このギルドマスター無能かよ

 冒険者ギルドはエンデの顔だ。

 日頃から魔物の脅威に晒されるこの街は優秀な戦力を求めてやまない。多少やんちゃな荒くれ共も、この街では平和を守る正義の味方だ。そんな奴らの元締めともなれば相応の権威を帯びる。


 街の中心にドンと建てられたデカい建物。質実剛健な造りのそれは荒くれ共の巣窟であり、この街の、ひいてはこの国の守りの要でもある。


 魔物は適宜間引かなければあっという間に群れをなす。この街が無かったら増え続けた魔物は滞りなく軍勢をなし、人類に対して宣戦布告なしに攻め入ってくることだろう。


 惨劇を未然に食い止める防波堤。それがエンデという辺境の街の役割であり、冒険者ギルドの存在理由だ。


 治安維持担当の冒険者、ノーマンと名乗った男に先導されて冒険者ギルドに入る。木製のスイングドアを腰で押して入ると、むせ返るような酒気が鼻を刺激した。


 ギルド内は、真っ昼間だってのに併設されている酒場で呑んだくれてる馬鹿共で賑わっていた。

 デカい声で自分の功績を主張する馬鹿。酔って高揚してるのかゲラ笑いしてる馬鹿。酔いつぶれて地鳴りのようないびきを上げている馬鹿。そいつを蹴飛ばす馬鹿。毎度のことながら馬鹿しかいねぇ。


 こんな有様で組織として成り立ってるのか疑問に思ったものだが、どうやら集まった馬鹿から特段厄介な馬鹿を炙り出すための措置のようだ。

 酔って喧嘩する程度ならまだしも、ちょっとしたことで剣を抜いて人斬りに身をやつすようなシャレにならない馬鹿は要らないということだろう。素行チェックという側面が強いらしい。


 やりすぎた奴はギルドから出てすぐの所にあるギロチンにかけられて女神様とご対面だ。魔物の脅威という外患に晒されているのに、内憂を持ち込むような奴は害悪でしかない。女神様に速達でお届けというわけだ。常に自己責任がつきまとう街。実に合理的だ。


 むさい、うるさい、くさいの最悪な労働環境でも鉄面皮を崩さない受付嬢の元へと向かう。ノーマンが自身の名が刻まれた銀色に輝く身分証を取り出して言った。


「銀級のノーマンだ。例の件で」


 ノーマンはそう端的に告げると首だけでこちらをチラと見た。

 例の件。なんだ……嫌な予感がする。言葉を濁すというのは、つまり周りに知られるのは好ましくない件であるということだ。

 逃げるか? いや、どうせ人格を捨てるなら話を聞いてからでも遅くない、か。


 例の件というだけで話が通じたのか、受付嬢がこちらを見て顔を顰めた。先程まで無表情だったというのにこの変わりよう。それなりに長い付き合いだってのにひでぇ対応だ。


「ギルドマスターは中にいます。そちらへ」


「ああ。……行くぞ」


 俺は耳を疑った。

 ギルドマスターだと? おいおいふざけんなよ。大ボスじゃねぇか。


 腕自慢の荒くれ共を纏めるには相応のトップが必要になる。権力を笠に着てやりたい放題な奴や単純な無能がその席に座っていたら、すぐさま荒くれ共は蜂起してそいつをトップの座から蹴り落とすだろう。

 過去には実際に引きずり下ろされたこともあるという。酷い話だと、金を横領してた事が発覚して即日ギロチンにかけられたこともあるとか。無能では務まらない役職だ。


 今のギルドマスターはそんな脆い椅子に腰を下ろして十年以上経つという。噂ではもともとスラムで頭を張っていたとのことだ。あくまで噂でしかないし、直接会ったことは無いので真偽の程は定かではないが、やり手であることは……確実。


 めんどくせぇ。逃げとけばよかった。

 後悔先に立たず、俺は処刑台に連行されるかのような気分になりながら足を進めた。


 ▷


 結局俺は隙を見て逃げること叶わず目的地まで連行された。ノーマンがギルドマスター室をノックして名乗る。


「入りたまえ」


 返ってきたのは渋みを感じさせる低く落ち着いた声だ。失礼しますとことわりを入れたノーマンがノブを回して扉を開いた。

 逃げるなら今かな。機を窺っていると、急速に反転したノーマンに胸ぐらを掴まれた。吊り上がった鋭い目。恫喝するような声で言う。


「俺は【六感透徹センスクリア】が使える。妙な考えは起こすなよ?」


 俺は舌打ちしようとして、なんとか抑え込んだ。


六感透徹センスクリア】。とても珍しい補助魔法の一つで、敵に回すと厄介な能力だ。効果は勘の精度を引き上げるという地味なものだが、歴戦の猛者の勘は状況を一変させる力を持つ。

 目に見えない流れを察する、とでもいうのか。『大人しく付いてきていたが、この男は土壇場で逃げ出すかもしれない』という閃きを得たんだろうな。


 見えない、聞こえない。匂いもないし味もしない。もちろん触ることもできない。そんな不可思議な流れをいち早く察知する能力。六感。

 めんどくせぇ相手だ。俺はノーマンを脳内ブラックリストに放り込んだ。


「先に行け。無礼な言動はするなよ?」


 退路を封じられた俺は渋々部屋に踏み入った。


 部屋の中は一組織のトップの部屋とは思えないほどさっぱりしていた。最低限の体裁が整っていればそれでいいと言わんばかりのシンプルさ。


 広い事務机と、その両脇に配置された本棚。あとは椅子が数個。そしてギルドマスターの武器なのか、壁に飾られた白一色の抜き身の剣。これだけだ。極力まで無駄を削ぎ落とした実用性だけを追求した部屋。機能美というやつか。


 そんな部屋の主はこちらを見もせずに羽根ペンを走らせていた。グレーの髪を後方へ緩く流した中年の男。五十に差し掛かる前あたりか。痩躯ながら引き締まった身体は、端々に老いの傾向が見て取れる。しかしその目は衰えを知らぬほど鋭い。

 狼みたいな男、というのが第一印象だ。


「掛けたまえ」


 一瞥もせずに一言。失礼なやつだと思うよりも先に、従っておこうと思わせる声色。カリスマってやつかね。


 促されるまま壁に寄せられていた椅子を持ってきて腰掛ける。チラと扉に視線を向けると、ノーマンが素早く退路を塞いだ。目端が利くやつだ。


 着席と同時、羽根ペンを置いたギルドマスターが縞黒檀の机に両肘を付き、指を絡ませて勿体つけて言った。


「喧嘩は好きかな?」


 見せかけの柔和な表情。探りの一手か。

 俺は曖昧な笑みを浮かべて答えた。うだつの上がらない鉄級冒険者エイトであるが故に。


「いえ、特には」


「ほう。てっきり大好きと答えてくれると思っていたのだが、当てが外れたかな」


 色々とバレてるな。正当防衛という主張でのゴリ押しは無理そうだ。どう誤魔化すか。俺は弁明を諦めて構想を先の段階に進めた。


「まぁ、昔からよく絡まれるんで。成り行きでそういうことも、はい」


「なるほど。面白い理由だ。初めて耳にする」


 ギルドマスターは机の引き出しから一枚の書類を取り出した。流れるように机の上に置き、人差し指でついと差し出してくる。

 視線で促されたので紙を手に取った。そこに書かれていたのは俺の冒険者としての活動記録だ。


「鉄級のエイト。二年前に冒険者登録を済ませた後、最速に近い速さで石級から鉄級へと昇格。以降は一ヶ月に一回薬草納品の依頼を済ませる程度の消極的活動に落ち着き今日こんにちに至る。その間、絡まれて喧嘩をした回数はこちらで確認できただけでおよそ六十回。そしてその全てに勝利。何か相違点はあるかね?」


 舐めてた。その一言に尽きる。

 荒くれ共の組織だから大雑把だと思っていた。いち下っ端の素行にまで目をつけてないもんだと思っていた。


 クッソ細かく調べ上げてやがる。依頼受注日から達成日、喧嘩した相手など事細かく書かれている。ストーカーかよ。当事者の俺ですらこんな詳しく覚えてねぇぞ。


「いやぁ……こんなに喧嘩しましたかね。半分か、それ以下くらいじゃないっすか……?」


「覚えてないならばそれでいい。喧嘩で負けたことがないという点については認めるね? 君の倒した人物の中には銀級もいたのだが、その点についてはどう思う」


「それは……たまたまっていうんですかね、はは……相手さん酔ってることが多かったですし」


「ふむ。つまり君は酔っ払った銀級程度なら軽傷で勝利し、かつ後遺症を与えない程度に手加減して制圧する腕があるということだ」


 言葉尻を捉えるのが上手い。情報の出し方もだ。確実に逃げ道を塞いでくる。

 口では勝てないなこりゃ。頭のキレを良くする補助魔法がないってのが悔やまれる。


「それは、えー……お相手さんが魔物討伐専門で対人戦は苦手だった、とか」


「ほう! これは手厳しい! 君はその程度の人間を銀級に上げてしまうほど我々の管理体制が杜撰だと、そう言いたい訳だ!」


 オマケに性格も悪い。心底楽しそうな笑顔だ。女子供を嬲る小鬼でもこんな顔しねぇぞ。

 答えに窮していると間髪置かず追い打ちが見舞われた。


「そのリストに書かれている人物の実に七割に共通することがある。それが何か分かるかね?」


 だんまりを許さぬ質問形式。こちらの言い訳の引き出しを空にした上で叩き潰すつもりなのだろう。

 共通点……知るかよ。下手にボロを出しても不味いのですっとぼけることにした。


「さぁ……浅学の身には皆目検討も……」


「殴り合いになるほどの喧嘩をした回数だよ。一回。たった一回だ。素行に問題ない人物が、何故か君に対してだけは自発的に殴りかかってしまうようなんだ。これは、不思議なことだね?」


「それは、俺が鉄錆なんて言われてるからじゃないっすかね」


 鉄錆。鉄級のまま銅級に上がれずくすぶっている奴への仇名あだなだ。

 力が尊ばれる冒険者稼業において、上のランクに上がれない、上がろうとしない奴は蔑みの対象となる。俺なんかは恰好の的だ。


「彼らがそんな理由で人に殴りかかるとは思えないが、それはひとまず置いておこう。君は自身が周囲からどう評価されているか理解しているようだね」


「まあ、一応は」


「ならば、相手が酔っていたとはいえ冒険者を相手に六十連勝……いや、半分だったかね? 三十連勝出来る人物を私がどう評価するかは、察せられるかな?」


 嫌な流れだ。眉間にシワが寄るのを意識して抑える。

 勝てる相手を吟味していたのだから連勝するのは当たり前だ。こんなに詳しく情報をすっぱ抜かれていると知っていたなら負ける演技も挟んでいた。

 負けなしという評価はまずい。否定しておくか。


「いや、ちょくちょく負けてますよ。たまたま監視の目が無かったんじゃないですか?」


「我々の監視の目が無いところでも対人の経験を積んでいた、ということで宜しいかね?」


 何を言ってもキラーパスを返される。完全に手のひらの上だ。

 ギルドマスターがスッと笑みを消し、考えを見透かすような視線を向けてくる。


「これらの事実を踏まえると……君は見習い期間である石級を早々にパスし、身分証として機能する鉄級を獲得。その後は除名処分にならないよう最低限の仕事のみを熟し、銅級以降への昇格はあえて行わなかった。その実力は銀級に比肩するというのに、だ。鉄級に留まる理由としては……銅級以降は有事の際に様々な義務が生ずるため。違うかな?」


 違わない。全くもってその通りだ。一から十まで完璧で乾いた笑いが出そうになる。

 この街は身分証があると割引が効く店や、身分証がないと入れない雑貨屋や宿屋、料理店などが複数ある。そして、それらの店は総じて値段と質のバランスがいい。鉄級冒険者という身分の確保、及び維持は最優先事項だった。


 だが銅級以上にはなりたくない。拘束時間が長い仕事や魔物討伐に駆り出されるからだ。おまけに何か起きたら強制召集され、命令に従わなければならない。事情なくバックレたら一発除名という重い罰が課される。割りに合わない。


 沈黙を肯定と見なしたのか、ギルドマスターが低い声で続ける。


「鉄級冒険者エイト。こちらには君に金級の地位を与える準備がある」


 何考えてるんだコイツ。無能かよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る