見る眼が無いってのは、こういうこと

 エンデの街ってのは馬鹿ばっかりだ。

 冒険者なんて馬鹿じゃなきゃ務まらない。ボタンの掛け違い一つでポロッと命を落とすってのに、嬉々として魔物の群れに飛び込んでいく。


 街を守るのは俺達だ! 俺達は勇敢な戦士だ! 誇りを胸にいざ戦え!


 実に単純だ。集団心理で脳の一部を麻痺させたら、あとは勝手に街を回してくれる奴らの出来上がりよ。ルーブス辺りは笑いが止まらないんじゃないか?


 そんな彼らは周囲に流されやすい。よく言えば豪放磊落らいらくだ。

 騒ぎがあればなんだなんだと野次馬根性を発揮し、盛り上がったらその場のノリで俺も俺もと盛り上がる。今この瞬間、死とは無縁であることを噛み締めるように。


 そういうお約束の流れを読めない賢しらぶった馬鹿ってのは、まあ嫌われる。バケツになみなみと注いだ冷水をぶっ掛けて、まぁ冷静になれよと言い放つようなもんだ。上がった熱も冷めるというもの。


 皮肉屋が浮かべるような笑みを貼り付け男が言った。


「この剣を鑑定してみろよ。お前さんが鑑定屋だってんなら出来るよな? 引退した先輩から譲り受けた品だ。あんま適当な評価つけてくれやがったら……分かってんだろうな?」


 急転直下の展開に野次馬共があちゃあと言わんばかりの顔をした。せっかく娯楽の場を用意してくれたというのに、それを潰しやがって。そう言いたげだ。


「そうだ、証人がいないと話にならねぇな。おい、ステップスさんよ! テメェがこいつとグルじゃねぇってんならちょいと証人になってくれや。俺があんたにこの剣の能力を伝える。そんでこの胡散くせぇ奴が当てられるのかどうか確かめる。それでいこう」


 勝手に仕切りだした男は一人で納得しながら周囲を巻き込んで話を進めた。

 男は冷ややかな視線を知ったことかと無視してステップスに歩み寄る。馴れ馴れしく肩を組み、絶対にこちらに聞こえないよう限界まで声を潜めたひそひそ話。


 男は話を終えると酷く冷めた表情のステップスに目もくれずこちらへと戻ってきた。


「さて、お手並み拝見といこうか?」


 口を歪めて笑う男の顔は嗜虐心に満ちている。全く、とんだ野郎だ。役者に向いてるってのはお前みたいな奴のことを言うんだよ。


「深い智謀を持つ冒険者よ、名をお伺いしても?」


「鉄級、ブレンダ。お前も名乗ったらどうなんだ?」


「これは失礼致しました。元冒険者志望、現鑑定士のイレブンと申します。以後お見知り置きを」


 慇懃に答えた俺の態度が気に食わないと言いたげに鼻を鳴らすブレンダ。俺は無視して仕立てのよい剣に手をかざす。それっぽい演出のために目を閉じておくか。魔法は発動しない。する必要がない。


「ふむ、見えますね。作った人の想いまで。速く、疾く。そう願いを込めて造られた剣ですね。これを持つ冒険者の剣閃は――驚くほど軽く、鋭い。使い手に与えるデメリットも……ありませんね」


追憶スキャン】。魔力溜まりで生まれ落ちた呪装の記憶の残滓を読み取る魔法。造られた過程、装備した人間の体験、製造者の込めた情念など、分かることは様々だ。


「羽のように軽い剣。しかし威力には些かも陰りなし。非常に強力な呪装です。重心の移動が少々特殊になるため、それまでの訓練が流用出来ないのが難点、といったところでしょうか。違いますか?」


 俺は敢えてブレンダではなくステップスに問いかける。大きく見開いた目と馬鹿みたいに開いた口が、言葉よりも雄弁に結果を物語っている。


「合ってる……聞いた、通りだ。間違いねぇ」


 どよめきが走る。いいね。いい広告塔だよほんと。よくそんな真に迫った震え声が出せるもんだぜ、ステップスさんよ。あんたも役者向きだ。釣り上がりそうになる口の端を意識して抑え、柔和な笑みを浮かべる。


 もしかして本当に? とざわめき出した周囲の空気を切り裂くようにブレンダが大声を上げる。


「デタラメだっ! そうか、分かったぜイレブンさんよぉ。テメェ【聴覚透徹ヒアクリア】を使ったな! そうに決まってるッ! さっきの話を聞いてやがったんだ!」


 鼻息荒く突っ掛かってくるブレンダ。脇目も振らずに剣を取り上げると、付けていたグローブをダンと叩きつけた。


「次はこれだ! こっちも譲ってもらったものだ! 今度は誰にも漏らさねぇ! だが、俺も嘘は言わねぇ。女神様に誓ってやる!」


 女神に誓う。それはこの世界における最上位の誓いの文言だ。この世界の救世主に対して誓いを立て、反故にする。それは自分なんて生きている価値もないゴミクズであると宣言するようなもの、らしい。

 転じて、絶対に約束を守るという意思表示であり、嘘は言わないという潔白の証明として機能する。踏み倒そうと思えば簡単に踏み倒せる意味のない誓いだ。


 演技にしたって熱が入ってるじゃねぇの、ブレンダさんよ。


「では、こちらも」


 短く応えて手をかざす。下準備は済んだんだ。ここから先は勢いで通す。

 先ほどと同じく魔法は使わない。


「ふむ、おや……これは……?」


 思わせぶりな態度のあと、大笑いを上げる。なんだなんだと目を見張る群衆にまで響く声で言う。


「あっはっはっは! ブレンダさん! そう来ましたか! こんなの私では分かりませんよ!」


 分からない? やはり騙りか。そんな声が聞こえた。


 不穏な流れにはしない。このまま勢いで押し流す。台を叩いて音を立てる。視線が集まったのを確認してから言う。


「これはただのグローブだ。【追憶スキャン】は呪装以外には……効果がない。私にはこれがどこで作られたのか、どんな人物の手に渡ったものなのか、一切分からない。これで、満足ですか?」


 どんな呪装なのか。その一点にのみ意識が向いていた馬鹿どもがハッとしてブレンダを見つめる。

 女神に誓った人物の一言。嘘偽りを削ぎ落としたそれは、絶対の信頼を寄せるに足るものとなる。


「……ああ。それは、呪装でもなんでもない、ただの……グローブだ。適当こいたらシメてやろうと思ってたんだが……認めるよ、あんたは、本物だ」


 群衆が再び歓声を上げる。気が早いやつなんかは既に財布の紐を解いて待っている。計画は順調、どころか上手く行きすぎて怖いくらいだ。


 段取りはこうだ。

 俺の胡散臭い商売にいちゃもんを付ける役を買収する。まあブレンダだな。

 そして小芝居を交えて場を盛り上げる。飛び入り参加のステップスが思いのほか名役者だったので笑いをこらえるのに必死だったぜ。

 盛り上がった空気を、再びいちゃもん役が盛り下げる。お前鑑定してないだろう、と。

 誰も俺が本物の鑑定士だなんて思っちゃいなかったが、どうやら本物らしいと判明して大興奮。今ココだ。


 やらせだなんだと騒ぎ立ててる馬鹿が本物のやらせだなんて誰も想像してないみたいだな?

 爆釣かよ。秘境の魚だってもう少し釣り針に引っかからないよう気をつけるぜ。


 だがまだ終わりじゃない。ブレンダに持ちかけた条件、それは報酬として銀貨五枚の前払いに加え、タダで呪装を鑑定してやること。

 俺が本当に【追憶スキャン】を使えるということは、ブレンダの例の軽い剣を前もって鑑定して証明してある。あとは流れで俺が奴の未鑑定呪装を鑑定し、それで契約終了。


 ブレンダは銀貨十枚分得する。俺は儲かる。顧客は半値で呪装の鑑定をして貰える。おいおいみんな幸せかよ。参ったねこりゃ。


「わりぃな、疑っちまってよ。こんな上手い話があるわけねぇだろって思っちまってな」


 ほんとにな。


「謝らないでくださいよ。私も胡散臭かった自覚はあります。……そうだ、もし宜しければ未鑑定の呪装を鑑定して差し上げましょう。ブレンダさんが記念すべきお客さん第一号です。特別にタダで鑑定致しましょう!」


 野次馬共が今日何回目か分からないほど盛り上がる。

 俺の気前の良さを称える馬鹿。良かったじゃねぇかとブレンダを励ます馬鹿。俺のもタダで鑑定しろとほざく馬鹿。本当に、つくづく馬鹿しかいない良い街だ。


「マジかよ、そりゃ助かるが、いいのか?」


 白々しい奴め。俺は人好きのする笑みを浮かべて右手を差し出した。


「勿論です。今日の出会いに感謝を」


「ああ、こちらこそ! 感謝するぜ!」


 一歩寄って握手に応じるブレンダ。他の奴からは見えない立ち位置のブレンダは、ちょっと人に見せられないような凶悪なツラを浮かべていた。

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