パーティー崩壊の様子を見ながら呑む酒は美味い

 冒険者ギルドを後にした俺は、さてどうしたものかと思案する。

 本来なら禿頭の男から頂戴した金で美味いメシを食っていたはずなのだが、憎きギルドマスターに取り上げられてしまってそれも叶わない。

偽面フェイクライフ】で顔を変えて再度同じことをやってもいいのだが、手口が同じだと足が付きかねない。


 まさか冒険者ギルドがあそこまで情報を蓄えているとは思わなかった。今の今まで泳がされてた可能性も無くはない。今後は【心煩ノイジー】、【酩酊ドリーミ】コンボは控える必要がある。


 夜まで待つか。夜になると冒険者共の警備は薄くなる。総数は昼の二割か、それ以下だ。夜に出歩く不用心なやつのために割く人員は多くない。それは取りも直さずスリのチャンスとなるわけだ。


『勇者様! 勇者様! 魔物の群れが現れました! フリシュの街までお越し下さい! 勇者様!』


 うるせぇ。出番だぞ姉上、何とかしてやれ。


 告解室は死んだ勇者が生えてくる部屋であり、勇者に呼びかけるための部屋であり、勇者が転移するための部屋である。

 勇者は女神像に祈ることで距離を無視して教会間の移動ができる。まあ俺は使わないがな。首を斬る方が手っ取り早い。


 頭に鳴り響く声に顔を顰めていると、ギルドを出てほど近くのところにそれ以上のうるささで騒いでいる連中を発見した。


「だから言ったんだ! あんな禍々しい腕輪が使えるわけ無いって一目で分かるだろう!」


「何よ突然手のひら返してッ! 最終的にパーティーで決めたことでしょ! それを今更ネチネチと!」


「落ち着けって! 銀貨十枚くらいまた稼げばいいだろうが!」


「あぁ!? だったらテメェの取り分から捻出するか!?」


「んでそうなるんだよボケがッ! 頭沸いてんのか筋肉ダルマがッ!」


 あのパーティーはもう駄目だな。あそこまでヒートアップしたら今後の活動に響くだろう。

 魔物討伐は当たり前だが危険が伴う。常に付き纏う死の影をどう払うかというと、数をたのむのが一般的だ。


 一人では切り抜けられない状況でも二人いたら助かるという場面は少なくない。そして三人ならば、四人ならばと増えていき、丁度いい塩梅のメンツが出揃ったらパーティーを組み相互に助け合う関係を育む。


 死のリスクは減るが、もちろん利点ばかりではない。

 人頭が増えるということは取り分が減るということだ。楽になった分の埋め合わせとばかりに儲けが減る。人手が増えれば効率も増えるが、だからといって四人集まれば儲けが四倍とはいかない。ここらへんの匙加減が難しい。


 それに人が集まればトラブルも起こる。どうしても馬が合わない奴はいるし、はった惚れたの恋愛沙汰も珍しくない。


 最も多いのは金銭トラブルだ。報酬は貢献度による分配なのか、一律で分け合うのか。装備の金はパーティーで出し合うのか、個人で賄うのか。飯代は、道具代は、貯蓄の割合は。

 一度入ったヒビは瞬く間に亀裂へと変わり、間を置かず散り散りになるだろう。


 あの三人組もその手合いだな。装備の文句。銀貨十枚。……呪装の鑑定トラブルか。よくある話だ。


 魔物は魔力が溜まる事で生まれるとされている。そんな魔力溜まりは、災いだけではなく恵みももたらす。

 魔物の体内に結実し、あらゆる動力の源になる魔石。そして呪装だ。


 遥か大昔に膨大な魔力を用いて作られたと言われているそれらは、消滅してなお魔力の残滓にその記憶を保持しており、ふとした瞬間にポロリと現世に蘇る。

 それらの多くはクズ品だが、稀に途轍もない力を有している逸品もある。エンデの近辺は呪装が多く見つかるため、一山当ててやろうと意気込む奴は多い。伝説に語られるような武具を見つけ出すのは全冒険者の夢だろう。


 しかしながら美味い話ばかりではない。使用者に特大の災いをもたらす品も多々あるのだ。

 着けると石化する指輪。斬ったら同じ分だけ所有者の血を抜く剣。耳が聞こえなくなるピアス。老化速度を数倍加速するネックレス。


 それに込められたのは使用者を蝕むのろいか、はたまた厄災を祓うまじないか。博打要素が強い呪装は冒険者を虜にしてやまない。


 そんな呪装を拾っても、じゃあ早速着けてみようと試みる奴はそう居ない。危険を冒すことが本分の荒くれ共とはいえ、効果の分からぬ呪装を使うのは無謀だからだ。ギルドも止めるよう勧告している。下手すれば死ぬし。


 そこで冒険者ギルドの出番だ。ギルドは呪装の鑑定を一律銀貨十枚で行っている。命の値段と考えれば安いものだが、判明した効果が使えないものだった場合は悲惨だ。期待していたのに空振ったという落差は、失った額面以上に心を陰らせる。


 ちょうど、あんなふうにな。


「もういい! あんた達と組んだのが間違いだったのよ!」


「んだとヘボ魔術師が! 成績不良で爪弾きにされた半端者のくせによぉ!」


「突っ込むことしか出来ねぇ筋肉バカが吠えんなよ! テメェのせいでどれだけの金が薬代に消えてると思ってやがる!」


「魔物が怖くて遠くからしか攻撃できねぇヘタレ弓士が言うじゃねぇか!」


「んだゴラァ!」


「うるさいッ!」


 面白いくらい典型的なパーティー崩壊の瞬間だ。俺は近場の露店で安酒を購入してグビリと喉を潤した。クゥーッ! 酒がウメェなぁ!


 更なるヒートアップを重ねた結果、筋肉ダルマが弓使いをぶん殴り治安維持担当に取り押さえられた。俺はつまみの煎り豆をポリポリしながらその様子を見送る。

 呪装の鑑定をギルドに頼らないといけないってのは不便だねぇ。俺はあらゆる補助魔法を使えるのでもちろん呪装の鑑定も出来る。余計な出費が掛からなくて助かるってもんだ。


 しかしギルドも阿漕あこぎな商売をしやがる。

 冒険者が呪装の被害に遭うのは自分らにとっても好ましく無いはずだってのに、命の値段と称してキッチリ取るもん取っていきやがる。

 死にたくないならこのくらい払えるだろ? 払えないなら死ぬかもしれないけどいいの? ときたもんだ。殿様商売ここに極まれりだな?


 一日に持ち込まれる呪装は五十か、六十か、それとも百か。百も来たらそれだけで金貨十枚分だ。羨ましい商売してんねぇ。


 ――――!


 その時、天啓が舞い降りた。なるほど、なるほどね?


 俺は人目につかないところで【偽面フェイクライフ】を発動した。


 ▷


「鑑定! 鑑定するよー! 呪装の鑑定銀貨五枚で引き受けるよー! ケチって死んだら元も子もなし! 死人に開ける財布の口無し! 命のお値段銀貨が五枚! さあさあ寄っていきなよ!」


 どこでも露天商セットを組み立てた俺は、新たな人格イレブンを作って目抜き通りに店を構えた。

 鑑定屋。読んで字の如くだ。ギルドの半値で呪装の鑑定をする。それだけの店だが、確実に需要はある。そのはずだが、俺の店には客が来ない。


 当然だろうな。エンデという街は自己責任が付き纏う街。詐欺に騙りは日常茶飯事だ。

 この水はかの有名な僧が祝福したなんちゃらで〜なんて口上を並べ立て、ただの水を売るのがエンデという街だ。引っ掛かっても泣きつく場所などありゃしない。


 余程の馬鹿でもない限り、自分の命を左右する呪装の鑑定をぽっと出の怪しい奴に頼むようなことはしない。

 魔法というのは才能と研鑽が必要だ。鑑定のための魔法なんて専門の機関で学ばなければ身に付かないだろう。そして優秀な能力を持つ者は機関と繋がっているパイプに吸い上げられて市井しせいに下ることはない。


 故に怪しい。賢い奴は警戒して近寄りもしないだろう。だから狙うのは余程の馬鹿だ。


「おうおうおう! 書物大好きなモヤシっ子が随分な口上垂れてくれるじゃねぇか! 箸にも棒にもかからなかった落ちこぼれでもなきゃこんな道端に追いやられてねぇよなぁ? 随分な大風呂敷を広げてるがよぉ、カネと一緒に俺らの命まで包んで持って行っちまう気じゃねぇだろうな? おぉ?」


 馬鹿みたいにでかい声を上げた冒険者の登場に注目が集まる。

 そう、鑑定は命を預かる仕事と言っても過言ではない。騙してました、結果が間違ってましたとなれば最後、待つのは女神様との面会だ。


 故に今まで鑑定屋を名乗った奴はいない。いたのかもしれないが、少なくとも俺は見たことない。騙るにはリスクが勝ちすぎるのだ。故に物珍しく、遠巻きに成り行きを見守っている奴らが多い。


 俺は壮年の冒険者を人好きのするような笑顔を浮かべて迎え入れた。


「この国の役に立とうと一念発起してこの街に来たのはいいものの、悲しいことに私には冒険者としての才能は無かったんですよ。ですが、たまたま見つけた呪装を手に取ったときにハッと見えたんです! 呪装に込められた思いが! 願いが! 歴史が!!」


 大言壮語を吐きながら、俺は勿体ぶって一つの指輪を取り出す。内側に複雑で無秩序な線が刻まれた、宝石の一つもついていない指輪。それを陽に晒すように掲げる。


「着けると魔法が発動できなくなる呪装です。当時最優と呼ばれた女魔術師にその座を追い落とされた男の、憎悪と嫉妬の籠もった指輪。上辺を取り繕って女へとすり寄った男は婚姻に際してこの指輪を贈り、女を無能へと変えたその隙に付け込んで嬲り殺しにしました。今なお宿る昏い情念は、着けたものを暗愚へと変えるでしょう。幸い付け外しは出来るのでどなたか試されてみては?」


 足を止めてこちらを眺めている野次馬をぐるりと見渡す。露骨に目を逸らす者。ニヤニヤと笑みを浮かべている者。トラブルの匂いを嗅ぎつけてきた治安維持担当。


 そんな人垣の中から一人の細身の男が歩み出た。

 注目の的になった男は、周囲に空の手を見せつけたあとに拳を握って唱えた。


「【砂礫サンドショット】」


 男の手からサラサラと砂が零れ落ちる。【砂礫サンドショット】。砂を飛ばす魔法だ。威力は無いが、目潰し程度にはなる。


「俺が使える魔法はこれだけだ。扱いが下手なもんで一切役に立ったことがねぇ。こんな俺の魔法で良ければ、辛気臭ぇ過去の亡霊にくれてやるよ」


 ヒュウと茶化すような口笛が鳴る。賞賛と嘲弄で半々といったところか。勇気ある名乗りへの賞賛。まんまと乗せられやがってという嘲弄。

 そう、こんなのは少し考えれば分かるやらせだ。前もって鑑定しておけば組み立てられる茶番。即興劇。


 加えて、俺が特大の災いをもたらす指輪を誰かに嵌めようとしている頭のおかしい愉快犯の可能性も捨てきれない。乗る意味のない泥船。それに飛び込んだアホを蔑む目もある。


 安心しろって。損はさせねぇよ。俺は人好きのするにこやかな笑みを浮かべた。


「勇敢なる冒険者よ、名をお伺いしても?」


「鉄級のステップス。しがない斥候だ」


「ステップスさんへ惜しみない拍手を!」


 両手を広げて促してやると、ノリと勢いだけの馬鹿どもがヒューヒューと捲し立てた。満更でもない様子のステップスが俺から指輪を受け取り、革のグローブを外して人差し指に嵌めた。


 俄に静まり返る周囲。ステップスは後方にいる奴らにも見えるよう指輪を嵌めた手を掲げて見せた。いいねぇ、分かってる。いい役者だ。


 勿体ぶるように握りこぶしを作り、たっぷり注目を集めてから深呼吸。絶妙な間を作って、一言。


「【砂礫サンドショット】」


 果たして魔法は発動しなかった。

 砂が零れ落ちることはなく、開いた手には何も握られていない。


「【砂礫サンドショット】。……【砂礫サンドショット】! 【砂礫サンドショット】!!」


 無駄だ。俺は嘘は言っていない。指輪の効果もさっき語った話も本当のことだ。

 あの魔法馬鹿の姉上を騙くらかすために購入した品。既に一回使ってしまい、もうだまし討ちが通じないため【隔離庫インベントリ】の肥やしになってた呪装。クズ品でも使い方次第ってところだな。


「驚いたな……おい! 本物のクズ品だぜこりゃ! 本当に魔法が出せねぇ!」


「勇気あるステップスさんへ再度惜しみない拍手を!」


 今日一番の喝采が飛び交う。手など軽く振って応えたステップスは、指輪を抜いて俺に返そうとした。俺はやんわりと手のひらを向けて拒絶する。

 怪訝な表情を浮かべたステップスに安心させるよう言う。


「それは譲りましょう。冒険者にとってはまるで使えないクズ品とはいえ、文官ならば何か使い道を見出だせるかもしれません。ギルドに持っていけば銀貨四、五枚にはなるでしょう。勇気を示したことへの金額としては寂しいかもしれませんが、平にご容赦を」


「おいおい兄さん随分と気前いいじゃねぇか! んじゃ遠慮なく貰ってくぜ! ははっ! おい! どうだビビり散らかしてた野郎どもよぉ! おめぇらの顔見ながら飲む酒はウメェだろうなぁ!」


 今日一番の喝采が早速塗り替えられた。労いと罵声と奢れコールが飛び交いちょっとした騒音だ。だが暴力沙汰にはならない。余興としては上出来もいいところだ。こういう空気に水を差す無粋な輩は嫌われる。


 だからこそ、その男の声はよく響く。


「つまんねぇやらせはそこまでか? こんなの事前に鑑定した呪装を使えば誰でもできる茶番だろうが! テメェの才能は鑑定じゃねぇ。役者か、それでもなければただの詐欺師だな! 狡っ辛い客引きだなぁ。反吐が出るってもんよ!」


 誰もが分かっていて、誰もが口にしなかった事実。それを言っちゃおしまいよ、ってな一言。


 水を打ったようになる目抜き通り。暗黙の了解を真っ向からブン殴って周囲から白眼視される男。

 顰めっ面を浮かべながら腕を組んでいるそいつは、はじめにケチをつけてきた壮年の冒険者だった。

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