第11話 かつての主君

「閑厳、私は太平の世を実現するが、そのとき侍はどうあるべきだと思う?」


 当然のように平和を実現すると豪語するのは、主君たる扇ヶ谷博秀様だった。五帝会議の帰り、中央連合の首都サルーテの城門を抜けた辺りで、博秀様はそう切り出した。


「俺のように戦うしか能のない侍は、野垂れ死ぬしかありますまい。刀を捨てて商売をしようにも、そんな才は持ち合わせておりません」


 俺の答えに博秀様が満足するはずはない。そう思って口にしたのだが、意外なことに博秀様は笑っていた。


「君が商売か。確かにそれは無理そうだ」


「笑い事ではありません。博秀様は本当に太平の世を作られる見込みなのですから」


 実際そうだった。


 博秀様は各地の大名を従え、強大な影響力と武力を誇る灯教の社寺と和睦させた。長きにわたる武士と僧侶の対立を終わらせた。


 五帝会議での決議で、世界的に普及している灯教団と条約を結び、彼らの力を制限した。そのうえで、大名たちを一人一人説得した大したお方だ。


「だが、刀を捨てるなどと無闇に言ってはならない。君が本当の武士であるのなら」


「しかし、戦なき世にあって、どうして刀を差す必要があるのです?」


「勘違いしているようだね。武士の刀は人を斬るためにあるのではない。己の慢心を断つためにあるのだ」


「どういう意味です?」


「ハハッ、分からないか。エリオナにもそんなことを言われたよ。だが覚えておいてほしい。憎しみに駆られて剣を振るうのでは、悪鬼羅刹と変わらない。まして己の欲のために剣を振るうなど、畜生にも劣る。侍はただ仁義を通すためにのみ、刀を抜くことが許されるのだよ」


「益々わかりません」


 俺が正直に吐露すると、博秀様は相変わらず柔和な笑みを浮かべていた。博秀様は立派なお方だが、このように掴みどころのない気質なので、どうにも打ち解けられない。もちろん、家臣としての忠義は尽くすつもりだが、このお方の心根までは理解できないと思った。


 そんな気持ちを思い出したところで、夢から醒めた。

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