娯楽と云うは死ぬことと見つけたり

 胴元をやったほうが早いんじゃねぇの? 俺はふと思った。

 なぜ不確定要素に惑わされる必要があるのか。確実に儲かる胴元をやればそれで解決だ。なぜこんな簡単な結論に至らなかったのか。俺は投票券を破り捨てながら反省した。


 そうと決まれば話は早い。俺は新たな人格トゥエルブを作って賭けを取り仕切る準備を整えた。手始めに雑貨屋で色のついた紙の束を買い込んだ。これを投票券としよう。手間がなくて良い。


 次にルールやら口上やらを考えた。考えたといっても、あの猫背の男のやり口をほとんど流用することになる。あれはなかなかに完成度が高かったからな。下手にいじると改悪になりかねない。

 違うところは武器以外の呪装を一つまで着用していいというところだ。不確定要素による番狂わせの誘発。それが狙いだ。


 こいつに賭けておけば絶対に勝てるだろう、って状況が発生するのは好ましくない。勝ちそうな奴がなんの苦戦もなく勝つべくして勝つなんて展開は面白くない。胴元にとってもだ。


 猫背の男はだいぶ儲けていたが、デブ対黒髪の試合は大負けだった。実質一択のようなもんだったからな。要らん深読みをしなければ俺も勝っていた。それを無くす。


 明らかにこいつは負けそうだが、喧嘩を買ったからには強力な呪装を持っている可能性がある。そういう疑念を植え付けることによって票を散らす。


 ジャイアントキリングが起きれば良し。順当に負けたとしても大負けは無くなる。単純な実力のみでは決まらない試合演出。勝てば気分を良くしてリピートし、負ければムキになって更に金を落とす。この理想のサイクルを築ければ上出来だ。


 さらにレート制も導入しよう。弱そうだが、勝てばデカいリターンが見込めるとなれば大穴に賭ける輩も出てくるはずだ。目の前にぶら下げられた人参に食いつかずにはいられない奴らは、掛け金が数倍になって返ってくるという可能性にホイホイ飛びつくことだろう。そこに付け込む。


 当面の問題は都合よく喧嘩をおっ始める瞬間に立ち会えるかであるが、これは俺の【心煩ノイジー】で解決する。少しばかり険悪なムードの奴にちょいと魔法をかけてやり、火が付きそうになったら介入して仲立ち役を買って出る。そうすりゃ楽しい賭け試合の始まりって寸法よ。


 俺の独断と偏見でレートを設定し、最低賭け額を銀貨一枚からにして射幸心を煽る。呪装が一つまでありという斬新さは新しいもの好きの冒険者連中に刺さると確信している。深い読みが試されるとかなんとか言っておけば、そういうものかと納得した冒険者連中は見当違いの雑魚に賭けて金を落としてくれるだろう。


 ざっくりとした計算になるが、日に五回ほど試合をすれば銀貨五、六十枚以上は稼げるんじゃないかと思う。

 そして実際そうなった。


 ▷


 手堅いな。諸経費を差っ引いて日に銀貨六十枚ってとこか。俺はそれなりの飯屋で酒を飲みながら本日の成果を確認した。


 鉄級が一日頑張って銀貨二、三枚。大物を狩り始める銅級でも日に銀貨十枚程だ。しかも武具の手入れや物資の購入が必要となれば自由に使える金は減る。パーティーを組めば更に減る。


 それを考えれば上等な儲けだ。どうしても鑑定屋というボロすぎる例と比べてしまうが、むしろあれが異常なだけだ。ギルドの既得権益と衝突するリスクを加味するとあまり美味しいとも言えない。要はバランスだな。


 その点、賭けの胴元という立場は素晴らしい。

 冒険者連中は無駄にしょっぴかれるだけの喧嘩ではなく、正式な決闘として憂さを晴らせて幸せ。

 野次馬共は酒の肴に丁度いい娯楽を提供してもらえて幸せ。

 俺は儲けて幸せ。


 おいおい誰も損しねぇな? どうやらこの街で立ち回るにあたっての正解を引いちまったようだな。魔物と命のやり取りをする殺伐としたこの街に、この俺トゥエルブが楽しい一時を演出してやるとするかね。


 ▷


 三日目にしてちっとばかりケチが付き始めた。こいつは負けるだろうな、と思ってレートを高めに設定したやつが番狂わせで勝つ頻度が高くなってきたのだ。

 呪装を一つ持ち込み可能というルールが悪い方向で作用している。賭ける側を惑わせるために導入した制度なのだが、それで俺が判断を誤ってちゃ世話がない。


 だが、持ち込んだ呪装が『素手の攻撃の威力を飛躍的に高める指輪』とかいう決闘にお誂え向きな物であったなんて誰が予想できるだろうか。おかげで今日の収支はマイナスで終わりそうだ。これは由々しき事態である。


 やむ無し。俺は奥の手を解禁することにした。


 対戦カードは銅級のチンピラ風と石級のへっぴり腰の若者。へっぴり腰の相方と思われる少女にチンピラが言い寄り、若者が止めたところ揉めだしたので決闘を持ち掛けた。


 実力差は明確。下手な呪装でも覆せないだろう。レートはチンピラが一・三倍でへっぴり腰が三倍。これだけの差があったらへっぴり腰に賭ける奴はいない。そりゃそうだろう。まるで大人と子供の対決みたいなもんだ。

 チンピラに掛けるだけで金が増えて返ってくる。これはそういう見世物。


 つまり、俺にとっての狙い目である。


「さぁどっちが勝っても恨むのは無し。殺さない、奪わない。魔法による補助は無しで、呪装は武器を除いて一つのみ使用可能。金的攻撃は無し。お二方とも、自分の誇りに誓えるな?」


 俺は二人の表情を確認してから問いかけた。軽い口調だが厳格そうな表情は崩さない。軽妙ながらも粛々とした胴元のトゥエルブであるが故に。


「誓ってやらァ」


「ち、誓い、ますっ」


 このザマよ。喧嘩慣れしてそうなチンピラに比べ、もういっそ清々しいほどにガッチガチな若者。結果は火を見るよりも明らかだ。明るすぎて目が眩むってもんよ。

 そういうわけで、カネに目が眩んだ奴らにちょいと痛い目に遭ってもらおうかね。


「始めッ!」


 俺は両者の背をひっぱたいた。同時に無言で唱える。


敏捷透徹アジルクリア

膂力透徹パワークリア

耐久透徹バイタルクリア


 俺自身に掛けられる補助は二つだが、他人には三つまで掛けられる。強力な三種のバフを受けたへっぴり腰の実力はすでに石級のそれではない。


 チンピラの繰り出した脇腹への蹴りを腕で受けたへっぴり腰は、その予想外の軽さに驚いているようだ。

耐久透徹バイタルクリア】。その補助を受けた者には、生半可な攻撃ではろくすっぽダメージを与えられない。


 チンピラの顔が歪む。今の一発で腕を持っていくつもりだったのだろうが、アテが外れて焦っているのだろう。

 へっぴり腰が動く。【敏捷透徹アジルクリア】。駆け出した一歩が風のように軽い。


 一歩で至近に踏み込んで繰り出す右の拳は不格好ながら破壊力は十分。【膂力透徹パワークリア】。ヤワな石ころのような拳がいわおに変わる。


 腹に深く刺さる一発。チンピラの焦点がブレる。

 張り付かれるのを嫌って繰り出した裏拳がへっぴり腰の側頭部を捉えるも、体勢を少し崩した程度でさしたるダメージにはならなかった。


 反撃のワンツー。同じ箇所を執拗に狙われたチンピラが腹を抱えて呻く。震えている足に追撃のローキックが入り勝負が決まった。


 苦悶の表情でくずおれるチンピラ。興奮に上気した顔で短く呼気を吐き出すへっぴり腰。唖然とした表情で口を開けて固まる観客。


 それらをぐるりと見渡す。ゆったりとチンピラに歩み寄って生命の無事を確認し、俺はサッと手を挙げて宣言した。


「勝負あり! 勝者への惜しみない拍手を!」


 投票券が宙を舞った。無様を晒したチンピラと、賭けを台無しにした少年への心無い罵倒が飛び交う。

 罵声にたじろぐ少年に、観客の中から飛び出してきた一人の少女が抱きついた。決闘の発端になった少女だ。


 嬉し泣きする少女に照れ笑いを浮かべる少年。そんな空気に毒気を抜かれた観客たちは、罵声を引っ込めて冷やかしの声援を送った。

 今更自分たちが目立っていることに気付いた少年少女ははにかむような照れ笑いを浮かべた。むず痒さを覚えた観客も次第に笑顔になっていった。


 俺も笑顔だ。賭け金として差し出された銀貨を数える。結果が見えていた試合にベットされた総数、百八十枚。払い戻し、無し。


 大当たりジャックポット……!


 ▷


 決闘するやつは魔法による補助を掛けてはいけない。当然だ。使える、使えないとではかなりの差が出る。公平じゃない。


 だが、俺が使わないとは言ってないんだよな? 要はそこよ。

 見通しが甘い。提示された条件を鵜呑みにして詳細の確認をなおざりにした。それが彼らの敗因。


 番狂わせが起きて俺が損しそうな時は勝ち候補の奴に補助をかけ、勝負にならない程に結果が見え透いていて票が偏った時は、負け候補に補助をかけて番狂わせを意図して起こす。これが俺の編み出した必勝法よ。


 自己責任。実にいい言葉だ。あらゆる市場に成長の余地を与えると同時に、既存の商売にあぐらをかいている連中を出し抜く機会を得られる。決闘は平等のもと行われるという固定観念に囚われた連中は気持ちよく銀貨を吐き出してくれた。


 こっちもちょこちょこ負けてやれば疑うやつもいなくなる。順風満帆。しばらくは食いっぱぐれることも無さそうだ。


 さてさて今回はマッチョ対ノッポだ。どっしり構えたマッチョに比べてノッポは少々頼りない。鋭い目で睨めつけるマッチョに対してノッポは気圧されて顔が強張っている。今更後悔し始めたってとこか。


 俺はレートをマッチョ一・五倍、ノッポ三倍に設定した。票が集まるのはやはりマッチョ。だが過去に学んでノッポに賭けるやつも少なくない。

 ここは補助を使わずに成り行きに任せるか。あまり大っぴらにやると警戒される可能性もある。


「左に銀貨六十枚!」


 話が変わった。なんかマッチョにアホほど賭ける奴が出やがった。冗談かと思ったら本当に銀貨六十枚出して来やがった。なんだこの女は。いいところのお嬢様かなんかか?


 そしてそいつが流れを作ったおかげでマッチョに票が入る入る。期待されたマッチョは上機嫌だ。


「なっはっは! お目が高いぜお前らぁ! いい思いさせてやるから期待して待ってろよぉ!」


 ……マッチョが勝ったら大損だな。路線変更。ノッポには頑張ってもらうことにしよう。今日の主役はお前だ。


 いつもの口上を終え、両者の背をひっぱたいた。同時に唱える。


敏捷透徹アジルクリア

膂力透徹パワークリア

耐久透徹バイタルクリア


 万が一が起きないようにマッチョにも掛けておくか。やりすぎると怪しまれるので一つだけ。


膂力曇化パワージャム


 これでよし。あとはもう消化試合だ。

 渾身のパンチを受け止められたマッチョは呆然としているところに膝蹴りを食らって怯み、両手を組んだ大槌のような一撃を頭に食らって無様に沈んだ。

 あっという間の出来事だ。ことを為したノッポ本人が一番驚いている。


 あんまりにもあっさり倒れたマッチョに対する怒りの声が多く上がる中、俺は粛々とマッチョの生存確認を行う。あとはもういつもの流れだ。


「勝負あり! 勝者への惜しみない拍手を!」


 投票券が宙を舞う。いつもの光景。

 掃除する奴大変だろうなーなんてのんきに思いながら、ノッポに賭けた運のいい奴への払い戻しの準備を進めようとしたところ、一人の女が近づいてきた。銀貨六十枚も賭けた例の女だ。


 その女は俺を素通りして倒れ込むマッチョに近寄り、何かをしたあとノッポにも同じように近寄った。なんだ、何をしてる?


 ……宝石、か? 女は大振りな紫水晶をノッポに押し当てた。瞬間、宝石が光を放つ。妖しい紫光が複雑な切断面からキラリと溢れる。ヤバい。嫌な……嫌な予感がする。


「『見栄張りの証明』。魔法が付与されている人物に当てると発光する呪装です」


 その声……その態度……ッ!


敏捷透徹アジルクリア】! 俺は全力逃走を試みた。


「やはり茶番でしたか」


 離れた位置に居たはずの女の声が耳元から聞こえる。足を刈られて転がされる。早い、なんてもんじゃない。魔物を狩り続けて濃密な魔力に晒された肉体は、常人のそれとは掛け離れた性能を誇る。


 金級。魔物を屠る者。魔物以上の魔物。


「『遍在』……ッ!」


「おや。少し知名度が上がってしまいましたかね。立場上あまり目立たないようにしているのですが……最近は大捕り物もありましたし、是非もなしでしょうか」


 ギルドの犬がッ! せっかく商売が軌道に乗ってきたってところで邪魔しやがって……!


「ですが、金級の名も悪党に対する抑止力にはならないようで歯痒いものですね。誇りある決闘を汚し、賭けと称して不当に利を貪る詐欺師トゥエルブ。女神様の許でその罪、存分に雪ぐと良いでしょうっ」


 心なしか普段よりも怒気を孕んだ口調。いつもの口上を言い終えると同時、右手に握っていた大量の投票券がくしゃりと音を立てた。握られた拳が小刻みにふるふると震えている。

 まさかとは思うけど、賭けに負けた腹いせとかじゃないですよね、ミラさん?


 ▷


「離せッ! 俺はただ冒険者共の喧嘩を仲裁してやっただけだ! 金を貰うのは当然の権利だろうがッ! クソがっ! クソがーッ!」


「これより、補助魔法を悪用して冒険者の誇りある決闘を汚し、あまつさえ金銭の詐取まで目論んだ詐欺師トゥエルブの処刑を執り行います」


 首枷を嵌められた俺は断頭台に掛けられていた。


「何が誇りだ! 何が詐欺だッ! 俺は戦うやつが魔法を使うことは禁じたが、俺が魔法を使わないなんて一言も言ってねぇぞっ! お前らが勝手に勘違いしたんだ! 分かったら、俺を解放しろッ!」


「決闘に際しては、第三者の直接的な介入を禁ずる。当たり前の認識です」


「俺が手を加えなかったらつまんねぇ試合になってた例も少なくねぇ! 俺は娯楽を提供してやったんだよ! そうだろ、てめぇら!?」


 俺は集まった冒険者や街の住人共に同意を求めた。民意を束ねればこのふざけた処分も撤回されるかもしれない。


「舐めた口利いてんじゃねぇぞ! てめぇのせいで丸損だ! せっかくの勝ち試合を台無しにしやがってボケが!」


「金返せカス野郎!」


「誇りを汚した報いを受けろ!」


「ざまぁみやがれ!」


 クソ共ぉ……! 負けた無能の声に掻き消されて擁護の声が上がらねぇ……!


「最期に何か言い残すことはありますか?」


 またこんな最期だっていうのか!? 冗談じゃねぇ! なんでこんな短期間で二回も首を飛ばされなければならねぇんだ!

 探せ……状況を覆す逆転の一手……ハッ! あそこで情けない顔して突っ立っている二人組は……!


「おい、そこの二人組! 俺を庇え! 擁護しろォ! 誰のおかげで勝てたと思ってんだ! 誰のおかげで乳繰り合っていられると思ってるんだ! 言え! 言うんだよ! 言って俺を解放しろッ!」


 俺はへっぴり腰のガキに狙いを定めた。勝ち目のない相手に勝てたのは誰のおかげなのか、それを声高に主張させれば流されやすい周りのアホ共も納得するに違いない。


「あっ、それ……は……」


 言え! 言うんだ! 俺の潔白を知らしめろッ!


「おい、何勘違いしてんだ。そいつは補助魔法なんか受けてねぇ。単純に俺がこいつより弱かった、それだけだ」


 アイツは……へっぴり腰の対戦相手のチンピラ! いきなり出てきてどういうつもりなんだ! 何故俺の邪魔をする!

 あの腐りきった表情……意趣返しのつもりかッ! 衆目の前で恥をかかされた仕返し、そのための茶番……!


 ゴミ! ゴミクズッ! 人の足を引っ張るしか能がねぇのか!


「お前えぇぇぇぇぇぇ!!」


 ガコンと音がした。歓声が沸く。蛮族のような冒険者共は処刑を娯楽として愉しむ癖がある。ゴミ共め。知性の欠片もありゃしねぇ。


 街の奴らに娯楽を提供していただけなのに、まさか自分自身が娯楽になっちまうなんてな?


 この世のままならなさを噛み締めながら俺は首を飛ばされて死んだ。

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