第7話 魔導王エリオナ

「エリオナ様。緊急事態です」


 二大大河に挟まれた平地に広がる、中央連合国。その首都サルーテを歩く一人の少女に、侍従の老人が告げた。言葉とは裏腹に、老人に焦った様子はなかった。


「どした? 私に報告するほどの緊急事態なんて、そうそうないと思うけど?」


 エリオナの方も、老人の方を一度も見やることなく、呑気に答えた。


「炎竜アグニが和国の宵戸城を襲撃したとのこと」


 エリオナは表情ひとつ変えなかった。場を沈黙が支配し、代わりにエリオナの魔力を帯びた鉄球の旋回音だけが響く。


「そ。もう博秀がいない以上、私が肩入れする義理もないでしょ。和国はもう終わりね」


 素っ気なく返したエリオナに、老人は驚いたような顔をしたが、すぐに平静を装った。


「では、次の五帝は……」


「博秀の代わりが務まる人間なんていんのかな? いないでしょ、さすがに」


「しかしながら、和国から代表を出せないとなれば、不公平が生じます。五帝会議の意義がなくなってしまうかと」


「なら五帝なんて制度、廃止でいいんじゃない?」


 それこそが、五帝最強と名高い魔導王、エリオナ・アイレスフォードの出した答えだった。


「さすがにそれは……」


「でも事実でしょ? 博秀を失った人類に、もはや存在価値などない。所詮神の特権を掠め取ろうってだけの会合なんだから、無いほうがいい。徳なき力は暴走するだけ。そうでしょ?」


「しかし!」


 老人の言葉の先を聞かず、エリオナは瞬時に空へと翔けていった。


 部下を持たず、弟子を持たず、護衛もつけない。仲間と呼べる存在など、一人としていない。他人との交流は、事実上の連絡係たる侍従とたまに顔を合わせる程度。


 それでいて軽薄かつ陽気に振る舞うエリオナを、人々は不気味がった。世捨て人と蔑んだ。


 それでも、世界最強の魔術師だという事実が、エリオナを崇拝の対象たらしめていた。


『強者ゆえに孤独を好む』

『彼女と対等の関係を築けるものなどいない』


 皆口々にそう噂した。


 だが、そんなエリオナがただ一人、盟友と認めたサムライがいた。


「もう、あなたのいない世界なら壊してやってもいいかもね……なんて」


 扇ヶ谷博秀こそ、エリオナ・アイレスフォードの無二の友であった。

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