第9話 気練

「仕方ないですね」


 鄙火はそんな事を言いながら、法力で水を割る。辛うじて水中に落ちることは避けられ、代わりに底の沼地に叩きつけられた。


「やたらとトゲトゲした奴だな」


 薄い碧色の鱗には、突起の多くついた赤い鰭がついており、相当な硬さのようだった。


「ルシュドどの、あとは任せます。私、そこまで法力の扱いが得意ではないので」


「承知しました」


 確かに、水を割るのは、水魔法の使い手たるルシュドに任せたほうが良さそうだ。


 しかしどうしたものか。


 竜を狩れるほどの大太刀は持っていない。博秀様から賜った宝剣【断雲】は名刀ではああるが、今回に関しては小さすぎる。下手に抜いて破損はさせたくない。


「竜王ウルティゲルスどのの指図か? 私を五帝の一角、デメトリオ・ステファノプロスと知っての狼藉であれば、お前の主人が五帝会議から追放されるぞ?」


 デメトリオは剣の柄に手をかけ忠告する。


「フッ、五帝会議などどうでもよいわ。同胞たるアグニを殺した人間は、殺さなければならない。ウルティゲルス様の意思などどうでも良いことよ」


 意外と竜どもは統制が取れていないらしい。


「そうか。主の指示を無視した竜の暴走ということだな。ではここで叩き斬る!」


 デメトリオは目にも留まらぬ速さで抜剣し、横薙ぎの一撃を放った。しかしここからでは届くはずがない。どういうつもりだ?


 そう思った次の瞬間、水竜の胴部に真一文字の傷が刻まれた。


「何をした?」


「【白帝の気練】。微弱な魔力しか持たぬ我らにとっては、これが切り札となる」


 聞いたことがる。中央連合の冒険者たちが編み出した、気練という技があると。少ない魔力を高密度に圧縮し、武器に纏わせる武技だ。攻撃力を高めたり、間合いを伸ばしたりと効果は様々だ。豊富な魔力を持つ魔術師のように大袈裟な真似はできないが、戦闘の補助には使えると聞く。


 だが、あくまで補助だ。ここまでの威力の斬撃を飛ばせるのは、【剣聖】たるデメトリオくらいのものだろう。

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