよ。


 俺はそんなドロドロとした世界単位の権謀術数に巻き込まれるのはごめん被るね。精々自由に生きさせてもらうとするさ。


 となると当面の問題は……俺は義憤に燃える姉上の顔をチラと見た。まずはこの姉上をどうにかしなければならない。


 淵源踏破の勇者。魔導の深奥に触れし者。市井が面白がって囃し立て、国が便乗した結果根付いた大仰な称号は、しかしただの飾りではない。

 姉上の回復魔法に掛かればあらゆる病魔は綺麗さっぱり取り除かれ、目と鼻の先に迫っていた死神が尻尾を巻いて逃げ出していく。四肢の欠損治療だってお手の物だ。女神様の家のドアをノックしてるやつだって地上に還ってこれる。寿命以外のあらゆる死を遠ざける、まさに博愛の使徒ってわけだ。


 自殺阻止されるんだよなぁ。めんどくせぇ。


 このままだと俺は姉上に引きずられて救世行脚の仲間入りだ。冗談じゃねぇ。俺は美味い酒と肉をしこたまかっ食らってぐっすり寝るという慎ましい生活を好む男。切った張ったの世界に身を投じる気なんて更々ない。


 となると、まずは――――


「ま、そんなことはどうでもいいだろ。しっかし豪華な調度品ばっかりだなぁ。一つくらい譲ってくんねぇかな」


 王城の廊下。隅から隅まで気合の入った見栄の城は装飾に使用する工芸品の選別にも余念がない。

 繊細なタッチで細部まで描き込まれた風景画。複雑精緻な紋様が刻まれた間接照明。ぶっちゃけよく分からんが、多分高いんだろうなーと思わせる趣のある壺。俺は芸術品を愉しむかのように視線を巡らせ、自然な流れで歩行速度を落とした。


 呆れたような顔をした姉上が振り返り、じとっとした視線を寄越してため息を漏らす。


「もう、バカなこと言ってないで行くよ」


「あいよ」


 先程までは肩を並べていた立ち位置だったが、俺はごく自然な流れで姉上の背後に立つことに成功した。

 甘い。甘すぎるぞ姉上。相手の一挙手一投足の裏を読まない。さり気ない行動に隠された悪意を見透かせない。だからいつまでも騙される。後れを取る。


 民衆の尊敬と羨望を集める勇者、そのあまりにも無防備な背中が目の前にあった。足取りはまるで散歩でもするかのように軽い。腰まで伸びた金髪は歩きに合わせて遊ぶように波打ち、毛先がふわりと跳ねる。まるで隙だらけだ。


 やればできる、ねぇ。くくっ、そうかもな?

 なぁ姉上よ。俺だって補助魔法の使い方にはちょっとした自信があるんだぜ。常人には到底扱えないようなやり方だって会得した。これはその一端だ。


無響サイレンス】。音の、振動の伝達を絞る。足音は響き、しかし衣擦れの音は闇に溶けるが如く。

 手練れの暗殺者もかくやの静けさで俺は懐からナイフを取り出した。

 向こう側が透けて見えるほどに薄い刃。斬ろうものなら千々に砕けてしまいそうな見た目のそれは、しかし底冷えするほどの鋭さで対象に安らかな死をもたらす。斬られて死んだことにも気付かないほどに。


「呪装が盗まれた件、大丈夫かなー。私たちに手伝えることがあればいいんだけど……」


「呪装ってのは厄介な効果を持つものが多いからな。細心の注意を払う必要がある」


 そう、こんなふうにな。


 俺は俺の頸動脈にナイフを突き立てた。痛みは無い。これが素晴らしい点だ。無駄に声を上げなくてすむ。


 まだだ。腕の見せ所はこれからだ。

無響サイレンス】の範囲展開――ボタボタと垂れる血の音を遮断する。声と足音の響きは妨げず、複数発生する音源を狙って打ち消す。針の穴に糸を通すかのような精密操作。血溜まりは凪いだ湖面よりも静かに波打っていた。


「やっぱり心配だなー。私たちも捜査に協力したほうがいいんじゃない?」


「そうだな」


無臭エアイレイズ】。立ち上る血の匂いを完璧に消し去る。

 やはり【偽面フェイクライフ】に縛られていないという状況は良い。策略に幅が出る。持ち味が活きる。これが補助魔法の神髄だ。


「ま、いざとなったら俺らが助け舟を出してやりゃいい。立ち行かなくなったら要請が飛ぶだろ」


「うん! そうだね! もう、ガルったらちゃんと勇者の務めについて――――」


 長い金髪を揺らしてくるっとターンした姉上はそのまま硬直した。

 おっと危ない危ない。あと一秒早かったら助かっちまったかもしれねぇな。だがもう手遅れだ。俺はゆっくりと膝から崩れ落ちて死んだ。


 よく見とけ。これが俺の新技――世間話しながら自殺だ。


 逃走成功。んじゃ、あとはよろしく、姉上。

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