第5話 慢心を断つ刀

「しかし、博秀様の印璽は我が主の形見でもある。正しく運用されるか、見届けたい」


 俺が食い下がると、デメトリオは一瞬呆れたような顔をしたが、すぐに真剣な眼差しを向けてきた。俺の真意を見定めているのだろうか?


「いいだろう。我ら【ウラノス】も竜人どもの暴挙を止めに来た。これから一旦中央連合に戻るつもりだから、ついてくるといい」


 意外に良い返事がもらえ、俺は一息ついた。仮にデメトリオとやり合うことにでもなれば、命が危うかっただろう。


「恩に着る」


「なに、恩義など感じる必要はない。ただ随行者が増えるだけのこと。主君の形見の行く末を見届け、仇を探すためとあれば、事情は分かるしな」


 デメトリオは表情を緩めると、背を向けて部下に指示を飛ばし始めた。


「では私たちも準備しますか」


 鄙火が呑気に言う。宵戸城の財宝でも物色するつもりだろうか?


「私も連合に用があるので、同行します!」


 ルシュドまで名乗り出た。


「好きにしろ。俺は返り血を洗っておく」


 竜の血と油を被ったままでは傍迷惑だしな。


 川へ水浴びに向かおうとするう、なぜだか鄙火もついてきた。


「閑厳どの、ただの戦狂いではないのですね。剣聖デメトリオと斬り合うのではないかと、肝を冷やしました」


「当たり前だ。俺を何だと思っている?」


「鬼か修羅の類だと思っていました。西域の竜を一太刀で屠るなど、常人の為せる技ではありますまい」


「俺は好んで人を斬ったりはしない。無益な戦もしたくない。【武士の刀は人を斬るためにあるのではない。己の慢心を断つためにあるのだ】」


「今のはどういう意味です?」


「博秀様のよく仰られていた言葉だ。俺にはこの意味が未だによく分からん。刀とは元来人を斬るためのものだ。それに、刀に限らず武具を持てば、人は慢心するものだ。己が強くなったかのように錯覚してな。なぜ【慢心を断てる】のか、俺にはとんと分からん」


 分からない。だが、平和を切に願う博秀様らしいお言葉だとは思う。


「確かに、不思議な文句ですね。何やらありがたいお言葉であることは分かるのですが」


 尼僧の鄙火ですら分からんか。まぁ、破戒僧のようなこいつに期待はしていないが。

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