賭けに負けたやつを見ながら呑む酒は美味い
目抜き通りを歩いていると何やら人垣ができていた。
この街の馬鹿どもは何かあるってぇとすぐ野次馬根性を発揮して寄り集まって騒ぎやがる。どれ、何があったのか俺も確かめるとしようか。
はいちょっと失礼しますよっと。お、膨らんだ革袋をぶら下げてる馬鹿がいるな。
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ん? 腰のあたりに違和感……チッ! スラムのガキか! ゴミめ! 人の金をパクろうとはいい魂胆だなオイ! ふてぇやろうだ。きたねぇ飯食いすぎて脳まで腐ったか?
【
騒いでる馬鹿共の間に肩を入れて押し退けて進み最前列に出る。そこに居たのは三人の男だ。冒険者と思われる二人がムスッとしたアホ面で至近距離で向かい合い、その間に仲立ち役と思しき猫背の胡散臭い男が突っ立っている。
ふむ。決闘か。よくあることだ。
冒険者共は喧嘩っ早い。縄張り意識が高いのか舐められたくないのか、はたまた頭が弱いのか、やれ目が合った肩が触れたで口角泡を飛ばして最終的に拳が飛ぶ。
そこまで行くと治安維持担当が飛んできて取り押さえられ、騒いだ罰として金が羽でも生えたかのように飛んでいく。色々とブッ飛んだやつらだ。頭のタガまで飛んでいる。
そんな奴らが行うのが決闘だ。両者の合意のもとに成り立つそれは、言ってしまえば治安維持担当の横槍を排した喧嘩だ。
武器の使用はなし。相手が気絶するか降参するまで己の身一つで打投極の限りを尽くし、どちらが強いかを純粋に決めるというやり取りだ。
相手を殺すのも、打倒した相手から金銭を取るのも無し。引くに引けなくなった奴ら二人で行うステゴロのタイマン。それが決闘。
メンツだの矜持だのといったよくわからんものを腹に抱え込んだ連中は、それを刺激されるとすぐ爆発する。腹に据えかねるとでも言うのかね。
今回の催しもそういったもののようだ。痩せぎす対マッチョの構図。どちらも相手を見る目が厳しい。役職で揉めたか?
斥候役と戦闘役の軋轢は今に始まったことじゃない。やれどっちが楽だ、危険だという議論は熱が入るに連れて殴り合いになる。求められる役割がまるで違うって事実が、歩み寄るという姿勢を根っこから剥ぎ取っちまうらしい。度し難い連中だ。俺は酒とつまみを頼んだ。
「さぁさぁどっちが勝っても恨みっこは無しだ。殺さない、奪わない。魔法による補助と呪装の使用、金的は無し。お二方とも、自分の誇りに誓えるな?」
「誓う」
「あァ」
猫背が発破をかける。
黒衣を纏った痩せぎすが首を左右にクイックイッと動かして骨を鳴らす。対抗心を燃やしたむさ苦しいマッチョが丸めた右手を左手で握り込み、威圧するようにボキボキボキリと骨を鳴らす。俺はつまみをポリポリする。
高揚を肌で感じ取った野次馬連中が盛り上がる。主な話題は、やはりどっちが勝つかだ。【
戦意充分と見た猫背が両者の背をひっぱたいた。開始の合図。ガバッと両腕を広げたマッチョが覆いかぶさるように痩せぎすに迫る。
まあそうなるわな。あの体格差、腕を掴まれただけで試合は傾く。打より極。合理的だ。だから読まれる。
マッチョの両腕は、トンと軽い調子で跳んで距離を離した痩せぎすの黒衣をかすめただけで終わる。逃げたとは言うまい。アレと真っ向から殴り合うのは誇り云々の前にただの馬鹿だ。
鋭い切り返し。足元まで伸びる黒い外套は歩法を隠して攻めの起点を読ませない。
そう、俺が注目したのはそこだ。あんな足が絡みそうな外套を着たままタイマンに臨むという強者特有の余裕。経験に裏打ちされた自信。そしてそんなことすら読めない対戦相手の愚昧さ。勝負の結果は火を見るよりも明らかってもんよ。
宙を掻いた両腕、狙いは右腕、その先端。五指に向けて振り上げられた蹴りは、地から天へと昇っていくギロチンのような閃き。
まともに食らったマッチョが顔に苦味を走らせて身を引く。ありゃ何本かイったな。俺は酒で喉を潤しながらマッチョの負けを確信する。
痛みに呻くマッチョは防御が疎かだ。警戒しているように見えるが、右の指を庇っているせいで隙だらけだ。どうぞ攻撃してくださいと言ってるようなもんだね。
痩せぎすが挑発するようにゆらゆらと体を左右に揺らしてゆったりと歩を進める。
マッチョは痩せぎすの足元をチラ見して、動きが読めないと見るや身体に視線を向ける。揺れる身体の動きを律儀に目で追って、故に唐突に振り上げた右手に目を奪われる。極初歩的な視線誘導。バカめ。身体がガラ空きだ。
身体を屈めた獣のような疾駆。静から動への切り替えの速さが上手い。【
無防備な
くの字に折れ曲がったマッチョの身体。丁度いい位置に下がってきたと言いたげな痩せぎすは、くるりと身を翻して顔面に回し蹴りを放った。
派手に吹っ飛ぶマッチョ。その身体は勢いそのままに店主の居ない屋台に突っ込み、木片に変わった屋台に埋もれた。
慌てた猫背がマッチョの両足を引っ掴んで引きずり出して安否を確認した。瞳孔を確認し、首元で脈を測る。観衆が息を呑んで見守る中、猫背がバッと手を挙げた。
「気絶! 命に別条なし! 勝負あったぁッ!!」
歓声が轟く。見事下馬評を覆した痩せぎすは観客に背を向けて歩き出し、片腕を上げてカッコつけつつ去っていった。その背には惜しみない賞賛と悪罵の声が掛けられる。
「ヒュー! やるねぇー!」
「カッコよかったぞー!」
「格下相手に粋がってんじゃねぇぞー!」
「てめぇのせいで丸損だ! バッキャロー!」
何やら白熱していると思ったら賭けの対象になっていたらしい。ホクホク顔のやつもいるが、顰めっ面をしているやつのほうが多い。投票券を地面に叩きつけて踏みにじっているやつまでいる。俺は酒をグビッと呷った。プッハァ〜!
しかしあれだな。賭けってのは胴元が勝つって相場が決まってんのにどうして学ばないかね。程々に楽しめばいいものを、感情的になって悪し様に罵るなんて醜いったらありゃしねぇ。今回の賭けだって実力を見抜けないマヌケが悪いってだけなのにな?
――――!
その時、天啓が舞い降りた。なるほど。なるほどね?
俺は賭けを仕切っていた猫背の男を気付かれないように尾行した。
▷
用意が良すぎる。俺が疑問に思ったのはそこだ。冒険者同士の喧嘩ってのは突発的に起きるもんだ。喧嘩の延長である決闘も例外じゃない。
熱しやすく冷めやすい冒険者連中は、カッとなったらすぐに喧嘩をおっ始める。しかし、じゃあ今度改めて決闘しようぜとはならない。頭を振ったらカラカラと音がしそうなほど脳みそが小さい冒険者共は、少し歩くと怒りなんて忘れる。なんかもういいやとなるのだ。
明日の昼に決闘を約束した冒険者がどうでもよくなって約束をすっぽかしたら、実は相手も約束をすっぽかしていたというのは有名な笑い話だ。いい意味でも悪い意味でも今日に生きている連中なのである。
では、なぜ賭けなんて成立したのか。それも、わざわざ投票券を使った本格的なものがだ。
決まってる。事前に用意していたのだ。あの猫背の男は適当な獲物を見繕い、決闘を持ち掛けて野次馬を賭けに巻き込んだ。そして儲けを得てホクホクというわけだ。良い商売してやがる。
だが俺に目を付けられちまったのが運の尽きよ。節穴共を餌に好き勝手やってるようだが、俺ならどっちが勝つか簡単に見分けられる。
猫背が馬鹿どもから巻き上げ、それを俺が巻き上げる。美しい階層構造だな。弱肉強食ってのはなにも腕っぷしだけで決まるもんじゃない。それを分からせてやるとするか。
【
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