イカれ錬金術師

 お目当ての呪装が手に入らなくて気分が荒れた俺は禁制品の葉っぱやらキノコやらを買い漁った。お値段合計金貨三十枚。ちょっとした散財だ。


 それもこれもあの店主のオヤジが悪い。たった三時間程度しか経ってないのになんで売り切れてるんだっつの。いや、取り置きなしってルールは分かるよ? でも一日くらい取り置きしてくれても良いんじゃねぇかって思うわけよ。


 商売ってのは信頼が物を言うと言っても過言じゃねぇ。闇市なんて陽の当たらねぇところに店を構えてんなら尚更だ。お得意様である俺が欲しがってる品を、ちょっとばかりルールを曲げてでも融通してくれるってのがあるべき姿なんじゃないのかね。利益を超えた関係っていうの? 客だって人間なんだから、ルールだからの一言で突っぱねるのはどうかと思うわけよ。ムッとするというか、後々まで響きかねない溝を生むだろっての。水心あれば魚心。好意を持って迎え入れて貰えたら、俺だってあぁまたこの店で金を落としてもいいかなってなるだろ? そういう、互いが互いを尊重する関係っていうかな。要は暖かみよ。役所仕事じゃないんだから、そこに人情を少しばかり差し挟むってのが大事なんじゃねぇかなと、俺はそう思うね。俺は言ったぜ? また来るって。そしたらあいつも言ったぞ。またのお越しを、って。じゃあ何か? そのやり取りは徹頭徹尾ただの社交辞令だったってわけかい? どんな客が来てもとりあえずいらっしゃいって言っておく的な、そんなおざなりな対応だったってわけか? そりゃねぇと思わねぇか? なぁ。商売人なら分かるだろ。そういう魂胆が透けて見えた時点で客ってのは離れて行っちまうもんよ。積み上げるのは大変だけど、壊れるのは一瞬。これ何か分かるか? 信頼だよ。一生懸命積み上げたところで、チョイと突っつけばガラリと崩れちまう。売り買いってなぁそういう絶妙な塩梅で成り立ってるってのに、そこを軽視しちまう輩が多すぎるね。儲かってるからって天狗になってたんじゃねぇかな。初心忘るべからず。今いる所にあぐらをかいたらそれ以上を目指せないと思わないか? 現に、やっこさんは俺という得意先を失くしちまったわけだからな。機を見るに敏、ってのは目先の利益に敏感ってことじゃなくて、後々まで響く要素をどうモノに出来るかってことだと思うわけよ。いや、まあ、あの店主の言うことは分かるよ。三時間で帰ってくるとは思わなかったってのはまあ分かる。俺は誰にも言ってない技があるわけで、それを知らない店主は金貨二十五枚をそんな短時間で稼いでくるなんて想像だにしなかっただろうさ。でもそれなら


「うるさぁい! 調合の邪魔をしないでくださいよぉ!」


 なんだよ。せっかく人が気持ちよく愚痴ってるってのに邪魔しやがって。これだから錬金術師って連中は……俺はコイツの心の狭さに呆れた。


「よくもまあそんな目を向けられますね……。普通の神経してないですよ、エイトさん」


「おう、お前が人のこと言える立場かっての。喜々として禁制品に手を出しやがってこの外道錬金術師め」


「それを持ってきたのは何処のどなたですか」


 しこたま草やらキノコやらを買い込んだ俺はエンデの路地裏に店を構える錬金術師に会いに来ていた。

 アーチェ。蜂蜜色のゆるふわヘアーと虫一匹殺せなさそうなほんわかした顔をしているが、中身は劇毒で構成されている存在自体が詐欺のような女だ。故に気が合う。腕も確かなので、とりあえずこいつに素材を投げておけば手堅く儲けられるので重宝している。


「なら俺を衛兵かギルドにでも突き出すか?」


「そんなことするわけないじゃないですか。私の理想を理解してくれるパトロンなのに。大体、みんな頭が固いんですよ。法律で規制されてるからーって、そんなこと言ってたらいつまで経っても世の中に愛と平和が訪れません!」


 狂ってる。その一言に尽きる。

 こいつは、錬金術を用いて世界に愛と平和をもたらそうと本気で考えている。大層な考えだと思うよ。その実態や手段を考慮しなければ、という注釈が付くがね。


「んで、惚れ薬と幸せになれる薬の開発の進捗は?」


「うーん……まだまだ改良の余地ありって感じですね。惚れ薬は強い依存性を発露させるところまでは行けたんですが、理性の歯止めが効かなくなっちゃうんです。ラブが足りないんですよね、ラブが」


 惚れ薬という名の洗脳薬の開発状況はあまりよろしくないようだ。


「じゃあ幸せになる薬は?」


「調節が難しいですね。効果が強すぎるとパーになっちゃうし、後遺症を抑えようとすると効果が弱くなっちゃいます。あと、理性が弱いと依存性に抗えなくて日常生活どころじゃなくなっちゃうみたいで……平和的じゃないですよねぇ」


 幸せになる薬という名の危ないクスリもあまりうまくいってないらしい。


 誰もが認めるほど優秀な錬金術師であるアーチェは、無自覚なその危険思想故に機関を追放されたはみ出し者だ。

 イカれエルフ共に迫る腕を持ち、対価に内蔵を要求してこないので良いビジネスパートナーとして利用しあっている。普通のポーションも作れるので、素材を提供してやって完成品を雑貨屋に売りつけるだけでそれなりに儲けを得られる。毒と薬は紙一重だな、ほんと。


「ま、精々頑張ってくれや。お、これが例の惚れ薬か?」


 売り物が置いてある棚とは別に、勘定台の裏に仕舞ってあった無色透明な液体が入った瓶を漁る。軽く振ってみるとチャポンと音がした。傍目にはただの水にしか見えない。


「それは惚れ薬にする一歩手前の素材ですね。そのままだとただの依存性のある水でしかないですよ」


「へぇ。どれくらい依存性があるんだ?」


「一日経ったらその水を飲みたくてしょうがなくなる、っていう感じですかね。あ、数滴で効果があるので間違っても全部飲まないでくださいね? 用法用量を守ればそこまで強くないので三日もすれば効果は無くなるはずです。理性が強い人なら特に問題ないでしょう。良ければ服用して効果の程をレポートしてください。できれば複数人の症状が知りたいですね。結構な量があるのでなんとかしてサンプルを集めてくださいよ」


「そう言われて馬鹿正直に飲む奴なんていねぇだろ」


「そこはほら、あなたの口八丁でなんとかしましょう! さっきみたいにペラ回せば飲んでくれる人もいますって」


 こいつほんといい性格してやがるな。座右の銘にラブアンドピースを据えておきながら、人のことをモルモット程度にしか見ていない。


 目的のためなら手段を選ばないうえに、その目的がどんな影響を世間に与えるかまるで考えていない。いびつに過ぎる精神構造。追放もやむ無しってところだな。


「ま、なんかに使えそうだったら試してみるさ」


「お願いします。あ、あと、次来る時はパッパラ草とトボケ茸は在庫が充分なので生物系のモノをお願いしたいです。コラプスパイダやコンフュフログの毒があれば嬉しいです」


 どっちも禁制品だ。単純所持でしょっぴかれる劇毒。まったく、なんてモンを要求してくれやがる。まともな思考回路ってもんを母親の腹ん中に置いてきちまったのかね?


「いくらになる」


「量にもよりますが、金貨二、三十枚ほど」


「善処しよう」


 アーチェは完全に頭がイカれちまってるが、普段はその本性を隠してギルドとやり取りをしているため資金が潤沢だ。


 即効性の高い回復ポーションは需要が下がることはない。こいつなら遊んで暮らせるほどの金を稼げるだろう。だというのに、夢のため禁制品に大金を積む。正直理解できない考え方だ。


 ま、いたいけな女の夢に力添えをするのも勇者の役目ってね。

 金貨三十枚で買ったモノが金貨三十五枚になって返ってきたので俺はホクホク顔で店を後にした。


 ▷


「あぁ? 予約が一杯? なんでまた今日に限って……」


「申し訳ございません。最近、羽振りのよい冒険者の方々が当店をご利用して下さることが多いのです。なんでも、呪装の鑑定で当たりを引く方が増えているそうで……」


 値が張るが旨い肉を提供することで有名な店に来た俺はすげなく門前払いされていた。

 どうやら冒険者どもの呪装熱はまだ冷めていないらしい。ギルドは以前まで当たりをハズレと偽って金を巻き上げていたが、なぜ今になって律儀に買い取りをしだしたんだ?


 ……この勢いを持続させるためか。もとより超がつくほどボロい商売だったはず。少し利益を落としても問題ない、か。冒険者たちに還元することでいい思いをさせ、味を占めた冒険者は積極的に魔物を狩りに行く。稼いだ金はこの街で落とす。なるほど、好循環の完成というわけだ。


 そしてその煽りが俺に来ている。この店には一儲けしたときに必ず来ているのだが、今まで予約で満員なんてことは無かった。針の呪装といい、巡り合わせの悪い日だ。嫌な流れが来ている。


「明日は空いてるのか?」


「それが、向こう一週間は満員でして……」


「マジかよ……儲かってやがんなぁおい」


「はは……おかげさまで」


 苦笑いで応える店員の顔には、忙しいからはよ出ていけと書いてある。どいつもこいつも融通がきかなくて困るね。

 まあこの店にはよく世話になってるし、これからも利用するつもりなので揉めると面倒だ。また来るとだけ告げて店を後にした。


 ▷


 旨い肉が食いたい。肉を食う寸前で皿を取り上げられた犬のような気分だ。この飢えは肉を食わなければ満たされない。


 ということで屋台の串焼き屋に向かうことにした。串焼き屋は目抜き通りで最も店が多い。適当な肉を焼いてるだけで匂いにつられた冒険者が金を落とすのだ。そして不味い肉にあたって顔をしかめるまでが一連の流れである。


 串焼き屋は当たり外れが大きい。一流のグルメである俺が向かうのは有象無象とは違って旨い肉を提供している店だ。

 串焼きは銅貨数枚で買えるのだが、その店は串焼き五本と酒のセットで銀貨一枚も取る。単なる串焼きにしては強気すぎる価格設定であるが、食えば納得の味である。


 稼ぎ頭の銀、金級の冒険者や金持ち連中は串焼きなんて滅多に食わないし、稼ぎが低い石、鉄級は手が届きにくい、そんな穴場。ここなら問題なく食えるだろう。そう思っていたのだが……。


「おいおいなんだよこの列は……」


「お、兄ちゃん今日はもう終わりだってよ。なんでも仕込んだ肉が足りねぇらしい。店主からこれ以上並ばねぇように注意するよう言われてんだ。わりぃな」


 最後尾のおっさんが気さくに声をかけてきた。どうやらこちらも間に合わなかったようだ。流れが悪すぎるだろ。


「最近までこんな並んでなかったぞ。何があったんだ?」


「ん? 最近ギルドの酒場で話題になったんだよ。高ぇけど味は確かだってな。かく言う俺も噂を聞いて並んでるクチだ! なっはっは」


 くそ。誰だよ余計なこと吹き込んだやつはよぉ。この店は俺が初めに目を付けてたってのに。この店は行列のできる評判店じゃなくて、知る人ぞ知る名店って感じが良かったってのによぉ。嬉しそうな顔して肉焼きやがって店主のオヤジめ。お前さん変わっちまったよ。俗に染まりやがって。


 仕方ない。新規開拓と洒落込もうかね。

 んー。隣の店にするか。こんだけ行列の出来てる店の隣で閑古鳥をピーピー鳴かしてる店が実は、って可能性は捨てきれない。ボケっとしてる店主に声をかける。


「串焼き三つ」


「ん」


 無愛想な店主だ。いや、職人気質なだけかもな。期待が高まる。

 不揃いな肉を火にかける。うーん、見てくれはあまり良くない。それに若干筋張ってないか? 少し不安だ。

 オヤジは焼き上がった肉を塩も振らずに差し出してきた。おう、やべぇなこの店。ハズレだ。


「銅貨三十枚」


 特大のハズレだ。なんでそんな高ぇんだよ。どんな自信なんだそれ。まあ支払うけどさ。確認しなかった俺が悪い。商売ってのはそういうもんだ。


 串焼きをかじる。ッ! この肉は……美味いッ!

 なんてことはなく筋張った不味い肉をもっちゃもっちゃと食い進める。例の調味料をかけることすら躊躇われるほどの低品質肉だ。そりゃ閑古鳥も鳴くわっていうね。


「いやぁ噂通りだな! この肉うんめえぇ!」


「プハァー! 酒によく合うぜこの味付け!」


「んー! クセになりそぉ」


 例の旨い串焼き屋に並んでた冒険者がすぐ隣を歩いていった。ニワカめ。その肉は黙って楽しむもんなんだよ。風味を楽しみやがれ。


「これはリピート確実だな!」


「そのためにはもっと儲けないとな」


「あんまり依存しないようにね。私達にはちょっとお高いんだから」


 依存て。食費で身を持ち崩すようじゃまだまだよ。

 ……依存。依存?


 ――――!


 その時、天啓が舞い降りた。なるほど、なるほどね?


 俺は人目につかないところで【偽面フェイクライフ】を発動した。

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