第13話 思い出話
「博秀どののことは本当に残念でした。たいへんご愁傷さまです」
「お気遣い痛み入ります」
通り一辺倒の挨拶をしたところで、エリオナは急に饒舌になっていった。
「博秀どのは大したお方だよ。まさに【戦わずして勝つ】を地で行くお人だった。私の信条と通ずるものがあって、彼と話すのはとても楽しかった」
サルーテを歩きながら、エリオナは博秀様のことを話し続ける。周りをデメトリオの部下たちが囲んでいるとはいえ、周囲からは奇異の視線を向けられているのが分かる。それくらいエリオナが他人と交流するのが珍しいのだろう。
「博秀どのは中央連合の灯教団も説得して過激派を鎮めた。もちろん五帝会議の決議の力を借りてのことだけど、大した人徳を持った人だよ。五帝の連中なんて皆、自分の権益の拡大しか考えていないんだからね」
灯教の過激派は確かに世界中で問題視されていた。それを鎮めたのが博秀様だったとは、知らなかったな。
それにしても、思い出話が止まらないな。二人の絆の深さを改めて感じた。
「私の生まれたアイレスフォード家は内紛が絶えなくてさ。毒を盛られて殺されかけるのが日常茶飯事だった。それでも博秀どのは私に生きる希望を与えてくれた」
「ありがたきお言葉。我が主君も草葉の陰で喜んでおられるでしょう」
「ハハハッ、和国のサムライは死後の世界を信じるんだね。私は死んだら無に帰すだけだと思うけどね」
陽気に笑うエリオナの顔が一瞬翳った。まるで、本当は死後の世界があると信じたいかのようだ。
「そうそう、博秀どのがよく言っていた言葉があった。【武士の刀は人を斬るためにあるのではない。慢心を断つためにあるのだ】、と。カンゲンどのもそのつもりで刀を持たれているので?」
懐かしい言葉だ。確か、エリオナにも話したが分かってもらえなかった、と言っていたな。
「私も未熟ゆえ、その言葉の意味が分からないのです。刀を持てば人は慢心する。それなのに慢心を断つとはどういうことなのか……」
「そうだね、難しいね。私も刀こそ持っていないけど、こいつを常時展開している」
エリオナの周囲には、大小さまざまな鉄球が旋回していた。全部で九つある。
「これが自動でどんな攻撃も防ぐし、危害を加える者を殴ってくれる。そう。自分の手は一切汚さず、私は敵を倒せる。そうするとね、人を傷つけることの痛みを忘れてしまいそうになるんだよ」
「そういうものですか」
「そう。指一本動かさずに人を瀕死に追いやれるって、恐ろしいことだよ。人を傷つける恐怖も罪悪感も、人を殴る感触や血の匂いといっしょに、忘れてしまいそうになる」
確かに、エリオナほどの使い手ともなれば、殆どの敵は瞬殺できてしまう。次第に人を殺すことすらなんとも思わなくなっていきそうだ。
「いずれ私も、ただの殺戮者に成り果ててしまいそうで怖い」
「いえ。エリオナどのはそうはなりますまい」
俺は断言してみせた。これは確信を持って言える。
「自分の力に正しく恐怖する者が、力に溺れることはありません。エリオナどのは謙虚なお方だ。己の力量と、その使い道を弁えておられる。鏖殺を歓びとするような暴君に成り果てることはありません」
俺がそう言うと、エリオナは驚いたような顔をした。
「あなた……博秀みたいなことを言うのね」
「剣の腕に覚えがあるだけの能無しとはいえ、私も長年博秀様に仕えてきました。少しは考えが似てきたのかもしれません」
「え、そんなことあるの? まぁでも、部下は上司に似るって言うしねー」
ケラケラと笑うエリオナの目尻には、涙が滲んでいた。
五帝崩しの鬼人武者 川崎俊介 @viceminister
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。五帝崩しの鬼人武者の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます