運命の出会い

 王都の闇市を物色している。

 都市の開発が進むに連れて見捨てられた区画の更に奥。寂れた一画は職にあぶれた人間や後ろ暗い商売をしている人間が寄り集まるのに最適で、誰が仕切らずとも順当にスラムを形成した。


 治安も衛生環境も最悪に近いが、掘り出し物を探すのには最適だ。闇市を覗けば表ではお目にかかれない品が度々見つかる。ぶらついてるだけで暇が潰せるオススメの観光スポットだ。


 故買商が広げているゴザに乗っている商品を見る。いかにも悪影響がありそうな意匠をしている靴型の呪装に、盗品であろう豪奢な反物。毒々しい色をしたキノコに、使い方次第では頭がパァになる草の束。


 まるで統一性がない上に値段が張る。こんなの買う人間がいるのかと疑問に思うが、店主の顔ツヤはスラム住みとは思えないほど良好だ。非合法品の需要は高い。太っ腹な客でも抱えているのだろう。そして俺もその一人だ。


「オヤジよぉ、ハッパが一枚で銀貨二十枚ってのぁちぃと吹っかけ過ぎなんじゃねぇのか? 銀貨十五枚が相場だろ?」


「勘弁してくださいやシクスの旦那ぁ。こちとら衛兵の摘発に怯えながら過ごしてるんでさ。最近は締め付けが強いんで、その分ちっとばっかし手間賃がね、へへへ」


 今の俺は無造作に伸びた黒髪と剣呑な目付きをしたウラの売人シクスだ。爽やかさを売りにしてる俺には似つかわしくない人格であるが、王都のスラムを歩くにはこれくらいの風格を出さないとナメられる。

 いつ誰がどこで牙を鳴らしているか分からない。用心するに越したことはない。


「手間賃にしちゃボリすぎだと思うがねぇ。この呪装はどんな効果があるんだ?」


 無知を装いながら靴を掴み、品を検める振りをして【追憶スキャン】を発動する。効果がなかった。ただの悪趣味なデザインの靴じゃねーか!


「ああ、そりゃそんなナリをしてるが逸品らしいですぜ。履いた者の毒を吸い取ってくれるんだとか何とか。聞いた話なんで定かじゃありやせんがね? あぁ、返品やクレームは受付ませんのであしからず」


 この白々しさよ。こんなガラクタが金貨三枚という法外な値段で売られてるんだから驚きだ。エンデの商売人が可愛く見えるほどの極悪さ。たまんねぇなおい。


「なんかピンとこねぇな。ま、今日は縁がなかったってことで」


「旦那ぁ、冷やかしなんてひでぇですよぉ。ひもじい思いはしたくねぇ。せめて葉っぱ一枚くらいどうですかい?」


「じゃあな」


 俺は手をひらひらと振ってその場をあとにした。強化しておいた聴覚が店主の小さい舌打ちを拾う。くくっ、下手したてに出て吹っかけようったって無駄だ。情に訴えたいならもう少し顔のツヤを消したほうがいいんじゃねぇのか?


 そんな調子で店をハシゴする。どこもかしこも扱ってる品はろくでもないものばかりだ。

 法に触れること確実の精神に強く作用する強烈な自白剤。高揚感をもたらして笑いが止まらなくなるおクスリ。竜の肉と書かれたよく分からない肉。悪巧みに使えそうな国の騎士団の正規品の鎧一式。貴族御用達の高級調味料。


 お、いいの売ってんじゃん。調味料の値段は……金貨六枚。ボリすぎだろ。鑑定士イレブンとして儲けた一日目の売上がすっ飛んじまう。

 まぁ買うけどさ。俺は金貨六枚を差し出した。


「まいどあり! 相変わらずお目が高いねシクスの旦那! いつも助かってるぜ、へへ」


「そう思ってるなら少しまけてくれや」


「いやいや冗談はその凶悪なツラだけにしてくだせえ」


「よく言いやがる」


 軽口を叩き合いながら瓶を受け取る。これは良い。豊かな食は心まで豊かにしてくれる。屋台で売ってる筋張った肉もこれさえあればそれなりに食えるものになる。それだけで買う価値もあるってもんだ。


 さて残りは……金貨十五枚ってところか。『遍在』に捕まったときに金を押収されたのが痛かった。


隔離庫インベントリ】は人前で披露できないからな。鑑定や【六感透徹センスクリア】なんかよりも珍しく、強力だ。見られたら最後、処刑されずに自由意志を奪う呪装を嵌められて、生殺しのまま生きた道具袋として一生を使い潰される可能性がある。勇者としての素顔以上に知られたらまずい。


 故に、いくら捕まる寸前とはいえ呪装や金銭をインベントリに突っ込むことはできなかった。まこと口惜しい限りだ。


 過ぎたことを悔やんでもしょうがない。今は闇市ショッピングを楽しむとしようか。

 多いのはやはり盗品と禁制品だ。表で売ったら足がつくため裏に流れてきた宝飾類、貴族が独占して市場に出回らない上等なワイン、舌に乗せたらふわっとする気分が味わえる粉末。


 見ていて飽きないな。禁制品は所持のリスクが勝つので滅多に購入しないが、欲しがる奴が居たらこっそり横流しして儲ける時もある。

 錬金術師連中は金払いがいい。インベントリと首切り転移を使えば検問を突破できるので、運び屋としては他の追随を許さない自信がある。乱発すると相場が崩れるのでめったに使えない手ではあるが、いい収入源の一つだ。


 そろそろエンデにいるトチ狂った錬金術師に素材を横流ししてやってもいい頃だな。そんなことを考えながら呪装専門の店の掘り出し物を探す。


 箱に無造作に詰められた物は一律で金貨一枚。それ以外の別個で並べられている商品は値段が書いてある。安いものは金貨五枚程度だが、高いものだと金貨五十枚を超える。


 ただ、そんな品でもゴミであることが稀にあるため油断できない。金を持て余した馬鹿が戯れに買っていくことがあるとかなんとか。つくづく鑑定が出来ないってのは不便なもんだ。俺はガラクタ入れの箱から掘り出し物を探す。


 ヒゲが伸びやすくなるピアス。ゴミ。

 呼吸が苦しくなるチョーカー。ゴミ。

 何も見えなくなるサングラス。ゴミ。

 どんな攻撃でも素通りする盾。ゴミ。

 指鳴らしが上手くなる金指輪。ゴミ。

 声がダミ声に変化する首飾り。うーん……ゴミ。

 中に入れた物を腐らせる容器。ゴミ。

 着けると酒に強くなる入れ歯。なんで入れ歯なんだ……少し使えそうなのが腹立つ。ゴミ。


 清々しいほどにゴミしかないな。ほとんどが制作に失敗した呪装だから無理もないか。


 当たり前だが、呪装を作ろうとしたはるか昔の人々は狙った効果を必ず付与できるわけではなかった。髪を伸ばそうと思ったらヒゲが伸びるようになったり、相手の服を見透かそうと思ったら何も見えなくなってしまったりと、歴史には悲喜劇が溢れてる。まともな呪装なんて本当に一握りだ。


 そんなゴミが時を経て現代に結実し、金貨一枚の値段をつけられていると思えば少しは感慨というものが……ねえな。ゴミはゴミだ。ぼったくってんじゃねぇよ。銀貨一枚でも買わない物が多すぎる。


 まあ、こっちは鑑定人にゴミ認定された物が流れてきたゴミ箱みたいなもんだ。本命は別個で売られている商品。こっちには比較的マシな商品が並ぶ。何を隠そう、俺の自殺用の短剣もここで買った物だ。


 痛覚を与えずに殺す。即ち、至極あっさりと自殺出来るということ。重宝するのも当然だろう。あれ以上にいい買い物をしたと思ったことは無い。もはや相棒と言って差し支えないだろう。


 今日もそんな品が見つかればいいが……。期待を寄せつつ、使える物がないかゴミ箱を漁る。


「……シクスさんは随分と手際がいい。まるで呪装の効果が分かってるみたいに捌くねぇ」


 ……勘付かれたか。もしくは疑われてる。

 チッ。めんどくせぇ。ここのオヤジは寡黙だからある程度黙認してるものだと思ってたが……どうやら違ったらしい。まあ、やってることは荒らしに近いからな。しばらくは様子を見るか。


「気に入るデザインのものを探してるだけなんでね。元よりこっちから有用な品が見つかるとは思ってねぇよ」


 誤魔化しつつゴミ漁りをやめて別売りの商品を眺める。無知のフリをしておくか。


「そっちの剣、金貨五十枚もする理由は何なんだ?」


「……有名な騎士様が使ってた品だそうだ。鑑定に出したらおそらく取り上げられるってんでそのまま流れてきた。効果の程は、使ってみてのお楽しみってところだな」


「へぇ。んじゃ、そっちの金貨三十枚の籠手は?」


「力の向上だとさ。有用なんだが、如何せんサイズがでけぇ。扱える人物が限られるからその値段だ。汎用的なサイズなら金貨百枚まで伸びててもおかしくねぇ」


 意外とおしゃべりだなこの店主。ふかしてる可能性のほうが高いが、大きくは外れていなさそうだ。

 俺はなんの変哲も無さそうな針を指差した。


「じゃあそれは? そんな針が金貨四十枚ってのはちっとゴキゲンなんじゃねぇの?」


「これは自殺用の針だってよ」


 !!


「なんでも、秘密を洩らせねぇ諜報機関の連中が携帯してた品らしい。速やかに死ぬ、それだけの品だ。他人には効力がないからあくまでも自殺用……って、なんだシクスさん、こんなんが欲しいのかい?」


 欲しい。すごく欲しい。クソがッ! これだから闇市散策はやめられねぇ!


「あぁ……まあ、何かに使えそうだな、とは思ったな」


「いつだったかの短剣といい、物騒な物が好きだねぇ。パクられないように気を付けてくれよ?」


 つばを飲み込む。自殺は俺の特技と呼んでいい。生活基盤にまで食い込んでいる。そのうちアイデンティティになる可能性すらある。速やかに自殺出来るならそれに越したことはない。

 この短剣も痛みがないってのは良いんだが、血が飛び出る絵面はふと冷静になった時にちょっとげんなりするのだ。飛び出た血は死んだら光の粒になって消えるので問題ないのだが、命が徐々に失われていく感覚ってのはあまり精神的にも宜しくない。


 それにタイムラグがあるのもいただけない。首を斬ったら即死ぬ、とかなら問題ないのだが、死ぬまでには若干の時間がかかる。視界にモヤが掛かっていき、あぁー死ぬーってなって死ぬのだ。

 そして、そのあぁー死ぬーって状況なら姉上の回復魔法が間に合う。間に合ってしまう。逃走用自殺手段としては少し弱い、という評価を下さざるを得ない。


 即死する毒薬もあるにはあるが……希少な素材を使うので値が張る。何度も自殺する以上、費用対効果……コストパフォーマンスに焦点が向くのは避けられない。難しい問題なのだ。


 そんな自殺について一家言持つ俺からすれば、この針は素晴らしい逸品だ。携行性に優れ、一見してそれと分からない用途。そして速やかに自殺出来るという効能。どれを取ってもパーフェクト。およそこれ以上ない品だ。


 金貨四十枚。その価値はある。手持ちは……金貨十五枚。クソっ! 圧倒的に……足りない!


「なぁ、それでも金貨四十枚ってのはちとおかしいんじゃねぇの? そうだな……金貨十五枚なら買ってもいい」


「馬鹿言っちゃいけねぇよ。使い方と口先一つでどんな奴だって怪しまれずに始末出来る可能性がある品だ。そうは卸せねぇよ」


 チッ。自殺用の道具なんだから自殺に使えよ。暗殺用って……そんな頭のおかしい使い方するやつがどこにいるってんだ。これだからひねくれた考えのやつはいけねぇ。


 クソっ。手に入らないと分かったら余計に欲しくなってきたッ!

 何とかして手に入れなければ……。だが、手荒な真似はできない。王都のスラムの闇は深い。馬鹿な真似をしたら拷問にかけられる可能性がある。早まってはいけない。


 今すぐに金貨を二十五枚稼ぐ方法……あるにはある。だが、あれは……あまり使いたくない手法だ。なんというか、人間としての尊厳がゴリッと削れる。自殺について思うところが無くなった俺であるが、あれはなんというか……人とそれ以外を隔てる壁のようなものにヒビが入る。最終手段と言い換えていい。


 そのカードを切るか。……クソ、脚が震えてきやがった。俺はダメ元でオヤジに頼み込むことにした。


「なぁ、この針、あと一ヶ月ほど取り置いておいちゃくれねぇか? それまでに金を揃えるからさ」


「いくらシクスさんでもその願いは聞き入れられねぇよ。取り置きは一律で受け付けねぇ、それが決まりだ。そもそも、一ヶ月後にここで店を開けていられる保証すらねぇ業界だ。ダンナなら分かるだろ?」


 分かる。分かるが……ままならねぇ! だが、この機を逃せば二度とこの呪装には巡り会えない気がする。それは、悲しい。


 仕方ない、か。やろう。やる。俺は腹を括った。


「また、来る」


「またのお越しを」


 足早に闇市を立ち去る。逸る心が抑えきれず、俺は走っていた。スラムの一角。誰も見ていないそこで俺は首を掻き斬った。

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