第6話 出立
水浴びを終えると、鄙火は何やら祈りの聖句を唱え始めた。おそらくいつもやっている儀礼なのだろう。灯教の神、大灯八武神が一角【日輪雅帝】像の座する聖地に向けて頭を垂れている。
【日輪雅帝】像は幾度となく焼失の憂き目に遭ってきた。全ては、灯教が蔓延ることを良しとしない大名たちによるものだ。
大名と灯教との対立は長きにわたり続いてきた。それを鎮め、和解にまで漕ぎ着けたのが、他でもない博秀様だ。
だからあの鄙火でさえ、博秀様には恩義を感じているようだ。
そして、日輪雅帝への畏敬の念も大きい。
自分の照らせる範囲は「日輪」に及ばず、小さな「火」でしかない。また、同じ「雅」の字を使うなぞおこがましいという思いで対義語の「鄙」を使ったそうだ。それで【鄙火】。卑屈なんだか信心深いんだか分からないな。
準備を終え、俺達はデメトリオ率いるウラノスの集団に合流した。
鄙火の方はといえば、城から掠め取ってきたらしい財宝を荷馬車に詰め込もうとし、叱責されている。傭兵団の輸送手段を体よく利用しようとは、大した生臭坊主だ。
一方の俺は、アグニを斬った大太刀を捨て、博秀様から授かった刀と脇差しのみを携えて出発した。そもそもあの大太刀は拾い物だし、今は刃毀れがひどくてもう使い物にならない。
「魔術も使わずにドラゴンを狩り殺すとは。和国のサムライに狂戦士が多いというのは本当のようだな」
デメトリオは感心したようにそんな事を言ってくる。皮肉なのかどうか判断がつかないな。
「なに、閑厳どのの力だけではありません。私の弓と法力あってのこと」
鄙火が口を挟んでくる。
「いかに閑厳どのが狂戦士といえど、空を舞う竜には刃が届きません」
鄙火は自分の武勇を語るかのように得意げだ。
「ではどうやって届かせたのだ?」
「矢に法力を纏わせ、階段と屋根代わりにさせたのです」
「そんな曲芸じみた技、とても現実味がありませんな」
「それは勿体ない。デメトリオどのにもぜひご覧になってほしかった」
「俺の戦いを見世物扱いするな」
「すまんな。サムライ自体が珍しかったのでな」
デメトリオはわずかに表情を緩めた。こいつ、なかなか普通に笑おうとしないな。まぁ、それそれで不自然だが。
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