ざまぁ見ろ!
まあなんだ、要は危険物を買い取ってギルドに横流ししろってことだろ? はいはいわかったわかった。自腹切って回収してやるよ。
だが、今日までだ。今日でイレブンは終わらせる。流石に目を付けられた以上、鑑定屋を続けるつもりはない。
何よりあの野郎……ルーブスはとんだ食わせ物だ。あいつの発言、殆どが嘘だ。間違いない。
【
いやはや、海千山千ってのはああいう奴のことを言うのかね? 息をするように嘘に嘘を重ねてそれらしい話を作りやがる。
ネックレスを砕いたって話も嘘。火種になる呪装は全て処分するってのも嘘。鑑定士が儲けてはならないって話も嘘。ギルドの収支がマイナスって話もみんな嘘だ。大した野郎だよほんと。あいつから嘘を取り除いたら骨と皮しか残らないんじゃないか?
本当のことだと自信を持って言えるのは、鑑定士は三十回ほどの【
舌先三寸口八丁で会話のペースを握ったら、もっともらしい嘘で相手のペースを乱してそのまま呑み込む。なるほどギルドマスターの椅子に腰を落ち着けてやがるわけだ。腕っぷしだけの冒険者なんて口で丸めてゴミ箱にポイだろう。
俺のことなど、たまたま鑑定の才能に目覚めて調子に乗っている世間知らずの青二才程度にしか思ってなかったに違いない。
恐らくは……あのペンダントで怒りを買ったな。あの品がギルドに持ち込まれていたら、銀貨数枚で買い叩いて金貨千枚以上で売り捌きボロ儲けするつもりだったのだろう。
それが、ぽっと出の鑑定屋のせいで台無しになった。知識を吹き込まれたせいで、一方的に搾取される冒険者が対等な交渉相手に変化してしまった。そりゃ面白くないわな。トップが出張って来るわけだ。
要はこうだ。
ギルドが独占していた事業に割り込んできた邪魔者がいる。
邪魔者のせいでギルドの儲けが減り、冒険者がにわか知識で強気の交渉に出始めた。
トップ自ら出向いて邪魔者に脅しをかけ、値の張る商品は秘密裏にギルドへ流すよう仕向ける。
鑑定代で儲けることは許してやる。だがギルドに逆らったらどうなるかわかるな?
こんなところか? 全く、カタギじゃねぇな。
直接的な制裁に出なかったのは……冒険者達の機運が高まってるからか。高額査定に夢を見た馬鹿が活気付いてる状況はギルドにとっては好ましいのだろう。後は鑑定士を傀儡にすれば問題解決、と。
なるほどよくできたシナリオだ。だが相手が悪かったな? 【
ああ、回収する。自腹を切って回収するとも。その品は王都の闇市で捌かせて貰うがな!
十中八九、今日の客にそういう品を持ち込むやつがいるはずだ。俺が警告の意味を理解しているかを確かめるために。俺が本当に口先で客を丸め込めるか試すために。
ギルドの差し金が何匹か来るはずだ。そいつらの品もまとめて売り払ってやるよ。これでギルドは大赤字だ。ざまぁ見ろ。
まあ、安心しろって。俺も鬼じゃない。もしもとんでもない災厄を招くような品が来たらインベントリの肥やしにしておいてやるからよ。ルーブスさんは安心してギルドマスター室で茶でもすすってればいい。
目抜き通りに向かうと冒険者共が飽きもせず列を作っていた。だが、さすがに減ったな。昨日とは比べるべくもない。半分より少し下か。撤退するには丁度良さそうだ。
出迎えの歓声にいつものように軽く手を挙げて応え、見渡すふりをしながらあらかじめ目星をつけておく。……あいつと、あいつと、あいつかな。
くくっ、【
早くしろとの催促を受け、思考を断ち切る。今日で痕跡すら残さず消えるということをおくびにも出さない笑みで定句を告げる。
「お集まり頂いてありがとうございます。では本日も、皆様の夢の値段を量りましょう」
▷
「……これはクズ品ですね。斬った者へ激しい痛みを与えるだけの短剣です。加えて切れ味もそこまで宜しくない。魔物には通じないみたいなので……銀貨一枚にもならないのでは無いでしょうか。ああ、宜しければ私にお譲りいただけませんか? ちょうど昨日果物ナイフが欲しくて困っていたのです。銀貨一枚でどうでしょう?」
「クズ品です。儀礼用に作られた長剣ですね。そこらの店で買えるなまくらのほうがまだ役に立つでしょう。……ですが、この装飾は個人的に好みです。宜しければ銀貨十枚でお譲りいただけませんか? もう一声? はは、商売がお上手でいらっしゃる! 銀貨十五枚でどうでしょうか?」
「……この外套は、体重を軽くするクズ品です。身体の動かし方の感覚が変化するため、歴代の持ち主からはあまり好まれていませんね。ああ、良ければお譲りいただけませんか? 身一つでこの街に来たため衣類がまだ揃っていないのですよ。冒険者でない私ならデメリットも気になりません。ええ、銀貨十枚で。いえ、宜しいのですよ。冒険者の方達にはお世話になっていますし、平和を守ってくださっている方達に還元するのはこの街の住民として当然のことです」
俺は拷問用の短剣と、所有者の魔法の威力をとてつもなく底上げする剣と、空を飛べるマントを安値で買い叩いた。
これでいいんだろ? ギルドの職員さんよ。
さて、どのくらいの値段がつくかね。俺は意外と短剣がいい値段になると予想してる。後ろ暗いことを生業にしてる責問吏なんかに人気が出そうだ。
闇市は素性を問わず売りに出せるのが魅力だが、正規の手続きを踏んで売るより値段が下がる。だがまあ、全部合わせれば金貨八十枚は行くんじゃないか。やっぱボロい商売だな。ルーブスの野郎がすぐさま手を打つわけだ。
笑みをこらえながら差し出された剣を鑑定する。黒と金を基調とした厳かな剣。しかし呪装ってのは剣が多い。討ち倒すべき魔物が蔓延ってたのは今も昔も変わらないってことかね。剣が好きな方の姉が喜びそうだ。
「……ッ!」
どうでもいいことを考えていたら思わず表情に出してしまった。
……この剣、やばいな。斬れない物が無い、のか?
木でも岩でも魔物でもドラゴンでも一刀のもと斬り伏せてやがる。それこそ、空気を斬るかのように滑らかに。
金貨千枚級。闇市で流して、だ。
そこらのボンクラを英雄に変える。これはそういう剣だ。
「あっ、あの、どうですか……?」
顔を上げる。気弱そうな少年。年は十五過ぎだろう。後ろに控えてる少女はパーティーメンバーか。緊張で顔が強張っている。絵に描いたようなルーキーペアだ。ビギナーズラックで済ませられる案件じゃねぇぞ。
誤魔化すように咳払いをし、できるだけ深刻そうな顔をする。さっき顔を顰めてしまったのは失敗だった。ギルドの連中の目と耳がどこにあるか分からない。低めの声を作って言う。
「……これは、呪われた剣ですね。非常に強力な呪いです。目を惹く金で誘い、闇のような黒で持ち主を喰らう、そういう剣です」
「えっ! そんなに危険なものなんですか!?」
食い付きは上々。あとは手放すよう誘導すれば完璧だ。
青い顔をして後ろの少女を見やる少年。良かった、ある程度客が居なくなっていて。取り巻きに騒がれたらボロが出ていたかもしれない。
「ええ。振ると肉体が爛れ、腐れ落ちるとても危険な品です」
「ええっ!? 僕、ちょっと振っちゃいましたっ!」
後出しやめろや。なんで未鑑定呪装使ってんだよ。どんな危険があるか分からないから使うなってのは冒険者ギルドで口酸っぱく言われる基礎の基礎だろうがッ!
「ん、んっ! ちょっと程度なら問題ありません。どうやら……二十回程から効果が出始めるようですね」
「ええっ!? ご、五十回くらい振っちゃいましたっ!」
後出しやめろっつってんだろッ! ちょっとじゃねぇよボケがッ!
「いえ、いえ、これは……所有している時間、のようですね。すみません、呪いの品は珍しいので読み違えました。非常に危険な品なので手放す事を推奨します。よければ、私が預かりギルドへ提出しておきますよ。あなた達はそろそろ影響が出始めるかもしれない」
「あの……初めて手に入れた呪装なので、その、家に飾ったりとかしたら駄目ですかね? 手に持たなければ大丈夫だったりしませんか?」
コイツわざとやってんのか!? 呪いの装備だって言ってんだろうがッ!
「……爛れ死にしたいのならご自由に。次に提案を受け入れないようなら私からはもう何も言いません」
「あっ、いやっ、冗談です! 引き取ってください、お願いします!」
最初からそうしろや。何だったんだこのふざけたルーキー共は。近いうち死ぬぞ。
それっぽい雰囲気を出すために剣を直接触らないよう適当な布で受け取り、それっぽく包んだら買い取ったその他商品と同じところへ転がしておく。
先の三品もこの剣の前では霞む。国を滅ぼすほどの力こそないが、間違いなく国宝級。ようやっと運が向いてきやがったぜ……後は残る数人を捌いてドロンだ。もしかしたらこの街はもう用済みになっちまうかもな?
▷
終わった。これでイレブンは終わりだ。
本日の鑑定作業は滞り無く終了。昨日と一昨日で在庫を吐き出したのか、鑑定数は百にも満たなかった。少し早いが、客が居なくなったので店じまいだ。
硬貨と買取品でずしりと重みを増した背嚢を背負う。後は誰も見てないところで【
「あ、あのっ! まだ間に合いますか?」
掛けられた声に反応して振り向くと、そこに居たのは荒事とは無縁そうな小娘だ。恐らく冒険者じゃ無い。店を間違えてるのかと思ったが、手に何かを握っている。
「引退したお父さんが持っていた指輪を鑑定してほしいんです。銀貨十枚は高いけど、五枚でしてくれるならって、お父さんが……」
なるほど。引退しても一攫千金の夢を捨てられなかったってわけね。千金の秤なんて呼ばれる男の締めの案件としては丁度いいか。
「ええ、では拝見致します」
鈍く銀に光る指輪。なんの変哲もなさそうな品だ。
【
欲しい。希少度的には黒金の剣とは比べるべくもない品であるが、俺としてはこっちの指輪のほうが欲しい。常時身につけておいて損はない。売れば金貨に届くのは確実だが、売らずに取っておきたい品だ。
一縷の望みを託すような面持ちで手を胸の前で握りしめる小娘。こいつと引退した冒険者には似つかわしくない品だ。俺は心底気の毒そうな顔を浮かべた。
「残念ながらクズ品です。ご存知かもしれませんが、このように特徴のない呪装は効果が控えめなことが多い。少し怒りっぽくなる指輪、ですね。正直つける理由がないかと」
「そんな……」
「ですが、精神の修養には使えそうです。デザインも私好みだ。銀貨十枚で買い取らせていただきますよ?」
「…………では、お願いします」
小娘は銀貨五枚も得する。俺も得する。やっぱり良い商売だな?
腰の革袋から銀貨を追加で五枚取り出し、鑑定代で渡された五枚と合わせて十枚を小娘に手渡す。衝撃と轟音。明滅する視界と、鈍くなっていく身体の末端の感覚。赤に染まる視界。舗装された地面の冷たさ。
対面の女に腕を引かれ、顔面を台に叩きつけられて板をブチ割った勢いそのままに抑えつけられたのだと理解するには少々の時間を要した。
「賢しい下衆が一番厄介ですね」
冷水を浴びせるような声。取り付く島もない態度。何回か聞いたことがある声……クソっ! 【
「『遍在』……ッ!」
「やはり知られていましたか。この街へ来て日が浅いとの情報でしたが……やはり不穏分子のようです」
金級冒険者。『遍在』のミラ。治安維持担当の頭を張っているギルドの犬。それも、とびきり厄介な猟犬。
【
俺のブラックリストの一番目に記入されている存在だ。
「ギルドからの警告の意味を理解する頭はあるようですが……最後に欲を出しましたね。善良な民から益を掠め取るような害悪は必要ありません」
列に並んでた三人の冒険者はブラフ……本命はコイツかッ!
「千金の秤のイレブン。守るべき民を欺き私腹を肥やす大罪人。女神様の許でその罪、存分に雪ぐと良いでしょう」
▷
「離せッ! 俺は凡百の鑑定士とは比べ物にならない才能を持っているんだぞッ! クソがっ! クソがーッ!」
「これより、鑑定士を騙り有益な呪装の詐取を目論んだ詐欺師イレブンの処刑を執り行います」
首枷を嵌められた俺は断頭台に掛けられていた。
「ギルドが! それを言うのかッ! お前らだって同じ穴のムジナだろうがぁ! 冒険者共っ! お前らだって騙されてんだよッ! ギルドは、わざと、お前らの有用な呪装を安く買い叩いてるッ!」
「誇大妄想癖からくる煽動も追加ですね。これ以上罪を重ねるのは如何なものかと」
「ゴミが! おいテメェら! 騙されたままでいいのか!? 命の値段なんてもっともらしい理由で吹っかけられてんだぞ! 反旗を! 翻せよッ!」
俺は集まった冒険者や街の住人共に翻意を促した。こうなったら道連れだ。ギルド諸共めちゃくちゃにしてやる。
「黙れ詐欺師が!」
「よく回る口だな。そうやって俺らから利益を奪ったのか!」
「嘘つきに相応しい末路ね! ざまぁ見なさい!」
あのゴミ共は……ギルドの回し者の三人組!
クソ! このためか! このための仕込みだったのかッ! ギルドは初めから俺を逃がすつもりなんて無かったってことかよッ!
「そいつらもグルだ! 騙されるな! ギルドの犬どもめッ! 俺は騙されねぇぞーっ!」
「みんな騙されるな! あいつは、僕の剣を呪いの品だって嘘をついていたんだ! ホントは凄い品だったのに!」
クソガキィ……! テメェ余計なことしかしやがらねぇなオイ! わざとやってるんじゃねぇだろうな!
「騙してるのはテメェだろうが!」
「やっぱ怪しいと思ったんだよな」
「サイッテー」
「ざまぁみろ!」
「ざまぁ!」
クソ共ぉ……! これだから流されやすい考え無しの馬鹿共はどうしようもねぇんだ!
「最期に何か言い残すことはありますか?」
最期? 最期だとッ!? こんな惨めな最期があってたまるか!
何か、何か解決の糸口は無いのか……。ハッ! あそこにいるのは……!
「ブレンダ! ブレンダァ! 俺を庇え! 助けろ! 釈放金を払えッ! 時間さえありゃギルドの悪行の全てを白日の下に晒してやれる! そうすりゃ俺とお前は一躍ヒーローだ! ……おいブレンダ何で何も言わねェんだ! テメェ誰のおかげでそんな仕立ての良い服着てうめぇ飯食えると思ってんだ! あぁ!? ブレンダアァァァァ!!」
顔をしかめたブレンダがチラと目を逸らした。その先に居たのはグレーの髪を後ろに流した男。捕食者のような目。軽い笑み。
ブレンダ……あの馬鹿ッ! 買収されやがったなッ!
「ルゥゥゥブスゥゥゥゥゥッッ!!」
ガコンと音がした。歓声が沸く。蛮族のようなこの街の住人共は処刑を娯楽として愉しむ癖がある。ゴミ共め。知性の欠片もありゃしねぇ。
視界が舞う。それはとりもなおさず首と胴体が泣き別れしたということで――
ギロチンってこんな感じなのか。そんな場違いな感想を抱いて俺は死んだ。
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