薬草納品最短経路
「金級って……冗談きついですよギルドマスター」
「ルーブスと呼んでくれたまえ。君とは長い付き合いになりそうだ」
「冗談きついですよ……ルーブスさん」
金級。五段階ある階級の最上位。そこに至るには強さは勿論のこと、厚い忠誠心と品行方正であることが求められる。やすやすと手に入る地位ではない。
「ふむ、不満かね? 登録から二年で金級ともなれば賞賛の嵐だ。君を悪く言う者も居なくなるだろうね」
「不満と言いますか……そんな横紙破りは反感を買いますよ。むしろ陰口を叩かれそうです」
「私が黙らせよう。そのための力だ。我々は優秀な人材を遊ばせておく余裕はない。分かるね?」
職権濫用も甚だしい。誰だよこんな横暴な奴を頭に据えたのは。
それに節穴だ。優秀って……俺が出来るのは酔って抵抗力が落ちた人間を抑え込む程度だ。シラフの状態で剣を抜いてやりあったら銀級相手にいいとこ五分ってところだ。
それを金級? ねーよ。金級ってのはエンデの守りの要みたいなもんだ。そんなポジションに鉄錆なんて言われてる素行不良の人間を据える? タチの悪い冗談だ。
「謹んで辞退させていただきたく」
「報酬は弾もう」
割に合わないっての。
金級はこの街に身も心も捧げ、骨を埋める覚悟がある奴が就くポジションだ。
基本的な業務は勿論のこと、危険度の高い魔物が現れた際には真っ先に矢面に立ち、怪我や老いで引退したら後進の育成に精を出すことになる。エンデの……というよりは冒険者ギルドの犬だ。死ねと言われたら喜んで死ににいくような馬鹿な忠犬。
確かに俺は街で多少やんちゃしてる狂犬だったかもしれないが、嵌める首輪を間違ってる。
「それでも、辞退したく」
「ふむ……そうか」
固辞する俺に呆れたのか、それとも諦めてくれたのか、ルーブスはそっと瞳を閉じて背もたれに体重を預けた。ギッという音を最後に居心地の悪い静寂が広がる。
十秒ほど経ち、ゆっくりと瞳を開いたルーブスが先程と同じ姿勢を取る。見透かすような視線。笑みを浮かべずに言う。
「大体、分かった。惜しいな……金級という地位に飛びついてくれる愚物ならこちらとしても扱いやすかったんだがね」
雰囲気が一変した。こちらの反応を窺うような態度から、標的を定めた捕食者のような態度へと。
「薄情で小心。忠誠心に期待は出来ず、刹那的で欲深いながらも保身に長けている。そして厄介なことに爪を隠す知能があり、未知の毒まで持っている。まいったな……これほど即座に女神様の元へ送り届けたいと思った人物はいないよ」
おう、散々な評価くれやがってこいつめ。だいたい合ってるよ、クソが。
「君が採れる選択肢は三つだ。一つ、心を入れ替え真っ当な冒険者としてこの街に尽くす。二つ、今ここで鉄級冒険者の身分証を返却し、晴れて自由の身となる」
ルーブスはそこで一区切りして溜めを作った。指を絡ませて口元へ添える。眉間に深いシワを刻んだ表情で口端を歪めた凶悪なツラ。
「三つ、君は突然篤い信仰心に目覚め、女神様の御許で仕えるべくその身を天に差し出した」
「一つ目の選択肢でお願いします」
▷
どっかの筋モンみたいなギルドマスターのおかげで散々な目に遭った。何が酷いって、本日の成果を取り上げられたってことだ。
『心を入れ替えた真っ当な冒険者である君は、喧嘩で奪った金銭を唐突に持ち主に返したくなった。そうだね?』
嫌味ったらしい顔と声が瞼の裏と耳朶にこびり付いている。有無を言わさぬあの態度、苦手な人種だ。俺はルーブスを脳内ブラックリストに放り込んだ。
全く最悪な対面ではあったが、こちらとしても収穫はあった。俺が補助魔法の使い手であることはバレていないという事実。それが分かったのは大きい。
補助魔法は敵を倒すのには向かないが、便利なものが多いので見つかったらこき使われることになる。【
だから、まだこの人格は使える。首の皮一枚ではあるが繋がっている。鉄級冒険者という地位はやすやすと手放したくない。
石級から再スタートとなると、また一ヶ月以上も雑用を熟さなければならなくなる。加えて、ギルド側があれだけ詳細な記録を取っていると分かった今、最速で鉄級になって悪目立ちするのは避けたい。
となると、めんどくさい雑用を二ヶ月か三ヶ月はしなければならなくなる。冗談じゃない。
それに新しい人格をポンポン生み出すのも避けたい。他ならぬ俺自身が管理と把握に追われて面倒だし、見覚えのないやつが喧嘩で冒険者を打ち負かすというのは不自然だ。目を付けられる。
鉄級冒険者エイトという立ち位置は絶妙に美味しい立場だったのだ。今後は少し控える必要があるが、まだまだ甘い汁は吸わせてもらう。
「何か変なコト考えてねぇだろうな?」
ノーマン。【
「いや、そんなことないすよ。また【
「今のはただの勘だ。あれは……常に発動しておけるほど簡単な魔法じゃねぇよ」
俺はノーマンを脳内ブラックリストから削除した。こんな短時間で切らすようなら脅威度はそこまででもない。
ブラフの可能性もあるが、苦い表情からは嘘をついている気配はない。使えるだけで適性は低いってとこかな。そしてそれがコンプレックスである、と。分かりやすいやつだ。
ちなみに俺は常時発動できる。【
「付き添いはここまでだ。分かってると思うが、今後はくれぐれも問題を起こすんじゃねぇぞ」
「ああ、もちろんでさ」
へへへと
今日は大人しく帰るか。出口に向かったところ、背後から声が掛けられた。
「鉄級のエイトさん、お話があります」
さっきの仏頂面の受付嬢だ。口調こそ丁寧なものの冷え切った声。
反転して受付に向かうと、同じく冷え切った視線が出迎えた。見上げるような三白眼。
「なんすか」
「前回の依頼達成日から期間が空いています。除名処分まであと五日です。何か任務を受けていかれては?」
あと五日……まだ引っ張れるか? いや、今日のところは大人しく受けておくか。今は波風を立てない方がいい。
冒険者は最後に任務を達成した日から一ヶ月経つ前に再度任務を請け負う必要がある。負傷したり、特別な事情があるという場合は免除されるが、そうでない場合は厳守しなければならない鉄の掟だ。もし破れば即刻除名である。役立たずを養う余裕はないということだ。
さて、なんの任務を受けるか。まあ選択肢なんて一つなんだがね。
「薬草納品で」
「……もう一度お願いします」
「薬草納品で」
「……魔物は狩りに行かれないので?」
「来月やるよ。多分な」
薬草納品はいい。危険もないし何より楽だ。報酬は低いが、冒険者という身分を維持するにはうってつけの任務だ。
討伐任務はやらない。雑魚も積もればチリとなる。功績を積んだら銅級になってしまうからな。やはり薬草納品。基礎にして究極の依頼だ。
「おいおいエイトさんよぉ! また凝りもせず草むしりかぁ? 腕だけじゃなくて脳みそまでサビちまうぞ?」
「魔物と戦えねぇなら冒険者なんて辞めちまえや! 腰抜けはこの街にゃいらねぇんだよッ!」
うるせぇ馬鹿どもだ。嫌いじゃない。勇者ってだけで変な期待を寄せる連中の声に比べたら子守唄のようなもんだ。
この街では強さこそが正義だ。街を率先して守る奴が尊ばれる。魔物を狩りに行くってのは、自分はこの街に貢献してるぞという分かりやすい自己主張なわけだ。それをしない奴の扱いは、まぁ、見てのとおりだ。
未だにこちらを睨んでる受付嬢。仕事をしないでぼーっとしてるそいつに俺は続けて言った。
「薬草納品で」
▷
街を出て森に入った俺はナイフで頸動脈を掻き斬った。
▷
小さい農村。その教会の告解室から生えてきた俺は、露店で売られていた薬草の束を格安で購入し、それなりの質の安宿の浴室で汗を流し、仮眠を取ってからチェックアウトして人目のないところでナイフで頸動脈を掻き斬った。
▷
エンデの教会の告解室から生えてきた俺は、【
そのまま冒険者ギルドに直行し、薬草を納品して任務完了の報告を行う。
「……早いですね」
「手慣れてるもんで」
「その調子で魔物を狩ってきては?」
「善処するよ」
ちくちくと刺すような嫌味にも慣れたもんだ。
……しかし、これ以上目を付けられるのも面倒だ。次は小鬼あたりを討伐してくるかね。またルーブスに呼び出されるのは勘弁だ。
受付嬢が俺の納品した薬草を念入りに検めている。何とかして粗を探したいようだ。
「……いま採ってきたにしては、少々新鮮さに欠けてませんか?」
「疑うのか? ならこの街の店と冒険者に確認してみればいい。店から購入してそれを直接納品するなんてズルはしてないし、俺が森に入っていったのを見てる奴もいるだろうさ」
当たり前だが、街で売られてる薬草を買ってきてそれを納品するのは違反行為だ。まるで意味がないからな。おそらくバレたら除名だろう。
だがまぁ、バレなきゃいいのよ。見抜けない方が悪い。自己責任を掲げてるんだ、そういうことだろ?
粗を見つけられなかったであろう受付嬢が薬草を置いた。諦めたように溜息を吐き、睨みを効かせて口を開いた。
「鉄級冒険者エイト。この薬草はあなた自身が採取したものであると、女神様に誓えますか?」
【
クリアになった頭で思考を回す。命令を下す。笑みを作れ。声を出せ。
「もちろんです。私の潔白は女神様が証明してくださることでしょう。女神様に感謝を」
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