毒を以て毒を制す

 事業を拡大する必要がある。

 道端に居を構える串焼き屋とは思えないほどの人気を博している俺の店の前には、まだ開店前だというのに長蛇の列が出来ていた。ざっと数えても百五十人は下らないだろう。お前ら暇人かよ。


 客どもは通行の邪魔も他の露店の妨げも知ったことかと列を作っていて、もうちょっとした迷惑行為に片足を突っ込んでいる。このままでは治安維持担当や他店の店主に目を付けられかねない。人様に迷惑かけるなよな。


 このままでは面倒なことになる。アーチェの言ったことは正しいな。まさかこれほど理性のタガが緩い奴らしかいないとは思わなかった。


 早急に対策を練らなければ。俺は過去の失敗に学ぶ男。同じ轍は踏まない。順調に進んでいるからといって細かい部分で手を抜いた。過去の俺はそうやって死んでいったのだ。


 差し当たっては店舗の確保だ。

 大規模な設備と、収容人数重視の内装と、人手の動員。初期投資として金貨十五枚もあればそれなりの店と設備は揃えられるだろう。


 人手は……貧乏で真面目そうな客から適当に見繕うとするか。仕事終わりにまかないとして串焼きと酒を振る舞ってやり、給料として銀貨一枚とでも言えば一も二もなく飛び付くはずだ。条件としては破格。文句の一つも出ないだろう。


 肉も大量買い付けすることで値下げ交渉が効きそうだ。質はこのままでいい。低品質とは言わないが、高品質とも言えない、中の下品質の肉。


 食える、食えるけど、そんな美味くはないって肉。低品質すぎると影響が出そうだが、品質を上げすぎると値が張る。費用対効果はここが均衡点だ。客は肉の味が目当てじゃなく、酒に混じってるホリックが欲しくて来てるわけだからな。


 酒もこのままでいい。安酒。庶民は高級な酒の味なんて知らんだろうし、富裕層はそもそもターゲットから外している。ウチの店はそこそこの価格で美味いメシが食える庶民の味方なのだ。


 さてさて、一日の売上はいくらになるかね。

 設備で効率を上げても、店舗を構える以上は回転率が落ちるかもしれないな。そうだな……持ち帰りを可にしよう。腰を落ち着けて食うも良し、商品を受け取ったら外に出るも良し。店舗と屋台のいいとこ取りスタイル。これは流行るな。


 となると……一日の客数は五百人は行けるな。銀貨五百枚。金貨五枚。原価率を三割として、それ以外の諸経費を一割と見積もる。それでも金貨三枚の利益だ。


 店を構えるほどの初期投資が五日程度で回収できるとか夢みたいだな? 

 競争の激しいエンデでは、つい最近オープンした店が十日後には別の店になっているということも珍しくない。だというのに、素人同然の俺がここまで大成功を収められるとはな。持つべきものはイカれ錬金術師ってか。


 景気のいい想像をしていても金は入ってこない。早速実行に移そう。

 実際にやってみないと見えてこない問題点もあるだろうし、思わぬ落とし穴があるかもしれない。


 営業中に、これはと思った人間五人に声を掛けて従業員を確保し、簡単な作業を教えて屋台を任せた。店主役と、整列役と、トラブル解消役で上手いこと回してもらう。


 その間に俺は店舗を探した。王都で人気の店の系列店だと鳴り物入りでオープンしたものの、客層の違いで受けずに撤退した大型飲食店。形の残っていたそれをそのまま流用する。


 外装も看板も今は適当でいい。モノさえありゃ客は来る。細かい修正は後々に回そう。設備は使えなさそうな物を売っぱらい串焼き専門の物にすげ替える。閑古鳥鳴かしてる屋台のオヤジに金貨一枚握らせて調達完了。首尾は良好。


 開店準備は整った。従業員教育をしている暇は無かったが、メニューは一つだし肉焼いて酒出すだけだ。何も難しいことなんて無い。問題起こすようなら即首を切って人員を補充すればいい。


 完璧だ。これはいける。そして実際にいけた。


 ▷


「おーう、アーチェ! 追加のホリック頼むわ。大至急な。あと三つほど作ってくれ」


 首斬りシャトルランで王都の闇市から禁制品を調達してきた俺はアーチェの店に顔を出していた。要件を告げて草とキノコを押し付ける。

 だいぶ相場が上がっていたが、それでも収支はマイナスにはならない。売上は右肩上がりだ。うまく行きすぎて怖いくらいである。


 すり鉢をゴリゴリと鳴らして何かしらの粉末を作っていたアーチェがピタリと動きを止め、こちらを見上げる。険のある視線。はぁと一つため息をついてから不満そうな声で言った。


「エイトさん……私もあんまり暇じゃないんですよ? せっつくギルドのお偉いさんを黙らせるためのノルマもありますし、私の本来の目的だってあります。依存薬……ホリックばっかり作ってたら時間が足りないんです。それに、他の依頼の納品が間に合わなかったら怪しまれます。少しはこちらの事情も」

「おっと、時は金なりってね。ビタ一文の価値すらねぇ愚痴を聞く時間は無いんだ。イエス、オア、ノー?」


「愚痴を聞く暇がないって、どの口が……っ! ノーです! ノー! 知識がないエイトさんにはわからないんでしょうけど、錬金術っていうのは繊細で慎重な作業が要求されるんですよ!? 神経も使うし、時間だって相応に掛かります! 素材を渡してはい終わり、っていうエイトさんはそこらへんの感覚が」


 おっと話を聞いていなかったのかな? 愚痴を聞いてる暇は無いんだ。二度も言わせてくれるなよ。めんどくせぇ。


 ヒートアップしだしたアーチェの話を聞くのもそこそこに、俺は二つの瓶をインベントリから取り出してドンと勘定台に置いた。

 毒々しい緑の液体が注がれた瓶と、禍々しい濃紺の液体が注がれた瓶。真っ当なモンじゃないという自己主張が激しすぎる品。これが薬と言われても信じる奴はいないだろう。


 怒りの表情を浮かべていたアーチェの目が見開かれる。口までポカンと開けた見事なアホ面だ。鏡を見せてやりたいね。


「エイト、さん? もしかして、それは……?」


「デドリースコルプの毒とコラプスパイダの毒。どっちも原液だ。次はいつ手に入るか、俺でもちょっと予測がつかない品だぜ?」


「……っ!」


 王都の闇市は品の移り変わりが激しい。時と場合によっては表では得られない需要も満たしてくれるし、流せない供給も受け入れてくれる。まさに一期一会。

 今回は運が良かったのか、めったに売りに出されない毒が二つも見つかった。


 まあ、やろうと思えばイカれエルフからいつでも入手できるのだがそれは言う必要はないだろう。何よりも、俺自身が多用したくない手だ。あの光景はたまに夢に出る。あれは、良くない。


 ゴクリとつばを飲み込んだアーチェの鼻息が荒くなる。イカれ錬金術師であるコイツは、滅多にお目にかかれない禁制品を前にすると興奮しだす特殊な癖を所持している。


 にへらと締まらない笑みを浮かべ、瓶を掴もうと震えた両手を伸ばすアーチェ。その手が瓶を掴む寸前、俺はサッと両手で瓶を引っ掴みインベントリへと収納した。


「あッ……」


「ん? どうした? そんな餌を取り上げられた犬みたいな顔して」


 眉尻を下げたアーチェがこちらを見上げる。さっきまでの威勢はどこへやら、ひどく情けない顔だ。空を切った両手が危ないクスリにやられた中毒者のようにぷるぷると震えている。効いてんなぁ。


「エイトさん……? そんな意地悪やめましょうよ……? あんまり良い趣味とは言えません……。ろくな死に方しませんよ?」


 おう、ろくな死に方してねぇよ。ほっとけ。


「おいおい俺はこれをわざわざ高い金払って買ったんだぜ? タダでやるわけないでしょうよ」


 俺は再びインベントリから瓶を取り出した。それをアーチェの手の届かない位置に置く。

 瓶に向いた視線を遮るように手をかざす。軽く勘定台を叩いて音を鳴らし、意識をこちらへ誘導する。


 目が合う。今にも泣き出しそうな目。瞬きしたらその瞬間に涙が溢れちまいそうだ。

 腰を屈めて視線を合わせる。俺がかつてそうされたように。脅すときにはこれが効く。学んだ技術は活かす。それが俺の流儀だ。


 まつ毛の本数が数えられるほどの至近に顔を寄せ、俺は口端を歪めた穏やかな笑みを浮かべた。アーチェの瞳孔が窄まる。俺はアーチェの瞳に映る俺と目を合わせるように覗き込み、たっぷりと余韻を含ませてから言った。


「もう一度だけ聞こう。イエス、オア、ノー?」


「い……いえす」


 くっそちょろ!

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