営業妨害やめろ
想像する。【
この人格は、どういう口調で話すのか。どういう仕草で応じるのか。どこまで感情を表に出すのか。どんな物が好きで、嫌いなのか。
功労者を敬う気持ちはあるか。権力に迎合するのか。それとも別け隔てなく否を叩きつけられるのか。悪を許せるか。そもそも悪の判断基準とは。
まだ並んでいた冒険者には帰ってもらったのに、偉大なるギルドマスターに直接請われたなら道理を曲げることができるのか。
そこに俺の意思を挟んではならない。イレブンでなくてはならない。勇者ガルドや鉄級のエイトという影を落としてはならない。クリアになった頭で思考を回す。
俺は人好きのする笑みを浮かべて両手を広げた。
「これはこれは! お初に御目に掛かります、鑑定士のイレブンと申します。ルーブス殿の才気煥発の御高名はかねがね」
「はは。老いぼれを立てるのが上手い。商才の片鱗を感じるね。既に承知のようだが改めて。ルーブスだ。名ばかりのギルドマスターをやっている。宜しく」
嘘くさい笑顔を浮かべながら差し出してきた右手に嘘くさい笑顔で応じる。宜しくする気が微塵も感じられない威圧を込めた力強い握手。岩でも握っているような錯覚に陥る。このやり取りで何を察したというのか、まぶたがひくと震えた。
チッ。情報を落としたくねぇな。【
「それで本題なのだが、鑑定をお願いしてもいいかな? 巷の話題を
どの口が。二枚舌でペラ回しやがって。
「何を仰っしゃりますか! 平和のために日々粉骨砕身しておられるルーブス殿の頼み、断る方がいっそ無礼というもの。それを解せず目くじらを立てるような狭量な者はおりますまい」
「そろそろ本当に骨が折れてしまいそうなのが悩みの種だ。では有り難くお言葉に甘えよう」
ルーブスは懐に手を突っ込んで銀貨を五枚置いた。俺はそれを手のひらで制す。
「御冗談を。冒険者ギルドのマスターから金銭を受け取ったとあっては、明日から非難の的になってしまいますよ」
「ふむ。これは異なことを。狭量な者はいないとは君の言だろうに」
「立場が違います。ルーブス殿を他の方と同列には扱えません」
「立場が違うからこそ示さなければならぬ礼節がある。これはけじめだ。分かるね?」
何が仕掛けてあるか分からねぇからいらねえって言ってんだよ。察せ。
「いやはや、察しが悪くて申し訳ない。未だ若輩の身、考えが及ばず恥じ入るばかりです」
「若いことは恥じることではないよ。まだ学べる余地があるということにほかならない。羨ましい限りだ。では、受け取ってくれるね?」
受け取れ、と差し出してきた銀貨を、俺はとりあえず台の端に寄せておいた。後で適当な露店で使っちまおう。
嘘くさい笑みで一つ頷いたルーブスが腰に
「では、これを」
白一色の剣。それはもう柄から刃身まで偏執的なまでに。よく見ると、枝の生えた蜘蛛の巣のような模様が奔っている。一つの材質で作ったようなつるりとした外見。
触らなくても分かる。名剣だ。ギルドマスター室に飾ってあったそれ。ルーブスの得物か。
「これは、素晴らしい品の予感がしますね」
「ついぞ扱いきれなかったじゃじゃ馬だ。まあ、率直な感想を頼むよ」
荒くれ共の頭、ギルドマスター。そんな人物が持つ剣がどれほどのものなのか、興味がないといえば嘘になる。
射殺すような視線を向けてくるルーブスに居心地の悪さを感じながら、俺は【
灰色の雲に紛れる白竜 見渡す限りの凍土 氷獄の主
羽ばたけば凍り付き 息を吐けば雪崩 咆哮すれば一帯を氷の霧に変える
災厄の竜 その骨から削り出された一振り
ある男が狂った笑みを浮かべながら力を解放した 一瞬の後 一国が氷の彫像と化した
やばいなこれ。伝説級、という括りすら生ぬるい。これはもっと悍ましい何かだ。
こんなのを鑑定させてどういうつもりだ。釘刺しか?
「どうかね? 金貨何枚が妥当かな?」
試すような口調。きっとコイツの中には明確な答えがあって、それを当てられるか否かで今後の処遇を決定するのだろう。
答えは、簡単だ。
当てるか? それとも道化を演じてすっとぼけるか?
……いや、見抜かれるな。鋭敏になった感覚に従う。大人しく望む解答を提示してやろう。
「値段は……付けられません。これはそういう次元にない」
これは秘匿しておかなければならないモノだ。一個人の手にあっていいモンじゃない。国を滅ぼした実績のあるこれは、剣の形をした厄災そのもの。
どうやら答えに満足したらしいルーブスが、目尻にシワを寄せて笑みを作る。
「宜しい。愚物では無いようで安心したよ」
主導権を握られたな。ぼんやりとそう思う。
「停滞の剣『空縫い』。どうしても強引に値段をつけるとするならば、末端価格は金貨一万枚を下回ることは無いだろう」
そうだろうな。十全に扱えるのなら、国を滅ぼして金を奪えばあっという間にお釣りが来る。
「この剣は護国のために振るわれるべきだ。故に冒険者ギルドマスターに受け継がれてきたし、今現在は私の手にある。さて、千金の秤のイレブン。君はもし、この剣と同等の性能を持つ呪装が持ち込まれていたらどうしていた?」
まだ続くのかよこの問答。完全に潰しに来てやがる。
正解の輪郭がブレる。さっきみたいに簡単な話じゃない。正直に話すか、偽るか。力尽くで取り上げるか、諭すか。
ルーブスが、この男が満足しそうな答えは――
「……その場で即興の嘘を付きクズ品認定します。ですが、自分好みのデザインなので購入させてくれと持ち掛け、後ほどギルドに提出します」
目を見て話す。少しでも誠実だと誤認させるために。
そんな意図を感じ取られたのか、ルーブスが笑った。馳走を前にした獣のような笑み。
「出来るかね? 君に、それが」
「出来ます」
間髪入れずの即答。目は逸らさない。
椅子に座っている俺が見上げ、奴が見下ろす、というより見下す立ち位置。
数秒の後、表情を消したルーブスが滔々と漏らす。
「大体、分かった。君は頭が回るし知識もある。人を丸め込むこともできるし、人の望む回答を即座に練り上げて見せる。なかなか出来ないことだ。それに才能にも恵まれているね。なんてことなくやってのけたが、うちに所属してるエリートでも【
新情報出すのやめろ。【
「そんな君の欠点は……俗に染まりすぎていることだ。大局的な視点に立てていない。先程の私の質問に対する回答は素晴らしいものだった。完璧と言っていい。だが、私に質問されてから答えを拵えるようでは遅きに過ぎる。そんなものは鑑定士として
「……未熟を、恥じ入るばかりで」
「なに、専門の機関で教育を施されていないのだから当然だ。だが、こちらとしてもこれ以上見逃せない事ではあった、それだけのことだ。千金の秤イレブン。君は例の不老のペンダントが最終的にいくらになると思う?」
「……金貨、千枚は下らないかと」
金貨五百は下らないというのはあくまで買取価格。金に糸目をつけない貴族連中からなら金貨千枚は引き出せるだろう。じゃなきゃギルドに利益が出ない。それほどの価値は……ある。間違っていないはずだ。
だが、どうやら回答を誤ったらしい。ルーブスが口端を歪め、限界まで目を見開いた。スラムのガキでもチビリそうな凶相。
一歩前に出て、台に手を置いた。腰を屈め、顔を近づけてくる。周りに聞こえないように小さな、しかしドスの効いた声で言う。
「ゼロ。ゼロだよ、イレブン。あれは既に砕いた」
「ッ!?」
ばっかじゃねえのか!? あんな、売れば一生を遊んで暮らせる物を、ぶっ壊したっていうのか!?
「今頃は光となって世界を旅している頃だろう。再び結実するのは数年後か、数十年後か、それとも数千年か……。存在が知られれば火種になる。先程見せた空縫いと同じ。規模の大小じゃないんだ。あれはそういうシロモノだ。だから、砕いた」
頭が鷲掴みにされる。割れそうになるほど込められた力。何しやがるこいつ……。
「見ろ。見たまえイレブン。私の眼に映る自分の顔を、表情を。それが俗だ」
ルーブスの眼に映る俺の顔はひどいもんだった。眉間と鼻根にシワが寄り、牙が覗いていた。
そりゃそうなるさ。一切理解できない考え方だ。火種になる? 当たり前だ。だったら、秘密裏に流すとかやり口はいくらでもある。みすみす損してやる必要がどこにある。
「人の口に戸は立てられない。そんなことは、賢い君には言わなくても分かるね?」
しれっと心を読むんじゃねぇ。妖怪か。
「専門機関で鑑定技能を修める際、初めに言われることがある。呪装の鑑定で儲けてはいけない。分かるか? どうしても買い上げなくてはならない危険なシロモノがあり、そしてそれを責任持って処分する。力というのは正しく管理されなければならない。そんな極当たり前の基礎を遵守し、鑑定代を銀貨十枚なんて低価格にしていたら、収支は必ずマイナスになるのだ」
そう吐き捨て、ルーブスはギリギリと頭を締め付けていた手をようやく離した。
鈍い痛みが残る頭を軽く振ってルーブスを睨めつける。
「……鑑定をするな、ということですか?」
「言ったろう? 権力を笠に着た理不尽な仕打ちはしない。ただ、全ての物事には理由があると知っておいて欲しかった。ギルドの鑑定で金貨数十枚の品が滅多に出ない理由。未鑑定の呪装は絶対に使うなという常識が浸透している理由。そして、ぽっと出の君が金貨数百枚という値が付く呪装にこんなにあっさりと巡り合った理由」
「……値が張る、いえ、危険な呪装は、思った以上に多く存在していて、ギルドはそれを秘密裏に回収し、処分している」
ポツリと漏らした俺の言葉に、ルーブスは鼻を鳴らして応じた。
「この街での商売は自己責任だ。そして私はこの街の、ひいては国全土に波及しかねない騒動の芽を摘む義務がある。君の言うとおり、骨も身も砕いて奔走する義務がね。私は、冒険者ギルド職員一同は、君が賢明であることを期待する。それでは」
どうやら言いたいことは言い終わったらしい。ルーブスはそれまでの凶相を嘘のように霧散させて去っていった。
「…………さて、と」
あぁ、めんどくせぇ。まさか二日目でこんなケチがつくとは思わなかった。釘どころか、ぶっとい杭を刺してきやがった。
やっぱりあのギルドマスターは天敵に近い。嗅覚が尋常じゃない。演技するのが大変だったくらいだぜ、全く。
それに、俺がエイトと同一人物であることはバレていない。まだ致命的じゃない。余命僅かではあるが、まだこの人格は使える。
物々しい雰囲気を感じ取って遠巻きに眺めていた連中に安心させるように笑みを返して応え、俺は拠点にしている宿への帰路についた。
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