ボロいやり方でボロボロ

 今回のカードは似たような体型の二人だ。筋骨隆々というわけではないが、服の上からでも分かるほど引き締まった肉体は猛者の風格を纏う。


 両者とも腰に剣を佩いている。剣士二人、か。果たして何で揉めたのやら。まあ、理由なんて考えるだけ無駄か。点火したらすぐ燃えるおがくずみたいな生態をしてるのが冒険者だ。火種の特定はちょっと難しい。


 さて、どちらに賭けるか。

 銀髪細目は年季の入った装備と余裕の表情。年はこちらが上だな。二十半ばか。

 対する茶髪吊り目はムッとした表情で銀髪を睨んでいる。年齢は二十を過ぎた頃か。今日はオフだったのだろう、軽装の普段着で構えている。緊急の時のための剣だけは所持していたってところか。


 これは勝つのは茶髪だな。間違いない。銀髪のあの余裕は命取りになる油断の類だ。対する茶髪、やっこさんは燃えてるな。何か癪に障ることでも言われたのか、相手を絶対に打ち負かすという強い意思をひしひしと感じる。

 モチベーションの差は実力差を覆すに足る要因だ。俺は茶髪に銀貨三枚をベットした。当たれば倍になる。せいぜい稼がせてもらうぜ猫背さんよ。


「さぁさぁどっちが勝っても恨みっこは無し。殺さない、奪わない。魔法による補助と呪装の使用、金的は無し。お二方とも、自分の誇りに誓えるな?」


「誓うよ」


「誓う」


 あの猫背、やはり慣れてる。さっきの決闘と焚き付け方が同じだ。さも偶然居合わせて仲立ち役を買ったように見せてその実、念入りな準備と最適な口上を事前に用意していたのだろう。

 喧嘩しそうな冒険者たちのプライドを刺激して口車に乗せて餌にする。そして寄ってきたカモから財布の中身を拝借する。それが猫背のやり方。


 くくっ。狩る側ってのは狩ってる最中が一番無防備なんだぜ? カモだと思って慢心してたら猛禽にパクっと頭からいかれちまうかもしれねーな?


 まあしばらくは猫背の商売も安泰だろう。下馬評では銀髪の方が圧倒的人気だ。装備と余裕の表情という外っ面だけしか見れないボンクラ共は、内面の差による番狂わせの可能性ってのを見透かせないらしい。

 まあ、こういう賭けってのは騙されるアホが居てこそ成り立つもの。甘い汁を吸って肥えた猫背を俺が骨までしゃぶり尽くしてやるとするかね。


「始めッ!」


 猫背が両者の背をひっぱたいた。

 先に動いたのは茶髪。背を叩かれた瞬間に弾かれたように右手を繰り出した。小細工なしの右ストレートは相手の鼻っ面までの最短経路を走る。


 ヘラヘラと余裕の表情を浮かべていた銀髪はこれに虚を突かれたようだ。細目を見開き、すんでのところで首を傾げて躱すも、拳が掠った頬がピッと裂けて一文字の傷を作った。玉の血が舞う。


「チッ、ガキが!」


 余裕のメッキが剥がれた銀髪のボディブロー。パンチに勢いを乗せた茶髪は躱すことができずにこれをまともに食らう。苦しそうな表情。まともな防具を着てない茶髪は相応のダメージを負ったことだろう。

 銀髪に賭けた奴らがワッと喝采を上げた。馬鹿共め。これで終わるわけが無い。そうだろ?


「ッ……ああぁッ!」


 右ストレートの余勢を駆って茶髪が銀髪に組み付く。何が何でも打ち倒すという憤怒の形相。脇腹に執拗に拳を叩きつけられても勢いは衰えず、そのまま足を刈って押し倒した。

 形勢逆転。すかさずマウントを取ると、茶髪はその身体を弓なりに反らした。ド派手に決めるつもりだ。いいね、見せてやれよ。お前を見下した連中に、そして相手に、てめぇの根性ってやつを。


 ギリギリと音がしそうなほど引き絞られた身体が弾ける。勢いの乗ったそれはさながら隕石の如し。ヘッドバットッッ!! 自傷を厭わない漢の一発ッ!


 会場が大歓声に包まれる。ぐったりと伸びた銀髪を尻目に茶髪がゆらりと立ち上がり吠えた。最後に立っていた者にのみ上げることが許される勝ちの鬨。額から流れる血が野性味を掻き立て、それはもはや獣の咆哮であった。


 猫背が銀髪に駆け寄る。先程の決闘と同じように安全を確認し、同じようにバッと手を挙げて宣言した。


「気絶! 命に別条なし! 勝負あったぁッ!!」


 投票券が宙を舞う。今回は随分と銀髪に賭けた奴が多いらしく、罵声の量が半端じゃない。俺はそんな中を悠々と歩いて猫背の男に投票券を差し出す。そして返ってくるのは銀貨六枚。真っ当に魔物を狩ってるのがアホらしくなっちまうな?


 そのまま俺は路地裏に赴き、【偽面フェイクライフ】を発動して顔を変える。名もなき住民に変化した俺は安酒をチビリながら猫背の男が再び動き出すのを待つ。しばらくの後、河岸を変えるために歩き出した猫背の後を俺は存在感を消してから追った。


 ▷


 ボロいな。実にボロい。

 あの後に二回行われた決闘で俺は順当に金を増やしていた。三枚が六枚。六枚が十二枚。十二枚が二十四枚。

 鑑定屋に比べたら効率は落ちるが、完全に作業だったアレとは違ってそれなりに楽しめるのがいい。何よりもギルドに目を付けられる心配がない。時たま臨時収入が発生するのも良い。不用心な馬鹿が多いこと多いこと。


 ただ、少し掛け金を抑えたほうがいいな。さすがに銀貨十二枚賭けは悪目立ちした。猫背の男のこちらを怪しむ視線が気に掛かる。勘の良さそうな男だ。バレないように今後は六枚を上限にしよう。


 次の対戦カードはマッチョ対マッチョ。実にむさ苦しい絵面だ。早急に終わらせて次の決闘に移って頂きたい。


 上半身裸マッチョが胸筋をピクピクさせてアピールした。やめろや。

 対抗心を燃やした別マッチョが上着を脱いだ。脱ぐな、着てろ。そのまま流れるようにサイドチェストを決めた。やめろやめろ! 誰が得するんだよこの戦い!


 チッ。くそ、読めねぇ……運だろこんなの。なんか真面目に考えるのが億劫になった俺は服を脱ぎ散らかした方に銀貨六枚を賭けた。その意気込みを買う。だから服を着ろ。


 願い通じることなくおぞましい絵面のまま決闘が始まった。開始と同時にガッと両手を組み合った両者は、筋肉を魅せつけるように両手を組み合わせたままググッと腕を回して腹の付近に添えた。胸筋が震える。俺の顔が引き攣る。


 両者はそこで示し合わせたようにパッと両手を離し、再度手を組み合った。そしてそのまま身体を捻ったポーズ。際立った背筋を魅せつけるようにピタリと静止。会場の空気も凍る。お前ら真面目にやれよッ!


 なんかもう見てられなくなった俺は目を閉じて成り行きに任せることにした。賭けには負けた。


 ▷


 納得できるか!


 クソがっ! とんだ茶番のせいでつまんねぇケチがついちまったじゃねぇか。あんたの筋肉には負けたよ、じゃねぇんだよ。脳みそ筋肉でできてんのかあのアホどもは。


 まあいい。過ぎたことにいつまでも引き摺られててもしょうがない。次だ次。次で勝てばチャラだ。忘れよう。


 対戦カードは三十後半と思われるふくよかと、引き締まった身体の二十過ぎの精悍な顔付きの黒髪の男。

 おいおいこれは……どうなんだ? 順当に行けば後者だ。前者が勝つビジョンが見えない。腹に一発入れられて無様に沈む未来しか見えねぇぞ。


 いや、逆にか? 逆に? あのふくよかは何か秘策がない限り決闘を受けようとは思わないだろう。手の内を隠してる。なるほど、そういうことか。なるほどね。俺はふくよかに銀貨六枚を賭けた。


 猫背が両者の背をひっぱたいた。

 腕を顔の後ろまで引いた隙だらけの大振りなパンチを見舞おうとしたふくよかの腹に黒髪のコンパクトな右がめり込む。ズムッと音がしそうなほどめり込む。一見すると勝負ありだ。


 黒髪に賭けた奴らがワッと喝采を上げた。馬鹿共め。これで終わるわけが無い。そうだろ?


「おっ、お……オフッ」


 ふくよかの苦しそうな演技が光る。真に迫るとはまさにこのこと。涎を垂らして目を剥いたふくよかは腹を抑えて両膝をついた。なるほどね? 油断させる作戦ね。演技がお上手だ。

 そのままゆっくりとくずおれるふくよか。ふっ、ふっ、と途切れ途切れの呼吸。哀れみを込めて見下す黒髪は完全に警戒を解いている。勝負は決まったとでも言いたげだ。


 バカめ。そろそろ行けよふくよか。目にもの見せてやれ。ド肝を抜いてやれ。


 ん? おい、何してんだ猫背。まだ勝負は終わってねぇぞ。

 ふくよかのそばでしゃがみ込んで、一言二言交わして? ほう。両手をぶんぶん降って?


「あー、勝負あり。降参だとよ」


 ざっッッけんなクソデブがッッ!! なんでだ? なんで喧嘩売ったんだよお前ッッ!! そんな体たらくでなんで勝てると思ったボケがっ!!


「あー、なんだその、すまん。ちょっと大人気なかった」


 対戦相手に情けかけられてどうすんだよおい。はーくだらねぇ試合だったわ。クソ! 水差しやがってボケが。

 次だ次! 二連敗して終わるなんて俺の賭け師としてのプライドが許さん。真っ当な試合なら勝てるんだから色物じゃなくてまともな奴を選んでくれや猫背さんよ。


 ▷


 おい! なんでテメェ試合始まる前そんな自信満々だったんだよ! 身の程をわきまえやがれボケが! 自分を客観的に見れないやつが粋がってんじゃねぇよオラァ!

 とんだ肩すかしだ。こんな締まらねぇ試合があってたまるか。次だ。次は惑わされねぇぞ。


 ▷


 はぁぁぁ!? もう少し粘れや! 何が降参だ、でくのぼうがッ! てめぇの筋肉はなんのためにあるんだよ! 眼の前のいけすかねぇガキをブチ転がすためじゃねェのかよッ!

 三、四発もらった程度で音を上げてんなよ! てめぇそんなんで魔物が狩れんのか!? 冒険者としてのプライドが少しでもあんなら降参を撤回しろ! 立てやボケがッ! 雑魚で終わってパーティーメンバーに顔向け出来んのかオイッ!

 あ、てめ! 何そそくさと逃げてんだよ卑怯者が! 金返せやオラァァァッ!


「るッッッせぇぞダボがッ! 人様の隣でギャーギャーわめくんじゃねぇよ! 恨むならてめぇの見る目の無さを恨めや能無しがッ!」


「あァ!? なんだてめぇハゲ達磨がよぉ! すっこんでろやカスが! 賭けもできねぇ貧乏人が人様をどうこう言える立場にあると思ってんのか? 貧乏暇無し! 油売ってる暇があったらケツでも売って稼いできたらどうなんだ!? えェ!?」


「クソが! てめぇ死んだぜオイ! 決闘だヒョロガキが! そんだけペラ回しておいて逃げねぇだろうなァ!?」


「っってやらぁ! そのハゲ面貸せや! 右ストレートでのしてやんよ雑魚が!」


 俺は右ストレートでのされた。


 後で知ったのだが、あの入れ墨ハゲは銀級だったらしい。補助魔法使えなかったらそりゃ勝てんわな。

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