クセになる味だろ?

「串焼き! 旨い串焼きはいかがかね! 本来なら五本で銀貨一枚する高級肉がオープン記念で一本無料だよ! 今なら酒も一杯付いてくる! 騙されたと思って食ってきな! 無料なのは今日だけだから早いもん勝ちだ! おう、らっしゃい! ほい串焼きと酒だ!」


 どこでも屋台セットを組み立てた俺は、新たな人格サーディンを作って目抜き通りに店を構えた。

 安物の肉と安酒をしこたま買い込み、串や紙のカップなど最低限の消耗品を揃え、オープンしたのは串焼き屋。


 いかつい顔ながら愛想は良いオヤジに化けた俺は、新規開店記念と称して串焼き一本と酒一杯を気前よく振る舞っていた。


 祭り好きな気質を持つのは何も冒険者連中だけじゃない。馬鹿騒ぎする冒険者連中にあてられた街の住人たちもみな、騒ぎや人垣を見たら野次馬根性を発揮せずにはいられない。

 タダで肉と酒をくれるという噂がまたたく間に伝播していき、俺の店の前はちょっとした行列になっていた。


 金貨が一枚あれば、一般的な家庭の質素な食卓であれば一年分の食費を賄える。俺はそれを肉と酒に変えた。保冷の効果を持つ魔石が使われた箱にしこたま肉と酒を詰め、それを荷車に載せている。


 普通だったら捌ききれずに腐らせる量だが、無料という気前の良さに釣られた連中のおかげで順調に消化されていく。酒も同様だ。


 計画は順調。適当に焼き上げた低品質肉にそこらへんで買った塩をぱっぱとまぶして差し出す。ニコニコ顔で串焼きを受け取った女はそのまま一口かじり、笑みを消して眉を寄せた。噛み切れないのだろう。そりゃそうだ。捨て値で売られているクズ肉だからな。


 俺はそれを見てみぬふりして肉を差し出していく。酒も忘れない。むしろこっちが本命だ。しっかり味わってもらわないと困る。


「なぁオヤジよぉ、無料で振る舞う気前の良さは分かるんだがな……この串焼き五本で銀貨一枚ってのぁフカし過ぎだぜ。ケチつける気はないけどな、悪いことは言わねぇ。取引先を変えたほうがいいぜ。明日から誰も寄り付かねぇぞ?」


 肉の質に文句があったのか、若い冒険者が難癖をつけてきた。

 悪質なクレーマーとは違う、本気で心配するような表情で忠告される。お人好しな奴め。商売ってのは騙すか騙されるかよ。俺が騙されていると勘違いしているようだが、策にハマってるのはどっちだろうな?


 俺は内心をおくびにも出さずにニカッと笑みを浮かべた。


「おう、ひでぇ言い方しやがるなボウズ。ウチの肉はその酒と一緒に楽しむもんなんだよ。騙されたと思って一緒に食ってみろって!」


「いや、食った上での感想だって。オヤジ、味見はしたのか? 正直この味だとリピートしねぇぞ」


「かーッ! これだから分かってねぇ奴はいけねぇな! この肉とこの酒が何よりもクセになるってのによぉ」


「そりゃアンタの味覚の問題だろうよ。なぁ、見てみろって他の奴らの態度をよ。美味いって言ってる奴なんて誰もいねぇぞ?」


 そりゃそうだ。この肉は売ってる側すら売れると思っていないクズ肉。卸売りしてる業者のやつが大量購入しようとした俺を止めたくらいだ。後でケチつけるなよとまで言われたのは初めてである。


 しかし世話焼きだなコイツ。そんな口叩いていられるのも今のうちだけだ。


「それならそれで結構。俺ぁウチの商品が一番美味いと思ってるんでね。ま、今は不味いなんて思ってる連中も明日になりゃ分かるんじゃねぇかな。きっとこの串焼きが食べたくてしょうがなくなると思うぜ?」


「……そっかよ。ま、忠告はしたぜ? 早いうちに違う取引先を見つけておけよ」


「おう! またのご来店をお待ちしてるぜ!」


 また明日、な。


 俺と名も知らぬ冒険者のやり取りを聞いて不安げな表情を浮かべていた客二人にそれぞれ串焼きと酒を差し出す。そんな顔すんなって。食えばわかる。いや、飲めば分かる。


「まいど! おっ、ボウズ! 肉が欲しいのか? ほれ、お仲間にも分けてやるといい」


 無料という言葉につられて顔を覗かせたスラムのガキにも肉をやる。ガキにはおまけで五本セットだ。気前の良さをアピールしてやりゃ他の客からの心証も良くなるってもんよ。ただし酒はやらん。金を持ってないやつはお呼びじゃないんでね。


 ほくほく顔で肉を受け取ったガキは、路地裏に入る前に肉を口に含み、二、三噛みしたあとに吐き捨てた。おう、スラムのガキすら食わねぇ肉かよ。味見なんてしてなかったが、さすがにもう少し品質を上げておくべきだったか……?


 不穏な空気を察したのか、一人、また一人と並んでいた奴が抜けていく。構わんよ。すでに仕込みは済んでいる。あんまり多すぎても仕入れの目処が立たなくて困る事になりそうだ。


 大体、三百人ってとこかな。


 そのうち銀貨一枚すら払えなさそうな奴や、明日は予定があったりで来れないであろう奴を除くと……明日も来るのは百二、三十人辺りが妥当か。厳しく見積もっても百人ってとこだろう。


 依存水。惚れ薬の前身である無色透明、無味無臭の液体。ホリックと名付けたそれを、俺は安酒に混ぜて提供していた。明日の今頃は美味しい美味しい串焼きと酒の味を忘れられない人々が、再び俺の店の前に列を成すことだろう。


 金貨一枚で買った肉と酒はまだ余っている。酒は買い足す必要があるが、肉は買い足さなくても良さそうだ。


 と、なると。

 明日で初期投資の八割の回収が完了し、明後日には物資を買い足したとしてもトントン。そして三日後には儲けが出始めるだろう。それも、行列に触発された奴らが増えていく事で鼠算式に利益が増えていくはずだ。


 アーチェは頭こそイカれてるものの、錬金術の腕は非の打ち所がない。新薬を生み出すことに苦戦しているが、効能を断言した薬に関しては信頼を寄せていい。

 サンプルの提供も求められていたことだし、ちょっとばかり協力してやるとするかね。この世に愛と平和を広げる。これはその偉大な目的に必要な一歩だ。


 俺は串焼きと酒を客の一人に差し出しながら笑みを深めた。愛想と気前の良さが売りである串焼き屋店主サーディンであるが故に。


「まいどあり! 正式オープンの明日もよろしくな!」


 最後の客を見送った俺は粛々と後片付けを開始した。

 さて、ホリックのお手並み拝見といきますかね。


 ▷


 三日後。大体予想通りになった。

 変更点は肉の質をちょいと上げたことだ。かかる費用は上がったが、それでも大幅な収益増が見込めるだろう。むしろ将来的にはプラスに働く可能性もある。匙加減ってのが難しいな、こりゃ。


 立ち昇る煙から顔を離し、袖で額の汗を拭う。【視覚透徹サイトクリア】を使って眼の前にできた行列を眺める。ざっと六、七十人は並んでるな。

 食事が提供されるのを待っている客たちは、何故だろうか、心なしかそわそわしているように見える。腕を組みながら指をしきりに動かしていたり、つま先でトントンと地面を叩いていたりと落ち着きがない。待ちきれないと言わんばかりだ。


 大成功じゃねぇかおい! 餌に群がるアリかよお前ら!


 いやぁホリック様々だぜ。そんなに俺の手料理を楽しみにしてくれるなんて料理人冥利に尽きるってもんだな?


 メニューは串焼き五つと酒一杯で銀貨一枚の一本立てだ。つまりここにいる奴らがつつがなく会計を終えるだけで銀貨七十枚になる。本日の仕入れは銀貨四十枚なので既に銀貨三十枚の儲けは確約されている。


 それだけじゃない。今はまだ昼前だ。魔物討伐や依頼を終えた冒険者連中が来る夕方のピークタイムがまだ控えている。まだまだ儲けが伸びるということだ。銀貨百五十枚に届くかも知れない。


 しかも、これはまだ三日目の売上だということを忘れてはならない。俺の店の味が忘れられない客は今後どんどん増加していくことだろう。予想される利益は青天井だ。またまたボロいビジネスを見つけちまったぜ!


「ねぇ、まだ? まだなのっ!?」


「そう焦んなさんなってお嬢さん。ほい、お待ち」


「これを待ってたのよ! はむっ! んふっ」


 ひったくるように串焼きと酒を受け取った女が、肉汁で服が汚れることすら気にせずに串焼きにむしゃぶりつき、グビッと喉を鳴らして酒を呑み干す。いい飲みっぷりしてんねぇ。また明日もよろしくな!


 お、スラムのガキが何か信じられないものを見るような目でこちらを覗いている。ガキめ。お前みたいなお子様の舌じゃウチの良さは分からねぇよ。

 しかし初日に不味い肉を振る舞ったのは成功かもしれないな。スラムのガキが寄ってこないってのは素晴らしい。サーディンの性格上、物欲しそうな目で見られたら奢らなければならないところだった。これは嬉しい誤算だな。


「おい、もう焼けてんだろ。早くしてくれや」


「まま、そう慌てちゃいけねぇよ。不味い肉なんて食いたかねぇだろ? ……っと、よし。ほい、お待ち」


「これがなきゃ一日が始まらなくなっちまったよ! なぁおやっさん、こんだけ儲かってんだからちょいと値下げしてもいいんじゃねぇの?」


「おいおいニーチャン俺に首吊れってのか? こんな美味い飯を銀貨一枚で提供してるんだから良心的だろう?」


「美味い……美味いっていうか……うーん、なんっかクセになるんだよなぁ」


「それが美味いってことだろう?」


「……ちげぇねぇ。また来るわ」


「へい! またのお越しを!」


 くくっ。順調、順調。

 人ってのは行列を見ると並ばなくちゃいけない使命感にでも駆られるのか、次から次へと人が増えていく。どれだけ客を捌いても終わりが見えない。


 こりゃ夕方までに肉が無くなっちまうかな? もっと豪快に仕入れてもいいかもな。賭けの胴元と違って安定して儲けられるのがいい。しばらくは安泰だな。


「また随分と派手にやりましたね。何もここまでやれとは言ってませんよ?」


「あん? おお、アーチェか。あんま気安く話しかけんなよ。関係性を疑われる」


 顔を上げたらそこにいたのはイカれ錬金術師ことアーチェだ。万が一にも誰かに聞かれないように小声で話す。


 俺がある程度の補助魔法を使えることはアーチェに教えている。

 さすがに勇者であることはバラしていないが、スネに傷を持っている者同士で腹の探り合いはしたくないので前もってバラしておいた。

 裏切られたらこちらも裏切る。バラされたら困る事情を抱えているのはアーチェも同じだ。


 互いに心臓を握り合っている。だから宜しくやろうや。そういう相互利用の関係性が心地よい。俺は死んでも蘇るので、もしも裏切られたなら地の果てまで追い詰めて地獄に叩き落とす所存だ。


 それにしてもこいつ意外と目端が利くな。この店の店主が【偽面フェイクライフ】を使った俺であることを見抜いたのか。客の様子でクスリの影響下にあると察したか?


「でもまぁ、貴重なサンプルを得られました。お酒には適量しか入れてませんよね?」


「あぁ。言われた通りに従ってるぜ」


「……だとしたら、お酒とは相性がいいのかも知れませんね。想定以上の効果です。改良の足掛かりになりそうですよ」


「そうかい。ほら、出来たぞ」


「あ、私お酒飲めないんで」


 白々しい奴め。ウワバミのくせによぉ。

 人は実験台にしておきながら自分は高みの見物と来たもんだ。いい根性してやがる。お里が知れるってもんよ。


「このまま中毒者を増やし続けると少し面倒なことになりそうです。程々のところで手を引いて下さいね?」


「分かってるっての。ほら、営業の邪魔だ。散れ散れ」


「まったくもう……」


 アーチェを追い払った俺はその後もひたすら肉を焼き続けた。売上は銀貨二百枚。鑑定屋や胴元と違って誰にも恨まれることがない飯屋というビジネスでこれだ。これは天職を見つけちまったかもしれねぇな?


 頼むから肉を焼いてくれとせがむ冒険者連中に売り切れだから無理だと告げて店を畳んだ俺は、串焼きなんて目じゃないほど美味いメシが食える料理店で舌鼓を打ちながら明日の予定を練り上げた。

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