千金の秤

 ブレンダが取り出したのは禍々しい闇色の宝石があしらわれたネックレスだ。陽光を呑み込むような暗色。なるほど、未鑑定のまま取っておいたわけだ。


 呪装は第一印象と性能が一致することが多い。

 この剣なんかカッコいい! 強そう! って思ったら実際強かったりするし、こんな気色悪い装備は絶対に害がある! って思ったら本当に呪われてたりする。なんか普通だな、って装備は普通なことが多い。


 まことアホらしい感想だが、実際にそうなのだから何とも言えない。込めた魔力と情が実体を歪ませるのだとか、そういう印象を抱かせることで効力を底上げしてるのだとか言われている。眉唾な話だ。


 実印象とかけ離れた性能の呪装が出る確率はいいとこ二割だ。逆を言えば、どんなに不吉な物でも二割程度の確率で有用なものである可能性はある。中には色んな意味でとんでもない性能の物も見つかっている。


 装飾華美なくせして、柔肌一つ切り裂けないなまくら。未知の知識をもたらすことで国宝となった、頭蓋骨があしらわれた気色の悪い指輪。呪装にまつわる悲喜劇は枚挙にいとまがない。


 そして、そんな前例があるからどれほど不吉な呪装であっても捨てられない冒険者は多い。金に余裕が出来たら鑑定してもらおうと、倉庫の肥やしにしておくのだ。


 二割の確率というのは絶妙なもんで、もしかしたらという射幸心をどうしようもなくくすぐる。ちょうどさっきそれでトラブってた三人組もいたしな。つくづく阿漕な商売だ。


 まぁその阿漕な商売に俺も乗り出したわけだが。俺は不気味な色の宝石があしらわれたペンダントを【追憶スキャン】した。



 永遠 永久 不変 不朽 褪せぬ躯を 染まらぬ美を

 でないと貴方は離れてしまう 私の元から去ってしまう 嫌 嫌! 嫌!!

 私はこのままでいるから 人間であることだって辞めるから

 だからお願い 私を見捨てないで――



 おいおい……勘弁してくれよ。冗談にしてはタチ悪ぃぞクソが。コイツ、とんでもねぇもん持ってやがる。俺は嘔吐えずきそうになった。


「……やっぱり、クズ品か?」


 表情に出ちまったか。

 俺の反応から良くない空気を察したのか、さっきまでの威勢が嘘のように大人しくなったブレンダが問いかける。まぁ最初から期待してなかったしな、とでも言いたそうな表情。

 取り巻きもお察しムードだ。そう上手くはいかねぇよな、と誰かが言った。


 どう切り出したもんかね。少しだけ悩み、俺は神妙な顔をして答えた。慇懃ながらも芝居がかった鑑定士イレブンであるが故に。


「今お集まり頂いてる方の中に金級、もしくは銀級の冒険者はいらっしゃいますか?」


「は? イレブンさん、あんた何を」

「静かに。事情は、冒険者の方がいたら説明します」


 状況を組み立てていく。最も効果的な手法は。言葉選びは。

 適当言ってあのペンダントをくすねることもできたが、万が一があったら事だ。ならば利用する方向へ舵を切る。


 再度問いかけるように群衆を見回すと、治安維持担当と思われる金属鎧を着たおっさんが手を挙げた。


「俺ぁ銀級だ」


 続けてもう一人、黒いローブの女が一歩前に出た。


「あたしも、銀級だけど」


「こちらへ」


 両手を広げてブレンダの両脇を固めるように促す。銀級同士が顔を合わせ、小首を傾げたあとに言われるがまま従った。

 銀級という戦力に囲まれ、何を勘違いしたのかブレンダが喚き出す。


「おい……それ、そんなヤベェ品なのか!? 単純所持で捕まるような、そんな品じゃねぇだろうな!? 俺ぁ何も知らねぇぞ! 本当だ!」


 つくづくいい役者だ。わざとやってるんじゃないだろうな?

 溜めはもう充分。あとは登り詰めるだけだ。


「逆ですよ、ブレンダさん。あなたは、この二人に護衛を依頼するべきだ。冒険者ギルドまでね。ヤケを起こす人が出ないとも限らない」


「……は?」


 百点満点のアホ面。外野も大体同じ反応だ。

 こうなったらとことんまで利用してやる。俺は瞑目し、大仰な仕草で両手を広げて語り始めた。


「今より遥か昔、ある人間の女性が見目麗しいエルフの王子に恋をした。女性は無謀にも王子に告白し……身分や種族の壁を乗り越え、見事彼の心を射止めました」


 鑑定が終わったと思ったら冒険者を呼び付け、かと思えば唐突に語りだす。二転三転する状況に付いてこれてないやつが大半だ。無視して続ける。


「だが王子にはある欠点があった。王子は美しくないものが嫌いだった。自身が気に入らないと思ったものは常に捨ててきた。例えば、そう、老いに飲まれてしまった元伴侶の人間の女性」


 目の前の黒ローブの女がムッとした顔をした。別に俺の意見じゃねぇっての。俺が【追憶スキャン】で見たいつとも知れねぇ過去の話だ。


「それを知った女は慌てふためいた。このままでは私も捨てられてしまう。嫌だ。それだけは嫌だ。彼女は王子に捨てられたくない一心で、エルフの秘法を用いてとあるペンダントを作り上げました。そのペンダントには、いかなる変化も拒絶する闇のような色の宝石が嵌められていました」


 勘の良いやつが目を見開く。目の前の黒ローブが喉を鳴らす。恐らく効果に当たりをつけたのだろう。そしてそれは概ね間違っていない。


「かくして彼女は永遠の美を手にし、死ぬまでエルフの王子様と添い遂げましたとさ。めでたし、めでたし」


 俺は柔和な笑みを作ってパチパチと拍手をした。完全に浮いていた。誰もがそのペンダントの価値を測りかねていて、声を上げることすら忘れている。黒ローブなんてペンダントをガン見してやがる。


 俺は露店の台を叩いて取り巻き共を正気に戻し、鑑定結果を朗々と告げた。


「容姿の保存……いえ、無粋でしたね。永遠の美を与える。そのネックレスの効果です。副次効果として身体能力までそのままのようですね。着脱は可能。寿命には勝てないようですが、流石に永遠の命までは望みすぎでしょう」


 運動をしたわけでもないのにブレンダの息が荒れている。まあそうなるわな。ダメ元で出した品が伝説に語られてもおかしくない逸品だったのだから。


「ギルドとの交渉次第ですが……金貨五百は確実かと。王侯貴族ならどんな手を使ってでも手に入れたがるでしょうし、勇猛な豪傑に持たせれば老い知らずの強兵の出来上がりです。争いの火種にならないか――心配なほどですよ」


 俺の言葉に周りが一斉に沸く。

 五百は盛りすぎだろ? 安いくらいよ! 男はこれだから! やっぱりあいつ偽物なんじゃねーか? いや、でも 遊んで暮らせる 俺はただの呪装じゃないと見抜いてたぜ 黙れ馬鹿


 じっとりと汗をかき、瞬きをしきりに繰り返すブレンダが低い声で絞り出すように言った。


「マジ、なのか?」


「おや、まだ私の腕を信じて頂けないので? それならばそのペンダントは私が金貨一枚で買い取りましょうか?」


 冗談交じりに俺がペンダントに手を伸ばすと、ブレンダがひったくるような勢いで手を伸ばしペンダントを掻き抱いた。黒ローブの視線が完全にペンダントに固定されており、グリンと首がまわった。どんだけ欲しいんだよ。


「ふッ、ふぅ……護衛、してくれよ二人共。ギルドまで、頼む」


「ッ……え、ええ。行きましょう! ほらどいて! 道を開けて!」


「おら! 妙な真似したら叩き斬るからな! どけ! 着いてくるやつは窃盗未遂を疑われても文句言えねーぞ!」


 人垣の一角に穴が空き、覚束ない足取りのブレンダが連行されるかのように両脇を銀級の冒険者に固められて出ていった。

 向かう先は冒険者ギルドだ。ギルドは鑑定と同時に有用な呪装の買取も行っている。そして独自のパイプを使ってそれ以上の値段で売り捌き儲けを出す。


 はてさて、あの呪装は最終的にどれほどの値がつくのか。金儲けのために見繕った適当なカモが、まさかあんなお宝を抱え込んでいるとはな。冗談にしては出来過ぎだ。


 野次馬共は魂が抜けたような表情でブレンダの後ろ姿を眺めている。それは羨望の視線。冒険者共通の夢を鷲掴みにした者への憧憬。

 なに他人事のような顔してんだ? 次はお前らの番だっての。


 俺は平手で屋台の台をぶっ叩いた。


「いやはや、呪装というのは本当に奥が深い! あんなに禍々しいペンダントが、よもやあれ程の極上品であったとは。さて、次は誰が彼の後を追うのでしょうね?」


 出すモン出せや。俺に貢げ。


 正気に戻った取り巻き共が爆発したかのように俺の屋台に殺到した。


 ▷


 貴族や大店おおだなの経営者、最上位の冒険者が利用するような高級店で、上物のワインが注がれたグラスをクルと回す。血のような赤がふるりと波を立て、その芳醇な香りが鼻孔を擽る。

 鼻を近づけ軽く嗅ぐ。スッと鼻を抜けていく品の良い香りは上等な素材をふんだんに使用した上物の証。思わず自然の雄大な景色を幻視する。

 まずは一口。舌の上で転がし、そのまろやかさを堪能してから嚥下する。目を閉じて喉越しと余韻を楽しむ。興奮さめやらぬうちに二口。少し多めに含み、楽しむのもそこそこに呑み干す。

 軽く息を吐き、シミ一つない純白のテーブルナプキンで口を拭う。同じようにそうした対面の男が高級店に似つかわしくない凶相で笑う。


「金貨七百枚で落ち着きましたよ」


 ほぅ、と俺は感嘆のため息を吐いた。どうやら随分うまいことやったようだ。だが、考えてみればそれだけの価値はあるだろう。

 ギルドは一体どのくらいの値段であのペンダントを売り捌くのか。……金貨千枚は下回らないだろうな。永遠の美は女の夢であるし、男だって己の伴侶には永遠に美しくあって欲しいだろう。どれほどの金がうず高く積まれることになるやら。今頃貴族の懐に狙いを定めている頃だろう。


 俺はあの後取り巻き連中の鑑定を捌くのに必死だった。次から次へと現れる冒険者共は、こぞって未鑑定の呪装を持ち寄り押し掛けた。


 銀貨十枚というのは高い。石級の一日の稼ぎは銀貨一枚に満たない事の方が多い。鉄級ですら二、三枚だ。そこから諸経費を差っ引けば手元に残るのは雀の涙。どうやりくりするかで頭を悩ますのは駆け出し冒険者の宿命のようなものだ。

 呪装を拾っても鑑定を依頼できずに荷物の底で腐らせていた奴らは多かった。銀貨十枚はポンと出せる値段じゃないのだ。


 それが、半額。しかも腕は確かと来た。まあ殺到するわな。大成功を収めたブレンダの姿に自分の未来を重ねたのだろう。

 自分ももしかするのでは? という色眼鏡で目を曇らせた奴らは思った以上に多かった。


 集まった全員は捌き切れず、明日も開店することを約束してお帰りいただいたところ、ブレンダに誘われて高級店でご相伴に預かっているというのが事の運びだ。


「随分と吊り上げましたね?」


「いやいや、遠慮してやったくらいですよ。やろうと思えばあと五十枚はいけたでしょうね。真偽判定のために鑑定をした女性の、驚きと物欲しそうな気持ちがい交ぜになった表情をイレブンさんにも見せてあげたかったですよ。くっく」


「悪い顔してますよ、ブレンダ氏」


「はて、そんな気は無かったんですがねぇ」


 くつくつと嫌らしく喉を鳴らしたブレンダは、あまり慣れていない手付きで肉を切り分け、フォークで刺して口に運んだ。俺も続く。

 絶妙な噛みごたえ。溢れ出した肉汁は濃厚で、しかし脂っこさを感じさせない。この肉を食べ慣れたら、屋台で売られている串焼きなんて喉を通らなくなってしまう。食べ物としても認識できなくなりそうだ。


「ブレンダ氏はまだこの街で?」


「ええ。一応は冒険者ですからね。ギルドからも出ていかないでくれと頭を下げられましたので」


「はは。払った金はこの街で落としていけ、とでも言いたいのでしょうね」


「これは穿った見方をなさる。ただ一戦力を引き留めたかっただけでしょう。えぇそのはずです。勿論、私も冒険者の端くれ。今まで通り魔物討伐はこなしますよ。まぁ、頻度は下がるでしょうが、ね」


 ブレンダはそう白々しいセリフを吐いて悪どい笑顔を浮かべた。大金を手にすると人はこうも面白く変わっちまうらしい。私、なんて一人称使ったの初めてなんじゃねえか?


「イレブン氏はこのまま鑑定屋を?」


「そのつもりです。しばらくは私にできる範囲でこの街のお役に立とうかと」


 鑑定数、百二十点。銀貨六百枚。金貨換算で六枚。一日、いや、夕方前から始めたから半日の売上だぞこれ。しかも明日もそれなりの売上が確約されてると来たもんだ。


 くっそボロい商売だよなぁ!? えぇ、オイ!! 

 なぜこんな美味い話に今まで気付かなかったのか。リスク犯して冒険者に喧嘩を売ってたのが馬鹿らしくなってくるってもんよ。金貨数枚と銀貨が入った財布? 返す返す。そんなのもはや端金よ。


 しかし冒険者ギルドさんも人が悪い。こんな濡れ手で粟を引っ掴むような商売を独占してるなんてな? 銀貨十枚。ちと足元を見過ぎてませんかね? 俺は良心的な値段でお勉強させて頂きますよ。


 この街を守る冒険者様の命、この鑑定士イレブンが支えましょう! くっはっは!


「それはそれは。鑑定士イレブン氏のますますの活躍を祈って」


 ブレンダは犯罪者にしか見えない笑みを浮かべてワイングラスを掲げた。俺も応える。


「では私は、ブレンダ氏の輝かしい未来を祝して」


「乾杯」


 杯を軽く合わせて音を鳴らす。そのまま口元へ運び一口。旨い酒を飲んでいるときほど心が洗われる瞬間はない。

 芳醇な香りとコクで心を満たした俺は、いつものように人好きのする笑みを浮かべた。


「おやおや、悪い顔してますよ、イレブン氏」


 はて、そんな気は無かったんですがねぇ?

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